# 第七章 反抗者の滅亡
## 一
その夜、大夏の皇宮は異様な静寂に包まれていた。月は雲に隠れ、星々もその光を失ったかのようだった。空気は重く、風さえも息を潜めている。
李軒は鎧を纏い、佩剣を握りしめて立っていた。その瞳には決意の炎が燃えている。彼の後ろには、三百の兵士が整然と並んでいる。全員が精鋭だ。長年の訓練を積み、実戦を経験した者たちばかりである。
「諸君!」李軒が声を上げる。「今日こそ、我ら大夏の誇りを取り戻す時だ!日出の暴君どもは、我が姉を辱め、国を蹂躙した。もはや耐える必要はない!」
「おおっ!」兵士たちの鬨の声が上がる。
李軒は剣を抜き、空高く掲げた。刃がかすかに月明かりを反射している。
「我に続け!皇宮を奪還せよ!」
## 二
反乱軍は轟音とともに皇宮の正門を突破した。最初の警備兵たちは不意を突かれ、ほとんど抵抗もできずに倒された。李軒は先頭に立ち、次々と敵を斬り伏せていく。
「やれ!やれ!」彼の声は戦場に響く。「奴らはたかが数人だ!押し潰せ!」
確かに、最初の防衛線は脆かった。日出の兵士たちは少数で配置されており、大軍の前に為す術もなく蹴散らされた。李軒の心は高鳴った。このままいけば、本殿まで到達できる。姉を救出できる。そして、あの傲慢な日出天皇を跪かせることができる―
「太子殿下!前方に敵の増援です!」斥候が叫んだ。
李軒は前方を見据えた。回廊の先に、一つの人影が立っている。たった一人だ。だが、その存在感は異常だった。
「一人か?」李軒は笑った。「笑止!たった一人で我ら三百人を止められると思うか?」
兵士たちも笑い声を上げた。だが、その笑いはすぐに凍りつくことになる。
## 三
その男はゆっくりと歩いてきた。身の丈は六尺ほど。筋肉質な体躯に、黒い鎧を纏っている。顔には無表情が張り付き、目だけが冷たく光っていた。腰には二本の刀を差し、背中には巨大な鎖鎌を担いでいる。
「名乗れ!」李軒が剣を向ける。「我は大夏の太子、李軒なり!貴様、何者だ!」
男は足を止めた。口元がわずかに歪む。
「加藤一郎。」低い声で答える。「日出天皇直属、親衛隊隊長である。」
「親衛隊隊長?」李軒は嘲弄の笑みを浮かべた。「一人で我らを止められると思っているのか?」
加藤一郎は答えなかった。代わりに、ゆっくりと背中の鎖鎌を外した。鎖の音が冷たく響く。
「かかれ!」李軒が命令を下す。
数十人の兵士が一斉に突撃した。槍を構え、剣を掲げて―
次の瞬間、何が起こったのか誰も理解できなかった。
## 四
鎖鎌が唸りを上げて回転した。まるで生きた蛇のように、それは兵士たちの間を縫って舞う。最初の一振りで、五人の兵士の首が飛んだ。血が噴き出し、地面を赤く染める。
「な…」李軒の目が見開かれる。
加藤一郎は動いた。その動きは人間離れしていた。一歩踏み出すごとに、二、三の兵士が倒れる。鎖鎌の刃は正確に急所を捉え、鎖は兵士の足を絡め取る。
「うわああ!」
「助けてくれ!」
悲鳴が次々と上がる。反乱軍の先鋒はたちまち壊滅状態に陥った。
「退くな!退くな!」李軒が叫ぶ。「数で押せ!奴は一人だ!」
しかし、兵士たちの足はすでに止まっていた。目の前で繰り広げられる光景に、彼らは恐怖で硬直していた。加藤一郎はまるで死神のようだった。一振りごとに命を刈り取り、一歩ごとに血の道を敷いていく。
## 五
「畜生…」李軒は歯を食いしばった。
彼は自ら剣を構え、前に出ようとした。だが、その腕を副将が掴む。
