# 第一章
この世界には、天を目指す者たちがいる。
彼らは霊気を練り、己が身を鍛え、限りなき道を歩む。その始まりは煉気。体内に霊気を取り込み、丹田に溜める最初の steps。次に筑基。霊気を基盤として身体に定着させ、修行の土台を築く。そして金丹。丹田に黄金の丹を結成し、その力は凡人の域を超える。さらに元婴。丹が破れて中から小さな自分、すなわち元嬰が生まれ、神識が大きく広がる。最後に化神。元嬰が成長し、神と化する。これがこの世界の頂点だ。
しかし、この世界には奇妙な掟があった。
女性の修行者の数は男性のそれを遥かに上回る。門派の九割が女性で占められていることなど珍しくもない。男性修行者は少ないが、その一人一人が強く、そして特別な力を持っていた。
男性修行者は、女性修行者の臀部を打つことで、彼女たちを支配下に置くことができる。鞭でも、手でも、あるいは特別な法器でも。打たれた女性は徐々に打った男性に服従するようになり、双方の修行速度が飛躍的に向上する。これは天が定めた理であった。
だが、多くの女性修行者はこれを拒む。自らの尊厳を失うことを何よりも恐れるからだ。
今日もまた、その掟に従う者が現れた。
東大陸の中央、霊脈の集う地にそびえる仙霞山。そこに仙霞派の山門がある。
「おい、そこを通せ」
冷ややかな声が響いた。声の主は黒い道服に身を包んだ若い男だった。その顔は彫刻のように整い、美しくも冷たい。目は氷のように澄み、感情の一片も見せない。全身から放たれる霊圧は、周囲の空気を震わせるほどだ。
仙霞派の門前に立つ二人の女弟子が、恐怖に顔を引きつらせた。
「だ、誰だお前は! ここは仙霞派の聖地、無断で入ることは——」
「黙れ」
一言。それだけで二人の女弟子は口をつぐんだ。言葉が喉で詰まり、体が動かない。霊圧だけで彼女たちを押さえつけているのだ。
男——玄罰は、名乗ることもなく、ゆっくりと山門をくぐった。
「ひっ……」
女弟子たちはその場に崩れ落ちた。彼女たちはただの煉気期の弟子。玄罰のような化神大圆满の存在の前では、虫けら同然だった。
「先日、お前たちの門下が俺にぶつかった。謝罪もなく去っていった。その報いを受けさせに来た」
玄罰はそう言って、さらに奥へと進む。
仙霞派の本殿は山の中腹にあった。白と黒を基調とした荘厳な建築。その前の広場には、すでに大勢の女弟子たちが集まっていた。玄罰が侵入した報せを受けて、迎撃の準備を整えていたのだ。
「止まれ!」
先頭に立つのは、年若い女弟子。手に剣を持ち、鋭い目つきで玄罰を睨む。
「ここは仙霞派。女性のみの門派だ。男性の立ち入りは許されていない」
「ほう」
玄罰は微かに眉を上げた。それだけだ。彼にとって、この程度の威嚇など何の意味も持たない。
「ならば、これから許可を出す。俺がここを支配する、とな」
瞬間、玄罰の体が光に包まれた。霊気が渦巻き、周囲の女弟子たちは息を呑む。
「化神……大圆满!?」
誰かが叫んだ。その言葉に、全員の顔色が変わった。
仙霞派の最強は、掌门の沈梦月。彼女もまた化神期だが、中段。大圆满には遠く及ばない。
「どうした。かかってこい」
玄罰は両手を背中に組み、悠然と立っている。その姿に、女弟子たちは恐怖しながらも、剣を構えた。
「や、やるしかない!」
先頭の女弟子が飛びかかる。剣先が玄罰の喉を狙う。
だが、その刃が届く前に、玄罰の指が動いた。何の変哲もない、一本の指だ。それが空中で軽く振られた。
「——っ!」
女弟子の体が後方に吹き飛んだ。地面に叩きつけられ、そのまま気を失う。
「弱い」
一言。それだけ言って、玄罰はさらに歩を進める。
「くっ……全員でかかれ!」
怒号と共に、十数人の女弟子が一斉に飛びかかる。剣閃が交錯し、霊気の波動が広場を揺らす。
玄罰はその真ん中で、悠然と指を動かした。一本、二本、三本。指で描く軌跡が、すべての攻撃をいなしていく。まるで舞うかのような動き。だがその一撃一撃が、相手の体を確実に打ち据える。
「がっ」「ああっ!」
次々と女弟子たちが倒れる。玄罰の指は、彼女たちの急所を正確に打ち抜いていた。だが、致命傷を与えることはない。ただ戦闘能力を奪うだけだ。
「これで全員か」
最後の一人が倒れると、玄罰は周囲を見渡した。広場には二十人ほどの女弟子が倒れている。まだ立ち上がれる者はいない。
「まだいるだろう。この門派のトップが」
