影の中のシャッター

站点:NovelAI.one内容:前8章在线试读ID:e5dde923更新:2026-06-18 06:53
# 第一章 絶望の選択 深夜二時、陳浩は賃貸アパートの薄暗い部屋で、パソコンの画面に映る数字を睨みつけていた。 「十九万四千三百円……」 借金の残高が、冷たく彼の视网膜に焼き付く。母・王秀蘭の手術費用として借りた金は、すでに利息で膨れ上がっていた。三ヶ月前、母が階段から転落し、腰の骨を砕いた。手術は成功したが、その後の
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絶望の選択

# 第一章 絶望の選択

深夜二時、陳浩は賃貸アパートの薄暗い部屋で、パソコンの画面に映る数字を睨みつけていた。

「十九万四千三百円……」

借金の残高が、冷たく彼の视网膜に焼き付く。母・王秀蘭の手術費用として借りた金は、すでに利息で膨れ上がっていた。三ヶ月前、母が階段から転落し、腰の骨を砕いた。手術は成功したが、その後のリハビリと投薬で家計は底をついた。

「陳浩さん、来週までに利息だけでも十万円頂けませんと、うちのやり方で対応させていただきますよ」

携帯電話の着信履歴には、あの高利貸しの男——山本と名乗る痩せた男——からの十件以上の不在着信。最後のメッセージには「お母様のご自宅にもお伺いしております」と書かれていた。

陳浩は髪を掻きむしった。二十五歳。フリーのカメラマンとして細々とやってきたが、大きな仕事は半年以上ない。母の医療費で貯金は尽き、今や生活費すらままならない。

キッチンに向かい、冷蔵庫を開ける。中には半額シールの貼られた豆腐と、賞味期限が二日過ぎた納豆だけがあった。水道水をコップに注ぎ、一気に飲み干す。冷たい水が喉を伝う感触すら、彼には麻痺していた。

再びパソコンに向かい、無意識にネットサーフィンを始める。求人サイト、フリマアプリ、闇バイトの掲示板——どこにも彼の状況を打開する道はない。三十万円あれば、今月の利息と生活費を乗り切れる。だが三十万円を、一週間で稼ぐ方法など、普通に考えれば存在しない。

「何か……何か方法はないのか……」

彼の指が、ある匿名掲示板のリンクをクリックしたのは、その時だった。

「高額報酬! 撮影協力者募集 一回の撮影で五十万円〜」

タイトルに目が留まる。五十万円。それだけで借金の利息が払え、三ヶ月分の生活費になる。陳浩は唾を飲み込み、スレッドを開いた。

「SM系動画の撮影をしております。被写体として参加して頂ける方を募集。年齢性別不問。ただし、特殊なプレイもございますので、その点ご了承ください。詳細は以下のメールアドレスまで」

書き込みには、簡単な説明と連絡先メールアドレスが記されていた。陳浩は一瞬迷った。カメラマンとして、こうしたアダルト業界の裏側は耳にしたことがある。だが自分が被写体になるなど、想像もしていなかった。

「ばかげてる……」

呟いて、ページを閉じようとした。その瞬間、携帯電話が振動した。山本からのメッセージ。

「明日までに十万円。無理なら、お母様の家に行きます。娘さんも一人で暮らしているそうですね」

陳浩の手が震えた。母は今、郊外の小さなアパートで一人暮らしをしている。父は十年前に他界し、兄妹もいない。母にとって、陳浩だけが頼りだった。

「くそっ……」

彼は拳を机に叩きつけた。痛みすら感じない。ただ、胸の奥で何かが千切れるような感覚だけがあった。

再び画面を見る。SM動画。五十万円。特殊なプレイ。頭の中で様々な思考が交錯する。もし断れば、母に借金取りが押し寄せる。今の自分に、母を守る術はない。

「お母さんのためだ……」

そう言い聞かせながら、陳浩はメールの作成画面を開いた。しかし、文字を打ち始めたところで手が止まる。自分ではなく、母を被写体にするという考えが、頭の片隅に浮かんだからだ。

「いや……そんなこと……」

首を振る。しかし、その考えは一度浮かぶと、容易に消えなかった。母ならば五十万円では済まない。条件次第で百万円以上になるかもしれない。母は六十二歳で、見た目は老けているが、顔立ちは整っている。かつては小料理屋を営んでいたこともあり、人前に出ることには抵抗がない。

「何を考えてるんだ、俺は……」

陳浩は自分の思考を恥じた。母をそんなものに使うなど、人間として許されない。彼は顔を洗うため、洗面所に向かった。冷たい水を浴びても、心の焦燥は収まらない。

洗面台の鏡に映る自分の顔。痩せ細り、目は充血している。そこにはかつて写真家を志した青年の面影はなく、ただの追い詰められた男がいた。

「これしかないのか……」

携帯電話で、再びあのスレッドを確認する。すでに三件の応募コメントが付いていた。このチャンスを逃せば、別の人間が契約する。そうすれば、次のチャンスがいつ来るか分からない。

陳浩は震える指で、メールアドレスに一通のメッセージを送った。

「撮影の詳細を教えてください。被写体として検討したいです」

送信ボタンを押した瞬間、胃の底が冷えるような感覚に襲われた。しかし、もう後戻りはできない。彼はパソコンを閉じ、暗い部屋の中、床に座り込んだ。

数分後、スマートフォンが着信音を鳴らした。差出人は「Kスタジオ」という見知らぬアドレス。メールの内容は簡潔だった。

「ご連絡ありがとうございます。撮影は明日の午後八時から、以下の場所で行います。報酬は五十万円〜、内容によって変動。詳細は現場でお伝えします。ご都合はいかがでしょうか」

一時間後、陳浩は返信を送った。

「参加します」

その言葉は、自分自身の口から出たものとは思えなかった。だが、そうしなければ母を守れない。そう信じ込むしかなかった。

翌日の午後、陳浩は母のアパートを訪れた。王秀蘭は腰の痛みをこらえながらも、笑顔で息子を迎えた。

「浩、久しぶりね。痩せたんじゃない?」

「大丈夫だよ、母さん。ちょっと仕事が忙しくて」

陳浩は母の手を握った。その手は痩せ細り、関節が浮き出ていた。かつては料理で鍛えたしっかりとした手だったのに。

「仕事、頑張ってるのね。お母さんは大丈夫だから、心配しないで」

王秀蘭は優しく微笑んだ。その笑顔が、陳浩の胸を締め付けた。

「母さん……今日、ちょっと変な頼みがあるんだ」

「何?」

陳浩は歯を食いしばった。言えるわけがない。だが、言わなければならない。

「実は、ちょっとしたファッション写真の撮影があってね……母さんにもモデルとして協力してほしいんだ」

「私が? モデルだなんて、無理よ」

「大丈夫。ただ立ってるだけでいいんだ。それで、三万円もらえるんだ」

三万円という数字に、王秀蘭の目がわずかに揺れた。彼女もまた、金に困っていることを知っている。医療費の支払いですでに貯金は底を突き、年金だけでは生活が成り立たない。

「本当に……そんな簡単なの?」

「ああ、簡単だよ。俺が撮影するから、安心して」

陳浩は嘘を重ねた。心の中で、自分を呪いながらも。

「わかったわ……ありがとう、浩」

王秀蘭は息子の提案を受け入れた。信頼しているからこそ、疑わなかった。

その夜、陳浩は指定された撮影スタジオに母を連れて行った。スタジオは繁華街から外れたビルの五階。一見すると普通の写真スタジオだが、中にはSM用の道具や特殊な照明が所狭しと並んでいた。

「いらっしゃい」

出迎えたのは、三十代後半の男——プロデューサーの佐藤だった。スーツ姿で、笑顔は営業スマイルそのもの。

「こちらがお母様ですか。いい感じですね。では、早速ですが、契約書にサインをお願いします」

佐藤は書類を差し出した。細かい文字で書かれた条項の数々。陳浩は目を通すこともせず、サインをした。母もまた、何も知らずにサインした。

撮影は三時間に及び、陳浩はカメラマンとしてではなく、被写体を連れてきた協力者として見守った。母が縄で縛られ、口にガムテープを貼られる姿を、彼はただ黙って見つめていた。

