# 第一章
修行の世界には、厳格な階級が存在する。
煉気、筑基、金丹、元婴、そして化神——この五つの境界が、すべての修道士の命運を決める。格上の者には決して逆らえない。それがこの世界の絶対的な掟だ。
この世界、女性の修道士は男性の十倍以上もいる。男尊女卑というわけではない。ただ、男性修道士は数が少ない代わりに、一人ひとりが桁外れの力を持つ者が多いのだ。
そして、この世界には古くから伝わる言い伝えがある。
男性修道士が女性修道士の尻を打つことで、その女性を奴隷として支配できる——と。
打たれた女性修道士は精神的に屈服し、男性修道士との修行効率が飛躍的に向上する。しかし当然ながら、自らの意志でそれを受け入れる女性修道士はほとんどいない。
だからこそ、それを実行できるのは——絶対的な力を持つ男性修道士だけだ。
「おい、聞いたか? 玄罚天尊がこの辺りに来てるらしいぞ」
「あの、化神大圆满の……?」
「そうだ。世界最強の一人だ。それに……」
「何だよ、はっきり言えよ」
「……何しろ、女の尻を打つのが何より好きだっていう変人だ」
仙霞派の門下生たちが、ひそひそと噂話に興じていた。
彼女たちは皆、女性修道士だけの門派に属している。女だけの門派は珍しくない。むしろ、この世界では当たり前だ。
だが今日、彼女たちは運命の歯車が狂い始めたことにまだ気づいていない。
「お前たち、何を油断している!」
凛とした声が響く。振り返ると、美しい女性が立っていた。
沈夢月——仙霞派の掌门。化神中期の実力者だ。
黒白の道袍を身にまとい、腰まである黒髪を風に揺らす。その顔立ちは清らかで美しく、まるで仙女のようだ。しかし同時に、成熟した女性の魅力もあふれている。清純と妖艶が混ざり合った、不思議な魅力を持つ女だった。
「掌、掌门!」
「さっき、門派の外で一人の男に遭遇した者がいる。その男に、うちの弟子が無礼を働いたらしい」
「えっ……」
「その男というのが——玄罚天尊だ」
一瞬で門下生たちの顔色が青ざめた。
「そ、それで、どうなさるおつもりですか?」
「謝罪に行く。それしかあるまい」
沈夢月は平静を装っていたが、内心では不安が渦巻いていた。
玄罚——名もなき男が自らにつけた通り名だ。この世界の最強の一人であり、女の尻を打つことで知られる男。
彼がこの地域に来ていると聞いて、既に三つの門派が彼の“お仕置き”を受けたという。その全てが女性のみの門派だった。
———。
その日の夕暮れ。
仙霞派の門前に、一人の男が立っていた。
黒い练功服を身にまとい、背は高く、姿勢は完璧だ。顔立ちは整っているが、無表情だ。何を考えているのか、まったく読めない。ただ、その瞳だけが冷たく光っている。
「玄罚天尊……でしょうか」
沈夢月が門から出てくる。その後ろには数十人の門下生たちが控えている。
男——玄罚は無言のまま、彼女を見つめた。
「本日は、どのようなご用件で……」
「お前の門派の弟子が、俺にぶつかった」
短い言葉だった。だがその一言には、強い霊力が込められていた。
沈夢月は顔色をわずかに変えた。
「それは、申し訳ございません。すぐにその者を呼び出し、謝罪させます」
「謝罪?」
玄罚の口元がわずかに動いた。それは笑みだったのか、それとも——。
「謝罪だけでは済まない。お前たち仙霞派は、俺に対して無礼を働いた。その責任を取ってもらう」
「責任……とは?」
「全門派の女——その尻を、俺が打つ」
瞬間、空気が凍りついた。
「な……!」
「ふざけるな!」
門下生たちが騒めく。沈夢月も、顔色が青くなっていた。