その言葉に応えるように、本殿の扉が開かれた。
「ここまでやるとは……さすがは化神大圆满」
現れたのは、一人の女性だった。黒白の道袍をまとい、腰まである黒髪が風に揺れる。その顔は清らかでありながら、成熟した艶やかさも兼ね備えている。まるで仙女がそのまま現れたかのようだ。
「仙霞派掌门、沈梦月だ」
沈梦月は剣を抜き、玄罰を見据える。その目には強い意志の光が宿っている。
「なぜここに来た」
「先日、お前の門下が俺にぶつかった。謝罪もなく去った。その報いだ」
「それだけで?」
「それだけで」
沈梦月は小さく息を吐いた。なるほど、道理の通じない相手だと理解したのだ。
「では、どうすればいい?」
「簡単だ。お前たち全員、俺に尻を打たれろ。それで済む」
「——!」
その言葉に、沈梦月の顔色が変わった。男性修行者が女性修行者を支配する方法。それが臀部を打つことだということは、誰もが知っている。そして、払われれば、それは支配を受けることを意味する。彼女たちの尊厳を失うことになる。
「冗談ではない」
「冗談で言うと思うか」
玄罰の目が冷たく光る。
「ならば、力づくでやるまでだ」
「——っ!」
瞬間、二人の間で霊気が炸裂した。沈梦月が先に動く。彼女の剣が光を放ち、玄罰の喉元を突く。
「速い」
玄罰は呟きながら、指を一本立てた。その指先が剣先を捉える。金属が擦れる音が響き、沈梦月の剣が軌道を逸らされた。
「なっ……!」
「まだまだ」
玄罰は二本目の指を立てる。その指が沈梦月の肩を狙う。彼女は慌てて体をひねり、かわす。
ここから激しい戦いが始まった。沈梦月の剣はまるで生き物のように動き、玄罰の周りを舞う。斬撃、突き、薙ぎ。あらゆる角度から攻め立てる。
玄罰は指だけでそれを受け止める。一本の指で剣を弾き、二本の指で攻撃を防ぎ、三本の指で反撃する。
「くっ……!」
沈梦月は焦りを感じていた。確かに自分は化神中段。世界でも五指に入る実力者だ。しかし、眼前の男はそれを遥かに超えている。しかも、まだ本気ではない。
「そろそろ終わりにするか」
玄罰がそう言った瞬間、彼の周囲に霊気が渦巻いた。七割——彼がそう判断した力だ。
「——破」
一言。その言葉と共に、玄罰の指が真っ直ぐに沈梦月の胸を狙う。
「——っ!?」
沈梦月は剣で受け止めようとした。しかし、その指先は剣を貫き、彼女の体を捉える。
「がっ……!」
衝撃が全身を駆け抜ける。彼女の体が後方に吹き飛び、地面に激突した。剣が手から離れ、カランと音を立てて転がる。
「……なぜ……ここまで」
沈梦月は立ち上がろうとして、力が入らない。全身が痺れている。化神大圆满の一撃は、それだけで彼女の戦闘能力を奪っていた。
玄罰がゆっくりと歩み寄る。その足音が、沈梦月の心臓を打つ鼓動のように響く。
「お前たち仙霞派は、俺に逆らった。負けを認めず、最後まで抵抗した」
彼がそう言いながら、沈梦月の前に立つ。
「罰を与える」
「……何を」
「仙霞派、上下全員。毎日、玄木板で尻を百打つ。期間は三年」
「な——!」
その宣告に、沈梦月の顔色が真っ青になった。毎日百打ち。三年。それはあまりにも過酷な罰だ。しかも、玄木板とは特別な法器。打たれた瞬間、その痛みが全身に伝わり、決して癒えない。
「抗議するか?」
玄罰の目が沈梦月を見下ろす。その目には一片の同情もない。
「……私一人で……済ませてくれ……門下は……」
沈梦月が震える声で言う。彼女は、自分だけが罰を受けることで、門下を救おうとしているのだ。
「却下」
冷たく、一言。
「お前たち全員に責任がある。全員が罰を受ける」
玄罰は振り返り、広場に倒れている女弟子たちを見渡した。
「これより、三年間。お前たちは俺の奴隷だ」
その言葉が、仙霞派の空気を凍りつかせた。沈梦月は唇を噛みしめ、玄罰を睨む。しかし、その目に力はなかった。
彼女は負けた。そして、その代償を払わなければならない。
玄罰はゆっくりと、自分の腰から一つの板を取り出した。黒く光る、その板。それが玄木板だった。
「まずは、お前からだ」
彼が沈梦月の方を向く。沈梦月は恐怖に体を震わせながらも、目を逸らさなかった。
「必ず……いつか……」
「いつか、どうなる?」
玄罰は無表情で問いかける。
「必ず……必ずお前を倒す……」
「その時を待っている」
そう言って、玄罰は板を振り上げた。
第一打が、静かな広場に響き渡った。