月月は鏡の前で静かに自分を見つめていた。十八歳の誕生日を迎えたばかりの令嬢は、ドレスに包まれた優雅な輪郭を持ちながら、その瞳の奥には何か別のものが潜んでいる。彼女の唇が微かに動き、自分自身に問いかけるように呟いた。
「これが、私の人生なの?」
背後で開いたドアの音に、彼女は振り返った。父が立っている。彼はいつものように忙しそうな表情を浮かべていたが、今日はどこか改まった様子だった。
「月月、お前に話がある。会社のことを、そろそろ本格的に任せたいと思っている」
父の言葉は短かった。彼はいつもそうだ。仕事の話になると、感情を排した事務的な口調になる。月月は頷いた。
「はい、父様。準備はできています」
嘘だった。何の準備もできていなかった。ただ、父の期待に応えなければならないという義務感だけがあった。
翌日、月月は家族企業の本社に足を運んだ。広い会議室では、分厚い資料が机の上に積まれていた。父が説明を始める。
「我々のグループは、エンターテイメント事業を中核に展開している。その中には、映像制作と、そして……特殊な人材育成事業も含まれている」
父の声が一瞬、躊躇したように途切れた。月月はその微妙な間を感じ取った。彼女は資料をめくりながら、目を見開く。そこには「AV撮影」と「女奴隷調教」という言葉が、淡々としたビジネス用語で記されていた。
「これは……」
「表に出せない事業だが、利益率は高い。お前には、いずれこの部門も管理してもらうことになる。まずは実態を理解するために、現場を見学してみてはどうか」
月月の心臓が、大きく跳ねた。子供の頃、偶然見つけてしまった父親の書棚。そこに隠されていた一冊の調教本。ページをめくる度に、彼女の体を走った未知の震え。あの記憶が、鮮やかに蘇る。
「……見学、してみたいです」
彼女の声は、自分でも驚くほど落ち着いていたが、指先はわずかに震えていた。
その週の終わり、月月は「小月」という偽名を使って、グループ傘下のAV撮影会社に足を踏み入れた。表向きは見学希望の一般女性という設定だ。受付で問い合わせると、すぐにあの阿杰という監督が現れた。
「初めまして。小月さんですね。監督の阿杰です。中をご案内しますよ」
阿杰は若いが、目つきが鋭い。彼の視線は、月月の全身を一瞬でスキャンするようだった。月月は無意識に背筋を伸ばす。見抜かれてはならない。自分が親会社の令嬢だということを。
スタジオの中は、意外にも整然としていた。カメラや照明の機材が並び、スタッフが黙々と作業を進めている。しかし、その中心にあるセットだけは、異様な空気を漂わせていた。
「今日は、少々過激なシーンの撮影が予定されています。もし刺激が強すぎましたら、遠慮なくおっしゃってください」
阿杰はそう言いながら、手に持った台本を月月に差し出した。月月はそれを開く。視線が文字を追ううちに、彼女の頬が熱を帯びる。そこには、若い女性が次第に支配され、服従していく過程が克明に描かれていた。
「この脚本のヒロインは、実は貴族の家系の娘が落ちていく話なんです。誇り高い令嬢が、自らの意志で屈辱の道を選ぶ。ですが、最初は抵抗するという設定ですね」
阿杰の声が、月月の耳に直接語りかけるように響いた。彼は何かを確信したかのように、月月をじっと見つめている。
「小月さん、驚かれるかもしれませんが、あなたの雰囲気が、このヒロインととても似ているんです。気質というか、目線の奥の何かが」
月月は慌てて台本を閉じた。
「そんなこと……ありません」
しかし、彼女の心の中では、台本のページが一枚一枚、脳裏に焼き付いていた。俯いて従う女性。涙を流しながらも、唇に浮かぶかすかな笑み。その描写は、まるで自分の密かな幻想を文字にしたかのようだった。
「もし良ければですが、一度だけ、匿名で出演してみませんか? 経験は問いません。我々がしっかりとサポートします。今日見学した限り、あなたならできると確信しています」
阿杰の言葉は、甘美な毒性を帯びていた。月月は何度か拒否する機会を探った。しかし、喉の奥で言葉が絡まり、声にならない。代わりに、彼女は小さく頷いていた。
「……わかりました。一度だけ」
その声は、まるで他人事のように聞こえた。
撮影当日、月月は着替えを終えてセットに立っていた。薄い布地の衣装は、彼女の体の線を隠さない。羞恥と興奮が、体温を異常に高める。カメラの前で、阿杰の指示が飛ぶ。
「まずは、相手の男が入ってきます。あなたは最初、拒否しようとします。しかし、徐々に抵抗が弱くなり、最後には身を任せるんです。その心理の変化を見せてください」
月月は唇を噛んだ。本番が始まる。男が近づいてくる。演技のはずだった。しかし、彼の手が彼女の体に触れた瞬間、すべてが現実になった。抵抗する腕は力なく下ろされ、代わりに全身が震える。
「いいよ、そのまま……」
阿杰の声が遠くから聞こえる。男の体重がかかる。そして、激しい痛みが月月の下腹部を貫いた。彼女は声を上げることができず、ただ涙だけが静かにこぼれ落ちた。だが、その涙の意味は、彼女自身にもわからなかった。
撮影が終わる頃、月月は荒い息を整えながら、シーツに包まれて横たわっていた。体中に残る感覚。羞恥、苦痛、そして、それらが混ざり合った後の奇妙な充足感。彼女は思う。これが、私の望んだことなのだろうか。
彼女の中で、何かが確かに芽生えた。それは、闇の種だった。