# 第一章:帰国後の再会と旅行計画
成田空港の到着ロビーは、夏の陽光がガラス張りの天井を通して降り注ぎ、旅立つ人々と帰国する人々の熱気で満ちていた。秦昊は手荷物用のカートを押しながら、隣を歩く夏知雪の横顔を盗み見た。彼女の白い肌はわずかに日焼けし、旅の疲れを見せながらも、その瞳はどこか満ち足りた輝きを放っていた。
「小雪先生」と秦昊が小声で呼びかけると、夏知雪は振り返り、優しい微笑みを浮かべた。
「どうしたの、小昊」
その呼び名が耳に心地よい。秦昊は手を伸ばし、彼女の手をそっと握った。彼女の指は細く、わずかに汗ばんでいた。
「本当に帰ってきちゃったんですね。何だか夢みたいです」
「夢じゃないわよ」夏知雪は彼の手を握り返しながら、「私たち、ちゃんとここにいる。一緒に帰ってきたんだから」
空港の出口に向かう通路を歩きながら、秦昊の心臓は高鳴り続けていた。日本の旅は、彼の人生を一変させた。あの小さな旅館での夜——夏知雪を縛り上げ、彼女の体が震える姿を見た瞬間、何かが彼の中で目覚めたのだ。それまでの内向的で臆病な自分はどこかへ消え去り、代わりに強い欲望と支配欲が芽生えた。
「タクシーの乗り場はあっちね」夏知雪が顎で示す。
二人はタクシーに乗り込み、車窓に流れる景色を眺めた。秦昊のアパートへ向かう道すがら、彼の心は再びあの夜の記憶に引き戻される。彼の両親は長期の出張中で、家には誰もいなかった。それが二人にとって幸運だった。
タクシーがアパートの前に到着し、スーツケースを降ろす。秦昊は鍵を開け、中に招き入れた。
「ただいま」と彼が言うと、後ろから続いて入った夏知雪も「お邪魔します」と小さく言った。
玄関で靴を脱ぎながら、秦昊は振り返って彼女を見つめた。日本の旅館から戻ってきた今、彼女は淡いピンクのブラウスに白いパンツスーツという出で立ちだった。プロポーションの良さが際立ち、その曲線美に彼の視線は吸い寄せられる。
「小雪先生」秦昊は深呼吸をして、言葉を選びながら言った。「あの……正式に言いたいことがあるんです」
夏知雪は動きを止め、彼の目をまっすぐに見つめた。
「私は……先生のことが好きです。愛しています。もし先生が良ければ、正式に付き合ってください」
彼の声は震えていたが、決意に満ちていた。日本の旅の間、二人は身体的には深く結ばれたが、口に出して正式な関係を求めるのは初めてのことだった。
夏知雪の頬がほんのり赤く染まった。彼女は三歩進み、秦昊の胸に顔を寄せた。
「小昊……私もよ。あなたのこと、最初から特別だと思ってた。ただ、こんな気持ちになるなんて思わなかった」
「じゃあ……OKですか?」
彼女は黙ってうなずいた。秦昊の腕が彼女の背中に回される。瞬間、二人の唇が重なった。
空港では味わえなかった深い口づけ。秦昊の舌が彼女の唇をなぞり、かみそりのように薄い境界線を越えて口腔に滑り込む。夏知雪の体が一瞬強張った後、徐々に力を抜いて彼に身を委ねた。彼女の舌が彼の舌に絡みつき、互いの唾液が混ざり合う。甘く、ほのかに苦い味が秦昊の口に広がった。
「ん……小昊……」彼女の吐息が耳元でかすれる。
秦昊の手が彼女の腰に回り、さらに強く引き寄せる。彼の指が布地の上から背中のラインをなぞると、夏知雪の体がわずかに震えた。
「まだ昼間だよ……小昊……」
「分かってます」彼は名残惜しそうに唇を離した。「でも、ずっとこうしたかったんです」
二人はソファに腰を下ろし、スーツケースを横に置いたまましばらく見つめ合った。
「ねえ、小昊」夏知雪が口を開いた。「夏休みはまだ一ヶ月以上あるわよね?」
「そうですね。9月の後半まで授業は始まりません」
「それなら……何か計画を立てない?」
秦昊の目が輝いた。「計画って?」
「旅行よ」夏知雪は立ち上がり、窓辺に歩いていった。「日本で過ごした時間は本当に素晴らしかった。私たちの関係が変わったのもあそこだったし……でも、日本だけじゃなくて、もっと色々な場所を一緒に見てみたいと思わない?」
