闇夜の蜜語

站点:NovelAI.one内容:前8章在线试读ID:c49ed357更新:2026-06-29 03:28
# 第一章:食事会での初対面 土曜の夕暮れ、巩明は李雪敏の手を引いて高級レストラン「芙蓉閣」の重厚な木扉をくぐった。大理石の床に映るシャンデリアの光が、彼女の繊細な足首を包む黒のストッキングを優しく撫でる。胸元が控えめに開いた濃紺のワンピースは、彼女の白い肌と熟れた曲線を引き立てていた。 「今日は俺の兄弟たちを紹介する
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食事会での初対面

# 第一章:食事会での初対面

土曜の夕暮れ、巩明は李雪敏の手を引いて高級レストラン「芙蓉閣」の重厚な木扉をくぐった。大理石の床に映るシャンデリアの光が、彼女の繊細な足首を包む黒のストッキングを優しく撫でる。胸元が控えめに開いた濃紺のワンピースは、彼女の白い肌と熟れた曲線を引き立てていた。

「今日は俺の兄弟たちを紹介するんだ。気を遣わなくていいからな」

巩明はそう言いながらも、その目には普段とは違う光が宿っている。李雪敏はその瞳に一瞬、見知らぬ興奮を見た気がした。

個室は奥の間にあった。ふすまを開けると、紫煙と酒の香りが混ざり合った空気が漂う。三人の男たちが既に席に着いていた。

「おお、来た来た!弟嫁さん、待ってたぞ!」

真っ先に立ち上がったのは沈义だった。彼の分厚い肩と日焼けした顔は、長年の肉体労働を物語っている。李雪敏は彼が差し出す大きな手を握った。その拍子に彼の指が、わずかに彼女の手の甲をなぞる。一瞬の接触だったが、李雪敏の背筋を微かな電流が走った。

「こちらこそ、お目にかかれて光栄です」

李雪敏は淑やかに微笑み、視線を落とした。顔を上げると、もう一人の男——郑波と目が合う。彼は品の良い紺のスーツを着て、細縁の眼鏡の奥から落ち着いた視線を送っていた。口元に浮かぶほのかな笑みは、彼女の存在を味わうようにゆっくりと動く。

「巩明の奥さんは、噂通り美人だね」

郑波の声は低く滑らかで、まるで上等なベルベットのようだった。彼は席を立ち、自ら李雪敏の椅子を引いた。その仕草の一つ一つに、計算された優雅さが滲んでいる。

「郑波さんは町の書記でな、俺の兄貴分だ。もう一人は邢立国、この辺じゃ有名な実力者だ」

巩明が紹介すると、一番奥に座っていた大柄な男がゆっくりと顔を上げた。邢立国は椅子にだらりと寄りかかり、ジーンズに黒のシャツというラフな格好だが、その目つきには野性的な鋭さがあった。

「へえ、弟嫁さんか」

彼の声は低く、響きが深い。李雪敏を見る目は、まるで品定めするように彼女の体を這う。露骨な視線だった。李雪敏は無意識に膝を擦り合わせた。

「邢さん、お酒は好きですか?」

李雪敏は平静を装って問いかけた。自分の声が少し震えていないか、内心で確かめる。

「ああ。でも、女と飲むのは初めてだな」

邢立国はにやりと笑い、グラスを掲げた。その意味ありげな台詞に、沈义が大きな声で笑い飛ばす。

「おいおい、兄貴!弟嫁を怖がらせるなよ!」

「そんな軟な女じゃないだろ。巩明の女だしな」

邢立国の言葉に、郑波が静かに口を挟んだ。

「女性をからかうのはよせ。李さんも気を悪くしただろう」

郑波は李雪敏のグラスにウイスキーを注ぎながら、さりげなく彼女の指先に視線を落とした。彼の指がグラスを渡すとき、一瞬だけ彼女の指に触れた。冷たいガラス越しに、彼の体温が伝わってきたような錯覚に陥る。

宴席が進むにつれ、李雪敏は自分の直感が正しかったことを知る。この三人の男たちは、ただの巩明の兄弟ではない。それぞれが異なる種類の危険な魅力を放っている。沈义の豪快さ、郑波の知的な色気、邢立国の原始的で荒々しい存在感——その全てが、彼女の胸の奥でくすぶる何かを刺激した。

「李さんは何か趣味はあるの?」

郑波がグラスを傾けながら問う。彼の眼鏡の奥の瞳は、彼女の一挙一動を逃さず捉えている。

「主に家事と読書くらいです。退屈な人間でしょ?」

「そんなことはない。静かな女性は、奥に深い何かを秘めていることが多い」

郑波の言葉には、二重の意味が込められていた。李雪敏はそれを感じ取り、頬が熱くなるのを抑えられない。

その時、沈义が立ち上がって酒を注ぎに来た。

「俺も一杯、弟嫁さんと乾杯したいんだ」

彼が李雪敏のグラスにウイスキーを注ぐとき、太い指が彼女の手の甲の上を滑った。それはわずか一秒にも満たない接触だったが、触れられた部分が燃えるように熱い。李雪敏は息を呑み、慌てて目をそらす。

「す、すみません。少しトイレに」

李雪敏は立ち上がり、個室を出た。廊下の鏡で自分の顔を見ると、耳まで真っ赤になっている。心臓がドキドキと鳴りを立てていた。

彼女は化粧室で冷水で顔を洗った。鏡に映る自分の目が、どこか浮き足立っている。「何考えてるのよ」と自分に言い聞かせるが、その言葉にはまったく説得力がなかった。

個室に戻ると、彼女を待っていたのは郑波の意味深な微笑みと、邢立国の貪るような視線、そして沈义の無邪気な笑顔だった。巩明は彼女の手を握り、優しく尋ねる。

「大丈夫か?顔色が悪いぞ」

「大丈夫よ。ちょっと空気が暑くて」

李雪敏は座りながら、夫の顔を見た。巩明の目には、心配の色と同時に、別の何か——喜びに近い感情——が潜んでいるような気がした。彼は妻が他の男たちと会話するのを、まるで悦んでいるように見えた。

「さあ、もう一杯どうだ?」

邢立国が李雪敏のグラスに直接ウイスキーを注ぐ。その仕草は強引で、断る隙を与えない。李雪敏は素直にグラスを受け取り、彼の目を見つめ返した。

「ありがとうございます」

その瞬間、二人の間に見えない糸が引かれた。邢立国の目つきが危険な光を帯び、彼の舌が無意識に下唇を舐めた。

食事会が終わりに近づくにつれ、李雪敏の心はますます高鳴っていた。郑波が会計の後、彼女のコートを手際よく手伝う。そのとき、彼は耳元で囁いた。

「またお会いできるのを楽しみにしています」

その言葉は軽い挨拶のようでいて、李雪敏の耳に焼きついて離れなかった。

家に帰る車の中で、巩明が言った。

「どうだった?俺の兄弟たちは」

「面白い方たちね。特に郑波さんは、とても紳士的だったわ」

李雪敏は答えながら、窓の外を流れる灯りを見つめた。夫の横顔を盗み見ると、彼が微かに笑っている。その笑顔には、奇妙な満足感が浮かんでいた。

家に着き、李雪敏はすぐに風呂の準備をした。浴室に湯気が立ち込める中、彼女は服を脱ぎ、鏡の前に立った。自分の体を見つめる。三十歳を過ぎたとはいえ、まだしなやかで豊かな曲線を残している。指先で自分の肩を撫で、首筋から鎖骨へと指を滑らせる。

湯船に沈むと、疲れが指の先から溶け出していくようだった。しかし頭の中では、今日会った三人の男たちの顔が浮かんでは消える。

沈义の節くれ立った大きな手。彼が酒を注ぐとき、指が手の甲に触れた瞬間の感触がよみがえる。

郑波の落ち着いた微笑み。彼の目は何もかも見透かしているようで、その視線に絡め取られる感覚。

そして邢立国。彼の野性的な目つき。彼に睨まれただけで、体中が粟立つような興奮を覚えた。

李雪敏はゆっくりと湯の中で脚を伸ばした。目を閉じると、幻覚が鮮明になる。沈义の大きな手が彼女の肩を揉み、郑波の指が背中をなで下ろす。邢立国の荒々しい手が腰を掴み、三人の男たちの肉体が自分の周りに渦巻く。

