# 第一章 システムとの出会い
都会の雑踏が遠くに感じられる高級バー「ルミエール」。琥珀色の照明が優雅に空間を包み込み、ジャズの旋律が静かに流れている。
林逸はカウンターの端で、グラスの中のウイスキーを弄んでいた。彼の目は、しかし、正面の個室席に向けられていた。
そこにいたのは、一際目を引く女性だった。
黒のドレスに身を包み、長い黒髪を一つにまとめている。凛とした姿勢、一切の無駄を排したメイク。彼女が口を開けば、それはいつも皮肉めいた言葉ばかりだ。
「あの令嬢、知ってるか?」
バーテンダーが小声で尋ねた。
「蘇晩晴。蘇グループの長女だよ。この辺りでは有名な才女だ」
林逸は何気なく頷いた。
「へえ…」
その声は、表面だけの興味を装っていた。しかし、彼の奥底では、何かが蠢いていた。
彼女の首筋。ほんの少しだけ髪がはだけ、そこに見える肌は白く、まるで磁器のようだ。林逸の目は、その一点に釘付けになった。
「ああいう女は…きっと、支配されることを知らないんだろうな」
彼の心の中で、不気味な笑みが浮かんだ。
突然、視界に違和感が走った。
「!?」
目の前に、半透明の文字が浮かんでいる。
「システム起動中…適格者を確認しました」
「ようこそ、宿主。これは『絶対調教システム』です」
林逸は一瞬驚いたが、すぐに平静を取り戻した。彼はスマートフォンを弄るふりをしながら、心の中でシステムに問いかけた。
『システム? お前は何だ?』
「説明します。宿主は本システムを通じて、対象者の心理的・肉体的調教を行うことが可能です。段階を踏めば、どんな相手も完全に掌握できます」
「適格者として、最初のターゲットが選択されました。蘇晩晴です」
林逸の口元が、わずかに歪んだ。
「面白い…」
彼はもう一度、蘇晩晴を見た。彼女はちょうど誰かと電話をしていて、眉をひそめている。その表情が、何かを隠そうとしているように見えた。
「で、最初のタスクは?」
「タスク1: 蘇晩晴に、自ら林逸をデートに誘わせる。制限時間: 48時間。達成時の報酬: 対象者の好感度+20、スキル『甘い罠』解除」
「48時間…ふん」
林逸は立ち上がった。彼の動きは優雅で、周囲に気取られることはない。
蘇晩晴は、話を終えて席を立とうとしていた。彼女の周りには、他の客たちがこぞって視線を向けていた。誰もが彼女の美しさに釘付けだが、誰も近づく勇気がない。
林逸は、何気なく彼女の近くを通り過ぎようとした。
その瞬間、彼の手が、カウンターの上に置かれた彼女のスマートフォンに当たった。
「あっ!」
スマートフォンが床に落ちる。林逸は完璧なタイミングでそれを拾い上げた。
「すみません、お嬢様。不注意でした」
彼は低い声で謝り、スマートフォンを差し出した。その目は、彼女の目を真っ直ぐに見つめている。
蘇晩晴は一瞬、嫌悪の表情を見せた。
「…大したことはないわ。気にしないで」
冷たく、短い返答。彼女はスマートフォンを受け取り、背を向けようとした。
しかし、その時だ。
「蘇さん、今日の悩み事、もしよろしければお聞きしましょうか?」
林逸は、予想外の言葉を投げかけた。
蘇晩晴が振り返った。その目には、少しだけ驚きが浮かんでいる。
「…私のことを知っているの?」
「バーの常連の間では、有名ですよ。蘇グループの才女、とは」
林逸の口調は穏やかだ。しかし、その奥には確かな計算が潜んでいる。
「…ふん、あなたに何がわかるの?」
蘇晩晴は少しだけ嘲笑を含んだ声で言った。しかし、その目は一瞬だけ揺れた。
「話を聞くだけなら、無料です。ここは、あなたが思うよりも安全な場所ですよ」
林逸はそう言いながら、自分の席に戻った。彼は、彼女が自分から近づいてくるのを待つことにした。
15分が経った。
蘇晩晴は、カウンターに戻ってきた。
「…一本、もらうわ」
彼女はカウンターに座り、注文をした。林逸は隣に座っている。
