# 堕ちた純白
## 第一章 純白の学園
九月の陽射しが、キャンパスの銀杏並木を透かして降り注いでいた。陳夢瑶は図書館の二階、窓際の席に座っていた。開いた教科書の上に、彼女の細い指先がそっと置かれている。
「夢瑶、ここ、わかる?」
隣から、幼馴染の李明の声が聞こえた。彼は几帳面な字で書き込まれたノートを指さしている。夢瑶は顔を上げ、微笑んだ。
「うん、ちょっと待ってね」
彼女はペンを手に取り、李明のノートに数式を書き加えた。二人は同じ大学の工学部に通っている。小さい頃からずっと一緒に勉強してきた仲だった。
李明が真剣な顔でノートを見つめる横顔を、夢瑶はこっそり盗み見た。彼の誠実な眼差しが、彼女の心を落ち着かせた。
「ありがとう、夢瑶。おかげで助かったよ」
「いいえ、こちらこそ。いつも一緒に勉強してくれてありがとう」
そう言いながら、夢瑶はふと窓の外を見た。キャンパスのベンチで、数人の学生が煙草を吸いながら大声で笑っている。彼女は眉をひそめた。
「ああいうの、嫌だな」
李明が小声で言った。
「うん。私も」
夢瑶は答えた。彼女は煙草の匂いも、酒の匂いも、それにまつわる全てが嫌いだった。キャンパスの中にも、そういうことに染まっていく学生が増えているのを感じていた。自分は絶対にああなりたくない、と心に誓っていた。
しかし、夢瑶はそれ以上そのことについて考えないようにした。彼女は再び教科書に目を落とした。
数時間後、図書館を出てキャンパスを歩いていると、突然、怒号が聞こえてきた。夢瑶は立ち止まった。声の方向を見ると、中庭の隅に人だかりができている。
「おい、一年坊主! 金出せよ!」
声の主は、明らかに年上の男だった。深く刻まれた刺青が腕から首にまで伸びている。彼は新入生らしい青年の胸倉を掴んでいる。
「た、頼むよ…そんなこと言われても、俺には…」
新入生の声は震えていた。周りの学生たちは、見て見ぬふりをしている。
「何やってるんですか!」
夢瑶は思わず叫んでいた。気づけば、彼女は人だかりの中に飛び込んでいた。
刺青の男が、ゆっくりと振り返った。その目つきは獣のように鋭かった。
「あ? 何だ、お前?」
「暴力はいけません。すぐに手を離してください」
夢瑶は震える声で言った。しかし、その目には強い意志が宿っていた。
「お前、正義の味方気取ってんのか? 俺の邪魔するとどうなるか、わかってんのか?」
男はにやりと笑った。周りの悪質な学生たちも、同じように笑っている。
「警察を呼びますよ」
夢瑶はスマートフォンを取り出そうとした。しかし、その手を男が掴んだ。
「呼べるもんなら呼んでみろよ。でもな、お前、この大学にこれからも通うんだろ? 俺みたいな奴が校内に何人いると思う?」
その言葉に、夢瑶の心臓が冷たく凍りついた。
「もういいよ、先輩」
新入生が弱々しい声で言った。「俺、金出すから…」
「そうかよ。じゃあな、お嬢ちゃん」
男は新入生を突き飛ばし、仲間と一緒に去っていった。夢瑶はその場に立ち尽くしていた。拳が震えているのがわかった。
「夢瑶!」
李明が駆け寄ってきた。彼は心配そうな顔で夢瑶の肩に触れた。
「大丈夫か? 無茶しすぎだよ」
「でも…あれを見過ごせなかったの」
夢瑶は唇を噛んだ。胸の奥で、怒りと悔しさが渦巻いていた。
「わかってる。でも、君は一人で立ち向かえる相手じゃない」
李明は優しく言った。夢瑶は、無意識に涙がこぼれそうになるのをこらえた。
夜が更けていた。夢瑶は寮の自分の部屋の机に向かっていた。窓の外には、キャンパスの灯りがぼんやりと浮かんでいる。彼女はペンを手に取り、日記を開いた。
「九月十五日。今日は、キャンパスで嫌なことを見てしまった。あの刺青の男たちはなぜあんなことをするのだろう? 自分たちの力を見せつけたいだけか? それとも、何かに苦しんでいるのか?」
彼女は一呼吸置いて、続けた。
「でも、私は信じている。この世の中には、きっと正しいことがあると。私はあの男たちみたいになりたくない。煙草も酒も、あらゆる悪い習慣から身を守りたい。いつか、誰かの力になれる人間になりたいと思う。」
夢瑶はペンを置き、窓の外を見た。満天の星が瞬いている。彼女は深呼吸をした。胸の奥で、希望の炎が静かに燃えていた。
「李明がいてくれるから、私は強くいられる。これからも、ずっと一緒だといいな。」
そう呟いて、彼女は日記を閉じた。キャンパスの静かな夜は、まだ続いていた。夢瑶は自分が保っている道徳の牙城に、確かな安心感を覚えていた。しかし、彼女の知らないところで、その牙城を崩す運命が、静かに忍び寄っていた。