カメラのシャッター音が部屋に響く。その度に、陳浩の心は擦り切れていくようだった。

撮影が終わり、佐藤から報酬として八十万円が手渡された。

「また機会があれば、よろしくお願いします。お母様、いい素材でしたよ」

佐藤は笑いながら、追加の撮影を持ちかけた。陳浩は曖昧に頷き、母を連れてスタジオを後にした。

帰りのタクシーの中で、王秀蘭は何も言わなかった。ただ、窓の外を眺め、時折小さく震えていた。彼女の目からは、涙が溢れていた。

「母さん……ごめん」

陳浩は声を絞り出した。しかし、王秀蘭は首を振った。

「いいのよ……あなたのためなら」

その言葉が、陳浩の胸に深く突き刺さった。彼は握りしめた封筒の中の八十万円を見つめた。この金で、利息が払える。今月は生き延びられる。

だが、その代償は計り知れなかった。

翌日、陳浩は借金を返済し、残った金を母の医療費に充てた。しかし、佐藤からは早くも次の撮影の打診が来ている。条件はさらに好条件——百五十万円。陳浩はまたしても、心の中で葛藤を繰り返した。

「これしか道はないんだ……」

彼はそう自分に言い聞かせ、携帯電話に返信を打った。

「承諾します」

その夜、陳浩は自室でシャッターを弄りながら、かつて自分が撮った一枚の写真を見つめていた。それは、母がまだ元気だった頃、庭先で笑っている姿を捉えたものだ。

写真の中の母は、無邪気に笑っている。その笑顔は、もう二度と戻らない。

陳浩はカメラを置き、部屋の明かりを消した。闇の中、彼の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちた。

「ごめん、母さん……」

その呟きは、誰の耳にも届かなかった。

初めての屈辱

# 第二章:初めての屈辱

陳浩はスマートフォンの画面を睨みつけながら、母の部屋のドアをノックした。三回目の催促だった。

「母さん、準備できた?」

部屋の中から、衣擦れの音と共に、かすれた声が返ってきた。

「もう少しだけ待ってくれないか? この着物の帯がうまく結べなくて」

陳浩は深く息を吸い込んだ。イライラが込み上げてくるのを必死に抑えながら、できるだけ優しい声を作った。

「ゆっくりでいいよ。今日の撮影は時間をかけてやろうと思ってるから」

嘘だった。彼の頭の中は、昨日見た海外のアダルトサイトの光景で埋め尽くされていた。高齢女性の動画が驚くほどの再生回数を叩き出し、広告収入で莫大な金額を稼いでいる。あれができれば、たった数日で借金の一部を返せるかもしれない。

母の王秀蘭が部屋から出てきた。彼女は七十歳を超えているが、しっかりとした体つきをしている。薄い紫色の着物に身を包み、白髪を丁寧に結い上げていた。

「どうだろう? 変じゃないか?」

彼女は不安そうに陳浩の顔を覗き込んだ。その目には、息子を信じたいという願いと、何かを感じ取ったような不安の色が混ざっていた。

「すごくいいよ、母さん。アート作品になる」

陳浩はそう言って、リビングに設置した撮影セットへと案内した。白い背景の前に、一枚の漆塗りの椅子が置かれている。照明は柔らかく、影を強調するように斜めから当てられている。

「座ってみて。そっと、自然に」

王秀蘭はおずおずと椅子に腰かけた。彼女の指が着物の裾をぎゅっと握りしめている。

「本当に、これは作品展のための写真なんだろうね?」

「もちろん。今、新しい芸術表現として、年配のモデルを使った作品が注目されてるんだ」

陳浩の声は自然に聞こえた。しかし、彼の心臓は激しく鼓動していた。罪悪感が喉元まで込み上げてくる。しかし、それを打ち消すように、借金取りの声が耳の奥で響く。

カメラのシャッター音が何度か鳴った。最初の数枚は無難な肖像写真だ。王秀蘭は緊張しながらも、微笑みを浮かべていた。

「次は、もう少し横を向いてくれる? そう、そのまま」

陳浩はシャッターを切りながら、ポケットに入れたロープを触った。これをどうやって自然に使うか。母が拒否しないか。思考が渦巻く。

「浩、どうかしたのか? 顔色が悪いぞ」

王秀蘭が心配そうに言った。

「大丈夫。ちょっと照明の調整を」

陳浩は顔を上げ、偽りの笑顔を作った。彼の指がスマートフォンを操作し、カメラの設定を変更するふりをした。

「次は、ちょっと変わったポーズをお願いしたいんだ。アーティスティックな表現のために」

「変わったポーズ?」

王秀蘭の声に警戒心が混じる。

「ただ、もっと自然な感じで、もっと感情を表現できるような……例えば、何かに縛られているような、解放されたいという感情を表現するんだ」

陳浩は言いながら、ロープを取り出した。それは細くて柔らかい麻縄だった。彼はそれを母に見せながら、できるだけ優しい声を心がけた。

「これは芸術的な象徴なんだ。現代社会に縛られる人間の苦しみを表現するための」

王秀蘭はロープを見つめ、そして息子の顔を見た。その目には深い悲しみが浮かんでいた。

「……本当に、これが必要なのか?」

「必要なんだ、母さん。この作品が成功すれば、俺たちの生活は変わる。もう借金に追われることもない」

陳浩の声には、必死さが滲んでいた。それは演技ではなかった。彼は本当にそう信じたかった。

王秀蘭は長い間沈黙した。部屋の中ではエアコンの低い音だけが響いている。やがて彼女はゆっくりと首を縦に振った。

「わかった。お前の言う通りにしよう。でも……」

彼女は唇を噛みしめた。

「あまり長くはやってくれよ」

陳浩は頷き、母の手首にロープを巻き始めた。彼の手は震えていた。この行為が持つ意味を、彼は理解していた。しかし、それ以上に、財布の中の残金と、来月の家賃の支払いが頭をよぎる。

ロープを椅子の背に結び終えると、陳浩は一歩下がってカメラを構えた。ファインダー越しに見る母の姿は、自分が想像していた以上に生々しかった。白髪交じりの髪、皺の刻まれた顔、そして不自由にされた手首。それは芸術というよりも、ただの虐待のように見えた。

シャッターを切る。また切る。何度も何度も。

「次は、目隠しをしてみよう。より強い感情表現になるから」

陳浩は黒い布を取り出した。それは昨日、百均で買ったものだった。

王秀蘭の顔色が変わった。彼女の目が恐怖で揺れた。

「目隠しまで必要なのか?」

「信じてくれ、母さん。これが本当のアートなんだ」

陳浩は声を震わせずに言い切った。心の中で、自分はなんてことをしているのだろうという声が叫んでいる。しかし、別の声がささやく。『もう少しだ。これが終われば金になる』

王秀蘭は目を閉じた。彼女の肩が小さく震えていた。やがて彼女は無言で頷いた。陳浩は黒い布を母の目に巻きつけた。手が触れた母の頬は、冷たく濡れていた。

涙だった。

陳浩は一瞬、手を止めた。しかし、すぐにその感情を押し殺した。彼はカメラを構え、シャッターを切った。何十枚も、何百枚も。

「もう少し、首を反らせて。そう、もっと苦しそうに」

彼の声は次第に冷たくなっていった。自分でも気づかないうちに、彼は被写体を母としてではなく、収入源として見始めていた。

撮影が終わるまで、約二時間かかった。陳浩が母の拘束を解いた時、王秀蘭の手首には赤い跡がくっきりと残っていた。彼女は着物を直すと、震える声で言った。

「……終わったのか?」

「ああ、終わった。すごくいい作品になったと思う」

陳浩はそう答えながら、すでに動画編集のことを考えていた。静止画だけでは不十分だ。動画の方が収益が見込める。彼は母に背を向けて、パソコンを立ち上げた。

王秀蘭は立ち上がり、よろよろと自分の部屋に戻っていった。その背中は、いつもよりもずっと小さく見えた。

陳浩は撮影した動画を確認した。最初の数分は普通のポートレートだが、次第にロープが現れ、目隠しがされ、母の表情が不安から恐怖へと変わっていくシーンが映っている。彼はその動画を、アダルトコンテンツの投稿サイトにアップロードした。タイトルは「縛られる老女 芸術的表現」という、無難で検索に引っかかりやすいものにした。