「殿下!お下がりください!あの男は尋常ではありません!」
「離せ!」李軒は腕を振り払おうとする。「我が戦わねば、誰が戦うというのだ!」
その時、加藤一郎が鎖鎌を大きく振りかぶった。鎖が空を裂き、巨大な弧を描く。そして、その先端が兵士の密集地帯に突き刺さった。
「ぐわああ!」
鎖鎌の刃が三人の兵士を貫通した。加藤一郎は軽く鎖を引く。三人の兵士が悲鳴を上げながら引き寄せられる。そのまま、彼は鎖を振り回した。三人の体が棍棒のように他の兵士を叩きのめす。
「ひいっ!」
「た、助けて!」
恐怖が集団を支配した。一人の兵士が槍を捨てて逃げ出した。それを皮切りに、次々と兵士たちが武器を投げ捨てる。
「逃げるな!戻れ!」李軒が怒鳴るが、もはや誰も彼の声を聞いていない。
## 六
加藤一郎は冷たい目で逃げる兵士たちを見つめた。そして、腰の刀を抜いた。二本の刀が月光に輝く。
「逃げられると思うか?」
その声は低く、しかし確かに全員の耳に届いた。次の瞬間、彼の姿が消えた。
「!?」
李軒が目を疑ったその刹那、加藤一郎は逃げる兵士たちの前に現れていた。二本の刀が閃く。空中に血の花が咲く。三つの首が同時に舞い上がった。
「あ、あ、あ…」
その場に残された兵士たちは、膝をついた。震え上がり、口からは泡を吹いている者もいる。一人の若い兵士は、その場に座り込み、股間を濡らしていた。
「た、頼む…命だけは…」
何人かの兵士が両手を地面につけ、額を土に擦り付けた。
「お許しください!お許しください!」
「我々は命令されただけで…」
「太子に唆されただけで…」
加藤一郎はそんな彼らを見下ろした。その表情には、軽蔑とも無関心ともつかない色が浮かんでいる。
「醜い。」彼は一言だけ言った。
## 七
「貴様!」
李軒が怒りの声を上げた。彼は佩剣を抜き、加藤一郎に切りかかろうとした。しかし、その前に副将が彼を押し止める。
「殿下!無茶です!あの男は化け物です!」
「離せ!我は大夏の太子だ!臆するわけにはいかない!」
その時、加藤一郎が鎖鎌を再び振り回した。今度は狙いが違う。鎖が李軒の足元を這い、瞬間的に絡みついた。
「なっ!」
李軒はバランスを崩し、地面に倒れた。剣が手から離れ、乾いた音を立てて転がる。
「殿下!」
副将が救い出そうと前に出たが、加藤一郎の刀が一閃する。副将の喉笛が裂け、血が噴き出した。彼はその場に崩れ落ちた。
「が…あ…」
「よくも…!」李軒は歯を食いしばり、起き上がろうとする。しかし、鎖が彼の両足を固く縛っていた。
加藤一郎はゆっくりと近づいてきた。その手には犬をつなぐための鎖が握られている。
「日出天皇陛下のご命令だ。」彼は淡々と言った。「反逆者は、犬として扱え、と。」
「貴様…!」
李軒が怒鳴ろうとした瞬間、加藤一郎の足が彼の腹にめり込んだ。
「がふっ!」
衝撃で胃の内容物が逆流する。李軒はその場にうずくまり、息もできない。
## 八
加藤一郎は、倒れた兵士たちに次々と犬鎖をかけていった。首輪をはめ、鎖でつなぐ。その手際は、まるで長年この仕事をしてきたかのようだった。
「やめてくれ…」
「許してくれ…」
兵士たちの哀願も、加藤一郎には届かない。彼はただ黙々と作業を続けた。三十人ほどの兵士が生き残っていたが、全員が犬のように鎖につながれた。
「これで終わりだ。」加藤一郎は言った。
そして、彼は李軒の方に向き直った。太子はまだ腹を押さえて蹲っている。