「あっ……」

彼女の唇から小さな吐息が漏れる。声を殺しながら、湯の中で自分の体を撫でる。指先が胸の膨らみをなぞるたびに、三人の男たちの顔が重なって浮かぶ。郑波の知的な目、沈义の逞しい胸板、邢立国の歯をむき出しにした笑み。

「どうして……どうしてこんなに……」

彼女は自分の反応に戸惑いながらも、それに抗う気はなかった。むしろ、その快感に身を任せていた。浴室の湯気の中で、彼女の指は自分の欲望を確かめるように動く。夫はリビングでテレビを見ているはずなのに、彼女の心はもう別の場所に飛んでいた。

風呂から上がると、李雪敏はバスローブを羽織り、濡れた髪を拭きながら鏡の前に立った。頬は赤く染まり、瞳は潤んでいる。それは湯気のせいだけではなかった。

寝室に入ると、巩明はすでにベッドに横たわっていた。彼は振り返り、優しい声で言う。

「お疲れさま。今日は楽しかった?」

「ええ。あなたの兄弟たちは、本当に素敵な方たちね」

李雪敏は夫の横に滑り込んだ。巩明が彼女の肩に腕を回す。その腕の中は温かいのに、なぜか今日の興奮は収まらない。

「寝ようか」

巩明が灯りを消す。闇の中で、李雪敏は目を見開いていた。今日出会った三人の男たちの顔が、瞼の裏に焼き付いている。

そして彼女は確信した。この静かな町で、彼女の退屈な日常は、もう二度と元には戻らないだろう。自分の中の何かが、確実に動き始めたのだ。

鄭波の囁きが、耳の奥で反響する。

——またお会いできるのを楽しみにしています。

李雪敏は闇の中で微かに笑った。その笑みに、夫は気づかない。

心は逸る

# 闇夜の蜜語 第二章:心は逸る

午後の陽射しが宝くじ店のガラス戸を通して差し込み、埃の舞う店内に淡い金色の光の帯を作っていた。李雪敏はカウンターの向こう側に立ち、宝くじの在庫を整理するふりをしていた。指先が紙の端をなぞるたびに、彼女の心はどこか別の場所にあった。

「雪敏、いるかい?」

聞き覚えのある低い声が、のれんをくぐって店内に響いた。李雪敏は顔を上げると、大柄な男が入口に立っているのが目に入った。沈义だった。彼のたくましい体躯が店内の狭い空間をいっそう小さく見せている。

「沈さん、いらっしゃい。宝くじですか?」

李雪敏は営業スマイルを浮かべた。心臓がひと際大きく鼓動を打った。彼が近づくにつれて、タバコと男性用コロンの混ざった匂いがふわりと漂ってくる。

「ああ、いつものやつを一枚な」

沈义はカウンターに近づきながら、李雪敏をじっくりと見つめた。その視線は彼女の顔から首筋へ、そして今日の淡いブルーのワンピースの胸元へと滑り落ちる。

「今日は一段と綺麗だな。その服、よく似合ってる」

「あら、そんなこと言われたら照れちゃいますよ」

李雪敏は頬を赤らめながら、宝くじの券を手渡した。彼の指が受け取る瞬間、わざと彼女の手の甲に触れた。その一瞬の接触が、彼女の全身に電撃のような痺れを走らせた。

「旦那の巩明はどうした?今日は留守か」

沈义は宝くじをしまう仕草もせず、じっと李雪敏を見つめ続けている。その瞳の奥には、言い表せない何かが潜んでいた。

「ええ、仕入れで午後から出かけてて…」

李雪敏は声が少し震えているのを自覚した。彼の視線から逃れたいのに、同時にその視線にもっと絡め取られたいという矛盾した感情が胸の中で渦巻いていた。

「そうか…それなら、ゆっくりできるな」

沈义は意味深な笑みを浮かべると、ゆっくりと踵を返した。入口ののれんを押し分けて出ていくその背中を、李雪敏は見送ることしかできなかった。

店内に再び静寂が戻った時、李雪敏は力が抜けたようにカウンターに寄りかかった。心臓はまだドキドキと鳴りやまない。彼女は自分の手が微かに震えているのに気づいた。

無意識にカウンターのスツールに腰掛け、脚を組んだ。その瞬間、下着が湿っていることに気づいて、彼女は慌てて脚を閉じた。頬が一気に熱くなる。なんてこと…たったあれだけで。

李雪敏は深く息を吸い込み、目を閉じた。まぶたの裏に浮かぶのは、沈义のたくましい腕と、彼の鋭い視線。もしあのまま二人きりだったら…彼の大きな手がこの肩に触れたら…唇が重なったら…。

「いけない…」

彼女は首を振って、その想像を追い払おうとした。ここは公の場だ。夫の店だ。しかし、その禁断の感覚が、かえって彼女の興奮をさらに掻き立てる。

店の壁に掛けられた時計が、午後三時を指していた。まだ、帰宅するには早すぎる時間だった。

---

夜が更けていた。寝室の時計が十一時を回った頃、巩明からまだ帰れないというメッセージが届いた。李雪敏はスマホをベッドの脇に置くと、一人きりの部屋でため息をついた。

照明を消し、カーテンの隙間から街灯の明かりが微かに差し込む。彼女は薄いシルクのネグリジェに着替え、冷たいシーツの上に横たわった。天井を見上げながら、指が無意識に自分の体を撫で始める。

首筋をなぞり、鎖骨の窪みに触れ、ゆっくりと胸元へ。指先が布地の上を滑るたびに、彼女の呼吸は浅く速くなった。

瞼を閉じると、昼間の光景が鮮明に蘇る。沈义の大きな体躯、彼の手のひらの感触、そしてあの視線。もし彼が…この部屋に押し入ってきたら?彼のたくましい腕が私を強く抱きしめ、シーツに押し倒す。抵抗する間もなく、彼の重みがのしかかってくる。その想像だけで、李雪敏の全身が甘く疼いた。

「あっ…」

思わず小さな声が漏れる。彼女は唇を噛みしめ、自分の手がさらに下へと進むのを止められなかった。この罪悪感と快感が入り混じった感覚が、彼女をさらに深い欲望の底へと引きずり込んでいく。

夫の巩明は、今夜も遅い。彼の優しさも、誠実さも、今の彼女には遠いものに思えた。それよりも、あの危険な男性たちの影が、彼女の心を激しく揺さぶる。

李雪敏は体を丸め、シーツをぎゅっと握りしめた。この欲情に身を委ねるべきか、それとも抑え込むべきか。答えは出ないまま、彼女の指はさらに深く、自分の奥へと沈んでいく。

「沈さん…」

名前を囁いたその声は、闇夜に溶けて消えた。

探りのメッセージ

# 第三章 探りのメッセージ

スマートフォンの画面が暗闇で光った。李雪敏はダイニングテーブルに置かれた端末を手に取り、メッセージアプリの通知を確認した。新しい友達リクエストが一件。申請者の名前は「郑波」、紹介文には「巩明の兄貴分です」とだけ書かれている。

