# 第一章 催眠のアクシデント
夕暮れの屋敷は静かだった。鹿鳴はリビングのソファに深く腰掛け、スマートフォンの画面に映る催眠アプリを眺めながら、口元に淫靡な笑みを浮かべている。窓の外では茜色の空が徐々に暗闇に飲まれようとしていた。
「ただいまー」
玄関から清越の明るい声が聞こえてくる。彼女は今日も撮影で疲れているはずなのに、その声には不思議と活力が宿っていた。鹿鳴は立ち上がり、玄関へと足を向ける。
「おかえり。清清はもう寝かせたよ」
「あら、ありがとう。今日は早く終わったから、一緒に晩ごはんを食べられるわね」
清越はヒールを脱ぎながら、夫の手に握られたスマートフォンに気づく。その画面に見覚えのあるアプリのアイコンが表示されているのを見て、彼女の瞳が妖しく輝いた。
「まさか、あのアプリをダウンロードしたの?」
「もちろん。面白いって評判だからな。一緒に試してみないか?」
鹿鳴の声は低く誘惑的だった。二人は目配せを交わし、寝室へと向かう。もう何年も夫婦を続けているが、二人の性への探求心は決して衰えることがなかった。むしろ、日常の刺激に飽き始めた今こそ、新しい刺激を求めていた。
寝室のドアが閉まる。ベッドの上に二人は向かい合って座り、鹿鳴がアプリの説明を読み上げる。
「このアプリは、音声と映像の組み合わせで対象を催眠状態に誘導するらしい。被催眠者に特定の暗示をかけて、その後の行動をコントロールできるんだ」
「面白いわね。じゃあ、今日は私が主人役をやるわ」
清越がいたずらっぽく言う。しかし鹿鳴は首を振った。
「いや、俺が主人役だ。お前はいつも演技の指示をもらう側だろう?今回は俺が指示を出す側をやってみたい」
「何言ってるのよ、私のほうが経験豊富なんだから。私が主人役をやるべきよ」
「それは違う。このアプリは俺が見つけたんだ。主人役は俺だ」
二人の間で火花が散る。どちらも一歩も引こうとしない。しばらくの間、睨み合いが続いたが、やがて清越が折れたようにため息をついた。
「わかったわ。じゃあ、二人同時に催眠をかけてみない?お互いに指示を送り合うのよ。そうすれば公平でしょう?」
「なるほど。それなら面白いかもしれない」
鹿鳴は同意し、アプリの設定を始める。催眠のレベルは最大、持続時間は一年。これで十分刺激的な体験ができるはずだった。
「じゃあ、始めるわよ。私の声に合わせて、目を閉じて」
清越の声が部屋に響く。同時にアプリから流れる低周波の音が耳に心地よく響く。鹿鳴も同じように指示を始めた。
「深く息を吸って、ゆっくり吐いて……あなたの体がリラックスしていくのを感じてください」
二人の声が重なり合い、部屋の中に不思議な調和を生み出していた。最初はお互いの声を意識しながらも、徐々に意識がぼんやりとし始める。鹿鳴の視界が歪み始め、清越の声が遠くから聞こえてくるようだった。
「これからあなたは私の性奴隷になります。あなたの意志は私に服従し、私の命令なしには何もできません」
鹿鳴がその言葉を口にした瞬間、自分の意識が何かに絡め取られる感覚に襲われた。同時に清越の口からも同じような言葉が漏れている。
「あなたは私の主人に服従する奴隷よ。私の命令だけがあなたの行動の指針です」
二人の催眠がクロスした。その瞬間、強い電撃のような衝撃が二人の脳を駆け抜けた。鹿鳴は目を見開き、清越も同じように驚愕の表情を浮かべている。しかし、どちらも動けなかった。まるで体が金縛りにあったかのように、指一本動かせない。
鹿鳴の頭の中で、清越の声が反響している。『あなたは私の奴隷よ。私の命令なしには何もできない』という言葉が、脳髄に直接刻み込まれるように残った。同時に、自分の口にした言葉も清越の心に深く刻まれていることを直感的に理解した。
催眠が終わり、二人はようやく自由に動けるようになった。清越が震える声で言う。
「ねえ、まさか……私たち、お互いに催眠をかけ合ったんじゃない?」
「そのようだな」
鹿鳴は自分の体を確かめるように触る。特に異常はない。だが、心の奥底で何かが変わったのを感じた。自分は今、清越の奴隷なのだ。彼女の命令に従わなければならない。しかし同時に、清越も自分の奴隷になった。二重の支配関係が成立してしまったのだ。
「試しに、あの……立ってみるわね」
清越が立ち上がろうとする。しかし、彼女が立ち上がったのは鹿鳴が『立て』という命令を出したからではなかった。彼女の動きは自由だった。しかし、何かがおかしい。鹿鳴も同じように立ち上がろうとしたが、なぜか腰が重い。
「おかしいわ。私は……確かにあなたの奴隷になったはずよ。なのに、自分の意志で動ける」
「俺もだ。だが、何かが違う。自分の行動に制限を感じるんだ」
鹿鳴は手を伸ばして、自分の股間に触れようとした。しかし、手が途中で止まる。まるで見えない壁に阻まれたかのように、そこに触れることができない。清越も同じ症状に気づいた。
「私……自分で触れないわ。どうして?」
「俺もだ。この催眠は……俺たちに自慰を禁止しているんだ」
鹿鳴の声は暗かった。アプリの設定を確認する。確かに、自分で設定した『奴隷は主人の許可なしに自慰をしてはならない』という暗示が、二人にかかっていた。互いに相手の奴隷であるため、相手の許可が必要なのだ。しかし、お互いに主人でもあるため、許可を与えることは奴隷としての立場に反する。
