# 第一章
この世界は霊気に満ちている。天と地の間に漂う霊力は、修行者の体内を流れ、境界を突破するたびに新たな力が目覚める。煉気、築基、金丹、元婴、そして化神——五つの境界が修行者の道筋を示す。
修仙世界は女多男少。女性の修行者は数多く存在するが、男性の強者は少なく、その一人一人が精鋭として恐れられていた。そしてこの世界には、古くから伝わる掟があった。男性修行者は女性修行者の臀部を打つことで、その者を女奴とすることができる。双方の修行速度も増すというが、多くの女修はそれを屈辱とし、拒み続けてきた。
だが、玄罚天尊にとって、そんな掟はただの遊び心に過ぎなかった。
彼は化神大圆满——この世界で最強の一角に立つ男だ。黒い練功服に身を包み、その顔は彫刻のように整っているが、無表情のまま感情を一切見せない。その瞳は冷たく、獲物を見るかのようだった。
今日、彼は仙霞派の門前に立っていた。
仙霞派は全員が女修の門派。山全体に張られた結界が、霊気を静かに循環させている。だがその結界も、玄罚の指が触れた瞬間、音もなく消え去った。
「誰だ!」
門を守る二人の女弟子が声を上げる。それぞれ築基後期の修行者だ。彼女たちの手には剣が握られているが、その手は微かに震えていた。
玄罚は何も言わず、ただ歩を進める。
「止まれ!ここは仙霞派の領域だ!」
一人の女弟子が剣を抜き、玄罚に向かって斬りかかる。だがその剣は、玄罚の指先に触れただけで粉々に砕け散った。女弟子は驚愕の声を上げ、その場に崩れ落ちる。
「貴様…まさか…」
もう一人の女弟子が恐怖で声を震わせる。玄罚は彼女たちに一瞥もくれず、そのまま山門をくぐった。
門派の中は静まり返っていた。修行に励む弟子たちが、突然の侵入者に警戒して動きを止める。五十人ほどの女弟子たちが、様々な境界で修行している。金丹期、元婴期——だが全員が、玄罚の放つ圧倒的な霊圧に息を呑んだ。
「仙霞派の者か」
玄罚の声は低く、冷たく響く。
「お前たちの弟子が、先日わが道を横切った。謝罪もなく、ただ走り去った。無礼というものだ」
女弟子たちの間に動揺が走る。確かに数日前、一人の若い弟子が慌てて下山した際に、街中で誰かにぶつかったという噂はあった。まさかそれが、この男だったとは。
「私は玄罚。この世界で我に逆らう者は、罰を受ける」
そう言って、玄罚はゆっくりと門派の中央へ歩み寄る。
するとその時、一筋の剣気が玄罚の背後から迫った。玄罚は振り返らず、指を一つ動かすだけでその剣気を弾き飛ばす。
「そこまでにせよ」
声の主は、門派の奥から現れた一人の女だった。
黒白の道袍を纏い、腰まで届く黒髪が風に揺れる。その顔は妙齢の少女のような白い肌を持ちながら、成熟した女性の魅力を宿していた。清麗でありながら妖艶——その相反する美しさが、見る者を魅了する。
沈夢月。仙霞派の掌门。化神中期の修行者だ。
「玄罚天尊…まさかそのようなお方が、我が門派に足を運ばれるとは」
沈夢月の声は冷静だが、その瞳には警戒の色が浮かんでいる。彼女もまた、玄罚の名を知っていた。この世界で最も恐れられる男の一人。そして——女の臀部を打つという奇妙な性癖で知られる男でもあった。
「お前が掌门か」
玄罚は沈夢月を見つめる。その視線は冷たく、まるで物を見るようだった。
「先日の件、謝罪する。私の弟子が無礼を働いたことは、我が門派の責任だ。どうか寛大な処置を」
沈夢月は深々と頭を下げる。だが玄罚は微動だにしない。
「謝罪では済まぬ」
沈夢月の肩が微かに震えた。
「では…いかなる罰を?」
「全員だ」
玄罚の言葉に、場の空気が凍りつく。
「仙霞派の門弟、全員の尻を開花させる。それが我が掟だ」
「な…!」
女弟子たちの間に動揺が広がる。沈夢月の顔色が一瞬で青ざめた。
「玄罚天尊…それは…」
「我に逆らった者は、必ず罰を受ける。それがこの世界の理だ。お前たち仙霞派は、弟子の過失を門派全体で背負う。それが門派の在り方だろう」
玄罚の声に、一切の妥協の余地はない。
