# 第一章: 初夜の招待
ロードアイランドの寮室は、夕闇に包まれていた。窓の外では、緩やかな風がカーテンを揺らし、街の灯りが遠くで瞬いている。ローズマリーはベッドの端に座り、白い尾を不安げに揺らしながら、何度も同じ場所を見つめていた。
心臓の鼓動が、耳元でうるさく響く。彼女は自分の小さな手を握りしめ、深く息を吸い込んだ。
「私は…決めたんだ」
その言葉は、誰に言うでもなく、部屋の空気に消えていった。彼女の記憶の多くは欠けている。過去の断片は霧のように掴みどころがなく、時折フラッシュバックするイメージだけが、自分がかつて何者かであったことを示唆している。しかし、確かなことが一つだけある——浠への想いだけは、疑いようのない真実だった。
ローズマリーは立ち上がり、鏡の前に立った。そこに映るのは、白銀の髪と猫耳を持った小さな少女。その瞳は菫色に輝き、頬はほんのりと赤く染まっている。彼女は制服の襟を整え、尾を一度撫でると、決意を固めてドアを開けた。
廊下は静かで、オペレーターたちの話し声が遠くから聞こえてくるだけだ。ローズマリーは足音を潜めて歩きながら、浠の私室へと向かった。途中、すれ違う同僚に軽く会釈をするが、その顔は強張っている。
ドアの前に立った時、彼女の勇気はほとんど尽きかけていた。ノックしようとした手は空中で震え、何度も引っ込められる。
「もし…もしもし?」
やっとの思いで発した声は、か細く震えていた。
「入っていいよ」
ドアの向こうから、優しくもどこか深みのある声が返ってくる。その声を聞いた瞬間、ローズマリーの心臓は一際強く打った。彼女はゆっくりとドアを開け、部屋の中へと足を踏み入れた。
浠は窓辺に立ち、月光を背に受けていた。その姿は、まるでこの世界のものではないかのように美しい。銀色の長い髪は風に揺れ、猫娘の姿を取った彼女の瞳は、琥珀色の光を宿している。ローズマリーを見つめるその視線は、優しさの中に何かを探るような深い色を帯びていた。
「浠…私、話があって来たんだ」
ローズマリーの声は震えている。彼女は両手を胸の前で組み、必死に勇気を振り絞った。
「話? 何かな?」
浠は微笑みながら、ゆっくりとローズマリーに近づく。その一歩一歩が、ローズマリーの心臓の鼓動を速めていく。
「私…ずっと思ってたんだ。あなたのことを考えるだけで、胸がこんなに苦しくなって…」
ローズマリーは手を胸に当て、顔を上げた。
「好きなんだ。あなたのことが。この気持ち、どうしても伝えたかった」
沈黙が部屋を支配した。一瞬の静寂の後、浠の口元に柔らかな笑みが浮かぶ。
「ずっと待っていたよ、ローズマリー」
浠の手が伸び、ローズマリーの白い髪を優しく撫でた。その指の感触は、まるで絹のように滑らかだ。ローズマリーはその温もりに包まれ、自然と涙が滲んだ。
「本当に…? 私、受け入れてもらえるの?」
「もちろん。君がそう望むなら、私は何だって受け入れるよ」
浠の声には、優しさの中に一瞬、所有欲のような暗い色が走った。しかしローズマリーには、それが愛の証として映った。
「じゃあ…私、初めてを捧げたいんだ。あなたに」
ローズマリーの頬は燃えるように赤い。彼女は小さな手を伸ばし、浠の服の裾を掴んだ。
「本当にいいの? 後悔しない?」
浠の瞳が、わずかに細められる。その目には、獲物を前にした猫のような鋭さが宿っていた。
「後悔なんてしない。あなたに全てを捧げたいんだ」
ローズマリーの声には迷いがない。浠はその答えを聞き、深くうなずいた。
「わかった。ついておいで」
浠はローズマリーの手を優しく握り、部屋の奥へと導いた。そこには、天蓋付きの大きなベッドが控えめに置かれている。カーテンは薄く、月明かりが差し込んで、幻想的な雰囲気を醸し出している。
ローズマリーはベッドの端に腰を下ろし、緊張で指を絡めた。浠は彼女の前に立つと、ゆっくりとその体をベッドに押し倒した。
「怖い?」
浠が囁くように尋ねる。その声には、優しさとともに、ローズマリーの反応を楽しむような響きがあった。
「少しだけ…でも、あなたとなら大丈夫」
ローズマリーは目を閉じた。心臓の鼓動が全身に響き、呼吸が浅くなる。浠の指が、彼女の首筋に触れた。
「君の肌は、とても柔らかいね」
浠の声が耳元で響く。その指は、ローズマリーの首筋をそっと撫で、ゆっくりと鎖骨へと滑り降りていく。ローズマリーは身を震わせ、無意識に尾を硬くした。
「んっ…」
小さな声が漏れる。浠の口が、彼女の首筋に触れた。唇の感触は温かく、優しいキスが首筋を伝う。それはまるで、全ての緊張を溶かす魔法のようだった。
「あっ…」
ローズマリーの体が、自然と仰け反る。浠のキスは、首筋から鎖骨へ、そして耳の裏へと移動していく。一つ一つの動きが、ローズマリーの中に甘い電流を走らせた。
「気持ちいい?」
浠が小声で尋ねる。その声には、確かな支配感があった。
「うん…すごく…」
ローズマリーの声は、すでに甘く溶けていた。彼女は浠の背中に手を回し、その温もりを全身で感じる。知らないはずのこの感触が、なぜか懐かしく感じられた。
「逃げるなら、今だよ」
浠の声が、耳元で響く。しかしその言葉には、ローズマリーの決意を試すような含みがあった。
「逃げない…絶対に逃げない」
ローズマリーは目を開け、浠の琥珀色の瞳を見つめた。その瞳には、自分が映っている。全てを捧げる覚悟を持った、一人の小さな猫娘の姿が。
「いい子だね」
浠は微笑み、再びローズマリーの首筋にキスを落とした。その唇は、優しくも確かな所有の印を刻んでいく。ローズマリーは目を閉じ、その感覚に身を委ねた。
月明かりの下、二人の影は重なり合い、やがて一つになった。ローズマリーの尾は、浠の腕に絡みつき、彼女の髪はシーツの上に広がる。
「私のこと…好き?」
ローズマリーが、か細い声で尋ねる。
「もちろん。だからこそ、君の全てを手に入れたいんだ」
浠の言葉には、愛と所有が混ざり合っていた。ローズマリーはその言葉を聞き、胸がいっぱいになるのを感じた。
「じゃあ…もっと…もっと欲しい」
ローズマリーの言葉には、もはや迷いはなかった。浠はその言葉を聞き、満足げに微笑むと、さらに深く彼女の唇を奪った。
「いいよ。君の全てを、僕が受け止める」
その言葉を最後に、二人の間には言葉は必要なくなった。月光だけが、静かに二人を照らし続けていた。