彼女の唇の端がほんの少し上がった。あの食事会で、自分の一挙手一投足を追っていた鄭波の視線を思い出す。儒雅で風流、確かにそういう男は面白い。

李雪敏はリクエストを承認し、すぐにメッセージを送った。

「郑哥、こんばんは。巩明から聞いてましたよ」

返信はすぐに来た。

「弟婦さん、夜分にすみません。巩明に連絡先を教えてもらってね。食事会の時、ゆっくり話せなかったから、またの機会に改めてお会いしたいと思いまして」

「あら、郑哥がそんなこと仰ると、巩明が焼きもちを焼きますよ」

「はは、弟婦さんは冗談が上手い。巩明はそんな小さい男じゃないさ。それに、ただの親睦だよ」

李雪敏はキッチンでコーヒーを淹れながら、スマホを手に会話を続けた。リビングのソファでは巩明がテレビのニュースを見ている。

「郑哥は仕事でこの辺りにはよく来られるんですか?」

「たまにだよ。でも、これからはもっと頻繁に来るかもしれない。弟婦さんの笑顔を見ると、心が和むからね」

李雪敏は軽く笑った。この男、話し方がなかなか上手い。遠回しに褒め言葉を織り交ぜる技術は、沈义の豪快さとはまた違う趣がある。

「郑哥はお世辞が上手すぎますよ。私なんてただの主婦ですから」

「そんなことない。弟婦さんは女性としての魅力にあふれている。巩明は本当に幸せ者だよ」

李雪敏はスマホを置き、コーヒーカップを手にソファへ向かった。巩明の隣に座り、何気なく彼の肩に寄りかかった。巩明はテレビから目を離さず、ただ手を伸ばして彼女の髪を優しく撫でた。

その瞬間、李雪敏の胸の奥で何かがざわついた。夫の優しい仕草と、別の男からの甘い言葉が脳裏で交錯する。これは何度味わっても飽きない感覚だ。

夜が更けるにつれ、鄭波との会話は日常の話題からより個人的なものへと変わっていった。

「弟婦さんは普段、どんな本を読むの?」

「最近は村上春樹の『騎士団長殺し』を読んでいます。郑哥は読書家なんですか?」

「たまにね。でも、本より人の方が面白いと思うよ。特に、奥深い女性はね」

李雪敏は寝室のベッドに横たわり、隣では巩明がすでに規則正しい寝息を立て始めていた。スマホのブルーライトだけが彼女の顔を照らしている。

「鄭哥、もう遅いですよ。そろそろ休みませんか?」

「そうだね。でも、最後にもう一言だけ。今夜は君と話せて本当に楽しかった。君の声を聞いていると、仕事の疲れも吹き飛ぶよ」

李雪敏は唇を噛んだ。この男は夜の会話の締め方も心得ている。

「おやすみなさい、郑哥」

「おやすみ、雪敏。いい夢を」

下の名前で呼ばれる。まだ一度も直接会ったことのない男に。李雪敏の心臓が早くなった。彼女はそっと隣で眠る巩明の寝顔を見つめた。無防備な表情で、自分の妻が他の男と深夜までメッセージを交わしているとは夢にも思っていない。

李雪敏は慎重にベッドを抜け出し、バスルームの鏡の前に立った。ネグリジェの胸元はわずかに開き、豊かな谷間が覗いている。彼女は少し考え、スマホを手に取り、照明を柔らかく変えた。

カメラを構え、太ももの半ばまでしか映らないようにアングルを調整する。ネグリジェの裾から伸びる白い脚のラインは、露骨すぎず、しかし無視できないほど艶かしい。シャッターを切った。

メッセージアプリを開き、画像を添付して送信ボタンを押す。その直後、素早くメッセージを取り消した。

数秒後、鄭波からメッセージが届いた。

「?」

李雪敏はベッドに戻りながら、優雅にタイプした。

「すみません、間違えました。別の人に送る写真だったんです」

暗がりの中で、彼女は自分のスマホを見つめて微笑んだ。向こう側の鄭波が今どんな表情をしているか、想像するだけで楽しかった。

返信がなかなか来ない。一分、二分…李雪敏は焦れ始めた。この沈黙は、彼の動揺を示しているのだろうか、それとも—

スマホが震えた。

「間違えた写真にしては、なかなか芸術的だね。弟婦さんは写真の才能があるのかい?」

李雪敏は声を出さずに笑った。うまく引っかかった。

「郑哥が褒めてくれるなんて、光栄です。でも、本当に間違えただけなんです。もう寝ますね」

「待って。明日、時間ある? 近くでいいランチの店を見つけたんだけど、一緒にどうかな?」

李雪敏は一瞬ためらったふりをした。

「そうですね… 明日の予定を確認してみます。もし行けそうなら、連絡しますね」

「わかった。楽しみにしてるよ」

李雪敏はスマホをサイドテーブルに置き、天井を見上げた。腹の奥が微かに熱くなっている。彼女は隣の巩明に寄り添い、彼の腕を自分の腰に巻き付けた。巩明は寝ぼけながら無意識に彼女を抱き寄せる。

「どうした?」と、巩明が呟いた。

「ううん、何でもない。ただあなたの腕が欲しかっただけ」

李雪敏は夫の腕の中で目を閉じた。しかし頭の中は鄭波の言葉、そして明日のランチのことでいっぱいだった。翌日、彼女は間違いなく「時間ができた」と連絡するだろう。それを自分自身に言い訳する必要もなかった。

初めての二人きりのデート

# 第四章 初めての二人きりのデート

スマホが震えたのは、午後三時を過ぎた頃だった。李雪敏はソファにだらりと寄りかかり、何気なくテレビのリモコンをいじっていた。画面に表示された「鄭波」の名前を見て、彼女の指が一瞬止まった。

『弟婦、今晩お時間ある? 町の新しいカフェができたんだ。コーヒーをご馳走したい。話があるんだ』

たったそれだけの文面。しかし、李雪敏の胸の奥が微かに熱くなった。彼女は唇の端を持ち上げ、ゆっくりと返信を打ち込む。

『鄭哥がそうおっしゃるなら、喜んで』

送信ボタンを押すと、スマホをサイドテーブルに置いた。彼女は立ち上がり、鏡の前に立った。鏡の中の自分はまだ三十代半ば、肌は艶やかで、目元には知性的な光が宿っている。だが、その奥には見知らぬ炎が揺らめいていた。

「話がある……ね」

呟いて、彼女はクローゼットの前に立った。選んだのは薄手のアイボリーのワンピース。胸元が控えめに開き、腰のラインが美しく見える。足元にはベージュのパンプス。化粧はいつもより念入りに、口紅は少し鮮やかな赤を選んだ。

出かける前、リビングのソファで新聞を読む夫・巩明に声をかけた。

「明さん、ちょっと買い物に行ってくるわ」

巩明は顔も上げずに「うん」とだけ答えた。李雪敏はその反応に少しだけ寂しさを覚えながらも、すぐに胸の高鳴りがそれをかき消した。

車を運転しながら、町の中心部へと向かう。新しいカフェは旧市街の路地裏にあった。煉瓦造りの外観が、どこか昔風の趣を醸し出している。彼女が店の前に車を停めると、ガラス越しに個室のカーテンが揺れた。

ドアを押し入ると、アールヌーボー調の照明が柔らかな光を落としていた。店内には数人の客がいるが、鄭波は一番奥の個室に座っている。彼は彼女の姿を認めると、立ち上がり、微笑んだ。

「来てくれたんだね、弟婦」

その声は低く、落ち着いていた。李雪敏は彼の向かいに座り、メニューを手に取るふりをしながら、こっそりと彼の様子を窺った。鄭波は今日はグレーのジャケットに白いシャツを着ていた。ネクタイはせず、第一ボタンだけ外している。それが彼に少しだけ遊び心のある印象を与えていた。

「コーヒーはお任せしてもいいですか?」

李雪敏が言うと、鄭波は軽くうなずいてウエイトレスに注文した。ブレンドコーヒー二つと、ケーキの盛り合わせ。

「弟婦は甘いものが好きだって聞いたから」

「よくご存知で」

彼女の言葉に、鄭波は目を細めて笑った。

「弟の巩明から聞いたんだ。彼はよく君のことを話すよ。美味しいものを作るのが上手で、ピアノも弾けて、とにかく素晴らしい女性だって」

「あの人が、そんなことを?」

李雪敏は意外そうに目を瞬かせた。巩明が他人に自分のことを話すなんて、想像もできなかった。

「ああ、彼は君のことを本当に大事に思っているよ。でも……」

鄭波の言葉が途中で途切れた。ウエイトレスがコーヒーとケーキを運んできたので、会話が一旦止まった。李雪敏はカップに口を付けながら、秘かに次の言葉を待った。

「でも、何ですか?」

「いや、何でもない」

鄭波は首を振り、コーヒーカップを手に取った。しかし、その目は李雪敏を捉えて離さない。彼の視線は、彼女の顔から首元へ、そしてワンピースの襟元へと移動していた。

「今日は一段と美しいね。その色、よく似合っている」

「ありがとうございます」

李雪敏は目を伏せた。頰がほんのり赤くなるのを感じながらも、心の奥では高鳴りが止まない。

二人の会話は、最初は世間話だった。鄭波の仕事の話、町の新しい開発計画、巩明の宝くじ店の様子。しかし、次第に言葉の間合いが変わり始めた。鄭波の質問は、より個人的なものになる。