秦昊は彼女の後ろ姿を見つめながら考えた。確かに、日本での経験は彼の中で何かを変えた。縄の感触、彼女の体が震えるのを見る快感、支配することの陶酔感——それらをさらに深めたいという欲求が内側から湧き上がってくる。
「いいですね」彼はゆっくりと頷いた。「どんな場所に行きたいですか?」
夏知雪が振り返る。その目には何か企みを含んだような光が宿っていた。
「最初の二週間は全国を旅しよう。私の知ってる面白い場所や、あなたが行ったことのない場所を回りたいの。そしたらインスピレーションも湧くでしょう?」
「インスピレーション……ですか?」
「ええ」彼女は意味深に微笑んだ。「あなたの中で何かが動き始めたんでしょ?私にも分かるわ。小昊の中に眠っているもの——それを引き出す旅にしたいの」
秦昊の喉が乾いた。彼女の言葉が、自分の中の隠れた欲望を的確に突いてくる。
「小雪先生は……何をお考えなんですか?」
「さあね」夏知雪は艶やかな笑みを浮かべた。「それは旅のお楽しみ。でも、直感が言うの——この旅はきっと特別なものになるって」
彼女は再びソファに戻り、秦昊の隣に座った。彼女の太腿が彼の脚に触れる。その温もりが秦昊の心拍数を上げる。
「じゃあ、具体的な日程を決めよう」夏知雪がスマートフォンを取り出した。「まずはどこから行きたい?」
秦昊は少し考えた。「僕は……海が見たいです。それと、古い街並みも。絵を描くときに参考にしたいんです」
「絵か……そうね、あなたは画家志望だったわね」夏知雪は目を細めた。「じゃあ、最初の目的地は上海はどう?近代的なビルと古い石庫門の街並みが混ざり合った、面白い街よ。それに海もある」
「上海……」秦昊はその響きを口の中で転がした。「いいですね。上海からスタートしましょう」
「決まりね」夏知雪はカレンダーアプリを開いた。「出発は明後日。それまでに準備を整えましょう。必要なものは私がリストアップするわ」
秦昊は彼女の手を取った。「小雪先生に全部任せてたら、僕は何もしないでいてもいいみたいですね」
「馬鹿ね」夏知雪は軽く彼の手を叩いた。「荷造りは分担しましょう。私は旅行の段取りを考えるから、あなたは美術道具の準備をして。それと——」
彼女は声を潜めた。
「——それと、これを忘れないでね」
彼女は意味深に自分の首元をなでた。秦昊はすぐに理解した。日本の旅館で使ったあの縄——彼女の体に絡みつき、その美しさを引き立てた縄。
「もちろんです」秦昊の声が低くなる。「忘れるわけがありません」
夏知雪は満足そうに微笑んだ。その微笑みには、甘さと危険が混ざり合っていた。
「小昊は変わったわね」彼女は言った。「出会ったばかりの頃は、こんなに自信満々じゃなかった。目を合わせることさえ躊躇していたのに」
「それは小雪先生のおかげです」秦昊は正直に答えた。「先生が僕の内側に眠るものを目覚めさせてくれた。縄で結ばれた時、先生の体が震えた瞬間——あの時、僕の中で何かが変わったんです」
「怖くないの?」夏知雪が真剣な目で尋ねる。「自分の中にそんな欲望があるのが」
秦昊は少しの間沈黙した後、静かに首を振った。
「怖くない。むしろ……嬉しいんです。先生にしか見せられない自分があることが。先生だけが知っている僕がいることが。それって特別なことだと思いませんか?」
夏知雪の目が潤んだように見えた。彼女は何も言わず、ただ秦昊の胸に顔を寄せた。彼の心臓の鼓動が、彼女の耳に伝わる。
「ありがとう、小昊」彼女の声がわずかに震えていた。「私も、あなただけに見せられる自分がいる。あなただけが知っている私がいる……それだけで、生きている実感が違うの」
二人はしばらくそのままの姿勢で過ごした。時計が静かに時を刻む音だけが部屋に響く。
「よし、じゃあ準備を始めましょう」秦昊が立ち上がり、手を差し伸べた。「まずは荷物を片付けて、それから旅行の詳細を詰めます」
夏知雪は彼の手を取って立ち上がった。二つのスーツケースを寝室に運び込み、中身を整理し始める。日本の旅で買ったお土産や着物、そして何より、あの特別な夜に使った道具類。
