# 初めての出会いと誘惑
五星級ホテル「紫金閣」のロビーは、朝の光に照らされて黄金色に輝いていた。大理石の床は磨き上げられ、来客の足音を静かに吸い込む。フロントマネージャーの李暁蕾は、真新しい白いブラウスに紺色のスカートを身にまとい、プロフェッショナルな微笑みを浮かべてカウンターに立っていた。
「おはようございます、李さん」
後ろからかけられた声に振り返ると、総経理の趙迎新が立っていた。四十代半ばだが、スリムな体型と鋭い目つきは若々しい印象を与える。彼の視線が、暁蕾の胸元を一瞬だけ這うように動いた。
「おはようございます、趙総経理」
暁蕾は軽く頭を下げた。彼の存在感にはいつもどこか落ち着かないものを感じる。夫の韓博とは全く違う種類の男らしさだった。
趙はカウンターに寄りかかり、声を低くした。
「今夜、重要な取引先との会食があるんだ。君にも同席してもらいたい。人材としての能力を見込んでのことだ」
「私でよろしいのですか? 他の社員の方が…」
「いや、君じゃなきゃダメなんだ」
趙の唇の端がわずかに上がる。その笑みには、ビジネス以上の何かが潜んでいるように暁蕾には感じられた。
「承知しました。何時からでしょうか?」
「七時だ。それまでに準備を整えておいてくれ。あと、これは…」
趙はスーツの内ポケットから小さな白い瓶を取り出し、暁蕾の手のひらにそっと置いた。
「サプリメントだ。仕事の疲れに効く。今夜は遅くなるから、今のうちに飲んでおくといい」
暁蕾は瓶を手に取り、ラベルを確認した。「ビタミン剤」とだけ書かれている。
「ありがとうございます」
彼女が瓶をカウンターの下にしまおうとした時、趙の指先が彼女の手首に触れた。一瞬の接触だったが、妙に生々しい熱が伝わってきた。
「そうだ、今日の君のストッキング、きれいな色だね」
暁蕾の顔がかっと熱くなった。スカートの裾からわずかに見えるベージュのストッキング。彼がわざわざ口にしたことに戸惑いを覚えた。
「あの…ありがとうございます」
趙は何も言わず、満足げな笑みを浮かべてその場を離れた。暁蕾は彼の背中を見送りながら、手首の熱がしばらく消えないことに気づいた。
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その夜、暁蕾は自宅のリビングで夫の韓博と夕食を取っていた。温かい湯気の立つ炒め物と味噌汁がテーブルに並ぶ。
「今日はどうだった?」
韓博が優しい声で尋ねた。彼の瞳にはいつも変わらない信頼の色が浮かんでいる。
「うん、まあまあかな。新しいシステムの導入でちょっと忙しかった」
暁蕾は箸を動かしながら答えた。趙からもらったサプリメントのことは、なぜか言い出せなかった。
「そうか。無理するなよ。たまには休暇を取って一緒に出かけよう」
「ええ、そうね」
彼女は微笑み返したが、心のどこかでざわつくものを感じていた。韓博の優しさは確かに心地よい。しかし、今日の趙の視線と指先の感触が、頭から離れない。
「今日、趙総経理に取引先との会食に呼ばれたんだ」
「そうか。頑張れ」
韓博は何の疑いもなくうなずいた。暁蕾はその無防備な表情を見ながら、胸の奥で複雑な感情が渦巻くのを感じた。
食後、韓博が皿を洗っている間に、暁蕾は寝室でスマートフォンをチェックした。趙からメッセージが届いている。
「今夜のサプリメント、効果があったか?」
暁蕾は小さな瓶を取り出し、一つだけカプセルを手のひらに乗せた。躊躇いながらも、それを口に含み、水で流し込んだ。
すると、数分後には違和感が体を巡り始めた。肌がほんのりと熱を持ち、心臓の鼓動が少し速くなる。優しい浮遊感が思考を曖昧にする。
「暁蕾、一緒にテレビを見ないか?」
リビングから韓博の声がする。
「すぐに行くわ」
暁蕾はスカートの裾を整え、リビングに向かった。ソファに座る夫の隣に腰を下ろすと、彼は自然に肩を抱き寄せた。いつもなら安心するその腕の感触が、今日はどこか虚ろに感じられた。
テレビから流れるニュースの音が遠く聞こえる中、暁蕾の頭の中には趙の言葉が反響していた。
「君はもっと輝ける場所があるはずだ」
その言葉と、今日の一瞬の接触の記憶が、彼女の中で静かに、しかし確実に芽を出し始めていた。
夜が更けていく。夫の寝息が聞こえてきた頃、暁蕾はスマートフォンをもう一度手に取り、趙からのメッセージに短く返信した。
「効きました。ありがとうございます」
その指は震えていたが、なぜかその震えを止めることはできなかった。