「玄罚天尊、それはあまりにも……」
「断るのか?」
「……」
沈夢月は唇を噛んだ。彼女は门主として、門派を守る義務がある。
「お断りします」
「そうか」
玄罚はそう言うと、ゆっくりと右手を上げた。
——次の瞬間、轟音が響いた。
「!」
沈夢月は反射的に剣を抜き、防御の構えを取った。だが玄罚の指が放った衝撃波は、彼女の剣を軽々と弾き飛ばした。
「化神中期……弱い」
「くっ……!」
沈夢月は後方に飛び退きながら、即座に霊力を集める。手を結び、印を組む。
「仙霞剣法·第一式——霞光万丈!」
彼女の体から無数の光の筋が放たれる。それはまるで朝焼けのようであり、同時に鋭い刃の雨でもあった。
「ふん」
玄罚は微動だもせず、ただ右手の指を一本立てた。
「破」
その一言で、すべての光が消え去った。
「な……!」
沈夢月が驚愕の表情を浮かべる。彼女の全力の一撃が、ただの一言で無効化されたのだ。
「化神中期の実力は、この程度か」
玄罚の声には、嘲りの色すらなかった。ただの事実として、そう言ったのだ。
「まだだ!」
沈夢月は歯を食いしばり、再び立ち上がる。剣を握り直し、全身に霊力を集中させる。
「仙霞剣法·第七式——雪花乱舞!」
彼女の周囲に無数の雪の結晶が現れる。一つひとつが刃のように鋭く、しかもその動きは予測不能だ。
「面白い」
玄罚が初めて、わずかに興味を示した表情を見せた。
だが——。
「指法·天崩」
玄罚が三本の指を虚空に向けて突き出す。
空気が歪んだ。空が割れた。そして、すべての雪の刃が、その圧力で砕け散った。
「がはっ……!」
沈夢月は地面に叩きつけられた。道袍は破れ、肌が露出している。口からは血が流れていた。
「まだ……だ……」
「もう十分だ」
玄罚はゆっくりと彼女に近づく。
「お前は強い。化神中期としては、かなりのものだ」
「……それは、褒め言葉か?」
「事実だ。だが——」
玄罚の足が止まった。彼は見下ろすように、倒れた沈夢月を見つめる。
「お前が使った力は、七割だな」
「!」
「俺も、七割で戦った。結果は見ての通りだ」
沈夢月は唇を噛んだ。彼の言う通りだった。彼女は全力を出し切っていない。門派の守護結界を維持するために、力を温存していたのだ。
だが、それでも——彼は自分より強い。その事実は変わらない。
「で……どうする気だ」
「最初に言った通りだ」
玄罚は冷たく言い放った。
「仙霞派は、俺の要求を拒否した上に、武力で抵抗した。これは——重罪だ」
「……!」
「よって、仙霞派全門派員。今日より毎日、玄木板で尻を一百回打つ。期間は三年。これを不服とすれば——」
玄罚の目が、冷たく光る。
「門派そのものを消し去る」
沈夢月の体が震えた。
消し去る——その言葉に偽りはない。彼にはその力がある。化神大圆满——この世界で最強の一人。彼が本気で門派を潰そうと思えば、それは容易いことだ。
「……わ、かった」
沈夢月は、震える声で答えた。
「ただし、条件がある」
「条件?」
「私だけは、門主としての責務を果たさねばならない。だから——私のお仕置きは、最後でいい。まずは門下生たちを……その後に、私を」
「……」
玄罚は一瞬、黙った。そして——
「いいだろう。だが、確約はしない。俺の気分次第だ」
そう言って、彼は門の中へと歩いていった。
その背中を、沈夢月は茫然と見つめていた。
——明日から、三年間。
毎日、百回の玄木板。
その光景を想像しただけで、彼女の尻は痛みを覚えた。
だがそれ以上に——彼女の心は、恐怖でいっぱいだった。