「最悪だわ。私たち、お互いに手を出せないじゃない」
清越が頭を抱える。鹿鳴も同じように絶望的な気持ちだった。普段から激しい性生活を送っている二人にとって、自慰すらできないというのは深刻な問題だった。
「効果は一年間持続するらしい。そして、主人を見つけない限り解除できない」
「主人って……つまり誰かに私たちの奴隷になってもらうってこと?」
「そういうことだ」
部屋に沈黙が降りる。どちらも誰かを奴隷にするという発想に抵抗があった。何より、二人は他人を嫌い、使用人すら別の場所に住まわせている。こんな恥ずかしい状況を他人に見せるわけにはいかない。
その夜、二人はベッドに横たわりながらも、触れ合うことができなかった。鹿鳴は清越の裸体を見つめながらも、彼女に触れる許可を自分に与えることができない。清越も同じだった。彼女の手は鹿鳴の胸に触れようとして、途中で止まる。
「ねえ、今夜はどうしよう?」
「我慢するしかないな」
二人はため息をつき、背中合わせになって眠りにつこうとした。しかし、熱い欲望が体内で渦巻いている。眠れるはずもなかった。
翌日、清清が朝食のテーブルで両親の様子がおかしいことに気づいた。普段は楽しそうに会話を交わす二人が、今日は一言も口を利かない。清清は首をかしげながら、パンをかじった。
「パパ、ママ、喧嘩したの?」
「いいえ、喧嘩なんかしてないわよ」
清越が無理やり笑顔を作る。しかし、その目は虚ろだった。昨夜は一睡もできなかった。欲望が体中を駆け巡り、自分を慰めることもできない。鹿鳴も同じで、目の下に隈ができている。
「そう?ならいいけど」
清清は素直にうなずき、自分の部屋に戻っていった。子供は敏感だ。両親の異変を感じ取っているのかもしれない。
その日から、夫婦の地獄のような日々が始まった。仕事中も、家事をしている間も、常に性的な欲求が頭を支配している。しかし、それを解消する手段がない。鹿鳴はタブレットでポルノを見ようとしたが、それすらも催眠の効果で禁止されていることに気づいた。性的な興奮を引き起こすもの全てが、彼の視界から遮断されるのだ。
「くそっ、こんなの耐えられない」
鹿鳴はソファに拳を打ち付けた。三日が経過したが、状況は何も変わらない。むしろ、欲求は日に日に強くなっている。清越も同じで、撮影現場で何度も集中力を欠き、監督に怒られた。
「ねえ、もう限界よ。誰かを見つけるしかないんじゃない?」
「誰をだ?俺たちには清清しかいない。まさか、あの子を?」
「そんなことできるわけないでしょ!」
清越が声を荒げる。しかし、彼女の目は一瞬、清清の方を見た。その視線に気づいた鹿鳴も、娘のことを考える。五歳の幼い娘を主人にする?そんな馬鹿な。
だが、他に選択肢はない。使用人は遠く離れた別館に住んでおり、しかも彼らは家族を嫌っている。友人や知人に頼むわけにもいかない。あまりにも恥ずかしすぎる。
「一週間だけ待ってみよう。それでも解決しなければ……」
「わかったわ。でも、これ以上長くは耐えられない」
二人はそう約束し合った。しかし、二日後にはもう限界だった。鹿鳴は浴室で必死に自分を慰めようとしたが、手が動かない。水を浴びても、冷水を浴びても、熱い欲望は収まらない。清越も寝室で悶えていた。彼女の指は何度も股間に伸びるが、催眠の壁に阻まれて触れることができない。
「ああ……もう、どうすればいいの……」
涙さえ出てこなかった。あまりの苦しさに、意識が朦朧とし始める。その時、部屋のドアがノックされた。
「ママ、どうしたの?変な声がしたけど」
清清の声だ。清越は慌てて体を起こすが、それすらもままならない。ベッドの上でのたうち回る彼女の姿を見て、清清が心配そうに駆け寄る。
「ママ、体調悪いの?」
「ううん、大丈夫よ、清清。ママは……少し疲れてるだけ」
そう言いながらも、清越の目は清清を見つめて離れない。五歳の娘が、まるで救世主のように見えた。その時、奇妙な考えが頭をよぎる。
『もしも……』
彼女は首を振ってその考えを追い払おうとした。しかし、鹿鳴も同じことを考えているのではないか?二人はお互いの欲望の奴隷となり、娘にすら助けを求めようとしている。
その夜、寝室で二人は向き合った。どちらも憔悴しきっている。鹿鳴が口を開く。
「清清に……頼んでみるか?」
「そんなこと、できるわけない」
「だが、他に方法がない。俺たちはこのまま狂ってしまうかもしれない」
鹿鳴の言葉に、清越は沈黙した。確かに、このままでは正気を保てない。彼女も同じ苦しみを味わっているからこそ、わかるのだ。娘に迷惑をかけることになるが、それしか道はない。
「わかった。でも、ちゃんと説明しよう。清清にわかるように」
「ああ」
二人は決意し、翌朝、清清をリビングに呼び寄せた。清清はまだパジャマ姿で、眠そうな目をこすりながら両親の前に立つ。
「パパ、ママ、どうしたの?」
「清清、ちょっと大事な話があるんだ」
鹿鳴が真剣な表情で言う。清清は不思議そうに首をかしげた。その幼い瞳が、二人の心を抉る。しかし、もう後戻りはできなかった。夫婦は深く息を吸い込み、娘の前で頭を下げた。