李偉の屋敷の応接間は、今夜も豪勢な宴の準備が整えられていた。重厚なカーテンが窓を覆い、クリスタルのシャンデリアが柔らかな光を部屋中に降り注ぐ。壁際には高級そうな絵画が飾られ、床にはペルシャ絨毯が敷かれている。そこに集まったのは、李偉が長年にわたって築き上げてきたビジネスネットワークの重要人物たちだ。
「いやあ、李社長のお宅はいつ来ても素晴らしいね」
一人の年配の男がソファに深く腰掛けながら、グラスを掲げた。白髪交じりの髪を整えたその男は、かつて張威の父とも取引があった不動産会社の重役だ。
「そう言っていただけて光栄です。今夜は特別なおもてなしをご用意しております」
李偉は含み笑いを浮かべ、手を軽く叩いた。すると、奥の扉が静かに開かれ、着物に身を包んだ張威が現れた。淡い桜色の着物は彼の細身の体にぴたりと沿い、帯は華やかな金糸で飾られている。化粧が施された顔は見違えるほど艶やかで、かつての名家の御曹司の面影は微塵もない。
「おや、これは…?」
別の客が目を細めた。彼もまた、かつて張家のパーティーで張威と会ったことのある男だった。今やその張威が、女装させられてこの場に立っている。
「紹介しましょう。我が家の新しいおもちゃです。番号はA-193167、名前は…そうだな、今日は“桜”とでも呼びましょうか」
李偉は軽く手を振り、張威を客たちの前に進ませた。張威は無表情のまま、慣れた仕草で畳の上に正座すると、深々と頭を下げた。
「お初にお目にかかります。桜と申します。本日はどうぞよろしくお願いいたします」
その声は訓練されたように柔らかく、か細い。聞く者の耳に甘く響くが、その奥には虚ろな響きが宿っていた。
最初に口を開いたのは、あの年配の重役だった。彼は眉をひそめ、李偉を見やる。
「これはまさか…張家の若旦那では? 確かあなたは以前、張威君と親しくしていたと聞いていましたが」
「ええ、確かに昔はそうでした。しかし今は、ただの所有物です。彼の家族はすべて没落し、彼自身も自らの意志でこの道を選んだのです。スパイとして働いた罪を償うためにね」
李偉の言葉に、部屋の中に一瞬の沈黙が流れた。何人かの客は互いに顔を見合わせ、複雑な表情を浮かべた。しかし、李偉の権力を前に、異議を唱える者はいなかった。
「さあ、桜。皆さんにお酌をして回りなさい」
李偉の命に張威は立ち上がり、手際よく酒壺を手に取った。まずはあの年配の重役の前に進み、両手で器用に盃に酒を注ぐ。
「お口に合うかわかりませんが、どうぞ」
張威の指が、盃を差し出す時に客の手にそっと触れた。その感触に、重役は一瞬たじろいだ。
「…君、本当に張威なのか?」
「はい、かつてはそう呼ばれておりました。今はただの桜でございます」
張威の声には感慨も哀しみもなかった。ただの事実を告げるだけの機械的な口調だ。
「だが…お前、俺のことは覚えているか? お前がまだ学生だった頃、お前の父上のパーティーで会ったことがあるんだ」
「はい、覚えております。あなた様は高橋商事の社長、高橋様でいらっしゃいますね。その時は私もまだ世間知らずでした」
張威は平然と答える。その口調には、過去の栄光を懐かしむ色は一切なかった。すべては訓練によって叩き込まれた台詞だった。
高橋は押し黙り、盃の中の酒を一気に飲み干した。張威はすぐにもう一度注ぐ。
「お代わりはいかがですか?」
「…ああ、頼む」
高橋は視線をそらした。目の前にいるこの若者が、かつての知り合いであるという事実が彼の胸に重くのしかかる。しかし、李偉の手前、それを表に出すわけにはいかなかった。
次の客は、張威よりも少し年上の男だった。彼もまた過去に張家と取引があった建設会社の御曹司であり、張威とは同年代で何度か酒を交わしたこともあった。今や彼は自らの会社を継ぎ、李偉の協力者となっている。
「おい、まさか本当に張威か? 冗談だろ…」
男は笑いをこらえきれず、低く嗤った。その目には好奇心と軽蔑が混ざっていた。
「かつてはあんなに偉そうにしてたお前が、今じゃこんな格好で酒を注いでるなんてなあ」
「はい、私が愚かでした。すべては自業自得です」
張威はうつむき加減に答えた。その言葉には悔恨も自嘲もなかった。ただただ、与えられた台詞を繰り返すだけの空虚さがあった。
「へえ、面白いな。じゃあ、俺の膝の上に座って注いでくれよ」
男の要求に、周囲の客たちが一瞬ざわついた。しかし李偉は笑みを浮かべ、うなずいた。
「構いませんよ。桜はお客様のご要望に応えるためにいるのですから」
張威は黙って立ち上がり、その男の隣に歩み寄った。そして、着物の裾を整えると、そっと男の膝の上に腰を下ろした。男の手が遠慮なく張威の腰に回される。
「おや、女の子みたいに細いな。やっぱり調教済みって感じだ」
「お褒めいただき、ありがとうございます」
張威はその手を受け入れながら、慣れた手つきで男の盃に酒を注いだ。彼の表情は依然として無表情で、感情の動きは一切読み取れなかった。
宴はさらに進み、酒が回るにつれて客たちの口も軽くなった。李偉は徐々に張威への要求をエスカレートさせていった。
「さあ、桜、高橋さんに口移しで酒を注いで差し上げなさい」
周囲から笑いと野次が飛ぶ。高橋は照れくさそうな表情を見せたが、すでに酔いが回っていることもあり、拒否する素振りはなかった。張威は酒を一口含むと、そっと高橋の唇に自分の唇を重ねた。酒が二人の口の端から滴り落ち、着物の襟元を濡らす。
「はは、なかなかやるじゃないか」
「これは傑作だ」
客たちは喜び、張威は次々と求められる行為に従った。かつて彼らが敬意を払っていた家の跡取りが、今やこのように扱われることに、一部の者は背徳感を覚えながらも、その状況を楽しんでいた。
深夜になり、宴も終わりに近づいた。客たちは満足げな表情を浮かべながら屋敷を後にした。最後に高橋が振り返り、李偉に小声で言った。
「李社長、あれを…本当に使わせていただいてよろしいので?」
「ええ、もちろん。高橋様がお望みなら、いつでもお貸しいたします。ただし、しっかりと躾けられていますので、ご安心を」
高橋は何も言わずにうなずき、屋敷の門をくぐった。
応接間に残された張威は、乱れた着物を直すこともなく、畳の上に正座したまま虚ろな目で天井を見上げていた。かつて自分を知る者たちの前で屈辱を受けながらも、もはやそこには羞恥も怒りも存在しなかった。ただ、訓練された人形のように、次の命令を待つだけだった。
李偉が彼の背後に立ち、冷めた声で言った。
「今夜はよくやった。これでお前の価値も証明されたな。明日からも同様の宴が続く。しっかりと務めろ」
「はい、かしこまりました」
張威は深く頭を下げた。彼の心の中で、かつての誇りは完全に消え去り、今やこの屈従の日々が日常となっていた。堕落はすでに完成し、その中で彼は安らぎさえ感じ始めていた。