「弟婦は普段、どんなことに興味があるの?」

「そうですね……読書とか、映画鑑賞とか。でも、最近はあまり時間がなくて」

「なら、今度いい映画を紹介しようか。僕も最近、面白い作品を見つけたんだ」

鄭波の指が、テーブルの上で軽くトントンと叩かれる。そのリズムは、まるで何かを誘うようだった。

「それは楽しみですね」

李雪敏が微笑むと、鄭波の目が一度だけきらめいた。

「実は、今日は一つ、話があって来てもらったんだ」

鄭波はコーヒーカップを置き、少し前のめりになった。彼の声のトーンが落ちた。

「何でしょうか?」

「弟の巩明のことなんだが……」

彼は一旦言葉を切り、李雪敏の反応を窺った。

「彼は最近、何か変わった様子はあるかい?」

「変わった様子……? 特に何も。いつも通りですけど」

李雪敏は首をかしげた。心の中では、なぜ今そんな質問をするのだろうと、ほのかな警戒心が湧いた。

「そうか。ならいいんだ。ただ、彼は君のことをとても大事に思っている。あまりにも大事に思っているから、逆に君が苦しくないかと心配でね」

「苦しい……?」

「ああ、例えば、彼から自由になれないとか、あるいはもっと広い世界を見たいと思っているんじゃないかとか」

鄭波の言葉は、李雪敏の隠された欲求をそっと撫でるようだった。彼女は一瞬息を呑み、すぐに平静を装って笑った。

「鄭哥は何を言っているんですか。私は夫を愛していますし、今の生活に満足していますよ」

「そうか……そうだといいんだが」

鄭波はそう言って、コーヒーカップを再び手に取った。しかし、彼の目は笑っていなかった。むしろ、何かを確信したような、あるいは計画を進めるような硬い光を宿していた。

「でも、もし何か悩みがあったら、いつでも僕に相談してほしい。僕は巩明の兄として、君のことも家族のように思っているから」

「ありがとうございます、鄭哥」

李雪敏は深々と頭を下げた。その動作の途中で、彼女の髪が一筋、頰に落ちた。それに気づいた鄭波が、思わず手を伸ばす。

「あ、髪が……」

彼の指先が彼女の頰をかすめた。李雪敏の体が一瞬固まった。しかし、彼女は引かなかった。むしろ、その指に自分の頰を預けるように、わずかに動いた。

鄭波の指が、彼女の耳元で止まる。息遣いが近い。コーヒーの香りと、彼のコロンの匂いが混ざり合う。

「すまない、ちょっと失礼だった」

鄭波は手を引いたが、その目は李雪敏を射抜くように見つめていた。彼女は心臓の高鳴りを必死に抑えながら、微笑みを浮かべた。

「いえ、大丈夫です」

それからの時間は、あっという間に過ぎていった。コーヒーが冷め、ケーキが溶ける。だが、二人の間には言葉にならない熱が渦巻いていた。鄭波が時折、何気なく手を伸ばし、テーブルの上の砂糖入れを動かす。その度に、彼の手が李雪敏の手に触れる。一度目は指先が、二度目は手の甲が、三度目は掌が。

「あ、すみません」

鄭波が謝るたびに、李雪敏は首を振った。そして、四度目に彼の手が彼女の手の上に重なったとき、彼女はそれを握り返した。

鄭波の目が、かすかに見開かれた。その一瞬の驚きが、すぐに深い微笑みに変わった。

「弟婦……」

彼は低く呟いた。その声は、コーヒーの苦みと甘い約束が混ざったようだった。

「どうしました?」

李雪敏は知らん顔で首をかしげた。しかし、彼の手を離さない。その温もりが、彼女の全身に電流のように広がっていく。

「いや……何でもない」

鄭波がゆっくりと手を引いた。その動作は優雅で、無駄がなかった。まるで、何も起こらなかったかのように。

「もうすぐ暗くなるね。送っていこうか?」

「いいえ、車で来てますから。大丈夫です」

「そうか。なら、気をつけて帰ってね」

鄭波が立ち上がり、彼女の分の会計も済ませる。李雪敏も席を立ち、彼の後について店を出た。

外は既に夕闇が迫っていた。街灯が淡い光を放ち始めている。鄭波は彼女の車のドアのところまで付き添い、ドアを開けた。

「今日はありがとう。楽しかったよ」

「こちらこそ、ありがとうございました」

李雪敏が車に乗り込もうとしたその時、鄭波が一歩近づいた。彼の顔が、彼女の耳元にまで迫る。彼の吐く息が、彼女の耳朶に触れた。

「弟婦……本当に綺麗だね」

その声は、まるで秘密の呪文のようだった。李雪敏の顔は一気に赤く染まった。彼女は何も言えず、ただ彼を見上げるだけだった。鄭波はそれを見届けると、ゆっくりと距離を取り、優雅に手を振った。

「また連絡するよ」

彼はそう言って、暗闇の中に消えていった。李雪敏はしばらくその場に立ち尽くしていた。耳元に残る彼の声と、手のひらの温もり。それらが混ざり合い、彼女の理性を溶かしていく。

車に乗り込み、エンジンをかける。バックミラーに映る自分の顔は、まだほんのりと赤みを帯びていた。李雪敏は深く息を吐き、唇を噛んだ。

「初めての、デート……」

彼女は呟いて、アクセルを踏んだ。車は夕闇の中を滑り出すように走り出す。家に帰れば、巩明が待っている。しかし、今の彼女の頭の中は、鄭波の言葉と、その手の温もりでいっぱいだった。

家のドアを開けると、リビングの明かりがついていた。巩明はソファで新聞を広げている。彼は彼女の姿を見ると、顔を上げた。

「遅かったね」

「うん、ちょっと街でぶらぶらしてたの」

李雪敏は平静を装って答えた。彼女の声は、少しだけ震えていたかもしれない。しかし、巩明は何も気づかなかった。

「夕飯はどうする?」

「もう食べたわ。あなたは?」

「適当に済ませたよ」

巩明はそう言って、再び新聞に目を落とした。李雪敏は彼の後ろを通り過ぎ、寝室へ向かう。ドアを閉める間際、彼女は振り返って夫の背中を見た。その背中は、いつも通り穏やかで、安心感を与えてくれる。しかし、今の彼女の心は、その背中にすがりたい気持ちと、そこから逃げ出したい気持ちの間で揺れていた。

寝室のベッドに座り、スマホを取り出す。鄭波からはまだ連絡は来ていない。しかし、彼女はそのメッセージを待っている自分に気づいた。

「何考えてるんだろう、私……」

李雪敏は自分に問いかけた。答えは出ない。ただ、胸の奥で何かが大きく膨らんでいくのを感じるだけだった。それは、禁断の果実の甘い香りを放つ、危険な欲望だった。

彼女はスマホを握りしめ、ベッドに横たわった。天井を見上げながら、鄭波の目、彼の手、彼の声を思い出す。そして、もう一度、あの耳元の言葉が蘇る。

『弟婦……本当に綺麗だね』

李雪敏の顔が再び赤く染まった。彼女は自分の頰に手を当て、その熱を確かめた。そして、ゆっくりと唇を綻ばせた。

夜の闇が、彼女の新しい秘密を優しく包み込んだ。

カラオケでの探り

# 第五章 カラオケでの探り

金曜の夜、街のネオンがぼんやりと輝き始める頃、巩明は携帯電話で兄弟たちに声をかけた。

「久しぶりに集まろうぜ。俺のおごりだ」

李雪敏はリビングのソファで爪を整えていたが、夫の声に顔を上げた。彼女の口元には微かな笑みが浮かんでいた。カラオケの個室という密室での集まりは、いつも何かが起きる予感をさせた。