「太子殿下。」加藤一郎の声には皮肉が込められていた。「ご自分で歩けますか?それとも、引きずられたいですか?」
李軒は顔を上げた。その目には憎悪の炎が燃えている。
「貴様…覚えておけ…必ず…」
「なら結構。」加藤一郎は彼の首根っこを掴み、無理やり立たせた。そして、別の鎖を彼の首にかける。
「ぐっ…!」
李軒は抵抗しようとしたが、加藤一郎の力は圧倒的だった。彼はまるで子犬のように引きずられていった。
## 九
その時、遠くから女性の悲鳴が聞こえた。
「殿下!」
李軒は顔を上げた。その声には聞き覚えがあった。
「未児…!」
太子妃の未児だった。彼女は二人の侍女に伴われて、回廊の角から現れた。その顔は恐怖に引きつっている。
「殿下!どうなさったのですか!」
未児は走ってこようとした。しかし、加藤一郎が手を挙げる。
「止まれ。」
その一言に、未児は足を止めた。彼女の体は小刻みに震えている。
「未児…逃げろ…!」李軒が叫ぶ。
しかし、加藤一郎はすでに動いていた。彼の影が一瞬で未児の前に現れる。
「きゃっ!」
次の瞬間、未児の細い腕が加藤一郎の手に掴まれていた。
「離してください!私は太子妃です!」
「太子妃であろうと、反逆者の妻には変わりない。」加藤一郎は冷たく言った。「大人しく従え。」
未児は抵抗しようとしたが、無駄だった。加藤一郎の腕力は、彼女の華奢な体にはあまりに強力だった。
## 十
加藤一郎は、李軒の首に鎖をかけ、未児の腕を掴んだまま、皇宮の本殿へと向かった。その後ろには、犬のように鎖につながれた三十人の兵士たちが続く。他の者たちは、すでに死体となって回廊に転がっている。
「ひっ…ひっ…」
鎖につながれた兵士の中には、泣きじゃくる者もいた。失禁したまま歩いている者もいる。膝が震えて立っていられず、引きずられている者もいた。
「情けない…」一人の老兵が呟いた。「大夏の兵が、一人の敵にここまでやられるとは…」
「黙れ!」別の兵士が叫ぶ。「お前だって逃げようとしただろう!」
「逃げたって仕方ないだろ!あの男は化け物だ!」
「もう終わりだ…大夏は終わった…」
絶望の言葉が、鎖につながれた列から次々と漏れる。
李軒はそれを聞きながら、唇を噛みしめた。悔しさで体が震える。彼は太子だ。大夏の未来を担うべき存在だ。なのに、今は犬のように鎖につながれている。
「姉上…すまない…」彼は心の中で呟いた。「俺は…あまりに無力だった…」
## 十一
本殿に到着すると、そこには日出天皇が玉座に座っていた。その隣には、天后の桜子が優雅に立っている。二人はまるで、これから始まる見せ物を楽しみにしているかのようだった。
「加藤一郎、報告せよ。」日出天皇が低い声で言った。
加藤一郎は片膝をついた。
「反逆者、李軒を捕らえました。同調者約三百名のうち、大半を討ち取り、残りを連行しております。」
「三百名?」日出天皇は軽く眉を上げた。「たった三百名で、我に挑もうとしたのか?」
その言葉に、李軒は顔を上げた。
「三百名で十分だ!貴様ら侵略者を追い出すには!」
「黙れ。」加藤一郎の手が動き、李軒の頬を打った。
「ぐっ!」
「面白い。」日出天皇は笑った。「大夏の太子は、なかなか勇気があるようだ。だが、無謀だな。」
「父上、この者、どのように処分なさいますか?」桜子が甘い声で尋ねた。
「そうだな…」日出天皇は考え込むふりをした。「まずは、彼に自分の無力さを思い知らせてやろう。」
