お昼寝の時間だった。暖かな日差しがカーテンの隙間から差し込み、保育室には子どもたちの規則正しい寝息が満ちていた。小月は薄目を開けて天井のシミを数えていた。眠れない。お腹が空いていたからだ。給食のカレーライスはあまり食べられなかった。隣の席の健太が鼻をほじっていたのが気持ち悪かったのだ。
突然、誰かが肩を揺すった。びっくりして飛び起きると、見たことのない大人の男が立っていた。白いシャツに黒いズボン。首から何か大きな機械をぶら下げていた。先生ではない。この幼稚園にこんな人はいないはずだ。
「小月ちゃん、ちょっと来てごらん。特別な写真を撮ってあげるよ」
声は柔らかかった。低くて、砂糖を溶かしたみたいに甘い響きだった。しかしなぜか小月の背筋が冷えた。保育室の他の子たちはまだ眠っている。先生の姿もない。誰も起きていない。
「お利口にしてれば、あとで美味しいものをあげるよ」
男は手を差し出した。その手のひらは汗で濡れていた。小月は一瞬迷った。母さんは知らない人についていってはいけないと言っていた。でも、美味しいものには抗えなかった。朝からずっとお腹が空いていたのだ。それに、これが特別なことなら、もしかしたら先生に褒められるかもしれない。そう思うと、小さな手は自然と男の指を握っていた。
廊下は静かだった。床のワックスが午後の光を受けててらてら光っている。小月は連れられて、使われていない準備室へ入った。部屋の中は薄暗く、カーテンが閉め切られていた。壁には古い図鑑や画用紙の束が積まれている。中央には簡素な折りたたみ椅子が一脚置かれていた。
「ここに座って。いい子だね」
男はカメラを三脚に固定しながら言った。小月はおとなしく椅子に座った。膝を揃えて、両手は太ももの上に置く。マナー教室で教えられた通りに。
「まずは服を脱ごうか」
その言葉が理解できなかった。小月は首を傾げた。服を脱ぐのはお風呂の時だけだ。それに、プールの時は水着になるから、裸にはならない。
「写真を撮るんだから、邪魔なものはない方がいいんだよ。ほら、アイドルだって水着で撮影するだろう?」
男の声は変わらず優しかった。しかし目は笑っていなかった。その目の奥に何かぎらつくものを見て、小月は初めて恐怖を覚えた。逃げ出したいと思った。でも足が動かなかった。まるで夢の中にいるみたいだった。すべてが現実とは思えなかった。
「いや…」
弱々しい抗議も、男の手は止まらなかった。パジャマのボタンが一つひとつ外されていく。肌に冷たい空気が触れた。小月は自分を抱きしめた。胸を隠そうとしても、幼い腕では隠しきれない。男は指でそっとつついた。くすぐったくて、気持ち悪かった。
「ちゃんとした写真を撮らなきゃね。口を開けてごらん」
男はズボンの前を開けた。そこから現れたものを見て、小月は目を見開いた。太くて、痛そうなものが顔の前に差し出された。触らなくても熱が伝わってくるような気がした。
「口を開けて。そうしないとキャンディはあげられないよ」
キャンディという言葉に小月の口がかすかに緩んだ。母さんはたまにしかキャンディを買ってくれない。だから一度もらえるなら、それだけで我慢してもいい気がした。小さな口がゆっくりと開かれた。男はにたりと笑った。その笑顔がなぜか蛙が潰れたときの表情を思い出させた。嫌だ。でももう遅かった。男の手が頭を押さえ、無理やり口の中に押し込まれた。
生ぬるい塊が喉の奥を塞いだ。吐き気がした。小月は泣きそうになりながらも、必死に呼吸をした。鼻からしか息ができない。苦しかった。涙が目尻からこぼれ落ちた。男の腰が動くたびに、頭が揺れた。何度も何度も。時間がとても長く感じられた。
「いい子だ。もっと奥まで」
何が終わりなのかわからなかった。ただ、早く終わってほしいと願うしかなかった。男が突然、体を震わせた。どろりとした液体が口の中に広がった。味は苦くて、生暖かかった。小月はむせた。咳き込むと、白く濁ったものが唇の端から垂れた。男はそれを指で拭い、小月の小さな胸に塗りつけた。
「さあ、次は体をこっちに向けて」
カメラのシャッター音が部屋に響いた。冷たい機械のレンズが無機質に小月を映し出す。男は「もっと脚を開いて」「顎を上げて」「悲しい顔をしてごらん」と次々に指示を出した。そのたびに小月は言われた通りにした。もう考えることができなかった。ただ言われた通りにするだけ。そうすれば、もうすぐ終わると信じたかった。
どれくらい経っただろう。外で子どもたちの声が聞こえ始めた。お昼寝が終わったのだ。男は手早くカメラをしまいながら、ポケットから何かを取り出した。薄いセロハンに包まれた丸いキャンディ。小月の目にかすかな光が戻った。
「これ、さっきの…美味しいの?」
「ああ、特別なやつだよ。世界でたった一つだ」
男はキャンディを小月の口に放り込んだ。甘い。いや、甘いだけじゃない。先ほど口の中に残っていた同じ味がする。それなのに小月の顔はほころんだ。飴玉を転がすように舌で弄び、唾液と混ざり合う甘さに酔った。苦い記憶もさっきの恐怖も、糖分で洗い流されたようだった。
「このことは誰にも言っちゃいけないよ。秘密の写真撮影だったんだからね」
男はそう言い残すと、部屋を出て行った。小月は一人で着替えを始めた。手が震えていた。ボタンがうまくはまらなくて、時間がかかった。それでも必死に服を整えると、何事もなかったかのように保育室へ戻った。友達がまだ眠そうな顔で布団を畳んでいる。先生は絵本を整理していた。
小月は自分の席に座った。口の中にはまだ飴の甘さが残っている。それだけで、さっきの出来事は夢だったと思い込もうとした。
放課後、迎えに来た父はいつもより不機嫌そうだった。会社で嫌なことがあったのだろう。車の中で「どうしてこんなに遅くなったんだ」と叱られた。小月は練習通りに答えた。
「先生に絵を描いてくるように言われて、絵の具が乾くまで待ってたの」
父は一瞬、怪訝そうな顔をしたが、それ以上は問い詰めなかった。信号待ちのとき、父がふと助手席の小月の方を向いた。その目がぎらりと光った。
「口、開けてみろ」
冷たい声だった。小月は慌てて口を閉じた。でも父の指がこじ開ける。強引に割り込まれた指が歯茎の間を探る。舌の下にわずかに残った白いものを見つけると、父の顔が一瞬で真っ黒になった。
「これは何だ」
問い詰める声が車内に響いた。小月の小さな体が震えた。口の中に残ったキャンディの甘さは、もう苦いだけだった。答えられない。口を開ければ、すべてが終わる。そう直感した。でも父の目は逃がさない。彼の手のひらが小月の頬を打った。衝撃で涙が飛び散った。
「答えろ。これは誰のだ」
小月は唇を噛みしめた。唇の裏側で血の味が広がる。それでも彼女はうつむいたまま答えなかった。ただ一滴、涙が膝の上に落ちた。その水滴が弾ける音すら、車内にはやけに大きく響いたのだった。