「私も行っていいの?」彼女はわざと控えめな口調で尋ねた。

「当たり前だろ。お前も来いよ。兄貴たちに久しぶりに会わせたい」巩明はそう言って、彼女の肩を軽く叩いた。

カラオケ店の入口には、すでに沈义と邢立国が待っていた。沈义は作業用のジャケットを脱いで、紺色のポロシャツ姿だった。体格の良い体を包む布地が、彼の仕事柄鍛えられた筋肉を強調している。

「おう、来たな!」邢立国が声を張り上げた。彼は黒いTシャツに金のネックレスといういでたちで、野性的な雰囲気を漂わせていた。

「郑波兄貴はまだ来てないのか?」巩明が尋ねた。

「もうすぐ着くってよ。先に部屋に入ってよう」沈义が先に立って歩き出した。

個室は二階の奥にあった。ドアを開けると、薄暗い照明と皮革の匂いが混ざり合った独特の空気が流れ込んでくる。壁には大型モニターが設置され、ソファはL字型に配置されていた。

李雪敏は中央の席に腰を下ろした。彼女の白いブラウスと黒いスカートは、この薄暗い空間の中でひときわ目を引いた。彼女は脚を組みながら、バッグから口紅を取り出し、さりげなく塗り直した。

邢立国が彼女の隣にどっかと座った。ソファのスプリングが軋み、彼の大柄な体が彼女の方に傾く。

「雪敏ちゃん、今夜は一段と綺麗だな」彼の声は低く、喉の奥から絞り出すようだった。

李雪敏は微笑みを返した。「邢さん、お酒は何になさいますか?」

「まずはビールだな。後で紹興酒も頼もう」

巩明が注文を取りに行った。その間、沈义がモニターの前に立ち、曲を選び始めた。

「『広島の恋』って曲、知ってるか?」邢立国が李雪敏の耳元に顔を近づけて言った。彼の息遣いが彼女の首筋にかかる。

「ええ…聞いたことはありますが、うまく歌えるかどうか…」

「大丈夫だ。俺がリードするから。一緒に歌おうぜ」

そう言うと、邢立国は彼女の肩に腕を回した。その動作は自然で、まるで旧知の仲のように見えたが、李雪敏は彼の指先が自分の肩甲骨の辺りをなぞっているのを感じ取った。彼女の体が一瞬固まる。だが、それもつかの間だった。

「じゃあ、最初は俺たちから行くぞ」邢立国がマイクを二つ手に取り、一つを李雪敏に差し出した。

彼女は一瞬のためらいを見せた後、それを受け取った。彼女の指が邢立国の指に触れる。その瞬間、彼の親指がさりげなく彼女の手の甲を撫でた。

画面に歌詞が映し出される。イントロが流れ始めた。

「広島の街で…」邢立国の歌声は意外にも男らしく響いた。彼は時々李雪敏の方を見ながら、口元に笑みを浮かべている。

李雪敏も歌い始めた。彼女の声は少し震えていたが、それは緊張のせいだけではなかった。彼女の体の横を、邢立国の手が這っていたのだ。腰のラインをなぞるように、ゆっくりと、しかし確実に。

「あなたと出会った…夜…」

彼女の声がかすれた。邢立国の手が彼女のスカートの端に触れた。そこからわずかに指が入り込み、彼女の太ももの温かさを探る。

李雪敏は歌詞を見つめたまま、身動き一つしなかった。抵抗するようにも見えたが、しかし彼女の体はかすかに震え、彼女の指はマイクを握りしめていた。その震えは恐怖からか、それとも別の感情からか。

邢立国の指が彼女の太腿の内側を軽く撫でた。彼女の息が一瞬止まる。

「広島の恋は…」彼の歌声は続いている。彼の指もまた、続いていた。

向こう側では、巩明が沈义とじゃんけんをしていた。二人は酒を酌み交わしながら、大声で笑っている。

「勝った!飲めよ!」巩明の声が部屋に響く。

沈义がグラスを一気にあおった。「負けた!もう一勝負だ!」

彼らの視線は李雪敏と邢立国には向いていなかった。少なくとも、気づいていないように見えた。

しかし、李雪敏は夫が時折、横目で自分たちの方を見ているのを感じ取っていた。その視線の先に、彼女はある種の期待のようなものを読み取った。そして、その事実が彼女の心臓をより激しく打ち鳴らせる。

邢立国の手が彼女の尻の方まで移動した。彼の指が布地の上から彼女の尻の曲線を確かめる。李雪敏は思わず腰を引こうとしたが、ソファの背もたれに阻まれた。

「…二度と帰らぬ…」彼女の歌が終わった。拍手が少数だけ聞こえる。

「お見事!雪敏ちゃん、やるなあ!」沈义が拍手しながら叫んだ。

李雪敏は微笑みを返したが、顔の一部が緊張で固まっていた。彼女の身体の横では、まだ邢立国の手が離れない。

「次の曲、探してくるよ」彼女は立ち上がろうとした。

しかし邢立国の腕が彼女の腰に巻き付いた。「もう一曲、どうだ?『ラブストーリーは突然に』って知ってるか?」

「いえ…あまり…」

「じゃあ、俺が教えてやるよ。楽しい曲だ」

彼の顔がさらに近づく。彼の息には酒の臭いが混じっていた。李雪敏は彼の胸板の厚さを感じた。その圧迫感は、彼女の心臓を高鳴らせる。

「あ、郑波兄貴、遅かったじゃないか」巩明の声が入口方向に飛んだ。

李雪敏は振り返った。そこにはスーツ姿の郑波が立っていた。彼の細長いフレームの眼鏡が照明を反射している。

「すまんすまん、役場の仕事が長引いてな」郑波は穏やかな笑みを浮かべて入ってきた。彼の視線はすぐに李雪敏と邢立国の姿を捉えた。しかし、彼は何も言わず、たださりげなく目を逸らした。

「こちらにどうぞ」李雪敏が手を上げて、隣の席を勧めた。その動作で彼女の体が邢立国の腕から一瞬離れた。

しかし邢立国はすぐに彼女の手首を掴んだ。「どこ行くんだよ。俺たちまだ歌えてないぞ」

「もう少し、お酒を飲んでからにしましょうよ」李雪敏は優雅に彼の手を振りほどき、立ち上がった。彼女はそう言って、テーブルにあるワイン瓶に手を伸ばした。グラスにワインを注ぎ、一口含む。彼女の喉が上下に動いた。

その間も、邢立国の視線は彼女から外れない。

巩明が歌い始めた。彼は『男の涙』という演歌を熱唱している。普段は真面目な彼も、酒が入ると歌に熱が入る。彼の歌声は意外と大きく、部屋中に響き渡った。

「雪敏ちゃん、こっちに座れよ」郑波が自分の横のスペースを軽く叩いた。

李雪敏はその隣に腰を下ろした。郑波は彼女にグラスを差し出す。

「一緒にどうだ?」

「光栄です」彼女は受け取り、彼のグラスとカチンと合わせた。

郑波の指が彼女のグラスを受け取る時に、意図的に彼女の指に触れた。その触れ方は邢立国とは違い、優雅で、まるで偶然のようだった。だが、李雪敏にはそれが偶然ではないとわかっていた。

