老盧からの連絡が入ったのは、深夜の三時を回った頃だった。張威の体内に埋め込まれた通信チップが振動し、彼はすぐに覚醒した。ベッドの上で横向きに丸まっていた身体を起こし、周囲の気配を探る。同じ房の奴隷たちは皆、疲れ果てて深い眠りに落ちていた。
「―張威、聞こえるか」
老盧の声が耳の奥に直接響く。張威は小さく息を吐き、声を出さずに応答した。
「聞こえています」
「いいか、今夜がチャンスだ。李偉は本館で接待を行っている。警備の大半はそちらに集中している。お前が今いる別館の地下金庫は、当直の看守が一人だけになっている」
張威の心臓が早鐘を打つ。金庫―そこには李家の不正の証拠が全て保管されているはずだ。老盧は以前からその情報を欲しがっていた。
「どうやって近づくんです? 俺の行動範囲は決められている」
「今夜、お前には特別な任務が与えられている。李偉の代理として、某国の大使を慰撫するよう命令が下っている。その大使は別館の三階で待っている」
「慰撫、ですか」
張威の声がわずかに曇る。老盧は構わず続けた。
「相手を満足させろ。ただし、その前に一仕事だ。大使の部屋は金庫のある地下階の真上だ。部屋の床に点検口がある。そこから地下に降りられる。金庫の扉は施錠されているが、ダイヤル式の古いタイプだ。お前の体内に埋め込んだマイクロカメラで、内部の書類を撮影しろ」
「金庫のダイヤルは? 番号が分からないと開けられません」
「そこまでは俺の知るところではない。しかし、今夜の接待のため、李偉は金庫を開けたままにしている可能性が高い。奴は自分以外に金庫を開けられる者はいないと思い込んでいるからな。確認しろ。もし閉まっていれば、無理はするな」
張威は唇を噛んだ。身体を弄ばれるだけでは飽き足らず、今度はスパイ行為まで強要される。かつての自分ならば断固拒否しただろう。しかし今の張威には、抗う力も意思も残っていなかった。奴隷としての調教が、彼の精神を完全に折っていた。
「分かりました」
「よし。では行け。時間は三十分だ。その後は大使の相手に集中しろ。疑われるな」
通信が切れた。張威は静かに立ち上がり、房の隅に置かれた簡素な衣服を身に着けた。身体に染みついた香水の匂いが、鼻腔を刺激する。彼は房の扉を押し開け、暗い廊下へと足を踏み出した。
別館は、本館から離れた場所に建つ三階建ての建物だった。表向きは賓客用の宿泊施設だが、実際は李偉の私的な娯楽の場として使われている。張威もここで幾度となく、 humiliation に満ちた時間を過ごしてきた。
階段を上り、三階の最奥にある部屋の前に立つ。ノックをすると、中から低い声が返ってきた。扉を開けると、スーツを着た壮年の男がソファに座っていた。男は張威を一目見て、満足げに頷いた。
「噂通りの男だな。よく来た」
張威は黙って一礼し、部屋の中へと進む。男が立ち上がり、彼の身体を抱き寄せようとした時、張威は視線を床に向けた。点検口は、部屋の中央よりやや隅に寄った場所にあった。蓋は木目調で、一見すると床と見分けがつかない。
「どうした? 緊張しているのか?」
男の手が張威の頬を撫でる。張威は微笑みを浮かべ、首を振った。
「いいえ、ただ…もう少し、準備をさせていただいてもよろしいでしょうか。せっかくのお相手ですから、最高の状態でお迎えしたいのです」
男はその言葉に気をよくしたようだ。彼はソファに戻り、ウイスキーのグラスを手に取った。
「構わん。好きにしろ」
張威はゆっくりと床に片膝をつき、男の足元に擦り寄るような仕草をしながら、点検口の位置を確認した。蓋の端には、指をかけるための小さな窪みがある。男の視線が自分から逸れた瞬間を見計らい、張威は素早く蓋を開けた。男はウイスキーに夢中で、気づいていない。
地下への階段は暗く、湿った空気が立ち込めていた。張威は音を立てないように注意しながら降りる。地下は広い部屋になっており、中央に巨大な金庫が鎮座していた。金庫の扉は―半開きだった。
張威の心臓が跳ねる。老盧の予想通り、李偉は金庫を閉め忘れていた。彼は金庫に近づき、内部を覗き込む。書類やファイルがぎっしりと詰まっている。その中には、裏取引の記録や、李家と政府高官との癒着を示す証拠が含まれているに違いない。
張威は深呼吸をし、身体の力を抜いた。そして、肛門に埋め込まれたマイクロカメラを作動させる。このカメラは、以前老盧がこっそりと埋め込んだものだ。彼は金庫の前に姿勢を低くし、カメラが内部を撮影できるよう、身体を曲げた。
冷たい金属の感触が、肌に触れる。彼はゆっくりと位置を調整しながら、一枚一枚の書類をカメラに収めていった。すべてのページを撮影するのに、約十分かかった。終わった時には、額に汗が滲んでいた。
「…よし」
張威は金庫の扉を慎重に閉めた。完全には閉まっていなかったため、元の状態に戻すのに細心の注意を払う。元通りにしたことを確認し、彼は階段を駆け上がった。点検口の蓋を元に戻し、部屋の隅に置いてあったクローゼットの中に素早く隠れる。
「お待たせしました」
クローゼットから出てきた張威は、男に対して微笑みかけた。男はグラスを置き、立ち上がる。
「随分と時間がかかったな。何をしていた?」
「失礼いたしました。少し、身だしなみを整えさせていただきました」
張威は答えながら、男の前に跪いた。男が彼の髪を撫で、耳元に顔を寄せる。
「では、始めようか」
張威は目を閉じた。頭の中では、撮影した書類の内容がぐるぐると回っている。これで李家は終わる。自分を堕落させた連中に、報いが訪れる。そう思うと、身体を売ることが、少しだけ容易に感じられた。
男の手が彼の衣服を剥ぎ取り、ベッドの上に押し倒す。張威はされるがまま、身体を預けた。心は冷え切っていたが、身体だけは調教された通りに反応する。男の動きに合わせて、彼は声を上げた。
すべては、証拠を届けるために。自分を陥れた者たちを、同じ穴に落とすために。張威はその思いを胸に、辱めの時間に耐えた。