投稿ボタンを押した瞬間、陳浩の手が震えた。しかし、その震えは期待と興奮によるものだった。

翌朝、陳浩はスマートフォンの通知で目を覚ました。画面には、動画の再生回数が十万を超えたという数字が表示されていた。コメント欄には、賛否両論の声が溢れている。しかし、彼の目に入ったのは、広告収入の見積もり額だった。

一晩で、彼の月収の三倍以上の金額が表示されていた。

陳浩はベッドの上でしばらく呆然としていた。そして、ゆっくりと笑みが浮かんだ。それは罪悪感のない、純粋な喜びの笑顔だった。

「これなら……これならいける」

彼は呟き、すでに次回の撮影計画を頭の中で練り始めていた。あの母親の苦しそうな表情が、より多くの再生数を生むことを知ったからだ。

台所から、母が朝食の準備をする音が聞こえてくる。いつも通りの日常の音だ。しかし、陳浩の耳には、それはもうただの雑音でしかなかった。

溺れる誘惑

三週間が経った。陳浩のスマートフォンには、懐かしい連絡先の代わりに、いくつかの見知らぬ番号が並んでいた。その中で最も頻繁に光るのは、あの日、カフェの片隅で名刺を差し出した男──劉という仲介者の連絡先だった。

「次の仕事、もっと踏み込んだ内容で頼みたい」

劉の声は、いつも通り淡々としていた。だがその言葉の裏に、陳浩は期待と危険が入り混じった何かを感じ取った。

「具体的には?」

「モデルがな、もう少し曝け出したいって言ってるんだ。お前のカメラで、その願望を叶えてやれ」

曝け出す。その言葉が陳浩の耳に残った。以前の仕事はせいぜい水着や下着姿のポートレートだった。しかし今、劉が要求するのは、明らかにその一線を越えたものだった。

陳浩は一瞬迷った。しかし、頭の中で母の背中がよぎった。あの日、母がラーメン屋での仕事を終え、疲れきった表情で帰宅した時の姿。腰を曲げ、小銭の入ったサイフを確かめるように握りしめていた。

「わかった。引き受ける」

陳浩は答えた。その声が、自分でも驚くほど落ち着いていた。

準備が必要だった。陳浩は秋葉原の細い路地にある専門店へ足を運んだ。ショーウインドウには、一眼レフの上位機種や、業務用の照明器具が並んでいる。店の奥には、一般のカメラ店ではまず見かけない機材がずらりと並んでいた。

「小型の隠しカメラ、それに高感度マイクも」

店員は無言で商品をカウンターに並べた。値札を見て、陳浩は息を飲んだ。一つの機材が、母の一ヶ月分の給料に匹敵する。それでも彼は、迷わず財布からカードを取り出した。

「ポイントカードはお作りしますか?」

「いいえ」

陳浩は首を振った。この店に二度と来ないつもりだった。一度だけの取引。そう自分に言い聞かせながら。

その夜、アパートの一室で陳浩は新しい機材の動作確認をしていた。机の上に並んだレンズやケーブル、無機質な金属の輝きが、彼の心に奇妙な高揚感を与えた。

「お前、何を買ったんだ?」

背後から声がした。振り返ると、母が台所の入り口に立っていた。手にした布巾で指を拭きながら、不安そうな目で部屋の中を見渡している。

「仕事の道具だよ」

陳浩はできるだけ軽い口調で答えた。しかし母の視線は、机の上に無造作に置かれたレシートに留まった。その数字を見て、母の顔色が変わった。

「こんなに……どうやって払ったんだ?」

「前の仕事の報酬だ。心配しなくていい」

「前の仕事って、あのカフェで会った人のか?」

母の声が震えていた。陳浩は顔を背けた。真実を言えば、母は必ず止める。しかし、もう後戻りはできなかった。

「母さん、生活のためだよ。それに、これはちゃんとした仕事だ。モデルがいて、クライアントがいて、俺はただ写真を撮るだけ」

「でも、何だか変だ。お前が最近、変だ。目つきが」

「考えすぎだよ」

陳浩はスマートフォンを手に取り、劉とのチャット画面を開いた。メッセージには新しい撮影の条件が細かく書かれていた。内容は過激だったが、報酬の数字はそれに見合っていた。

「明日、また撮影がある。モデルは若い女の子だ。一件だけだから」

「一件だけ?」

「そう。これで終わりにする。仕事の幅を広げたかっただけなんだ」

母は何か言いかけて、やめた。唇を噛みしめ、俯いたまま台所へ戻っていった。その背中は、以前にも増して小さく見えた。

翌日、陳浩は都心のラブホテルで待ち合わせた。部屋の中は薄暗く、カーテンの隙間から夕日が差し込んでいた。モデルの女性は二十代前半で、化粧は濃く、目には疲れが滲んでいた。

「始めていいわよ」

彼女はそう言って、ゆっくりと服を脱ぎ始めた。陳浩はカメラを構えた。シャッター音が部屋に響く。その音が、次第に彼の鼓動と同調していった。

撮影が終わったのは、夜の十一時を過ぎていた。陳浩はホテルを出ると、真っ暗な街を歩いた。手には、分厚い封筒が握られている。中には現金がぎっしり詰まっていた。

アパートに戻ると、母はまだ起きていた。テーブルの上には、冷めたみそ汁と焼き魚が置かれている。陳浩は封筒をテーブルの上に置いた。

「これで、しばらくは大丈夫だ」

母は封筒を開け、中の現金を見た。その瞬間、彼女の手が震えた。涙がこぼれ落ちそうになるのをこらえながら、母は封筒を閉じた。

「お前は……もう戻れないのか?」

その問いに、陳浩は答えられなかった。ただ黙って、冷めたみそ汁を啜った。味はしなかった。

その夜、陳浩はベッドの上でスマートフォンを弄っていた。劉から新しいメッセージが届いている。

「次の仕事、来週だ。場所は別のホテル。モデルは同じく若い女の子。条件は前回より一段、踏み込む。報酬は倍だ」

倍。その文字が陳浩の目に焼き付いた。母の涙、冷めたみそ汁の味、それらすべてが頭の中をよぎった。しかし、それ以上に、現金の重みが彼の指先に残っていた。

「引き受ける」

彼は短く返信した。シャッター音が、まだ耳の奥で鳴り響いていた。

声なき傷跡

第四章 声なき傷跡

午後の陽射しが薄っすらと差し込む部屋の中で、陳浩はカメラのファインダーを覗き込んだ。レンズの向こうには、年老いた母・王秀蘭が、無理やり笑顔を作って座っている。彼女の手は震え、目はうつろだった。

「母さん、もう少しだけ背筋を伸ばして。あと、肩の角度をこっちに向けて」

陳浩の声は冷たく、機械的だった。三十分前から、同じポーズを強いている。王秀蘭は腰を痛めていたが、息子には言い出せずにいた。

「浩、ちょっと休ませてくれないか。腰が…」

「あと十分で終わる。この構図が一番金になるんだ」

陳浩は無視してシャッターを切る。その瞬間、王秀蘭がバランスを崩し、床に倒れ込んだ。鈍い音が部屋に響く。

「母さん!」

陳浩はカメラを置いて駆け寄った。彼女の右手首が不自然に曲がっていた。皮膚の下から血が滲んでいる。転倒の衝撃で、手首を強く打ったのだ。

「痛っ…浩、痛いよ」

王秀蘭の声はか細かった。陳浩は母を抱き起こし、救急箱を探す。しかし、消毒液を見つけた瞬間、ある考えが頭をよぎった――この怪我、もしかしたら次の撮影での説得力になるかもしれない。傷ついた老女の姿は、哀れを誘う。それこそが客の求めるリアルだった。