邢立国が立ち上がり、モニターの前に立った。「おい、次の曲は何だよ。俺がまた歌うぞ」

「まだ俺の歌が終わってないぞ」巩明が笑いながら反論した。

「お前の演歌は長すぎるんだよ。三曲目くらいにしとけ」

兄弟たちの軽い口論が続く。その間、李雪敏は郑波の手の動きを感じていた。彼の指が肘掛の上で、さりげなく彼女の腕に触れる。

「今度の週末、一緒に食事でもどうかな」郑波の声は小さく、周りの騒音に掻き消されそうだった。

李雪敏は彼の方を向いた。彼の眼鏡の奥の目が、彼女を真っ直ぐに見つめている。その視線には余裕と、何かを企むような光があった。

「巩明も誘いますね」彼女はほほえみながら答えた。

「ああ、もちろん。一緒に来てもらおう」郑波の口元がわずかに上がった。彼は李雪敏の駆け引きを楽しんでいるようだった。

その時、邢立国が再び彼女の隣にやって来た。彼は無理やり李雪敏と郑波の間に割って入るように座った。

「おいおい、雪敏ちゃんを独り占めすんなよ、郑波」彼の声にはわずかな警戒が混じっていた。

「独り占めなんかしてないさ。ただ、久しぶりに会ったから話をしていただけだ」

「ならいいけどよ」

邢立国は李雪敏の脚に自分の脚を押し付けた。彼の太ももは硬く、彼女の肌に伝わるその熱さは、彼の欲望を如実に物語っていた。

李雪敏は微かに眉をひそめた。彼女の心は高揚していた。三人の男性の視線を浴びるその瞬間は、彼女に何とも言えない快感をもたらした。同時に、夫の巩明が数メートル先で歌っていることも、その快感を倍増させた。

「じゃあ、私、トイレに行ってきますね」彼女は立ち上がり、スカートの裾を整えた。

「すぐ戻ってこいよ」邢立国が言った。

「ええ」

彼女は個室を出た。廊下の明かりがまぶしかった。彼女は化粧室の鏡の前に立ち、口紅が少し滲んでいるのを確認した。彼女は指で優雅にそれを直しながら、鏡の中の自分を見つめた。そこには、興奮に目を輝かせた一人の女がいた。

彼女は深呼吸を一つした。そして、薄暗い個室に戻る準備をした。

ドアを開けると、邢立国と郑波が並んで何か話している。巩明は沈义と酒を飲み交わしていた。

「お、帰ってきた!さあ、もう一曲行こう」邢立国が立ち上がり、彼女の手を引いた。

李雪敏は彼の熱い手のひらの中で、自分の指が震えるのを感じた。彼女はそれを隠すように、もう片方の手でマイクを握った。

曲が流れ始める。それは『I Love You』というバラードだった。邢立国が彼女の腰に手を回し、耳元でささやくように歌う。

「I love you…もう一度だけ…」

彼の息が彼女の耳たぶに触れた。彼女の体がぞくぞくとする。彼女は目を閉じた。その瞬間、彼女は自分が深い闇に落ちていくのを感じた。その闇の中で、彼女の心の中の何かが確実に変わっていくのを感じていた。

巩明の笑い声が遠くから聞こえる。彼はまだ沈义と盛り上がっているようだった。しかし李雪敏は知っていた。彼はきっと、すべてを見ているのだ。そして、それこそが彼の望むことなのだと。

彼女は邢立国の胸に体を寄せた。彼の腕が彼女をしっかりと抱きしめる。彼女の心臓は早鐘のように打ち鳴っていた。

この夜の闇の中で、彼女は自分を失うことの快感に酔いしれていた。

バーでの放蕩

# 第六章 バーでの放蕩

夕暮れが町を包み込み始める頃、李雪敏は鏡の前で入念に化粧を直していた。口紅は彼女のトレードマークである控えめなピンクではなく、深みのあるレッドを選んだ。目尻に引いたアイラインはいつもより少し長く、鋭く跳ね上がっている。

「どこに行くんだ?」

巩明が居間から声をかけてきた。彼はソファに座ってテレビのニュースを眺めている。表面上は何気ない口調だったが、李雪敏はその声の奥に潜む期待を感じ取っていた。

「美芳たちと集まるの。久しぶりだから、ちょっと遅くなるかもしれない」

彼女はスカートの裾を整えながら答えた。黒のボディコンシャスなワンピースは、彼女の曲線を見事に浮かび上がらせている。胸元のVネックは深すぎず浅すぎず、ちょうど想像をかき立てる絶妙なラインだった。

「気をつけてな」

巩明の視線が一瞬、彼女の姿を舐めるように這った。その目には疑念のかけらもなく、むしろ微かな興奮が光っていた。李雪敏はその表情を見逃さなかった。夫は知っているのだ。自分がどこへ行くのか、誰に会うのかを。それでも彼は何も言わず、むしろ背中を押すように送り出す。

玄関を出た瞬間、冷たい夜風が彼女の頬を撫でた。李雪敏は深く息を吸い込み、胸の高鳴りを鎮めようとした。今夜は邢立国との約束だ。彼からの誘いは一週間前、何気ない電話の終わりに突然もたらされた。

「雪敏、今度ゆっくり飲もう。俺が知ってるいいバーがあるんだ」

その声には拒否を許さない野性的な力強さがあった。彼女は一瞬躊躇したが、すぐに承諾の言葉を口にしていた。巩明の兄貴分である邢立国。彼は他の誰よりも危険な香りを放っていた。

タクシーを拾い、町の外れにあるバーの名を告げる。運転手は怪訝な顔をしたが、何も言わなかった。車窓に流れる街灯の光を眺めながら、李雪敏は自分の手のひらに汗をかいていることに気づいた。緊張しているのか、それとも期待しているのか、自分でもよくわからなかった。

バー「暗夜」の看板は控えめで、通りからはほとんど目立たない。重厚な木製のドアを押し開けると、中は薄暗い照明とジャズの心地よい旋律が漂っていた。カウンターには数人の客がいるだけで、土曜の夜にしては静かな方だった。

「よく来たな」

奥のボックス席から邢立国が手を上げた。彼はすでにウイスキーのボトルを目の前に置いている。彼女が近づくにつれて、彼の視線が全身を舐め回すように這うのがわかった。

「待った?」

「いや、今来たところだ。座れ」

彼は向かいの席を顎で示した。李雪敏はスカートの裾を整えながら腰を下ろした。邢立国はグラスにウイスキーを注ぎ、彼女の前に押しやった。

「強いけど、いけるか?」

「ええ」

彼女はグラスを手に取り、一口含んだ。アルコールの刺激が喉を焼き、体の奥から熱が広がっていく。邢立国は自分のグラスを傾け、一気に半分ほど飲み干した。

「巩明は何て言ってた?」

「女友達と集まるって言ったら、行ってこいって」

李雪敏は微笑みながら答えた。その笑顔には、夫を騙している優越感が滲んでいた。邢立国は低く笑い、グラスをテーブルに置いた。

「あいつは本当にお前を信頼してるんだな。いいご主人様だ」

「ええ、本当にね」

彼女の返答には皮肉が込められていた。巩明が本当は何を知っていて、何を望んでいるのか。それを理解しているのは、この場にいる二人だけかもしれない。

次第にウイスキーが回り始め、李雪敏の頬はほんのりと赤く染まっていた。彼女の口調は次第に軽くなり、邢立国に対しても普段より砕けた態度を見せるようになった。

「なあ、踊らないか?」

突然の申し出に、彼女は一瞬躊躇した。店内には小さなダンスフロアがあり、数組のカップルがスローな曲に合わせて体を揺らしている。

「ここで?」

「他にどこがあるんだ」

邢立国は立ち上がり、彼女の手を取った。その手は大きくて熱く、彼女の指をしっかりと絡め取った。李雪敏はされるがままに立ち上がり、彼に連れられてダンスフロアへと向かった。

曲はサックスが奏でる甘美で官能的なメロディーに変わっていた。邢立国は彼女の腰に手を回し、自分の方へ引き寄せた。二人の体が密着し、彼の胸の硬さが彼女の柔らかさに食い込む。

「緊張してるのか?」

彼の声が耳元で響く。その吐息が彼女の耳朶をくすぐり、背筋に甘い痺れが走った。

「そんなことないわ」

彼女は否定したが、声は少し震えていた。邢立国は彼女の手を握り、ゆっくりとステップを踏みながら、彼女の体をさらに引き寄せた。彼の手が腰から徐々に下へと滑り落ち、彼女の臀部に触れた。最初は遠慮がちに、そして次第に確かな重みを込めて揉みしだく。

