正邪の大戦が終わりを告げてから、すでに幾星霜の時が流れていた。闇の神は完全に滅び去り、天界の門は閉ざされ、神々は遙か彼方の仙界へと帰還した。人と神の道は絶たれ、この大地にはもはやかつてのような奇跡の光は見られなくなっていた。
東方の神の子らもまた、その力を大きく削ぎ落とし、人々の間に身を潜める道を選んだ。鳳娃と龍娃もその例外ではない。彼らは自らの神力の大半を捨て去り、人間界の小さな村に溶け込んだ。鳳娃は村の子供たちに文字や歴史を教える導師となり、龍娃は村の守護者として、定期的に大地を巡り、外敵や異変から人々を守る役目を担っていた。
長い年月は、神の子らの心性をも変えていった。彼らは次第に凡人と変わらぬ感情や欲望を抱くようになり、かつての神々しさは影を潜めた。鳳娃の顔立ちは幼い少女から、しなやかで美しい娘へと成長した。黒く艶やかな長い髪は風に揺れ、その瞳は澄み渡る湖のように清らかで深い。村人たちは彼女を「鳳の先生」と呼び、その優しさと知性を敬愛していた。
一方、龍娃は逞しい青年へと成長した。日に焼けた肌は健康を感じさせ、鋭い目つきの中には揺るぎない意志の強さが宿っている。彼は村の門のそばに建つ小さな家に住み、毎朝早くから弓を携えて巡視に出かける。その姿は村の女たちの憧れの的であり、男たちからも信頼されていた。
鳳娃は龍娃と共に過ごす日々の中で、次第に彼に対して特別な感情を抱くようになった。兄として、あるいは戦友として以上に、そのたくましい背中を見つめるたびに胸が高鳴る。しかし、彼らは兄妹である。神の時代から共に生まれ、共に戦ってきた運命の絆。その想いを口にすれば、すべてが壊れてしまうことを鳳娃は知っていた。
「鳳娃、今日の授業はもう終わったのか?」
夕暮れ時、村はずれの小高い丘の上で、龍娃が振り返って問いかけた。彼の背後には茜色に染まった空が広がり、遠くの山々が影絵のように浮かび上がっている。
「ええ、子供たちはみんな帰ったわ。今日は星の話をしたの。天の川の向こうには、かつて私たちがいた仙界が広がっているって教えたら、みんな目を輝かせていたわ」
鳳娃は微笑みながら龍娃の隣に立った。風が彼女の長い髪をなびかせる。
「仙界か……もうずいぶん遠い場所になったな」
龍娃の声には少しの寂しさが混じっていた。彼もまた、失った神力と故郷を思い出すことがあった。しかし、今のこの穏やかな暮らしを決して後悔してはいなかった。
「龍娃、あなたは……今の生活に満足している?」
鳳娃は勇気を振り絞って尋ねた。心の中では、彼がもし仙界に戻りたいと言ったらどうしようという不安が渦巻いていた。
龍娃はしばらく黙って遠くを見つめていたが、やがて口元に優しい笑みを浮かべた。
「満足している。ここには守るべき人々がいる。そして……お前がいる。それで十分だ」
その言葉に、鳳娃の頬がほんのりと赤らんだ。彼が自分の存在を大切に思ってくれていることが、何より嬉しかった。しかし、その感情を悟られまいと、彼女はすぐに視線をそらした。
「そう……それならいいのだけれど」
二人はそのまま丘の上に立ち、夕日が完全に沈むまで言葉少なに過ごした。鳳娃は龍娃のすぐ隣に感じる温もりに、胸の奥が締め付けられるような思いだった。兄であり、そして運命の伴侶でもある彼。しかし、もっと近くにいたい、彼だけのものになりたい——そんな欲望が、彼女の理性を静かに侵食していった。
その夜更け、村からほど近い山間の地で、突如として轟音が響き渡った。大地が揺れ、鳥たちが驚いて空へと舞い上がる。鳳娃と龍娃は即座に異変を感じ取り、家を飛び出した。
「あの方向だ!何かが落ちた!」
龍娃が鋭く叫び、二人は闇夜を駆け出した。月明かりだけが道を照らす中、彼らは音のした場所へと急いだ。
そこには、巨大な隕石が地面に深くめり込んでいた。その表面は黒く鈍く光り、周囲には異様な黒い気が立ち込めている。鳳娃が近づくにつれて、肌に嫌な感触が走った。それは神の力でも、人間の魔力でもない——まったく異界の気配だった。
「これは……天外から来た何かだ。妙な力を感じる」
龍娃が警戒しながら隕石の周囲を調べる。彼の手が光り、わずかに残る神力で封印を試みようとしたその時、隕石の表面に亀裂が走り、中から濃密な暗黒のエネルギーが噴出した。
「龍娃、下がって!」
鳳娃が叫ぶが、すでに遅かった。黒い気は二人を包み込み、その身の内に侵入しようとした。龍娃は素早く身を引き、しかし鳳娃は一瞬反応が遅れた。その隙に、暗黒の力が彼女の体に触れた——。