「この縄は……」夏知雪が麻縄を取り出し、手の中で弄んだ。「本当に特別なものになったわね」
「処女膜と同じくらい特別です」秦昊が思わず口にした後、自分の発言に赤面した。
夏知雪は一瞬驚いた顔をした後、笑い出した。
「小昊、あなたってば……そんなこと、よく平気で言えるわね」
「すみません、つい……」
「謝らなくていいわ」彼女は縄を優しく撫でながら言った。「面白い表現だと思う。確かにね、私の処女はあなたがもらったわけじゃないけど——日本での初めての夜は、私たちの新しい始まりだった。あの縄が、その証拠みたいなものね」
秦昊は彼女の手の中の縄を見つめた。普通の麻縄だが、彼の目には神聖なもののように映った。
「この縄をまた使うつもりですか?」彼は慎重に尋ねた。
「ええ」夏知雪はためらいなく答えた。「今度はもっと上手に縛ってよ。前回よりも美しく、そして——もっと强く」
その言葉に秦昊の背筋が震えた。同時に、彼の下半身に熱が集まるのを感じた。
「小雪先生……」彼の声が少し掠れた。「そんなこと言ったら、僕は自制できなくなるかもしれません」
「それならそれでいいのよ」夏知雪は彼に近づき、耳元にささやいた。「今の私たちに自制は必要ない。必要なのは——お互いの欲望を受け入れる勇気だけ」
彼女の吐息が耳朶を撫でる。秦昊の理性の糸が、一瞬で切れそうになった。
「先生——本当に僕のこと、狂わせますね」
「狂わせたいのよ」夏知雪は唇を彼の耳から離し、妖しく微笑んだ。「だってそうしなきゃ、あなたはいつまでも臆病な少年のままじゃない?私はね、自分の男がもっと大胆で、もっと強気でいてほしいの」
秦昊は彼女の目を見つめた。その瞳の奥に、強い意志と、そして隠しきれない期待が揺れている。
「分かりました」彼は強い口調で言った。「僕は変わります。もう昔の秦昊じゃない。小雪先生のために——いや、僕自身のために、もっと強くなります」
夏知雪は満足そうに頷いた。
「その意気よ」
二人は荷物の整理を再開した。衣類、洗面道具、スケッチブック、画材——それらをそれぞれのスーツケースに詰めていく。秦昊は特に、小さな革製のポーチに注意深く品物を入れていった。そこにはロープ、軽いmetal製のピンチなどが入っている。すべて日本の大人のお店で購入したものだ。
「ねえ、小昊」夏知雪が思い出したように言った。「上海に行く前に、一晩だけわたしのアパートに泊まらない?あなたのアパートよりも広いし、準備も一緒にできるでしょう?」
秦昊の心臓が飛び跳ねた。それはつまり、今夜も彼女と過ごせるという意味だ。
「いいんですか?」
「もちろん。あなたを泊めるための許可なんていらないわ。私はもうあなたの彼女なんだから」
その言葉が秦昊の胸に染み渡った。そうだ、彼は夏知雪の彼氏なのだ。正式な交際関係がスタートしたのだ。その事実がじわじわと幸福感を運んでくる。
「じゃあ、今夜は小雪先生の家にお邪魔します」彼は笑顔で言った。
「でも、その前に一仕事終わらせましょう」夏知雪がスマートフォンを手に取り、地図アプリを開いた。「上海のホテルを予約しなきゃ。それと、移動手段や観光ルートも計画しないとね。二週間の旅を無駄にしたくないから」
彼女はプロフェッショナルな顔つきで計画を立て始めた。数学教授らしく、すべてを計算し尽くしたかのような緻密さで。
「まずは上海で三泊。その後は杭州へ行きましょう。西湖の景色は絵になるわ。それで二泊。さらに蘇州で三泊——古典的な庭園がたくさんあるから、あなたのスケッチの題材にぴったりよ」
「先生はよく行かれるんですか?」
「何度か学会で訪れたことがあるの。でも、観光目的で回るのは久しぶりだわ」彼女は目を輝かせながら言った。「あなたと一緒なら、今までとは違う景色が見える気がするの」
「僕もです」秦昊は素直に言った。「小雪先生と一緒なら、どこへ行っても特別な場所になる気がします」
「口が上手くなったわね」夏知雪が冗談めかして言った。「でも、そういう言葉は嫌いじゃない」
