# 予期せぬ発見
星間航行船「アストラル・イクリプス」の艦橋で、林淵は瞳を細めてホログラフィックディスプレイを睨んでいた。深宇宙を彷徨って数週間、彼が求めていたのは獲物だった。
「面白い…」
低く響く声が静寂を破る。指先で操作すると、映し出されたデータが拡大される。それは傍受した通信の断片だった。通常の傍受ならば意味を成さない雑音の塊。しかし、林淵の高度な解析システムは、その中に施された特殊な暗号を解読していた。
「女尊会…廃墟と化したはずの組織が、まだ生き残っていたとはな」
彼の唇が歪む。それは獲物を前にした捕食者の笑みだった。
数分後、林淵は船の分析室に移動していた。解析されたデータは、二つの人物を中心に展開されていた。一人は「叶婉」という名の大学女学長。もう一人はその娘、「叶夜璃」という大学生。
「母と娘…しかも、どちらも高度な知性の持ち主か」
彼は椅子に深く腰掛け、指を組んだ。天井の照明が冷たく彼の顔を照らす。
データによれば、叶婉は表面上は大学の学長だが、その実態は女尊会の天才軍師。さらに驚くべきことに、時代を変える可能性を秘めた数々の発明を成し遂げている。一方、叶夜璃は天才秀才と呼ばれる大学生であり、女尊会の薬物専門家として多くの薬物を開発していた。
「これは…まさに理想的な獲物だ」
林淵は立ち上がり、船のメインコンピュータに指示を入力した。航路が再設定され、目的地は叶婉たちが住む星「アルクトゥルス・プライム」へと変更された。
「身分を偽装し、接触する。まずは、彼女たちの能力を間近で観察する必要がある」
船はワープ航法で宇宙を駆け抜けた。
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アルクトゥルス・プライムの首都、ルミナスシティ。そこは高度な科学技術と豊かな自然が調和した美しい星だった。林淵は星港に降り立つと、スーツの襟元を整えた。彼の外見は若く、知的な印象を与える研究者そのもの。実際の年齢や素性を隠すためのホログラフィック偽装は完璧だった。
「まずは、星の情報を収集する必要がある」
彼は端末を取り出し、街のデータネットワークにアクセスした。アルクトゥルス・プライムは科学技術の粋を集めた星であり、特にバイオテクノロジーと量子コンピューティングの分野では最先端を行っている。その中心にあるのが、叶婉が学長を務める「アルクトゥルス総合大学」だった。
林淵はタクシーを呼び止め、大学へと向かった。
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大学のキャンパスは広大だった。白を基調とした近代的な建物が並び、その間に緑豊かな庭園が広がっている。学生たちは思い思いに学問に励み、活気に満ちていた。林淵はその光景を冷めた目で見つめながら、学長室のある中央管理棟へと足を進めた。
「お待ちしておりました、林淵博士」
受付の女性が優雅にお辞儀をする。林淵は事前に申請していた博士研究員としての身分で、大学を訪れていた。専門は量子神経科学。この分野における彼の虚偽の経歴は完璧に偽装されていた。
「ご案内いたします。学長がお待ちです」
案内された学長室は、一見すると質素だが、細部にまで気を配られたインテリアだった。壁には様々な賞状や学位記が飾られている。そして、執務机の向こう側に、一人の女性が座っていた。
叶婉だった。
「ようこそ、林博士」
彼女が立ち上がる。年齢は四十代半ばといったところか。しかし、その全身から漂う気品と知性、そして美しさは、彼女の実年齢を感じさせなかった。長い黒髪は後ろでまとめられ、知的な瞳が林淵を観察するように見つめる。
「お会いできて光栄です、学長。このような名門大学で研究できる機会を与えていただき、感謝いたします」
林淵は礼儀正しくお辞儀をした。その態度には一切の隙はない。
「いえいえ、量子神経科学の分野でご活躍と聞いております。ぜひ、私たちの大学でも新しい風を吹き込んでほしい」
叶婉は微笑みながら、来客用のソファを指し示した。二人は向かい合って座る。
「実は、私が開発したある装置について、ご意見を伺いたいのです」
林淵は小型のケースから、一つの装置を取り出した。それはブレスレットのような形状をしており、微かな光を放っていた。
「これは…何の装置ですか?」
叶婉の瞳に一瞬、警戒の色が走る。しかし、それはすぐに消えた。