「邢さん…」

「静かに。音楽を感じろ」

彼の手の動きは止まらず、彼女の体は彼の指の動きに応えて自然と反応していた。ウイスキーの酔いも手伝って、李雪敏の思考は次第に曖昧になっていく。彼女は邢立国の肩に手を回し、自ら彼の胸に寄り添った。

曲が終わり、照明がさらに暗くなる。彼は彼女の手を引き、店内の最も奥まったソファへと誘導した。周りからはほとんど見えない死角だった。彼が座ると同時に、李雪敏は彼の隣に腰を下ろした。

「可愛い顔してるんだな」

邢立国の指が彼女の顎を捉え、上向かせる。彼の瞳は暗く燃えていた。李雪敏は自分の心臓が激しく打つ音を聞いていた。酔いのせいか、それとも彼のせいか、彼女の体は熱くなり、思考はぼんやりと融けていくようだった。

「キスしていいか?」

その問いかけは命令に近かった。李雪敏は答えず、代わりに自ら彼の唇を奪った。それは激しい、飢えたようなキスだった。彼女の舌が彼の唇を割り、中に侵入する。邢立国は一瞬驚いたように固まったが、すぐに彼女の背中に手を回し、深く応えた。

二人の唇が離れたとき、李雪敏は荒い息をついていた。彼女の目は濡れ、頬は紅潮していた。邢立国は彼女の髪を撫でながら、耳元でささやいた。

「もっとしたいか?」

彼女は答えの代わりに再び彼の首に腕を絡め、唇を重ねた。今度はより深く、より激しく。彼の手が彼女の太腿の上を這い、スカートの裾から侵入しようとする。李雪敏はそれを拒まず、むしろ自ら脚を開いた。

バーの片隅で、人目を避けて繰り広げられる密やかな行為。ジャズのメロディーが二人の乱れた呼吸を包み込み、ウイスキーの残り香が甘やかな空気をさらに濃くした。

やがて邢立国は彼女から離れ、グラスを手に取った。残っていたウイスキーを一気に飲み干し、満足げな笑みを浮かべた。

「今夜はまだ終わらないぞ」

李雪敏は乱れた髪を整えながら、誘うような目線を送った。彼女の心はもう完全にタガが外れていた。夫の顔が一瞬脳裏をよぎったが、それもすぐにウイスキーの炎に溶けて消えた。

「どうするつもり?」

「このまま俺の車に乗って、もっと静かな場所に行かないか?」

邢立国の誘いは直接的で、逃げ場を許さなかった。李雪敏は一瞬の躊躇もなく頷いた。彼女は自分の欲望に正直になることを選んだ。今夜だけは、すべてを忘れて、ただ快楽の波に身を任せようと。

バーを出ると、冷たい風が彼女の火照った体を撫でた。邢立国は彼女の肩を抱き、駐車場へと導く。月は雲に隠れ、辺りは闇に包まれていた。

李雪敏は夜空を見上げ、そっと微笑んだ。この闇こそが、彼女の本当の姿を隠してくれる。そして彼女は、この闇の中でしか味わえない甘美な秘密を、今夜もまた一つ手に入れようとしていた。

沈义の誘い

# 第七章 沈义の誘い

午後の陽射しが工事現場の鉄骨に反射してまぶしい。沈义の黒いプラドは未舗装の道路を揺れながら進み、車内にはエアコンの冷気と男の汗の匂いが混じっていた。

「雪敏、掘削機って見たことあるか?」

沈义がハンドルを切りながら後部座席の李雪敏に話しかける。彼の声は低く、年季の入った機械のようにざらついていた。

「テレビでしか見たことないわ」

李雪敏は窓の外に広がる更地を見つめながら答えた。隣では巩明が携帯電話をいじっている。

「そりゃあ見たほうがいい。最近入れた最新型でな、操作も面白いんだ」

沈义はバックミラーで李雪敏の顔をちらりと見た。彼の目は一瞬だけ彼女の胸元に留まり、すぐに前方の道路に戻った。

「兄貴、すいませんね。わざわざ俺たちのために」

巩明が携帯から顔を上げて言った。彼の声には誠実さが込められていた。

「何を言ってるんだ、兄弟だろ。それに雪敏を工事現場に連れてくるのは初めてだな」

沈义は笑いながら、タバコに火をつけた。煙が窓の隙間から外に流れていく。

車はさらに奥へと進んだ。周囲には資材置き場やプレハブ小屋が点在し、遠くでショベルカーのエンジン音が聞こえる。

「ここだ。降りよう」

沈义が車を止めた。彼は運転席から飛び降りると、李雪敏のドアを開けた。手を差し伸べる仕草は自然で、李雪敏は一瞬ためらったが、その手を取って車を降りた。

「あれが最新型だ」

沈义が指さす先には黄色い大きな掘削機が鎮座していた。その巨大なアームは空に向かって伸び、まるで何かを待っているかのようだ。

「すごいわね」

李雪敏は感嘆の声を上げた。それは半分は演技だったが、半分は本心だった。巨大な機械は不思議な迫力を持っていた。

その時、巩明の携帯が鳴った。彼は数秒電話に出て、眉をひそめた。

「すいません、兄貴。店のことでちょっと…」

「ああ、行け行け。俺が雪敏を家まで送るよ」

沈义は手を振った。その動作はあまりに自然で、李雪敏は何の疑いも持たなかった。

「悪いな、雪敏。すぐに戻る」

巩明は李雪敏にそう言うと、車に乗り込んで去っていった。彼の車が遠ざかるのを見送りながら、李雪敏は小さな違和感を覚えた。あまりに都合が良すぎる、と。

「プレハブで少し休もう。冷たい水がある」

沈义がそう言って、彼女の背中に手を当てた。その手は一瞬だけ彼女の腰に触れ、すぐに離れた。

プレハブ小屋の中は簡素だった。机と折りたたみ椅子が二脚、小型冷蔵庫、それに仮設のベッドが隅に置かれている。ベッドの上には薄い毛布が敷かれていた。

「どうぞ」

沈义は冷蔵庫からペットボトルの水を取り出し、李雪敏に差し出した。彼女がそれを受け取る時、指がかすかに触れた。

「ありがとう」

李雪敏は椅子に座り、水を一口飲んだ。冷たい水が喉を通る感触が心地よかった。

「巩明のやつはいい旦那か?」

沈义が隣の椅子に座りながら尋ねた。彼の体から香るタバコと汗の匂いが、狭いプレハブの中に充満していた。

「ええ、とても優しいわ」

李雪敏は無難な答えを返した。しかし、その言葉には微妙な色が混じっているのを自分でも感じていた。

「優しいだけじゃ女は満足できないもんだぜ」

沈义はそう言って笑った。彼の目は李雪敏の脚をじっと見つめている。彼女は今日、薄いベージュのパンツスーツに、淡いピンクのブラウスを着ていた。スカートではなくパンツだったが、それでも彼女の体のラインははっきりと浮かび上がっていた。