罪悪感が一瞬だけ胸をよぎったが、陳浩はそれを押し殺した。母に包帯を巻きながら、心の中では次の撮影の構図を練っていた。

その日、近所に住む老婦人・佐藤ハルミが、陳浩の母親を心配して訪ねてきた。彼女は眼鏡を押し上げ、疑わしそうな表情を浮かべている。

「陳さん、最近お母さんの様子がおかしいわよ。この前、廊下で泣いているのを見たんだけど。何かあったの?」

陳浩は即座に笑顔を作った。

「大丈夫ですよ、母はちょっと体調を崩しているだけです。年のせいで、すぐに疲れてしまうんです」

「でも、手首の怪我はどうしたの?あんな包帯、普通じゃないわ」

佐藤の目は鋭かった。陳浩は焦りを隠し、言い訳を重ねた。

「それが、昨日の買い物で転んじゃったんです。俺がついていれば防げたんですが、仕事で遅くなってしまって」

嘘だった。佐藤はしばらく沈黙し、何か言いたげだったが、結局「お大事に」と言い残して去った。陳浩は安堵の息をつくと、すぐにスマートフォンを取り出した。新しい注文が入っている。依頼主は、老人の苦しむ姿を求めるコレクターだった。値段は破格だった。

その夜、王秀蘭はベッドに横たわりながらも、眠れずにいた。部屋の明かりを消しても、まぶたの裏には息子の冷たい目が浮かぶ。彼女は震える手で、古びた家族写真を握りしめた。そこには、幼い陳浩が無邪気に笑っている。

「浩は、あんな子じゃなかった。優しい子だった…」

涙が枕に染み込む。しかし、彼女は声を殺して泣くことしかできなかった。苦しみは、時間とともに深くなるばかりだった。

一方、陳浩は自分の部屋で、新しいカメラレンズの値段を眺めていた。母の痛みも、近隣の疑念も、頭の中をかすめては消えた。金の匂いが、すべてを麻痺させていた。

罪の拡大

その夜、陳浩は部屋のドアを閉め切って、薄暗いランプの明かりだけでパソコンに向かっていた。画面の青白い光が彼の痩せた顔を照らし、目は異様に輝いている。ウェブブラウザのURL欄に、VPNを経由してダークウェブのアドレスを打ち込んだ。何度も見つけたサイトだ。何度も入り口を彷徨ったが、今夜はついに進む決心をした。

メッセージアプリのコンタクトリストで、数日前に追加した「闇中介・ケン」のアイコンをクリックする。相手のアイコンは暗い背景に数字だけが浮かんでいる。陳浩は震える手でメッセージを打った。

「あの素材、もう一度見てもらえますか」

返事はすぐに来た。一分も経たずに、苦笑いのスタンプが送られてくる。「前に言っただろ。量が必要だ。一本だけじゃ価値が出ない。あれは特殊なマーケットなんだ。お前の最初の動画は確かに珍しかったが、需要は一本じゃ済まない」

陳浩は唇を噛んだ。母の苦しむ顔が頭をよぎる。病院のベッドで父が横たわる姿、治療費の催促の電話のたびに母が泣く声。それらが頭の中で渦巻き、最後には借金取りの脅迫電話の録音が鳴り響く。あの男の声は平然としている。「今月の利子はまだだ。明日までに振り込め。さもなければ……お前の母さんの勤め先にも電話するぞ」

「できる」陳浩は打ち込んだ声に震えがあったが、自分を奮い立たせた。「毎週一本ずつ届ける」

「三条だ。一週間に三条」相手は値切るように伝えてきた。「お前の説明では、被害者が身近にいるんだろう。ならば、簡単なことだ」

陳浩は目を閉じ、こめかみがジーンと痛む。脳裏に浮かぶのは、母が暗室で写真を現像する後ろ姿だった。陽の光の下で洗濯物を干す穏やかな笑顔。今、その笑顔を奪おうとしている自分がいる。しかし、借金返済の期日は迫り、父の薬代は待ってくれない。彼には選択の余地がなかった。

「わかった。週に三条」

打ち込んでから、送信ボタンを押した。その瞬間、指先が感じる重みは、まるで鎖を自らの首に巻きつけるようだった。

翌朝、母の王秀蘭は早くに目が覚めた。最近、息子の様子がおかしい。昼間はぼんやりし、夜中になるとパソコンの前に座る。何をしているのか。彼女は不安で胸がつまる。料理を取りに行くふりをして、陳浩の部屋の前を通りかかると、ドアの隙間からキーボードを打つ音が漏れてくる。彼女はそっとドアを押し開けた。

部屋の中は真っ暗で、カーテンが隙間なく閉められている。机の上にパソコンはなく、スマホだけが充電コードに繋がれていた。画面が不意に明るくなり、通知のポップアップが現れた。王秀蘭は何気なく視線を落とし、その短い文字列が目に飛び込んできた。

「第三期の代金、アドレス変更済み。新たな支払い用ビットコインアドレス:~~~」

王秀蘭の指先が急に冷たくなった。彼女は震える手でスマホを手に取り、指紋認証のアイコンをじっと見つめた。自分の指紋は登録していない。しかし、息子の誕生日を知っている。彼女は震える指で数字を打ち込んだ。ロックが解除された。

チャットアプリを開き、画面上のやり取りをスクロールする。見れば見るほど、全身の血の気が引いていく。業者との取引記録、素材の受け渡し、代金の確認。そして、自分を撮影した動画のサムネイル。それは昨日、浴室で着替えていたときの映像だった。カメラが隠されていた浴室の棚の上。彼女は自分の顔が呆然と映っているのを認めた。

「あっ――」

彼女は悲鳴を上げ、スマホを落とした。手は激しく震え、拾い上げるのもままならない。その時、背後で足音がした。振り返ると、陳浩がドアのところに立っていた。顔色は青白く、目は充血している。彼は何も言わず、ゆっくりと近づいてきて、曲がった背中で母の手からスマホを奪い取った。

「何を見てるんだ」

その声は低く、脅しに満ちていた。

王秀蘭はよろめき、後ろに下がった。涙が溢れ出し、声は震えていた。「あんた……あんたは僕を売ったのか?あんたは僕の体を売ったのか?」

陳浩は背を向けて、スマホの記録を削除しようとした。しかし、母は狂ったように彼の腕にしがみついた。「答えろ!あんたは一体何をしたんだ!僕はあんたの母親だぞ!あんたは僕を……僕を……」

「黙れ!」陳浩が彼女を振り払った。衝撃で王秀蘭は床に倒れ込み、ひじで激しく床を打った。彼女は声も出せずに泣きじゃくった。この何年も、息子のためにどれだけの屈辱に耐え、どれだけの苦しみを飲み込んできたか。しかし、一度としてこんなことはなかった。自分の血を分けた子に、こんな形で裏切られるなんて。

「あんたは狂ったのか?」彼女は泣き腫らした声で言った。「僕たちは借金は返せる。ゆっくりと。どうしてこんなことを……」

「ゆっくり?」陳浩が突然振り返り、その目には狂気じみた光が宿っていた。「父さんの治療費はどうするんだ?来月から入院費を払わなきゃいけないんだぞ。薬代も一ヶ月に一万近くかかる。借金の利子は日に日に膨れ上がってる。あの債権者はもう家を取り上げると言ってるんだ。ゆっくり……お前は何を言ってるんだ?」

