# 銀鎖の奴隷
## 第一章 招待と好奇心
その招待状は、真っ白な封筒に入れられ、上質な和紙に丁寧な筆致で書かれていた。
「陸遠様より、ご招待」
読書に耽っていた私の耳に、雨晴の弾んだ声が飛び込んできた。彼女は封筒を高々と掲げ、部屋の中をくるくると回っている。スカートの裾がふわりと舞い上がり、彼女の興奮が全身から溢れ出していた。
「何の招待?」
「今度の土曜日、陸遠様の邸宅で開かれる晩餐会だって!」
雨晴は封筒から取り出したカードを私に差し出した。金彩を施されたそのカードは、見るからに高級感があり、指先に伝わる重みさえ特別だった。
「行こうよ、絶対に行こう! 陸遠様の邸宅って、この地域で一番の貴族のお屋敷なんだよ。どんなに豪華なのか、一度でいいから見てみたかったんだ!」
雨晴の大きな瞳がキラキラと輝いている。彼女はこういう華やかな場が大好きだ。平民である私たちにとって、貴族の邸宅に招かれるなど、滅多にない機会だった。
「でも、どうして急に私たちなんかを招待するのかしら……」
私の言葉に、雨晴は首をかしげた。
「さあ? でも、陸遠様はいつも優しい方じゃない。この前の市場で、お金を落としたおばあさんにさっと自分のコインを渡していたでしょ。あの笑顔、素敵だったなあ」
そう、陸遠は表向きは誰にでも温厚な貴族として知られていた。まだ若いながらも領地経営に手腕を発揮し、平民からも慕われている。私も何度か彼の親切に触れたことがあった。
けれど、なぜだろう。
胸の奥に、ちりりとした違和感のようなものが走る。「招待」という言葉が、どこか――鎖の――音がする。
「ねえ、行こうよ!」
雨晴が私の手を取った。その温かさに、迷いが溶けていく。
「……わかった。行こう」
返事をするや否や、雨晴は「やった!」と叫び、私の腕に飛びついた。
「何を着ていく? やっぱりあの青いドレスがいいよね? それとも新しいのを買おうか?」
彼女の早口に笑いながらも、私の心は少しずつ重くなっていた。期待と不安が、まるで渦のように絡み合っている。
あの邸宅で、私は何を見るのだろう。
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土曜日。私たちは雨晴に選んでもらった淡い藤色のドレスを身にまとい、陸遠の邸宅へと向かった。
馬車は街を抜け、次第に緑豊かな丘陵地帯へと入っていく。窓から見える景色は、見事に整備された庭園へと変わっていた。手入れの行き届いた生垣、規則正しく植えられた花々、優雅に弧を描く石畳の道。
「わあ……すごい……」
雨晴が窓に顔をくっつけて感嘆の声を漏らす。彼女の目は子供のように輝いていた。
「本当に、立派な庭ね」
私も窓の外を見つめながら応じた。しかし、その言葉とは裏腹に、胸のざわつきは収まらなかった。
庭園の奥に、何かがある。
そんな予感が、頭を離れない。
馬車が邸宅の前に到着すると、執事らしき男性が恭しく扉を開けてくれた。
「ようこそおいでくださいました。陸遠様がお待ちです」
私たちは促されるままに、邸宅の中へと足を踏み入れた。
――瞬間、言葉を失った。
天井まで届く大理石の柱。シャンデリアの光が燦然と輝く広間。壁には名画と思われる絵画が飾られ、床には分厚い絨毯が敷かれている。
――けれど。
その豪華絢爛な空間の片隅で、私は見てしまった。
壁際に、銀色の首輪をつけた人間がうずくまっていた。顔は俯き、動こうともしない。その足首には、細く光る鎖が巻かれている。
奴隷だ。
脳裏にその言葉が浮かんだ瞬間、背筋が冷えた。
「まあ、よく来てくれたね」
柔らかな声に振り返ると、陸遠が笑顔で立っていた。彼の瞳は温かく、少しも陰りがない。まるで、あの光景が当たり前だとでも言うように。
「陸遠様、ご招待ありがとうございます! お屋敷、本当に素晴らしいですね!」
雨晴がぴょんと跳ねながら挨拶する。陸遠は優しくうなずき、私にも視線を向けた。
「君にも会いたかったんだ。さあ、中を案内しよう。気に入ってもらえると思うよ」
陸遠に導かれ、私たちは邸宅の奥へと進む。
廊下の両脇には、奴隷たちが並んでいた。男も女も、皆、銀色の首輪をつけ、目は虚ろだった。その肌には鞭で叩かれた跡が生々しく残っている者もいる。
「この邸宅は奴隷農園も兼ねていてね。見学もできるんだよ」
陸遠が何気なく言った言葉に、私は息を呑んだ。
奴隷農園――。
言葉の意味を理解した瞬間、胃の奥が重くなった。
「すごい! 奴隷農園ですか? 初めて見ます!」
雨晴は無邪気に目を輝かせている。彼女にとって、これはただの珍しい見世物に過ぎないのだ。
「では、早速案内しよう。君たちに、特別な場所を見せてあげる」
そう言って陸遠は微笑んだ。
その笑顔の奥に、私は何か別の感情を感じ取った。彼が私たちを招待した理由が、少しずつ見え始めている。
――私は、試されているのだ。
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奴隷農園は、邸宅の裏手に広がっていた。
そこはまるで別世界だった。鉄格子の檻、むき出しの土、腐臭を放つ水溜まり。空気には血の匂いが混じり、奴隷たちの低い呻き声が絶え間なく聞こえてくる。
「ここでは、農作業の他に様々な訓練も行っているんだ。奴隷たちの価値を最大限に引き出すためにね」
陸遠の説明は淡々としている。彼の言葉の一つ一つが、私の心臓を締め付ける。
ふと、私は視線を感じて立ち止まった。
――トイレの前に、一人の女奴隷が立っていた。
彼女は裸同然の薄い布を身にまとい、首と手足に銀の鎖をつけられている。その鎖は、トイレの壁に固定された金具に繋がれていた。
彼女は用を足すことも許されず、ただそこに立ち尽くしている。涙が頬を伝い、体は小刻みに震えていた。
周りの貴族たちは、何事もないかのように彼女の横を通り過ぎる。中には、彼女の体を品定めするような視線を送る者もいる。
その光景が、脳裏に焼き付いた。
――まるで、私だ。
その考えが頭をよぎった瞬間、体の奥底から熱いものが込み上げてきた。同時に、股間に生温かい感触が広がった。
下着が、濡れていた。
自分でも理解できない。恐怖で震えているはずなのに、体は別の反応を示している。
「どうしたんだい? 顔色が悪いようだけど」
陸遠が私の顔を覗き込んだ。彼の瞳は相変わらず優しい。けれど、その奥で何かが光ったように見えた。
「だ、大丈夫……少し、疲れてしまって……」
私は必死に平静を装った。けれど、濡れた下着が張り付く感触が、私を責め立てる。
「そうか。無理をさせてしまったね。少し休ませてもらおう」
陸遠は執事に目配せし、私を控え室へと案内させた。
一人きりになった部屋で、私は膝から崩れ落ちた。
なぜ、あの光景に――興奮した?
答えは出ない。ただ、胸の奥底で何かが目覚めたような気がした。
これが、私の本当の欲望なのだろうか。
その夜、私は悪夢を見た。夢の中で、私自身が銀の鎖につながれていた。