「あなたは奥さんを満足させてるの?」

李雪敏は軽い調子で尋ねた。心臓は少し速くなっていた。

「うちのはな…もう何年もしてないな」

沈义は苦笑しながらタバコに火をつけた。煙が天井に向かって立ち上る。

「そうなの?もったいないわね」

李雪敏はそう言って、ちらりと彼を見た。彼の目が彼女の胸元に留まっているのを感じた。

「雪敏、あんたはなんで巩明みたいな男と結婚したんだ?」

沈义の声が低くなった。彼は椅子から立ち上がり、李雪敏の前に立った。

「それがどうかしたの?」

李雪敏はわざとらしく首をかしげた。彼の影が彼女の体を覆っていた。

「もったいないと思ってな」

沈义はそう言いながら、彼女の隣に座り直した。今度は椅子ではなく、ベッドの端だった。彼の膝が彼女の太ももに触れる。

「何がもったいないの?」

李雪敏の声は甘く、少し掠れていた。彼女は逃げようとはしなかった。

「こんな綺麗な女が、宝くじ屋の店主の女になってる。世の中は不公平だ」

沈义の手が彼女の太ももに触れた。彼の指はゆっくりと彼女の脚のラインをなぞった。李雪敏は身を固くしたが、彼の手を払いのけはしなかった。

「兄貴分のくせに、何言ってるのよ」

李雪敏は声をひそめて言った。彼女の顔は熱くなっていた。

「兄貴分だからこそだよ。あいつはあんたを幸せにできない」

沈义の手が彼女の腰に回った。彼の呼吸が彼女の耳元で聞こえる。

「そんなこと…」

「あんたはもっと強い男に抱かれるべきだ。もっと、激しく」

沈义の声は低く、掠れていた。彼の手が彼女のブラウスの端から中に入ろうとする。

李雪敏は目を閉じた。彼女の心の中で何かが壊れる音がした。しかし、それは止めるべき警報ではなく、むしろ快感の前兆だった。

「沈义さん…」

彼女の声は弱々しかった。しかし、その弱さは抵抗ではなく、降伏の合図だった。

彼女はゆっくりと、彼の肩に体重を預けた。彼の腕が彼女を包み込み、その力強さに彼女の体が震えた。

プレハブの外では、掘削機のエンジン音が遠くで響いていた。その規則正しい音が、部屋の中の静寂を一層際立たせていた。

沈义の手が彼女の背中を撫でる。彼の指は器用にブラウスのボタンを一つ外した。李雪敏は抵抗せず、むしろ彼の胸に顔を埋めた。

彼の心臓の鼓動が、彼女の耳に伝わってくる。それは速く、力強かった。

「雪敏…」

彼の声が彼女の名前を呼ぶ。その声には警告と欲望が混ざっていた。

李雪敏は顔を上げて彼を見た。彼の目は熱く、真剣だった。それは巩明が見せたことのない目だった。

「後悔しない?」

彼が尋ねた。しかし、その手はすでに彼女のブラウスの中に入っていた。

「もう…遅いわ」

李雪敏はそう言って、彼の唇に自分の唇を重ねた。それは冷たい水のような、最初の一歩だった。

彼の腕が彼女の体を強く抱きしめる。その力は強く、彼女の体は彼の胸に押し付けられた。

プレハブの天井で、小さな電球が揺れていた。その光は二人の影を壁に映し出し、ゆっくりと揺れ動いた。

外では、掘削機の音が徐々に遠ざかっていった。その代わりに、二人の呼吸と、衣服の擦れる微かな音だけが、薄暗い部屋の中に響いていた。

初めての不倫

# 第八章:初めての不倫

プレハブ小屋のドアが閉まる音が、李雪敏の耳にやけに大きく響いた。沈义の大きな手が彼女の腰に回され、荒々しい力で引き寄せられる。彼の息遣いは熱く、首筋にかかる感触に彼女の肌が粟立った。

「雪敏…ずっとこうしたかったんだ」

そう囁くと同時に、彼の唇が彼女の口を覆った。酒とタバコの混じった男の匂いが鼻腔を満たす。李雪敏は一瞬だけ躊躇したが、すぐにその感覚に身を委ねた。夫の巩明とは違う、野性的で力強いキス——これこそ彼女が求めていたものだ。

沈义は彼女を押し倒すように、簡素なベッドへと導いた。折り畳みの鉄製ベッドが軋み、スプリングのきしむ音が狭い室内に響く。彼の指が彼女のブラウスのボタンを一つ一つ外していく。

「綺麗だ…本当に綺麗だよ」

彼の言葉に李雪敏の呼吸が微かに乱れる。頭では分かっていた。この道を選んだ以上、こうなることは避けられないと。しかし、現実の感触は想像を遥かに超えていた。彼の熱い掌が彼女の肌を這うたび、背筋を快感が走る。

彼が彼女のブラジャーを外すと、豊かな双乳が露わになった。沈义は息を呑み、そっとその先端に触れた。

「この乳首…なんてセクシーなんだ。まるで熟れた桑の実みたいだ」

彼の親指が先端を優しく撫でると、李雪敏の体はビクッと震えた。彼女は自ら腰を浮かせ、彼の動きを受け入れる。最初の一瞬の痛みはすぐに消え去り、代わりに未知の快感が全身を支配した。

沈义の動きは男らしく、時に強引で、時に優しかった。彼の腰の動きに合わせて、李雪敏の吐息は次第に熱くなっていく。彼女は両腕を彼の首に回し、自ら身体を押し付けた。まるで長年渇いていた砂漠が、ようやく雨を浴びたかのように、彼女の全てが彼を求めていた。

「ああ…沈哥…」

無意識のうちに漏れ出たその呼び名に、沈义はさらに興奮したようだった。彼は彼女の脚を大きく開かせ、より深く、より激しく打ち付ける。李雪敏の視界は白く霞み、頭の中では何も考えられなくなっていた。ただ、この瞬間の快楽だけが全てだった。

何度目の絶頂か分からない。彼女の身体は汗で濡れ、シーツに染みを作っていた。沈义はようやく動きを止め、彼女の隣に倒れ込んだ。二人の荒い息遣いだけが、静かなプレハブ小屋に響いている。

「雪敏、最高だよ…」

沈义が彼女の髪を撫でながら言った。李雪敏は微笑み返したが、その目はもう次の計算を始めていた。すでに時計は午後三時を過ぎている。家に帰らなければならない。

「私、そろそろ…」

彼女は身体を起こし、散らばった服を拾い集めた。ブラウスの皺を伸ばし、スカートのホコリをはたく。彼女の動作は慣れたもので、まるで日常の一部のように自然だった。

「もう帰るのか?」沈义が名残惜しそうに言う。

「うん。買い物に行くって言ってあるから」

李雪敏は小さなハンドバッグからスマートフォンを取り出し、巩明に電話をかけた。三回のコールの後、夫の声が聞こえてきた。

「もしもし?」

「巩明?今、スーパーにいるの。夕飯の食材を買ってるんだけど、なんか食べたいものある?」

「別に何でもいいよ」巩明の声は穏やかだった。「あまり無理するなよ」

「うん、じゃあ適当に買って帰るね」

通話を切ると、李雪敏はちらりと鏡を見た。頬が微かに赤らんでいる。これは決して買い物のせいではない。彼女は口紅を塗り直し、髪を整えてから、沈义に短く別れを告げた。

「またね」

家に着いたのは午後四時過ぎだった。李雪敏はエントランスのポストで些細な買い物袋を引っかけ、買い物をしてきた証拠を作る。玄関のドアを開けると、巩明がリビングでテレビを見ていた。

「おかえり」彼は彼女を一瞥し、すぐにまた画面に目を戻した。

「ただいま。結構混んでたよ」

李雪敏は平静を装ってキッチンへ向かい、買ってきた食材を冷蔵庫にしまった。彼女の耳は微かに赤く染まっている。その変化を巩明は見逃さなかった。

「買い物、大変だったろ?」彼の声には含みがあったが、李雪敏は気づかなかった。

「うん、ちょっとね」

彼女は手を洗い、エプロンを着けた。いつもと同じ、良き妻の姿だ。しかし、今日の彼女の体には、夫のものではない男の痕跡が刻まれている。巩明はソファに座ったまま、彼女の後ろ姿を眺めていた。その頬の微かな赤み、少し乱れた髪——彼の目は鋭く光り、口元がわずかに歪んだ。

だが、彼は何も言わなかった。ただ、その興奮をそっと胸の内にしまい込んだ。妻の嘘に気づきながらも、それを暴くことなく、彼女の演技を静かに楽しむ——それが彼にとっての愉悦だった。

李雪敏は冷蔵庫を開け、野菜を取り出した。彼女の指はまだ微かに震えている。禁断の果実を味わった身体は、その余韻を忘れられずにいた。彼女は知っていた。これが初めてであって、決して最後ではないということを。夜の闇はますます深く、彼女の隠された秘密もまた、より一層甘く、危険なものへと変貌していく。