## 十二
日出天皇は立ち上がり、ゆっくりと李軒の前に歩いてきた。彼の目は、まるで虫けらを見るかのように冷たかった。
「李軒よ。」彼は言った。「お前は、大夏を救おうとしたのだろう?だが、見ろ。お前の兵士たちは、鎖につながれて震えている。お前の妻は、恐怖で青ざめている。お前自身も、今や犬よりも劣る存在だ。」
「黙れ…!」李軒は歯を食いしばった。
「お前の姉、李蓉は、今や我が妃として、日の本の宮廷で暮らしている。」日出天皇は続けた。「彼女は賢明にも、抵抗を諦めた。だが、お前は違った。愚かにも、戦いを選んだ。」
「姉上は…決して諦めてなどいない!」
「そうか。」日出天皇は軽く肩をすくめた。「だが、それはどうでもいい。お前は敗れた。負けた者は、勝者の慈悲にすがるしかないのだ。」
李軒は沈黙した。その目には、まだ闘志が燃えている。しかし、言葉は出てこなかった。
## 十三
「加藤一郎。」日出天皇が命じる。「この者たちを、地下牢に繋げ。そして、民の前で晒し者にせよ。大夏の反逆者が、いかに無惨に敗れたかを、皆に見せつけてやれ。」
「はっ。」
加藤一郎は立ち上がり、鎖を引いた。李軒はよろめきながらも、立ち上がろうとした。
「待て。」未児が声を上げた。「お願いです…せめて、殿下だけでも…解放してください…」
彼女の声は震えていた。目には涙が溢れている。
「未児…」李軒は苦しそうに言った。「頼む…そんなことを言うな…」
「だが…殿下は太子です…こんな扱いを受けるべきでは…」
「笑止。」桜子が口を挟んだ。「太子?今や、ただの反逆者だ。いや、反逆者以下の存在だ。お前も同じだぞ、太子妃よ。」
未児は唇を噛みしめた。涙が頬を伝う。
「可哀想に。」桜子は優雅に歩み寄り、未児の顎を指で持ち上げた。「こんなに美しい顔が、涙で台無しだ。だが、それも一興だな。」
「お前…!」李軒が怒鳴ろうとしたが、加藤一郎の拳が再び彼の腹に入った。
「がはっ!」
「殿下!」
未児が叫ぶが、桜子が彼女の腕を掴んだ。
「おとなしくしろ。」桜子は冷たく言った。「お前たちの命運は、我々の手にあるのだ。」
## 十四
その時、空から一筋の光が降りてきた。それは、神々しい輝きを放ち、本殿全体を照らし出す。
「何だ!」
兵士たちが騒然とする。
光の中から、一人の少女が現れた。それは月夕だった。大夏の護国女神である。しかし、その表情は今、深刻だった。
「止めなさい、日出天皇。」月夕の声は澄んでいたが、威厳に満ちていた。「これ以上、大夏の者を辱めるのは、神々の怒りを買うことになる。」
日出天皇は月夕を見上げ、笑った。
「神々の怒り?面白い。だが、我が神は、お前たちの神々より強い。知っているだろう?」
「傲慢は身を滅ぼす。」月夕は言った。「我が父、東極皇天聖帝は、お前たちの行いを許してはおられない。」
「ならば、かかって来い。」日出天皇は手を広げた。「我が父、天照大神は、常に我と共にある。お前たちの神々が、我に敵うと思うか?」
月夕は沈黙した。彼女の目には、複雑な感情が浮かんでいる。
「月夕様!」李軒が叫んだ。「お助けください!この暴君を…」
「黙れ、反逆者。」加藤一郎が鎖を強く引いた。李軒の首が締まり、声が出せなくなる。
月夕は李軒を見つめた。その目には、哀れみと無力感が混ざっている。
「李軒…」彼女は小さく呟いた。「私も…今は、何もできぬ…」
「何ですって…?」
「神界の掟がある。」月夕は言った。「直接的な干渉は、許されていない。私はただ、警告することしかできない。」