彼女はホテルをいくつかピックアップし、ベストな選択を秦昊に相談する。結局、上海では豫園近くのブティックホテルに決まった。クラシックな雰囲気と現代的な設備が融合したそのホテルは、秦昊の絵のインスピレーションにも良さそうだった。
「決まりね」夏知雪が満足そうに予約を確定した。「後は私たちが行くだけ。それに必要なものを忘れずに持っていくだけ」
「忘れ物がないか、もう一度チェックしましょう」秦昊が提案した。
二人はそれぞれのスーツケースを開き、中身を確認し合った。秦昊のスーツケースには、季節に合った服が数着、スケッチブック、水彩絵の具セット、そしてあのポーチ。夏知雪のスーツケースはと言えば、華やかなドレスからカジュアルなTシャツやショートパンツ、水着、それに——彼女も小さなバッグを一つ持っていた。彼が開けてみようとすると、彼女は慌てて止めた。
「それは開けないで!」
「何が入ってるんですか?」秦昊が興味本位で尋ねる。
「あ、あんまり気にしないで……」夏知雪の顔が赤くなった。「女の子には秘密のものが必要なのよ」
秦昊はその反応で何となく察した。おそらく——彼女も今回の旅のために何かを準備しているのだろう。それが何かは分からないが、彼を喜ばせるためのものに違いない。
「分かりました。開けません」彼は微笑んだ。「秘密は秘密のままにしておきます。でも、いつか教えてくれますか?」
「そうね……」夏知雪は恥ずかしそうにうつむいた。「旅の途中で、機会があれば」
その言葉に秦昊の期待はさらに膨らんだ。
荷物の確認が終わると、夕方の気配が漂い始めた。窓の外は橙色に染まり、長い一日が終わろうとしていた。
「そろそろ夕食にしない?」夏知雪が提案した。「冷蔵庫の中身を見て、簡単なものを作ろうか」
「僕も手伝います」
こうして二人はキッチンに立ち、寄り添いながら料理を始めた。冷蔵庫には少ない食材しかなかったが、それでも野菜炒めと味噌汁、そしてご飯で十分な夕食ができた。秦昊が野菜を切る隣で、夏知雪は味噌汁の出汁を取っている。なんでもない日常の光景だが、秦昊にはそれが何よりも愛おしく感じられた。
「小雪先生」彼は包丁を置き、彼女の背後から抱きしめた。「今日は本当に幸せです」
夏知雪は手を止め、彼の腕の中に身を任せた。
「私もよ。まさかこんな日が来るなんて思わなかった。教え子と恋に落ちるなんて、教師失格ね」
「そんなことありません」秦昊が彼女の肩に顔を寄せる。「先生は最高の教師です。いろんな意味で」
「いろんな意味?」夏知雪が振り返り、いたずらっぽい目で彼を見る。「それって、どういう意味かしら?」
「ふふ……それは、先生がお考えの通りです」秦昊も負けずに返す。
二人の間に甘い空気が流れる。鍋の中の味噌汁がぐつぐつと音を立てている。
「危ないから火を止めなきゃ」夏知雪が体をよじってコンロに手を伸ばす。秦昊は彼女を解放し、火を止めるのを手伝った。
「さあ、食べましょう」彼女が優しく言った。
食卓には質素ながらも心のこもった料理が並べられた。向かい合って座る二人。秦昊は箸を取ろうとして、ふと思い立った。
「小雪先生、いただきますの前に、一つ言わせてください」
「何?」
「今日から僕たちは恋人同士です。これからもっと深い関係を築いていきたい——そう思っています。でも、決して妥協はしません。先生が望むなら、僕はもっと强く、もっと——大胆になります」
夏知雪は静かに彼の言葉を聞いていた。その目には優しさと共に、確かな熱が宿っていた。
「小昊……その言葉、忘れないでね。私もあなたを——もっと深く知りたい。もっと深く、あなたのものになりたい」
彼女の「あなたのものになりたい」という言葉が秦昊の胸に深く刺さった。それは所有欲を満たすと同時に、彼の責任を感じさせるものだった。
「約束します」彼は真剣な目で言った。
夕食を終えた後、夏知雪は自分のアパートに秦昊を連れて行くことにした。彼のアパートから地下鉄で数駅の場所にある彼女のアパートは、落ち着いた住宅街に位置していた。