沈夢月は拳を握り締めた。化神中期と言えば、この世界でも上位の強者だ。しかし相手は化神大圆满——境界の差は、埋めがたい。
「…ならば、私がお相手いたします」
沈夢月は剣を抜いた。白銀の刀身が霊気を帯びて輝く。
「我が仙霞派の名誉を守るため、貴方と戦う」
玄罚は少しだけ目を細めた。それでも表情は変わらない。
「いいだろう。負けた場合は、お前たち全員が毎日、玄木板で一百の臀罰を受ける。三年の間だ」
沈夢月の唇が震えた。百の臀罰を毎日、三年間——それは想像を絶する苦痛だ。だが、退くわけにはいかなかった。
「承知いたしました」
沈夢月は剣を構える。霊気が彼女の全身を包み、化神中期の力が爆発する。周囲の女弟子たちが後退し、戦いの場を作る。
「かかってこい」
玄罚は両手をだらりと下げ、何の構えも取らない。その無防備な態度が、むしろ沈夢月を緊張させた。
沈夢月が踏み込む。その速さは目で追えず、音すら遅れる。剣先が玄罚の首筋を狙う——だが、彼の指が二本、軽く動いた。
指が剣身に触れた瞬間、衝撃波が炸裂した。沈夢月は空中で体を捻り、衝撃を逃す。だが次の瞬間、玄罚の指が目の前に迫っていた。
「速い…!」
沈夢月は剣で防ごうとするが、指は剣をすり抜け、彼女の肩を打つ。一撃で腕が痺れ、剣が手から滑り落ちる。
「まだまだ」
玄罚の声は冷たい。彼は七割の力しか使っていなかった。それでも沈夢月には、まるで壁に向かって攻撃しているかのようだった。
沈夢月は体勢を立て直し、再び霊気を凝縮する。彼女の周囲に無数の剣気が現れ、一斉に玄罚へと放たれる。雨のような攻撃——だが玄罚はただ手を翳すだけで、全ての剣気を消し去った。
「化神中期か…悪くない。だが、お前では足りぬ」
玄罚の指が空を切る。その動きは優雅で、まるで舞のようだった。しかしその一振りごとに、沈夢月の体が激しく打ちのめされる。
最終的に、沈夢月は地面に倒れ伏した。道袍は破れ、肌は傷だらけ。彼女は必死に立ち上がろうとするが、膝が震え、力が入らない。
「終わりだ」
玄罚が彼女の前に立つ。その影が沈夢月を覆い、彼女の顔に、冷たい恐怖が浮かんだ。
「負けた…」
沈夢月の声は掠れていた。化神中期の彼女が、相手の七割の力で打ち負かされた。これが最強との差なのか。
玄罚はゆっくりと彼女に近づく。その目は、まるで獲物をいたぶるかのようだった。
「宣言通りだ。仙霞派、負隅抵抗の罪により、上下全員が毎日、玄木板による一百の臀罰を受ける。期間は三年」
声は低く、しかし門派全体に響き渡る。その宣告に、女弟子たちは一斉に顔を青くした。
沈夢月は地面に手をつき、震える声で言った。
「お願いです…私だけで…私一人で全ての罰を受けます。弟子たちには…」
「許さぬ」
玄罚は冷たく言い放つ。
「門派の責任は、門派全体が負う。それが理だ。お前の自己犠牲など、我には意味を成さぬ」
玄罚は振り返ると、門派の奥へと歩き始めた。
「準備をさせろ。明日から始める」
その背中を見つめながら、沈夢月は己の無力を呪った。
明日から、彼女も、門派の女弟子たちも、一人残らず玄木板の鞭打ちを受ける。その苦痛は三年間続く——しかも、毎日百回。
沈夢月は空を見上げた。雲一つない青空が、彼女には暗く淀んで見えた。
玄罚は門派の奥にある広場で立ち止まり、周囲を見渡す。
「この場所でいい」
その言葉に、女弟子たちは恐怖で固まった。明日から、この場所で、彼女たちは屈辱を味わうのだ。
沈夢月は立ち上がると、弟子たちに声をかけた。
「皆、落ち着きなさい。我々は生き延びる。必ず、この試練を乗り越える」
その言葉に力はなかった。だが、彼女は掌门として、弟子たちを守らねばならなかった。
夜が更け、門派に静寂が戻る。
沈夢月は自室で、一人座っていた。明日からの罰を思うと、全身が震える。彼女は剣を握る手を強く締め、唇を噛み締めた。
「玄罚天尊...」
その名を呟くだけで、体が凍りつくようだった。
だが彼女は知らなかった。この罰が始まりに過ぎず、やがて彼女と門派の運命が、さらに大きく変わろうとしていることを。