暗闇が重くのしかかる。冷たい石の感触が、肌の一枚一枚に染み入るようだった。
地下牢と呼ばれるこの場所は、光という光を完全に拒絶していた。わずかに灯る松明の火さえも、この場所の闇を際立たせるためだけに存在しているかのようだ。
私は、エリシア・セイントライト。かつては光明教会の聖女と呼ばれた存在。今は、魔王城の地下牢という名の檻に囚われた、ただの哀れな女。
身に纏う聖衣は誇り高き白でありながら、今はその神聖さを嘲るように、暗黒の鎖が巻き付いている。鎖はただの金属ではない。私の聖光の力を完全に封印し、内側から腐らせる、魔王アズモードの魔力そのものだった。
「ふっ……」
自嘲の笑みが漏れる。力が感じられない。祈りも届かない。神は、私を見捨てたのか。あるいは、この試練すらも、神の御心の内なのか。
答えは出ない。ただ、絶望だけが、冷たい床から這い上がってくる。
どれほどの時が経ったのか。時間の感覚すらも曖昧になる頃、重い鉄扉が、軋む音を立てて開かれた。
ギィ……
その音は、まるでこの牢獄そのものが息を呑むかのようだった。そして、現れた。
アズモード・アビス。暗黒の深淵より来たりし魔王。
漆黒の長衣は、彼の周囲の空気を歪ませる。瞳は深紅で、底知れぬ虚無が宿っている。口元には、嗜虐的な笑みが浮かんでいた。
「ようやく目を覚ましたか、我が聖女よ」
その声は、甘美でありながら、刃のように鋭い。彼はゆっくりと歩み寄り、私の前に立った。屈み込むと、長く冷たい指が、私の頬を撫でる。
「何て美しい顔だ。清らかで、高潔で……まるで、汚れを知らないユリの花のようだ」
「触るな……!」
私は首を振り、彼の手を振り払おうとした。しかし、身体は重く、自由にはならない。
「ふふ。抵抗するか。それは良い。抵抗すればするほど、お前を我がものにする過程が、より一層甘美なものになる」
彼の指は、私のあごを掴み、無理やり顔を上げさせる。深紅の瞳が、私の青い瞳を覗き込む。
「お前は、これから徐々に、私の完璧な玩具となるのだ。聖女としての誇りも、教養も、すべてを剥ぎ取られ、ただ私の快楽のために存在する、一つの肉奴隷と化す。それが、お前の新しい運命だ」
「そんなこと……させるものですか……!」
私は歯を食いしばった。そして、一瞬の決意で、舌を噛み切ろうとした。
しかし。
「おっと……それは、許されない遊びだ」
笑い声と共に、私の口の中に、何か甘美な魔法が流れ込んだ。傷はたちまち癒え、痛みは消えた。彼は、私の髪を優しく撫でながら、嗤う。
「自決か? 愚かな真似を。お前の命は、すでに私のものだ。勝手に壊すことは許さん。それに……」
彼の声が、さらに甘く、危険なものになる。
「お前のその反抗が、ゲームをより面白くするのだ。聖女の誇りが、どれだけ持つのか。楽しみだ」
彼は立ち上がり、指を鳴らした。
瞬間、私の聖衣が、音を立てて裂かれた。
「ああっ……!」
白い布が、はらはらと床に落ちる。私は下着一枚の姿になり、慌てて腕で胸を隠そうとした。しかし、それすらも許されない。
新たな衣が、私の身体に纏わりつく。それは、あまりにも薄く、透き通った薄紗だった。肌の色が、布地の向こうに透けて見える。聖女として身に着けるべきものではない。むしろ、娼婦の衣だ。
「よく似合っているぞ。我が聖女よ……いや、もうすぐ、我が奴隷だ」
彼が、もう一度指を鳴らすと、鉄扉が開き、数人の城の従者が入ってきた。彼らは一様に、私を見て、下卑た視線を向ける。その目が、私の裸体を舐め回すように見つめている。
「どうだ? 見られること自体が恥辱であろう? その恥辱が、お前を少しずつ、壊していく」
従者たちは、何事かを囁き合い、嗤っている。私は、彼らの視線から逃れるように、うつむくことしかできなかった。
そして、夜が来た。
私の牢は、一室の簡素な寝室に移された。そこには、広いベッドがある。そして、月明かりだけが、薄暗く部屋を照らしていた。
扉が、音もなく開く。アズモードが、立っていた。月光に照らされた彼の姿は、まるで暗黒の詩人のように、不気味でありながらも美しかった。
彼は、ゆっくりと近づき、ベッドの縁に腰かけた。そして、私の薄紗越しの背中に、冷たい手を這わせる。
「震えているな。怖いのか?」
「……怖くは、ありません」
私は、必死に声を震わせまいとした。
「嘘をつけ。その震えが、お前の心の内を語っている」
彼は私の頭を抱き寄せ、耳元に口を寄せた。吐息が、耳朶をくすぐる。
「いいだろう。初夜だ。お前に、最初の贈り物をしてやろう」
彼の声が、低く、深く、呪文のように響く。
「聞け、エリシア。お前の身体は、私のものだ。お前の心も、お前の意志も、すべては私の支配下にある。お前は、私のためにのみ存在する。お前の快楽も、お前の苦痛も、すべては私が与えるものだ。お前の抵抗は、私のゲームを彩るスパイスに過ぎない。抵抗すればするほど、お前の堕落は、より深く、より甘美なものとなるだろう。そして……いつの日か、お前は私なしでは生きられなくなる。そのことを、心の奥深くに刻み付けよ」
その言葉は、私の潜在意識に、まるで錆びた釘のように突き刺さった。抵抗しようと思えば思うほど、その言葉は頭の中で反響し、私の思考そのものを蝕んでいく。
「さあ、今夜はここまでだ。ゆっくりと、その言葉を噛みしめるがいい」
彼は、優しく私の頭を撫でると、立ち上がった。そして、寝室の扉へと歩いていく。
「おやすみ、我が聖女。明日から、お前の本当の調教が始まる」
扉が閉まり、再び闇が訪れた。
私はベッドの上で、震えながら、彼の言葉を反芻していた。
「私は……私の存在は……すべて、彼のために……」
その考えは、恐怖でしかなかった。しかし、その恐ろしい言葉の裏に、かすかな甘美さを感じてしまう自分がいることも、否定できなかった。
この日から、私は、聖女から奴隷へと堕ちる、長い長い旅路の第一歩を、踏み出したのだ。