エレベーターで7階に上がり、彼女の部屋のドアを開ける。秦昊は初めて入る彼女のプライベートスペースに、少し緊張していた。
「上がって」夏知雪が手招きする。
部屋は想像以上に整然としていた。リビングには白とベージュを基調とした家具が配置され、壁には幾何学模様のアートが飾られている。床には大きなラグが敷かれ、柔らかな間接照明が落ち着いた雰囲気を作り出していた。
「素敵な部屋ですね」秦昊は素直に感嘆の声を漏らした。
「ありがとう」夏知雪は微笑んだ。「研究者は自分の巣が一番落ち着くものよ。ここで論文を書いたり、読書をしたりして過ごしているの」
彼女は秦昊をソファに座らせると、冷蔵庫からビールとジュースを取り出した。
「どっちがいい?」
「僕は未成年なのでジュースで」
「あら、そうだったわね。ごめんごめん」夏知雪は軽く笑いながら、オレンジジュースをグラスに注いだ。
彼女も隣に座り、ビールを一口含んだ。その仕草がまた大人の女性の魅力を醸し出していて、秦昊は思わず見惚れてしまう。
「明日の朝、一緒に上海行きのチケットを取ろう。もう飛行機で行くのは決まりね?」
「はい。新幹線もいいですが、時間を考えると飛行機の方が効率的ですね」
「その通り。私は合理的な判断が好きなの」夏知雪はグラスをテーブルに置き、体の向きを秦昊に向けた。「ところで、小昊——日本のことは、もう友達に話した?」
秦昊は少し驚いた。彼女がその話を切り出すとは思わなかった。
「いいえ、まだ誰にも。小雪先生とのことは、僕の一番大切な秘密にしたいんです」
「賢明な判断ね」夏知雪は目を細めた。「もし学内に知られたら、私はクビになるかもしれないわ。それに——」
彼女の声が小さくなる。
「——あの夜のことも、誰にも言えないでしょ?」
秦昊は首を振った。「言えません。言う気もありません。あれは、僕と先生だけの秘密です」
「そう……それでいいの」夏知雪はほっと息をついた。「でも、一つだけ聞いてもいい?」
「はい」
「あの夜のこと——あなたは後悔していない?私に強要されたとは思わない?」
秦昊は即座に答えた。「思ってません。僕は自分の意志で先生を縛りました。自分から望んでそうしたんです」
「でも、最初に提案したのは私よ」
「それでもです」秦昊の声に確固たる意志が込められている。「先生が提案してくれなければ、僕は自分の欲望に気づけなかった。だから感謝しています。後悔なんて、微塵もありません」
夏知雪の目が潤んだ。彼女は俯き、指先を組んでいた。
「小昊……あなたって、本当に……すごい洞察力ね」
「そんなことはありません。ただ、自分の気持ちに正直になっただけです」
「そうね」彼女は顔を上げ、微笑んだ。「自分の気持ちに正直になる——それが一番難しいことなのに、あなたはそれをやってのけた」
秦昊は恥ずかしそうに笑った。でも、胸の奥では確かな誇りを感じていた。
夜が更けていく。二人はこれからの旅について語り合った。秦昊の描きたい風景、夏知雪が見せたい場所。話題は尽きることなく、時間が過ぎるのも忘れてしまうほどだった。
「そういえば」秦昊が思い出したように言った。「上海の後は杭州と蘇州ですよね。じゃあその後の予定は?」
「その後は——秘密」夏知雪が悪戯っぽく笑った。「私も完璧に計画を練っているわけじゃないの。旅先でのインスピレーションを大切にしたいから、流動的に決めようと思ってる」
「インスピレーション……」秦昊はその言葉を反芻した。「確かに、すべてを決めてしまうより、その時の気分で動くのも楽しそうですね」
「そう。それにね」夏知雪の声が低くなった。「私たちの『ゲーム』は、予定調和じゃ面白くないでしょ。偶然と即興——それこそが、最も刺激的なシチュエーションを生むんだと思うの」
秦昊の体内に何かが走った。彼女が言う「ゲーム」とは、明らかに性的な調教ゲームのことを指している。
「先生は……僕を試してるんですか?」
「試してるわけじゃないわ」夏知雪は首を振った。「ただ、可能性を広げたいだけ。私たちの中に眠っている——もっと深い快楽の可能性をね」