「簡単に言えば、脳波を安定化させる装置です。ただし、特定の周波数で刺激を与えることで、集中力を高める効果もあります」
林淵はさりげなく説明した。実際には、それは彼が開発した洗脳装置のプロトタイプだったが、もちろん偽装した機能を説明しているに過ぎない。
「興味深いですね。量子神経科学の分野では、脳波の制御が重要な研究テーマですから」
叶婉は装置に手を伸ばし、観察する。その仕草には専門家としての確かな知識が感じられた。
「もしよろしければ、私の研究室で詳細な実験をさせていただきたいのですが」
「ええ、もちろんです。私たちの大学には最先端の研究設備が整っています。自由にお使いください」
叶婉は快諾した。その笑顔の裏に、女尊会の天才軍師としての警戒心が微塵も感じられないことに、林淵は内心でほくそ笑んだ。
「ありがとうございます。それでは、早速研究室の準備に取り掛かります」
林淵は立ち上がり、丁寧に礼をして学長室を後にした。廊下を歩きながら、彼の顔には冷たい笑みが浮かんでいた。
「簡単に引っかかったな…あとは、娘の方だ」
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数日後、林淵は大学のカフェテリアで一人の女子学生に声をかけた。彼女は長い銀色の髪をした、クールな印象の少女だった。叶夜璃、叶婉の娘であり、天才秀才として大学内でも有名だった。
「失礼、君が叶夜璃さんかな?」
夜璃は顔を上げ、林淵を一瞥する。その瞳には警戒心と興味が混在していた。
「はい、そうですが…あなたは?」
「量子神経科学の林淵だ。君の研究について話を聞きたい」
「私の研究?何のことですか?」
夜璃の声は冷静そのものだった。しかし、林淵はその目つきの奥に、知性の煌めきを見逃さなかった。
「先日、君が発表した論文を見た。『神経伝達物質の制御による意識変容の可能性』…非常に興味深い内容だった」
林淵は隣の席に座った。夜璃の表情がわずかに揺らぐ。彼女が最も得意とする分野、薬物学と神経科学の交界領域だ。
「あれはまだ理論段階です。実用化にはほど遠い」
「だが、その理論に基づけば、多くの応用が可能だろう。例えば…特定の記憶を強化したり、逆に抑制したりすることも」
林淵の言葉に、夜璃の瞳が一瞬、大きく見開かれた。それはまさに彼女が密かに研究している分野だった。
「あなたは、どこまで知っているのですか?」
「ただの興味だ。もしかしたら、協力できるかもしれないと思ってね」
林淵は口元にほのかな笑みを浮かべた。それは獲物が罠にかかった瞬間を見届ける狩人の笑みだった。
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それから一週間、林淵は大学の地下に秘密の研究室を準備していた。表向きは量子神経科学の研究施設だが、実際には洗脳装置と魔薬の製造設備が完備されている。
研究室の中央には、特殊な合金で作られた二つのチェアが設置されていた。それぞれに無数の配線とセンサーが接続され、天井からは脳波を制御するためのアンテナが吊り下げられている。
「準備は整った…」
林淵はチェアに触れ、満足げにうなずいた。そして、ポケットから二つの小さなアンプルを取り出す。中には蛍光色の液体が入っている。魔薬の試作品だ。
「叶婉、叶夜璃…この母娘を従えるのは、さぞかし楽しいだろうな」
彼はアンプルを装置にセットした。注射器が自動的に液体を吸い上げ、チェアのアームレストに内蔵された注射機構へと送られる。
「あとは、彼女たちをここに連れてくるだけだ」
林淵は研究室を後にし、大学の廊下を歩きながら、次の行動を計画した。まずは叶婉を呼び出す。新しい装置の実演実験と称して。そして、彼女をチェアに座らせた瞬間に…。
「博士、お待ちください!」
背後から声がかかる。振り返ると、息を切らした叶夜璃が立っていた。
「どうしたんだ?」
「あなたの研究室を見せてください。あなたの研究に、とても興味があるんです」
夜璃の瞳は真剣だった。その中に、知的好奇心と同時に、何か危険なものを感じ取っているかのような警戒心が見え隠れする。
「いいだろう。今日の午後三時に、私の研究室に来るといい。特別に見せてあげよう」
林淵は優しく微笑んだ。その笑顔の奥で、邪悪な計画が着実に進行していることを、夜璃はまだ知る由もなかった。
午後三時、叶夜璃は研究室の扉をくぐった。そして、その瞬間にまるで時間が止まったかのように、すべてが始まろうとしていた。