王秀蘭は唇を噛みしめ、血の味が口の中に広がった。彼女は誤解している。確かに、自分は年老いて弱々しいが、まだ労力を売ることはできる。しかし、こんなのは違う。これは人を裏切り、辱めることだ。

「僕はやらない」彼女は毅然と言い放った。「あんたがどんなに言い訳をしようと、僕はやらない」

陳浩は廊下で立ち止まり、長い間沈黙した。それから、落ち着いた口調で言った。「もう遅いよ、母さん。先方に素材を送って、代金も受け取った。踏み絵は踏んだんだ。今さら降りるなんて、できると思うか?」

彼は母の前にしゃがみ込み、両肩を掴んで目を合わせた。その手は強く、温もりはなかった。

「母さん、聞いてくれ。あの連中はすごく危険なんだ。もし僕が契約通りに納品しなかったら、どうなると思う?言うまでもないだろう。父さんも、お前も、僕も、みんな逃げられない。今さら、僕たちに道は残されてないんだ」

王秀蘭の涙は止まらず、豆粒のような滴が絶え間なくこぼれ落ちる。彼女は頭を振り続けたが、自分が逃げ場を失っていることを知っていた。息子の言う通り、一度あの泥沼に足を踏み入れてしまえば、もう後戻りはできない。しかし、それでも彼女は最期の抵抗を試みた。

「警察に通報する……」

「すればいいさ」陳浩が遮った。口調は冷たく揺るがない。「そうすれば、お前は一人で罪を背負うことになる。傷害罪、密売罪、何せ相手は国際的な組織だ。お前は警察署に入って、二度と出られなくなるかもしれない。父さんはどうする?お前がいなくなったら、死ぬのを待つだけだ」

これらの言葉は、王秀蘭の心臓に杭を打ち込むようだった。彼女は動けず、ただ泣き続けた。声は枯れ、涙は流れきった。

陳浩が立ち上がり、部屋の外に出ようとした。しかし、ドアのところで振り返り、母を見下ろした。その口調にはほんの少しの揺らぎもない。

「明日の夜、リビングでもう一本撮る。あんたは準備をして、ちゃんと長めの服を着てろ。大丈夫、ちゃんと顔の映らない場所を選ぶから」

家族の亀裂

# 第六章:家族の亀裂

その日は朝から雨が降っていた。陳浩は三階の窓から、しとしとと降り続ける雨を見つめていた。ビニール傘を差した人々が足早に行き交う街並みは、いつもよりどこか陰鬱だった。

「浩、おばさんが来てるよ」

リビングから母の声が聞こえた。陳浩は顔をしかめた。母の妹——つまり自分の叔母だ。めったに訪ねてこないのに、よりによってこんな時に来るのか。

「どうも、お邪魔してます」

母親似の顔立ちをした中年女性が、上がり框に腰掛けて靴を脱いでいた。手には菓子折り。叔母はいつも決まった手土産を持ってくる。チープなパイン飴と、日持ちのする饅頭。陳浩は嫌な予感がした。