秦昊はごくりと唾を飲み込んだ。
「先生は……どこまで望んでるんですか?」
「さあね」夏知雪は立ち上がり、彼の前に立った。「どこまで行けるか——それはあなた次第よ、小昊」
彼女の指が秦昊の頬に触れる。その指は冷たく、少し震えていた。
「僕は——できる限り、先生の望むところまで行きたい」秦昊は彼女の手を取った。「たとえその先がどんなに深くても、怖くても——先生がいれば、乗り越えられる気がする」
夏知雪は何も言わず、ただ彼の瞳を見つめ返した。部屋の中には沈黙が流れる。沈黙の中で、二人の呼吸の音だけが聞こえてくる。
「もう遅いわ」彼女がようやく口を開いた。「お風呂に入って休みましょう。明日も早いし」
秦昊は頷いた。浴室から湯気が立ち上り、彼女は彼にバスタオルを手渡した。
「先に入っていいわよ」
「一緒にどうですか?」秦昊が思わず口にすると、夏知雪は一瞬戸惑った表情を見せた。
「あなたってば……大胆ね」
「先生が大胆になれって言ったんじゃないですか」
「確かに言ったわ」彼女は苦笑した。「でも、初めてのアパートでお風呂はちょっと速くない?」
「そうかもしれません」秦昊も笑った。「じゃあ、今日は一人で入ります」
彼は浴室に向かいながら、心の中で自分の大胆さに驚いていた。あの内向的で臆病な少年はもういない。代わりに誕生したのは——夏知雪を虜にしたいという強い意志を持つ若者だった。
浴室で温かいシャワーを浴びながら、秦昊は今夜の出来事を思い返していた。空港での再会、正式な交際宣言、上海旅行の計画——すべてが夢のように感じられる。でも、これらは確かに現実だった。
「僕は変わったんだ」彼は自分に言い聞かせるように呟いた。「あの頃の僕じゃない」
シャワーを終え、バスルームを出ると、夏知雪がパジャマ姿でリビングにいた。彼女のパジャマはシルクのもので、胸元が深く開いていた。その姿に秦昊の心臓が跳ねる。
「お風呂、気持ちよかったわよ」秦昊はタオルで髪を拭きながら言った。
「次は私の番ね」夏知雪が立ち上がり、浴室に向かう。彼のすぐ横を通り過ぎる時、彼女の体から香水の香りが漂った。
秦昊は彼女を見送った後、リビングのソファに座り、天井を見上げた。もうすぐ彼女が戻ってくる。そして今夜のベッドはどうなるのだろう?それを考えただけで、彼の脚の間が熱くなった。
「落ち着け、秦昊」彼は自分に言い聞かせる。「焦る必要はない。彼女はもうお前の彼女だ。何も急ぐことはない」
でも、彼の心臓は高鳴り続けていた。
しばらくして浴室のドアが開く音がした。夏知雪がガウンに身を包んで出てきた。彼女の髪はまだ少し湿っていて、首筋に水滴が光っていた。
「待った?」彼女が尋ねる。
「いいえ、大丈夫です」秦昊は立ち上がった。「そろそろ休みますか?」
「そうね」夏知雪は寝室のドアを指さした。「ベッドは一つしかないけど……大丈夫?」
「ええ、まあ」秦昊は少し顔を赤らめた。「一緒に寝ることになるんですね」
「嫌?」
「嫌なわけないです」彼はすぐに否定した。「むしろ嬉しいです」
夏知雪は微笑み、手を差し伸べた。「おいで」
秦昊はその手を取り、彼女に導かれるまま寝室へ向かった。ベッドはクイーンサイズで、白いシーツが敷かれていた。天井には控えめな照明が一つ。
「どっち側がいい?」夏知雪が尋ねる。
「窓側がいいです」
「じゃあ、私はこっちね」彼女はドア側の枕に頭を置いた。
秦昊もベッドに上がり、隣に横たわった。二人の間には、ほんの少しのスペースしかない。互いの体温が感じられる距離。
「おやすみ、小昊」夏知雪が優しい声で言った。
「おやすみなさい、小雪先生」
照明が消される。部屋は暗闇に包まれた。秦昊は目を閉じて、彼女の呼吸のリズムを感じていた。何度か呼吸を繰り返した後、彼は思い切って手を伸ばした。
彼の指が彼女の手を探し当てる。夏知雪は一瞬強張った後、その手を握り返した。
「何かあった?」彼女の声が暗闇に響く。
「いえ、ただ——手を繋ぎたかっただけです」
