奴隷市場のざわめきは、林逸の耳に異様な快感をもたらした。石畳の通路に並ぶ檻の中では、多種多様な奴隷たちが鎖に繋がれ、飼い主の値踏みに晒されている。彼は黒いフードを目深に被り、目だけを覗かせて歩く。天才と謳われる十四歳の少年は、ここではただの変わり者だ。
「おや、坊ちゃん、良い身体してますね。男も女も、お好きなように選べますよ」
売り子の男が檻の前で声をかけてきた。林逸は無視して通り過ぎる。彼が求めるのは、もっと特別なものだ。
通路の奥、薄暗い隅に置かれた檻の中に、彼女はいた。他の奴隷たちと違って、飾り気のない白い布を一枚纏っているだけだ。顔は伏せられ、黒髪がざんばらに垂れている。だが、その体から漂う空気が、林逸の心臓を跳ねさせた。
「この娘は?」
「ああ、これですかい。昨日捕まえたばかりで、まだ何も教えてねえんです。言葉も通じねえかもしれねえ」
売り子は気軽に答えた。林逸は檻に近づき、しゃがみ込む。彼女がゆっくりと顔を上げた。瞳は異様に澄んでいて、まるで真空の空間を見ているようだった。林逸はその視線に射抜かれるように動けなくなる。
「買おう」
「はっ、まいどあり!」
彼は袋から金貨を取り出し、奴隷証書を受け取った。少女は鎖の音をさせながら、おとなしく檻から出てくる。その足取りは優雅で、まるで踊るようだった。林逸は彼女の腕を掴み、宿屋へと連れて行った。
部屋に着くと、彼は机の引き出しから身体交換装置を取り出した。この装置は彼が独自に開発したもので、二つの意識を一時的に入れ替えることができる。林逸は少女に装置を装着させ、自分も同じ装置を首にかける。
「さあ、どんな気分か、教えてくれ」
スイッチを押すと、世界が歪んだ。視界がぼやけ、体の感覚が逆転する。瞬きをすると、自分が檻の中にいる。いや、正確には自分だったはずの少女の体の中に、林逸の意識が入り込んだのだ。
首には鉄の首輪が嵌められている。腕には鎖が巻かれ、両足は太い革の束縛帯で固定されている。林逸は驚きと興奮で息を呑む。自分が奴隷になっているのだ。その感覚が、背筋をぞくぞくと撫で上げる。
目の前には、自分自身の顔がある。元の自分の体は無表情で、少女の意識が収まっている。その顔は少し歪み、苦しそうにしている。
「どうだ、気分は?」
元の自分が口を開く。声は低く冷たい。林逸は答えた。声が高く、柔らかい。喉の震えが自分で感じられる。
「……不思議です。体が、軽い。でも、心臓がどきどきして、何かに期待しているような」
「そうだな。じゃあ、お前は今日から、あの檻の中で寝るんだぞ」
冗談まじりの言葉に、林逸は顔を上げた。窓の外には市場の明かりがちらついている。自分は今、鎖に繋がれ、服は一枚だけ。誰かに所有されているという事実が、彼の理性を溶かしていく。
束縛帯の革が肌に擦れる感触が、脳内に直接刺激として伝わってくる。かつて感じたことのない、新鮮な恐怖と悦楽が混ざり合った感覚に、彼は身を任せた。
「さあ、最初の夜だ。よく味わうといい」
元の自分の声が、部屋の闇に溶けていく。林逸は目を閉じ、自分の鼓動だけを聞いていた。鎖の金属音が、優しい子守唄に聞こえる。ここが、彼が夢見ていた場所だった。