「久しぶりだね、浩くん。痩せたんじゃない?」

「仕事が忙しいんで」

短く答え、陳浩はリビングのソファにどっかりと座った。叔母はそれでも笑顔を崩さず、奥の台所へと向かう。そこでは母がお茶の準備をしていた。

陳浩はこっそりと二人の会話に耳を澄ませた。

「お姉さん、なんか顔色悪いよ。ちゃんと食べてる?」

「食べてる食べてる。心配しないで」

「最近、何か困ったことない?」

「ないよ。浩もちゃんと仕事してるし」

妙に明るい母の声。陳浩にはそれが作り笑いだとわかった。母は昔からそうだ。誰かに心配をかけるくらいなら、自分が無理をする方を選ぶ。

叔母はしばらく台所で立っていたが、やがてリビングに戻ってきた。陳浩と向かい合わせに座る。

「浩くんさ、お母さんの様子、最近おかしいと思わない?」

思わぬ直球の問いかけに、陳浩は一瞬言葉を失った。しかしすぐに取り繕う。

「別に普通ですけど」

「そうかなあ。さっき、お茶を入れてるとき、茶碗を二度も落としたんだよ。しかも手が震えててね」

「年ですよ。母ももう六十過ぎましたし」

「そうかもしれないけどね……」

叔母は目を細めて陳浩をじっと見つめた。その目が何かを見透かしているようで、陳浩は居心地が悪かった。

「最近、お母さんが変なこと言ってなかった?」

「変なことって?」

「例えば……誰かに脅かされてるとか、写真を撮られてるとか」

陳浩の心臓がどくりと跳ねた。しかし顔には出さない。

「そんなこと言ってませんよ。叔母さん、何か気にしすぎですよ」

「そうかなあ。でも、この前電話したとき、お姉さんが『助けて』って言ったのよ」

「助けて?」

「冗談だと思ったんだけどね。でもやっぱり気になって」

陳浩は無理やり笑顔を作った。

「母、最近ホラー映画にハマっててね。その影響じゃないですか?」

「あら、そうなの? 秀蘭さんがホラー映画? 昔は絶対見なかったのに」

「人間、変わりますから」

そのとき、台所から母がお盆を持って現れた。湯気の立つ急須と、三個の湯呑み。叔母は素早く席を立ち、代わりにお茶を注ぎ始めた。

「お姉さん、座って座って。私がやるから」

「いいのよ、お客さんなのに」

「そんなこと言わないで。久しぶりに妹に甘えなさいよ」

母は一瞬ためらい、それからおずおずとソファに腰掛けた。陳浩はその隣に座る。母の肩がかすかに震えているような気がした。

「それでね、浩くん。実は今日来たのは他にも用事があってね」

叔母が急須の蓋を閉めながら切り出した。

「何ですか?」

「私の家、今ちょうど部屋が空いてるの。もしよかったら、お母さんをしばらく預からない?」

陳浩の顔から血の気が引いた。

「は?」

「だって、お姉さん一人でここにいるのは心配だもの。浩くんは仕事で忙しいだろうし」

「大丈夫ですよ。ちゃんと面倒見てますから」

「でも、君が夜遅くまで帰ってこない日もあるんでしょ? お母さん、一人で夜を過ごすのが怖くなったって言ってたよ」

叔母は真剣な目で陳浩を見つめた。その視線に、陳浩はわずかな罪悪感を覚えたが、すぐに打ち消した。

「それは単なる気のせいですよ。それに、母がいなくなったら僕の生活が回らなくなります」

「生活?」

しまった。余計なことを言った。

「いや、つまり、母の面倒をみるのが僕の役目だからってことです。親戚に任せるわけにはいかない」

叔母は納得した様子ではなかったが、深く追及もしなかった。代わりに、母の方へと向き直った。

「お姉さんはどう思う? うちに来る?」

母はうつむいたまま、何も答えなかった。その沈黙が何よりも雄弁だった。

「お姉さん?」

「……ここにいるわ」

か細い声で、母が答えた。その声には、諦めとも絶望ともつかない響きがあった。

叔母は何かを言いかけて、やめた。代わりに、深くため息をついた。

「わかったわ。でも、何かあったらすぐに連絡してね。私、いつでも迎えに来るから」

「ありがとう」

母はようやく顔を上げ、作り笑いを浮かべた。その笑顔がひどく痛々しかった。

叔母は一時間ほど滞在して帰っていった。雨はまだ止んでいなかった。玄関で見送る母の背中は、ひどく小さく見えた。

「もう帰ったよ」

陳浩は冷めた口調で言った。母の肩がぴくりと震えた。

「叔母さんには余計なこと言わないでくれよな」

「言ってないわよ」

「でも何か匂わせたんだろ? 『助けて』なんて電話してさ」

「あれは……つい」

「ついじゃないだろ」

陳浩は母の腕を掴んだ。母は悲鳴をあげそうになってこらえた。

「浩……痛い」

「俺の言ってること、わかってるよな?」

「わかってる……わかってるわ」

母の目に涙がたまっている。その涙を見ても、陳浩の心は動かなかった。むしろ、腹が立ってきた。

「お前がちゃんとしないから、余計な疑いをかけられるんだよ。叔母さんに変なこと言われたじゃないか」

「ごめんなさい」

「謝ればすむもんじゃない。これからはちゃんとしろよ。叔母さんが来ても、おかしな素振りは見せるな」

「わかったわ……」

陳浩は母の手を離した。母の腕にはくっきりと指の跡が残っていた。

その日の夜、陳浩はいつものようにカメラと三脚を設置した。母は椅子に座らされ、借金の証文を手に持たされていた。

「今日も撮るの?」

「決まってんだろ」

「でも……今日はもう疲れたわ」

「お前の気持ちなんか知るか。金にならなきゃ意味ないんだ」

陳浩はファインダーを覗きながら、ライトの角度を微調整した。母の顔に強い光が当たる。その目は虚ろで、焦点が合っていなかった。

「ちゃんとカメラを見ろよ。そうじゃないと写りが悪い」

「ごめんなさい」

母の声はかすれていた。写真を現像するたび、母の表情はどんどんやつれていった。その写真ほど、ネット掲示板では高い値がついた。

「いいか、もっと苦しそうな顔をしろ。借金に追われて、生きるのに疲れたって感じで」

「苦しそうな顔って……」

「わかってんだろ。いつもみたいに」

母はうつむき、そのまましばらく動かなかった。陳浩が声をかけようとしたその時、母がゆっくりと顔を上げた。

その顔には、涙が一筋流れていた。

「これで……いいの?」

「いいよ。そのまま動くな」

陳浩はシャッターを切った。フラッシュが母の顔を白く照らす。

「もう一枚。表情を変えろ。もっと絶望的な感じで」

母は目を閉じ、そして開いた。その目には、何も映っていなかった。

「そうだ、それだ」

陳浩は次々とシャッターを切った。三枚、四枚、五枚。母は機械のように指示に従った。

「よし、終わったぞ」

陳浩はカメラを置き、液晶画面で写真を確認した。どの写真も、見事なまでに母の絶望を捉えていた。

「これで今日の分は終わりだ。あとは現像してアップするだけ」

陳浩が機材を片付け始めたとき、母が立ち上がった。足取りはふらついていたが、陳浩は気に留めなかった。

「おやすみ、浩」

「ああ、おやすみ」

母は二階へと続く階段を上っていった。その足音が、やけに重く響いた。

夜中の二時。陳浩は現像室で一人、先ほど撮影した写真のデータをパソコンに取り込んでいた。モニターには、涙を流す母の顔が映し出されている。陳浩はその写真を何度も拡大し、細部まで確認した。

目尻のしわ。涙の軌跡。震える唇。どれをとっても完璧だった。

「よし、これで高値がつく」

陳浩は画像を保存し、アップロードの準備を始めた。掲示板の常連たちは新作を待ちわびている。競り合いになれば、いくらでも釣り上がる。

そのとき、二階から何かが倒れる音がした。

陳浩は手を止めた。しばらく耳を澄ますが、物音はしない。

「なんだ、物音か」

そうつぶやいて、またキーボードを叩き始めた。しかし、違和感が胸に引っかかる。何かがおかしい。

陳浩は仕方なく立ち上がり、階段を上った。二階の廊下は真っ暗だった。母の部屋のドアの隙間から、明かりが漏れている。

「母さん?」

返事がない。ドアをノックしても、沈黙が続く。

「入るぞ」

陳浩がドアを開ける。するとそこには——

母が首を吊っていた。

天井の梁から垂れたロープに、母の首がかけられていた。足は宙に浮き、かすかに揺れている。椅子が横に倒れていた。

「母さん!」

陳浩は叫び、慌てて母の体を抱きかかえた。体重を支えながら、ロープを外そうとするが、固く結ばれていてなかなか外れない。

「くそっ!」

台所から包丁を取ってきて、ロープを切る。母の体がずしりと腕の中に落ちた。

「母さん! しっかりしろ!」

母の顔は青白く、呼吸が浅い。首にはくっきりと赤い跡がついている。

「誰か! 助けてくれ!」

陳浩はスマートフォンを取り出し、救急車を呼んだ。その間も、母の体は冷たくなっていくようだった。

「頼む、死なないでくれ」

その言葉に、自分でも驚くほどの切実さが込められていた。これが金のためだけのものではないことに、陳浩自身が気づいた。

救急車が到着したとき、母はまだ息をしていた。しかし意識はなく、担架に乗せられて運ばれていった。

病院の待合室で、陳浩は一人座っていた。看護師が手続きの書類を持ってくるが、手が震えてまともに書けなかった。

「陳浩さん、お母さんの容態は落ち着きました。命に別状はありません」

医師の言葉に、陳浩は深く息を吐いた。

「ただ、首のロープの跡が深くてね。かなり強い決意だったと思います」

「……」

「心療内科の受診をお勧めします。お母さんは明らかに強いストレスを抱えています」

陳浩はうなずくしかなかった。医師はなおも続ける。

「何か心当たりはありますか? お母さんがそんな状態になった理由」

「……わかりません」

陳浩は目を逸らした。医師はそれ以上追及しなかったが、その目は何かを疑っているようだった。

病室に入ると、母は点滴を受けながら眠っていた。白いシーツの上に横たわる姿は、ひどくやつれて見えた。首には白いガーゼが当てられている。

陳浩はベッドの脇に立った。母の顔を見つめながら、自分が何をしてきたのかを考えた。

カメラ。写真。金。

それだけのために、母をここまで追い詰めた。

「ごめん……母さん」

陳浩は初めて、心からそう思った。しかし、その思いは一瞬で消えた。

スマートフォンが震える。掲示板の通知だった。新作の写真に、すでに入札が始まっている。

【最高額:十二万円】

陳浩はその数字を見つめ、そして病室の母を見た。

十二万円。

これだけあれば、またしばらくは凌げる。

「……明日には退院できるって医者が言ってた」

陳浩はつぶやき、スマートフォンをポケットにしまった。

母はまだ眠っている。その寝顔には、安らぎさえ感じられた。

「悪いな、母さん。もうしばらくだけ、続けさせてくれ」

そう言い残して、陳浩は病室を後にした。

廊下を歩きながら、彼の頭の中はすでに次の写真の構想でいっぱいだった。もっと悲惨に。もっと哀れに。もっと金になるように。

母の首にはまだロープの跡が残っている。それを隠すのは難しいが、逆に使う手もある。

「そうだ……包帯姿で撮れば、より同情を買える」

陳浩の口元が、わずかに歪んだ。

病院の自動ドアを出たとき、雨は止んでいた。しかし空は依然として曇ったままで、星の光は一切見えなかった。

街灯に照らされた自分の影を見ながら、陳浩は思った。

——俺は、どこまで堕ちてしまったのだろう。

その問いに、答えは出なかった。

道徳の崩壊

# 第七章 道徳の崩壊

陳浩はパソコンの画面を睨みつけていた。先月の収支は赤字だった。視聴者はより刺激的な映像を求めている。普通の介護や食事のシーンではもう満足しない。コメント欄には「もっと過激なのを」「本当に苦しむ顔が見たい」という書き込みが溢れている。

彼はキッチンで薬を飲む母の背中を見つめた。王秀蘭は震える手でコップを持ち、錠剤を喉に流し込んでいる。最近、母の体調は明らかに悪化していた。しかし、それもまたコンテンツになる。