二人の間に、沈黙が流れた。
突然、蘇晩晴が口を開いた。
「ねえ…あなた、私のことを何も知らないくせに、よく話を聞けるなんて言えるわね」
「知らなくても、理解することはできますよ」
林逸はそう言って、優しく微笑んだ。その微笑みには、不思議な魅力があった。
「…ふん、甘いわね」
蘇晩晴はそう言いながらも、少しだけ口元を緩ませた。
林逸は、その変化を見逃さなかった。
『システム、現在の好感度は?』
「現在の好感度: 5/100。まだ初期段階ですが、会話の継続により上昇が期待できます」
林逸は、さらなる一手を打つことにした。
「蘇さん、もしよろしければ、今度このバーでお会いしませんか? 別に特別な意味はありません。ただ、あなたともう少し話をしてみたいと思っただけです」
蘇晩晴は、一瞬迷った。
「…いいわよ。でも、条件がある」
「条件?」
「あなたが、私に面白い話をしてくれたらね。じゃないと、二度と会わない」
林逸は、内心で笑った。
『かかったな』
「わかりました。じゃあ、約束しましょう」
その夜、林逸はKTVで罠を仕掛ける準備を整えた。蘇晩晴に、自らデートに誘わせるためには、まず彼女に強い印象を残さなければならない。
彼はシステム機能を利用し、蘇晩晴のスマートフォンに細工を施した。彼女がよく行くKTVの予約システムに、偽の招待状が送られるように設定した。
翌日、蘇晩晴が予約していたKTVの個室に、彼女は現れた。彼女は普段より少しリラックスした服装で、一人で来ていた。
「林逸さん、本当にここに来るって約束したわよね?」
彼女が部屋に入った瞬間、照明が一瞬暗くなった。そして、林逸が現れた。
「さあ、始めましょうか」
林逸はウイスキーを取り出し、蘇晩晴にグラスを差し出した。
「何のゲーム?」
「簡単なゲームですよ。このウイスキーを飲み干したら、あなたの心のうちを少しだけ教えてください。もし飲めなかったら…」
「…飲めなかったら?」
「何も起こりません」
林逸の笑顔は、優しかった。しかし、その目は、獲物を狙うハンターのそれだった。
蘇晩晴は、挑戦を受けて立つことにした。
「いいわよ。私の酒の強さ、見せてあげる」
一気に、彼女はウイスワを飲み干した。
しかし、そのウイスキーには、あらかじめ林逸が仕込んだ薬が溶けていた。飲み干した瞬間、蘇晩晴の目つきが変わった。
「…何…これ…」
彼女の体から、力が抜けていく。林逸は彼女を優しく受け止めた。
「大丈夫ですか?」
「…ちょっと…眩しい…」
蘇晩晴の声は、か細くなっていた。彼女は必死に意識を保とうとしたが、薬の効果は強力だった。
林逸は、彼女をソファに横たえた。彼の指が、彼女の頬に触れる。
「蘇さん、約束を忘れていませんか?」
「約束…?」
「あなたは、私とデートをする約束をしましたよ」
林逸の声は、甘く、しかし確かな支配力を持っていた。
蘇晩晴は、朦朧とする意識の中で、何かが間違っていると感じた。しかし、薬の効果で、それが何かは分からなかった。
「…デートを…」
彼女の口が、無意識に言葉を紡いだ。
「そうです。デートです。いつにしますか?」
「…明日…」
それだけ言って、蘇晩晴は意識を失った。
林逸は、彼女のスマートフォンを取り出し、自分の番号を登録した。そして、彼女の指を使って、ロックを解除した。
「タスク: 達成」
システムの声が、林逸の頭の中に響いた。
「報酬を付与します。好感度+20。現在の好感度: 25/100。スキル『甘い罠』を解除しました」
林逸は、ソファに横たわる蘇晩晴を見下ろした。
「これで…始まったのだ」
彼の目に、冷たい光が宿っていた。
彼の手は、彼女の髪を優しく撫でていた。しかし、その優しさは、全てが計算されたものだった。
外では、都会の夜が更けていった。そして、この夜から、一人の令嬢の堕落が始まるのだった。