李軒の顔から血の気が引いた。彼の最後の希望が、今、絶たれたのだ。
## 十五
加藤一郎は、李軒と未児を地下牢へと連れて行った。そこは湿気が多く、悪臭が立ち込めている。壁には苔が生え、床には水が溜まっている。
「ここで、おとなしくしていろ。」加藤一郎は言い、鎖を壁の環に繋いだ。
「いつまで…ここに閉じ込めておくつもりだ?」李軒は掠れた声で尋ねた。
「決まり次第、知らせる。」加藤一郎はそれだけ言うと、振り返らずに去っていった。
鉄格子の扉が閉まる音が、暗闇に響く。鍵がかけられる音が、全ての希望を打ち砕くかのようだった。
「殿下…」未児が李軒の手を握った。彼女の手は冷たく、震えている。
「すまない…未児…」李軒はうつむいた。「俺は…お前を巻き込んでしまった…」
「そんな…」未児は首を振った。「私は、殿下の妻です。どこにでもお供します。」
「だが…こんな場所で…」
「構いません。」未児は微笑んだ。その顔は涙で濡れているが、笑顔は美しかった。「殿下と一緒なら、どこでも構いません。」
李軒はその言葉に、胸が締め付けられる思いだった。彼は妻の手を強く握り返した。
「ありがとう…未児…」
## 十六
その夜、地下牢は静まり返っていた。他の囚人たちは、疲れ果てて眠っている。李軒は目を開けたまま、天井を見つめていた。
(なぜ…なぜ、こんなことに…)
彼の頭の中は、後悔と自責の念でいっぱいだった。三百人の兵士を率いて、日出の宮殿を攻撃した。だが、結果は惨敗。大半の兵士は死に、残りは囚われの身となった。
(俺は…何もできなかった…)
加藤一郎の強さは、人間離れしていた。一人であれだけの兵士を相手にできるとは、到底思えない。あれはまさに、化け物じみていた。
(大夏は…もう終わりなのか…)
李軒の目から、一筋の涙が流れた。彼はこれまで、何があっても泣いたことなどなかった。だが、今は違う。全てを失った絶望が、彼の心を押し潰そうとしていた。
「殿下…」
未児の声が、暗闇の中で聞こえた。
「起きていらっしゃいますか?」
「ああ…」
「私も、眠れません。」未児は言った。「怖くて…」
李軒は体を起こし、妻の方を見た。暗がりでも、彼女の顔がぼんやりと見える。
「大丈夫だ。」彼は言った。「必ず、ここを出る方法を考える。」
「本当ですか?」
「ああ。」李軒は、自分に言い聞かせるように言った。「俺は、大夏の太子だ。まだ、終わったわけではない。」
その言葉に、少しだけ力が湧いてきた。彼は拳を握りしめた。
(そうだ…まだ終わってない…必ず…必ず、この屈辱を晴らしてみせる…)
## 十七
翌朝、加藤一郎が再び地下牢に現れた。
「李軒。出て来い。」
「何の用だ?」
「民衆の前で、お前の罪を告白するのだ。」加藤一郎は冷たく言った。「日出天皇陛下のご命令だ。」
李軒は唇を噛みしめた。民衆の前で、自らの無力を認めろというのか。それは、彼の誇りを完全に打ち砕く行為だった。
「嫌だ。」彼は言った。「そんなことは、絶対にしない。」
「拒否権はない。」加藤一郎は鎖を引いた。李軒の首が締まり、彼は無理やり立ち上がらされた。
「殿下!」
未児が叫ぶが、加藤一郎は彼女にも鎖をかけた。
「お前も来い。妻として、夫の罪を共に償うのだ。」
「やめろ!未児を巻き込むな!」
「黙れ。」
加藤一郎の拳が、再び李軒の腹に入る。彼はその場に崩れ落ちた。