「母さん、明日は新しい動画を撮るよ」

陳浩は冷たい声で言った。王秀蘭は振り返り、不安そうな目を向けた。

「何を…撮るの?」

「いつもの介護だよ。でも、もっとリアルにやるんだ。母さんが本当に苦しんでいる姿を見せてくれ」

王秀蘭の顔色がさらに青ざめた。彼女は首を振った。

「浩、もうやめてくれないか。あんな動画、誰も見たくないはずだ…」

「違う!みんな見たいんだ!」陳浩は机を叩いた。「俺たちは借金で首が回らないんだぞ。母さんの薬代だって、この部屋の家賃だって、動画の収入で払っているんだ」

王秀蘭はうつむいた。彼女の肩が小刻みに震えている。陳浩は一瞬、胸が痛んだが、すぐにその感情を押し殺した。

「明日は朝から撮影だ。母さんには立ったまま皿を洗ってもらう。途中で倒れるふりをしてくれ」

「倒れる…ふり?」

「そうだ。もっとドラマチックにやるんだ。転ぶときはゆっくり、苦しそうに。カメラは全部撮影するから」

王秀蘭は何も言えず、ただ頷いた。

翌朝、陳浩は三脚を台所に設置し、照明を調整した。母は流しの前に立ち、震える手でスポンジを持っている。

「よし、始めるぞ」

カメラの赤いランプが点灯した。王秀蘭は皿を洗い始めたが、その動きはぎこちなく、水が飛び散った。五分が経過した。十分が経過した。彼女の呼吸は荒くなり、額に脂汗が浮かんでいる。

「もっとリアルにやれよ!」陳浩はイライラしながら叫んだ。

王秀蘭は体をくの字に曲げ、ゆっくりと床に崩れ落ちた。しかし、それは演技ではなかった。彼女の意識は朦朧とし、視界が歪んでいく。

「母さん?母さん!」

陳浩はカメラを止めなかった。むしろ、ズームを拡大し、母の苦しむ顔をクローズアップで捉えた。彼女の唇は紫色に変色し、呼吸は浅く速くなっている。

「いいぞ…その表情だ…」

王秀蘭の全身から力が抜けた。彼女の体が床に激しく打ち付けられ、鈍い音が響いた。陳浩はようやくカメラを止め、母に駆け寄った。

「母さん!しっかりしろ!」

王秀蘭は反応しない。陳浩は彼女の頬を叩いたが、目は開かない。慌てて救急車を呼んだ。

救急隊員が到着したとき、王秀蘭の体温は低下していた。彼女はストレッチャーに乗せられ、アパートを運び出される。陳浩はその後を追い、病院に向かった。

救急処置室の前で、陳浩は長い時間待った。医師が出てきたとき、彼の表情は硬かった。

「王秀蘭さんのご家族ですか」

「はい、息子です」

「低血糖と脱水症状です。それに、全身に多数の打撲痕と新しい火傷の跡があります。どうされたんですか」

陳浩の心臓が大きく跳ねた。すぐに平静を装った。

「母は高齢で、よく転ぶんです。火傷は料理中に…」

医師は疑わしそうな目を向けた。彼はカルテに何かを書き込みながら言った。

「念のため、警察に通報しました」

「なっ…なぜですか!」

「これは明らかに虐待の疑いがある。私たち医療従事者には通報義務があります」

陳浩の顔から血の気が引いた。彼はその場に立ち尽くし、医師が去っていく背中を見送った。頭の中は混乱していた。証拠を隠さなければならない。すぐに。

彼は病院の公衆電話から、アパートの大家に電話を入れた。

「もしもし、すみません、今夜中に部屋を片付けたいんです。急な引っ越しで…」

電話を切ると、陳浩は母の病室に走った。王秀蘭は酸素マスクをつけ、点滴を受けている。彼女はまだ意識を取り戻していない。

「母さん、すまない。でも、もう戻れないんだ」

陳浩は母のバッグを漁り、自宅の鍵を取り出した。彼はタクシーを拾い、アパートへ急いだ。

部屋に飛び込むと、まずカメラとSDカードを探した。撮影機材を段ボールに詰め、パソコンのハードディスクを抜き取る。台所の包丁や、虐待に使った道具をすべてゴミ袋に放り込んだ。

「まだだ、まだ終わっていない」

彼はクローゼットからスーツケースを引きずり出し、衣服や貴重品を詰め始めた。その時、玄関のチャイムが鳴った。

「警察です。ご自宅を捜索させていただきます」

陳浩の手が止まった。彼は窓から外を見た。パトカーの赤色灯が回っている。警官が二人、玄関の前に立っていた。

「くそっ、早すぎる」

彼はバルコニーに出た。隣の部屋との境には、細い足場がある。そこを伝って逃げられるか?彼はスーツケースを抱え、バルコニーの手すりに足をかけた。

「陳浩さん、出てきてください。お母様のことでお話があります」

警官の声が近づく。陳浩は決断した。スーツケースを隣のバルコニーに投げ、自身も飛び移ろうとした。しかし、バランスを崩し、手すりに足を取られた。

「うわっ!」

彼の体が宙に浮き、三階の高さから落下した。地面に激突する衝撃。痛みが全身を駆け抜ける。視界が白く染まり、音が遠ざかっていく。

「陳浩さん!」

警官の叫び声が聞こえる。陳浩は地面に横たわり、ぼやけた空を見上げた。母の顔が脳裏に浮かぶ。そして、自分が撮り続けた動画の数々。視聴者の金銭が踊る。

「俺は…間違っていたのか…」

意識が暗転する中、彼は初めて本当の後悔を味わった。しかし、もうすべては遅すぎた。道徳も良心も、彼の手から永遠に滑り落ちていった。

真実の代償

# 第八章:真実の代償

## 一

裁判所の重厚な扉が開かれ、陳浩は腕を拘束されたまま法廷に連れ出された。彼の目は虚ろで、かつての輝きはどこにもなかった。傍聴席は報道関係者と好奇の目で満ちていた。

検察官は立ち上がり、淡々と証拠を並べ立てた。

「被告は半年間にわたり、高齢者を狙った詐欺的写真撮影を組織的に行い、総額三百二十万円を騙し取った。被害者は二十三名にのぼる」

陳浩の顔がわずかに引きつった。彼の弁護士が何か言おうとしたが、検察官は続けた。

「さらに、被告は自身の母親を利用し、被害者に対する信用を得る手段としていた」

法廷がざわめいた。陳浩の母、王秀蘭が証人として呼ばれることになっていたのだ。

## 二

「証人、王秀蘭さん、入廷してください」

法廷の扉が再び開き、一人の老婦人が姿を現した。彼女の顔は青白く、全身が小刻みに震えていた。薄汚れたセーターを着た彼女は、まるでこの場所から逃げ出したいかのような様子だった。

母親の姿を見た瞬間、陳浩の体が硬直した。彼は激しく頭を振り、手錠が金属音を立てた。

「こんなことはやめてくれ! 母さんを帰してくれ!」

裁判長が規則棒を叩いた。

「静粛に。被告は発言を控えなさい」

王秀蘭は震える足取りで証言台へと歩いた。彼女の目はうつむき、決して息子の方を見ようとしなかった。検察官が近づき、優しい声で尋ねた。

「王さん、あなたは長期間、被告の行動を知っていましたか」

沈黙が法廷を支配した。王秀蘭の唇が震えた。

「…はい」

「ですが、警察には通報しませんでしたね。なぜですか」

王秀蘭の手が証言台に置かれ、爪が白くなるほど握りしめられた。

「あの子は…私の一人息子だから」

彼女の声はかすれていた。「主人は早くに亡くなりました。私はあの子を一人で育ててきました。貧しかったけれど、それでも精一杯やってきたんです」

涙が彼女の頬を伝った。

「あの子が何をしているのか、薄々気づいてはいました。でも、認めたくなかった。自分を騙していたんです。大丈夫だ、いつかやめるはずだと」

陳浩が叫んだ。

「母さん! もう言わなくていい!」

「陳浩さん、黙ってください」

規則棒の音が響いた。

王秀蘭は顔を上げ、初めて息子をまっすぐに見つめた。その目には深い悲しみと、ある種の諦めが浮かんでいた。

「けれど、ある日あの子の部屋を掃除していて、写真の束を見つけました。お年寄りたちの写真でした。みんな、泣いたり、怒ったりしていました。あんなにひどい写真は見たことがありませんでした」