「甘えん坊ね」彼女の声は優しかった。
そのまま手を繋いだまま、二人はしばらく静かに過ごした。秦昊は彼女の手の温もりを感じながら、次第に眠りに落ちていった。
翌朝、秦昊は鳥のさえずりで目を覚ました。カーテンの隙間から朝日が差し込み、部屋の中を柔らかな光で満たしていた。隣を見ると、夏知雪がまだ眠っている。彼女の寝顔は無防備で、昼間の厳格な教授の面影はなかった。
秦昊は彼女の寝顔をじっと見つめた。長いまつげ、すっと通った鼻筋、少し開いた唇——すべてが美しかった。彼はそっと手を伸ばし、彼女の髪を撫でた。
夏知雪が身動ぎし、ゆっくりと目を開けた。
「おはよう……」彼女の声はまだ眠そうだった。
「おはようございます、小雪先生」
「何時?」
「まだ七時ですよ。もう少し寝ててもいいですよ」
「ううん、起きる」彼女は体を起こし、伸びをした。ガウンがはだけ、肩が露出する。その白い肌に秦昊の視線が吸い寄せられる。
「小昊、何見てるの?」夏知雪が気づいて、からかうように言う。
「見惚れてました」秦昊は正直に答えた。
「朝から口が上手いわね」彼女は笑いながら、立ち上がった。「さあ、朝ごはんを作るわ。手伝って」
二人はキッチンに立ち、簡単な朝食を準備した。焼きたてのトースト、スクランブルエッグ、サラダ。コーヒーとミルクも添える。
「今日はチケットを取るだけだから、そんなに急がなくていいわね」夏知雪が言いながらトーストをかじった。「午後からは荷造りの最終チェックをしましょう」
「分かりました。あ、そうだ——」秦昊が何かを思い出したように言った。「昨日、先生が持ってた秘密のバッグ、中身を教えてくれませんか?」
夏知雪の顔がまた赤くなった。
「それ、まだ引きずってるの?」
「気になりますから」
「もう……」彼女はため息をついた。「じゃあ、約束して。笑わないって」
「笑いません。絶対に」
夏知雪は席を立ち、寝室からあの小さなバッグを持ってきた。彼女は慎重にファスナーを開け、中身を取り出した。
それは——レースのランジェリーだった。黒と白のセットが数組、そして数本のガーターベルトやストッキング、さらに小さなバイブレーターも一つ入っていた。
「これ……」秦昊は思わず息を呑んだ。
「だから言ったでしょ、女の子の秘密だって」夏知雪は顔を真っ赤にしながら言った。「旅先で着ようと思って……あなたに驚いてほしかったの」
秦昊の心臓が激しく鼓動を打ち始めた。彼女が自分にこんなランジェリーを着てくるために準備していた——その事実が、彼の欲望をかき立てた。
「先生……」彼の声が掠れた。「そんなの、見たら僕の方が我慢できなくなっちゃいますよ」
「だから、笑わないでって言ったでしょ」夏知雪は慌てて中身をバッグにしまおうとした。
「待って」秦昊が彼女の手を止めた。「見せてくれてありがとうございます。すごく……嬉しいです。先生がそこまでしてくれるなんて、思ってませんでしたから」
夏知雪は恥ずかしそうにうつむいた。
「私たちの記念旅行だもの……特別な思い出にしたくって」
「なりますよ」秦昊は固く約束した。「絶対に素晴らしい旅にします。先生が満足するまで、僕は尽くします」
「ありがとう、小昊」夏知雪が顔を上げ、微笑んだ。
二人は朝食を終えた後、早速行動に移した。秦昊がスマートフォンで航空券を検索し、夏知雪が最適な便をピックアップする。結局、明日の午前九時発の便に決まった。
「上海着が十一時だから、午後から観光できるわね」夏知雪が旅程表を作りながら言った。「まずはホテルに荷物を置いて、それから豫園に行きましょう。その後は外灘を散歩して、夕食は本場の上海蟹を食べるの」
「上海蟹!初めてです」
「じゃあ、私が美味しいお店を知ってるから、連れて行ってあげる」彼女はウインクした。
チケットが確定すると、後は準備を整えるだけになった。秦昊は自分のアパートに一度戻り、足りないものを取りに
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