## 十八
広場には、大勢の民衆が集められていた。日出の兵士たちが周囲を固め、誰も逃げられないようにしている。
李軒と未児は、鎖につながれて壇上に立たされた。その姿を見て、民衆の間に動揺が走る。
「あれは太子殿下では…」
「なぜ鎖につながれているんだ…」
「日出の奴らめ…」
「静まれ!」加藤一郎が声を張り上げる。「これより、反逆者李軒の罪を告白させる!」
李軒は壇上から、集まった民衆を見下ろした。その顔には、無数の視線が注がれている。中には、同情の眼差しもあった。だが、多くは恐怖と諦めの色を帯びていた。
「言え。」加藤一郎が李軒の背中を押した。「お前が、日出天皇陛下に逆らったことを、皆の前で認めろ。」
李軒は沈黙した。彼の口からは、言葉が出てこない。
「言え。」
加藤一郎の手が、李軒の肩を掴んだ。その指が、骨を砕かんばかりに食い込む。
「ぐっ…」
「言え!さもなくば、この女の命はないぞ。」
その言葉に、李軒は顔を上げた。加藤一郎の手は、未児の首に当てられている。
「やめろ…!」
「ならば、言え。」
李軒は唇を噛みしめた。血がにじむ。彼はゆっくりと口を開いた。
「…我、李軒は…日出天皇陛下に…逆らい…その罪を…認める…」
その声は、かすれていた。しかし、広場に確かに響いた。
民衆の間に、ざわめきが広がる。誰もが、その言葉を信じられない様子だった。
「もう一度。」加藤一郎が言う。「大きな声で。」
「我…李軒は…日出天皇陛下に逆らい…罪を認める…」
李軒は、震える声で繰り返した。その目からは、涙が溢れていた。それは、悔しさの涙だった。無力さの涙だった。
## 十九
その日、李軒は広場で晒し者にされた後、再び地下牢に戻された。彼の体は傷だらけで、心は打ち砕かれていた。
「殿下…」未児が彼の手を握る。「大丈夫ですか…」
「…大丈夫だ。」李軒は掠れた声で言った。しかし、その目は虚ろだった。
「殿下…泣いてもいいんですよ…」
「泣く…?」李軒は苦笑した。「泣いたところで、何も変わらない…」
「でも…」
「もういい。」李軒は頭を振った。「俺は…もう、何もできない…何も…」
彼は壁にもたれかかり、目を閉じた。その顔には、生気がなかった。
未児は彼の手を握りしめたまま、黙って寄り添った。二人は、暗い牢獄の中で、ただ時が過ぎるのを待っていた。
## 二十
その頃、皇宮の奥の間では、日出天皇と桜子が酒を酌み交わしていた。
「父上、今日の見せ物、いかがでしたか?」桜子が甘い声で尋ねる。
「なかなかのものだった。」日出天皇は笑った。「あの太子の絶望した顔は、実に愉快だった。」
「我々の力を、思い知らせることができましたね。」
「ああ。」日出天皇は酒杯を傾けた。「しかし、これで終わりではない。大夏の者どもには、もっと思い知らせねばならぬ。我々に逆らうことが、どれほど愚かなことかを。」
「その通りです。」桜子は微笑んだ。「我々は、この地を完全に支配する。そして、全ての者を我々の奴隷とする。」
二人は、高らかに笑った。その笑い声は、皇宮に響き渡り、まるで大夏の終焉を告げる鐘の音のようだった。
地下牢では、李軒がその笑い声を聞いていた。彼は拳を握りしめ、歯を食いしばった。
(必ず…必ず、この屈辱を晴らす…)
その決意は、しかし、今の彼には何の力も持たなかった。ただの、無力な反逆者の妄執に過ぎなかった。
夜は更け、星々は雲に隠れた。大夏の地には、暗い闇が広がっている。そして、その闇は、まだまだ続くのだった。