彼女の声が詰まった。

「それでも…それでも私は黙っていた。だって私は母親だから。この子を守らなければならないと思ったから」

検察官が静かに尋ねた。

「では、なぜ今回証言することに決めたのですか」

## 三

長い沈黙があった。法廷中の視線が王秀蘭に集まった。

「警察が…私のもとに来ました。あの子がついに誰かを大けがさせるかもしれないと言われました。年を取った被害者が心臓発作で入院したと」

彼女の体がさらに震えた。

「私は夜も眠れなくなりました。鏡に映る自分の顔が、どんどん老けていくように感じられて。あの年寄りたちの顔が浮かぶんです。自分のおばあちゃんの顔のように」

陳浩がうつむいた。彼の肩がわずかに震えていた。

「私はもう…間違った道を選べませんでした。これ以上、親として間違えたくありませんでした」

王秀蘭の声はかすれて消え入りそうだった。

「証言します。すべて話します。それがこの子のためだと信じたいから」

## 四

検察官は写真を証拠として提出した。それは陳浩が撮影したもので、老人たちの弱みをあからさまにし、恥をかかせるようなものばかりだった。法廷の空気が冷たく凍りついた。

陳浩の頭の中には、かつての光景がフラッシュバックしていた。金のためなら何でもする自分。母に「いい写真が撮れた」と嘘をつく自分。しかし、今、その写真が法廷で晒されることで、自分がどれほど醜いことをしてきたのかを初めて実感した。

「被告は写真のネガとデータをすべて隠蔽していました。しかし、王さんの証言により、隠し場所が判明しました」

若い記者たちがメモをとる音が響いた。

陳浩の顔から血の気が引いた。彼は母親を凝視した。王秀蘭もまた、息子を見つめていた。二人の視線が交錯した。

「なぜ…なぜなんだ、母さん」

陳浩の声は泣きそうだった。

「私はすべて君のためにやったんだ。母さんを楽にさせたかったんだよ」

王秀蘭はゆっくりと首を振った。

「違うよ、浩。君は自分のためにやったんだ。私はただ…それを止める勇気がなかっただけだ」

彼女の声は優しかったが、その言葉は陳浩の心を激しく打った。

## 五

その後の審理は速やかに進んだ。数多くの証拠と母親の証言により、陳浩の罪は明らかになった。最終弁論で、弁護士は情状酌量を求めたが、検察官は厳しい求刑をした。

「被告は自らの利益のために家庭の絆を悪用し、弱い立場にある人々を食い物にしました。母親の愛情すら道具として使った行為は、社会の許容を超えています」

裁判長が判決を言い渡した。

「被告を懲役五年に処する」

法廷中がどよめいた。陳浩は立ち上がり、突然大声で叫んだ。

「待ってくれ! 母さん、すまない! すまなかった!」

しかし、王秀蘭はただうつむいていた。彼女の目には涙が浮かんでいたが、声を発することはなかった。

陳浩は警部に連行されていった。彼は何度も振り返り、母親を見ようとしたが、王秀蘭はついに顔を上げなかった。

## 六

数時間後、法廷の外は報道陣で混雑していた。王秀蘭は小さな存在のように、人々の間をすり抜けて歩いていた。しかし、どこからかやってきた記者たちが彼女を取り囲んだ。

「おばさん、こんなに多くの人を騙した息子をどう思いますか」

「あなたも共犯ではないですか」

「なぜ今まで黙っていたんですか」

無数の質問が浴びせられた。誰かが彼女の肩に手をかけたかと思うと、別の誰かが彼女の腕を引っ張った。

「止めてください! この人は被害者でもあるんです」

一人の女性弁護士が割って入り、王秀蘭を守ろうとした。しかし、群衆の怒りは収まらなかった。

「母親としての責任を放棄したんだ」

「もっと早く通報すべきだった」

「あんたも同じ穴のむじなだ」

王秀蘭はただ黙って立っていた。その目からは涙が止めどなく流れ落ちていた。

## 七

事件から一週間後、陳浩は拘置所の面会室に呼ばれた。ガラスの向こうには、見知らぬ顔の女性が立っていた。彼女は名刺を差し出した。

「私は市の福祉課から来ました。あなたのお母さんは今、心理リハビリセンターにいます」

陳浩の顔色が変わった。

「どういうことですか」

「あなたの事件の報道後、お母さんは自宅にいられなくなりました。近所の人たちが毎日のように苦情を言いに来て、嫌がらせもありました。本人はとても辛い状態です」

陳浩はガラスに手を当て、声を絞り出した。

「母さんは…大丈夫なんですか」

「精神的なケアが必要です。医師の診断では、重度のストレス障害と抑うつ状態と診断されました。ご本人もリハビリに同意されています」

陳浩の手が震えた。

「会わせてくれませんか。母に直接謝りたいんです」

「今はお勧めできません。医師の指示で、外部との接触は制限されています。あなたが会うことで、さらに状態が悪化する恐れがあります」

陳浩は机に突っ伏した。肩が激しく上下に動いていた。

「俺が…俺がすべて悪かったんだ」

## 八

心理リハビリセンターの一室。白い壁、白いベッド。王秀蘭は窓辺に座り、外の景色を見つめていた。彼女の手には、若い頃に撮った一枚の写真があった。

それは彼女がまだ二十代の頃、初めて子どもを抱いたときのものだった。小さな陳浩が無邪気に笑い、彼女も幸せそうな顔をしていた。

「あなたは私の宝だよ」

昔、彼女が何度も言った言葉が脳裏に蘇る。

窓の外では、落ち葉が風に舞っていた。秋が深まり、冬が近づいていた。

ドアがノックされ、医師が入ってきた。

「王さん、お元気ですか」

「はい、だいぶ落ち着きました」

医師は彼女の隣に座った。

「今日もお話しできますか。無理のない範囲で」

王秀蘭はうなずいた。

「私は…母親として間違っていましたか」

「あなたは子どもを愛しただけです。ただ、その愛が間違った方向へ導かれてしまった。それだけのことです」

「けれど、多くの人を傷つけました。私がもっと早く止めていれば」

医師は優しく言った。

「責める必要はありません。今はまず、あなた自身を大切にすることです」

王秀蘭は写真を胸に抱きしめた。彼女は何かを決意したように顔を上げた。

「先生、私はこのセンターで、ちゃんと治したいと思います。そして、いつか自分のしたことを…償いたい」

## 九

同じ頃、拘置所の独房で、陳浩は壁に向かって座っていた。彼の頭の中には、母親の最後の言葉が繰り返し響いていた。

「あなたは自分のためにやったんだ」

「そうだ…その通りだ」

陳浩は他人に聞こえない声でつぶやいた。

「俺は最初、母さんを助けたかった。けれど、いつの間にか金に目がくらんでしまった。写真を撮る喜びを忘れて、ただ金のためだけにシャッターを切っていた」

彼は手を広げ、自分の指を見つめた。かつて、この指でシャッターを切るとき、心臓が高鳴ったものだ。しかし、今ではその感覚も忘れてしまっていた。

「俺は本当に…最低な人間だ」

その夜、陳浩は初めて深い眠りについた。夢の中で、子どもの頃の自分が母と一緒に笑っている姿を見た。そして、その夢の中で、自分は涙を流していた。

## 十

二ヶ月後、陳浩は正式に刑務所に移送された。一方、王秀蘭は心理リハビリセンターでの治療を続けていた。

ある日、王秀蘭は女性弁護士からの手紙を受け取った。

「王さん、陳浩さんからの伝言です。『母さん、すまなかった。俺はもうけじめをつける。いつか必ず、ちゃんと謝るから』」

王秀蘭は手紙を読み終えると、静かに涙を流した。しかし、その目にはわずかな希望の光が宿っていた。

彼女は窓辺に立ち、遠くの山々を見つめた。

「あなたが償うなら、私も償うよ」

そう言って、彼女は空を見上げた。雲間から、一筋の陽の光が差し込んでいた。