暗い空の下、この国はいつも通りの平穏を装っていた。奴隷制度は合法であり、法律は借金を返せない者や罪を犯した者を、誰でも売買可能な物品に変える権利を認めている。街の片隅には、人間が犬のように鎖で繋がれ、首輪に刻まれたQRコードで身分が管理されていた。彼らはもはや法律の保護を受けず、ただの動産として扱われた。この国では、弱さは罪であり、無実は贅沢だった。
林霜は半年ぶりに姉と再会した。二人はかつて、この街で最も裕福な令嬢だった。父は大手不動産グループの社長であり、母は名門家の出身。しかし、父の急死とその後の企業倒産がすべてを変えた。残されたのは古びたアパートの一室と、増え続ける借金だけだった。それでも林雪は笑顔で、妹に手料理を振る舞おうと小さな台所に立った。
「霜、元気出して。私たちにはまだお互いがいるじゃない」
林雪はそう言って、林霜の髪を優しく撫でた。姉はいつもそうだった。自分の辛さを決して見せず、笑顔で妹を支える。林霜はそんな姉を見て、心の奥で何かが軋む音を聞いた。以前の自分なら、きっと何か行動を起こしただろう。姉を守るため、仲間たちと共に戦ったはずだ。しかし今はもう違った。その戦いが何をもたらしたかを、林霜は痛いほど知っていた。
窓の外から、エンジン音が近づいてくるのを聞いた。林霜は無意識にカーテンの隙間から外を覗いた。三台の黒塗りの高級車がアパートの前に停まっていた。ドアが開き、スーツを着た男たちが次々と降りてくる。その胸元には、一つの家紋が輝いていた——権力者・黄琛の家紋だ。
「姉さん、逃げて」
林霜の声は震えていた。しかしその時にはもう遅かった。玄関のドアが蹴破られ、黒服の男たちが雪崩れ込んでくる。先頭に立つのは、顔に傷跡のある大男だった。仇家の構成員であることは一目で分かる。彼らは権力者のために無実の少女を狩り、奴隷にする専門の組織だ。
「林雪さん、黄琛様がお呼びだ。おとなしく従え」
大男は冷たく言い放つ。林雪は恐怖に固まり、手に持っていた包丁を落とした。林霜は姉の前に立ちはだかり、両腕を広げる。しかしその腕は、かつてのように力強くはなかった。
「彼女に触るな! 法的に、彼女は何の罪も犯していない!」
林霜の叫びは虚しく響く。大男は冷笑を一つ漏らすと、手を振った。後ろから別の男が飛び出し、林霜の腕を捻り上げる。その間に、もう一人が注射器を取り出し、林雪の首筋に針を刺した。
「いや…!」
林雪の体が崩れ落ち、意識を失う前に妹の名前を呼んだ。その声は、か細く、絶望に満ちていた。黒服の男たちは林雪の体を担ぎ上げ、玄関の外へ運び出す。林霜は必死に抵抗しようとしたが、腕を押さえられて身動きが取れなかった。
「姉さんを返せ! お願いだ、彼女を連れて行かないでくれ!」
しかし言葉は届かない。林雪は車の後部座席に投げ込まれ、ドアが閉まる。エンジンが咆哮を上げ、三台の車はアスファルトを蹴って走り去った。後に残されたのは、崩れ落ちて地面に座り込む林霜だけだった。姉が連れて行かれた方向を、呆然と見つめながら。
冷たい風が吹きつけ、林霜の涙を乾かしていく。この国では、誰もが自分で自分の運命を決められない。弱さは罪、美しさは災い。姉は奴隷島に連れて行かれた。そこでは、人間が犬よりも低い存在として扱われ、心も体も壊されるまで調教されるという。
林霜は立ち上がった。その瞳からは、もはや光明の輝きが失われていた。かつて奴隷反対運動の指導者だった自分は、もうどこにもいない。代わりにいたのは、無力感と絶望に塗れた一人の妹だけだ。彼女は唇を噛みしめ、拳を握りしめる。血がにじむほど強く。
「黄琛…必ず思い知らせてやる」
その声は低く、かすれていた。しかし、その決意の裏には、すでに自暴自棄の影が差し始めていた。林霜は知っていた。この国で権力に抗うことは、ただ無意味な死を招くだけだと。姉と同じように、自分もいずれ奴隷にされる運命にあることを。だからこそ、彼女はもう二度と抗わないことを選んだ。
悪に堕ちることも、一種の逃げ道だった。