プライベートラボの冷たい空気が、陳凌の肌を撫でる。無機質な白壁に囲まれた部屋の中央、巨大なガラスカプセルが青白い光を放っていた。その中で、透明な液体に浮かぶ裸体がゆっくりと形を成していく。
陳凌は自らの頬に手を当てた。カプセルの中の存在——凌零は、まさに鏡写しのように自分と同じ顔を持っていた。同じ輪郭、同じ唇の形、同じ目の位置。だが、その瞳はまだ閉じられたままだ。無防備な胎児のように、培養液の中で微かに身動ぎする。
「完了まであとどのくらいだ」
振り返らずに問う。背後に控える白衣の科学者が、恭しく頭を下げた。
「はい、社長。すでに脳への服従命令プログラムは埋め込み済みです。あとは目覚めの信号を待つばかりです」
陳凌は無言でガラスに手を触れた。表面は冷たく、内部の温もりを感じさせない。まるで自分自身が閉じ込められているようだ。歪んだ笑みが唇の端に浮かぶ。
「彼女は、自分が何者か理解しているのか」
「初期プログラムでは、自身の存在理由を認識するよう設定してあります。しかし、詳細な自己認識は——”教育”次第かと」
「教育、か」
陳凌はゆっくりと頷いた。そうだ。これは教育だ。絶対的な服従とは何か、己の居場所とは何かを、骨の髄まで教え込むのだ。
カプセルの中で液体が排出され始める。凌零の身体が重力に従い、ゆっくりと沈む。ガラスの蓋が開き、蒸気のような冷気が立ち上った。
陳凌は真っ先に近づき、まだ目を閉じたままの凌零の頬に触れた。肌は温かく、人間そのものだ。フケた指先が、その輪郭をなぞる。
「目を覚ませ、私自身よ」
声に込めたのは、慈愛か、それとも嘲笑か。自分でも判然としない。だが、この瞬間の悦楽だけは確かだった——自分を屈服させる快感が、脳髄を痺れさせる。
凌零のまぶたが震える。ゆっくりと開かれた瞳には、虚無と困惑が映っていた。
「ここが...どこ...」
掠れた声。陳凌はその声にさえ、背筋が震えるような親近感を覚えた。まるで自分の声だ。だが、この声は自分に従う。
「聞け、凌零。お前は私だ。だが、私はお前ではない。お前は私の影であり、家畜であり、所有物だ。理解できるな?」
凌零がゆっくりと起き上がる。濡れた髪が頬に張り付き、ガラスの床に水滴が落ちた。彼女は陳凌を見上げ、その瞳に——一瞬だけ、燃えるような怒りが走った。
「...家畜だと?」
「そうだ」
陳凌はポケットから小さなリモコンを取り出した。指先でボタンを押すと、凌零の首に巻かれた黒いバンドがかすかに震えた。
「これは電気ショック首輪だ。お前の反抗は、すべてこの痛みで矯正される」
凌零が唇を噛む。その目にはまだ反逆の炎がくすぶっているが、首輪の存在を意識したのか、言葉を飲み込んだ。
陳凌は一歩下がり、冷たい声で命令を下した。
「床に伏せろ。雌犬の姿勢を取れ。四つん這いになれ」
「...何を...」
「命令だ」
再度リモコンを操作すると、首輪が低く唸る。凌零が悲鳴を上げ、体が硬直する。痛みに耐えかねて、彼女はゆっくりと床に膝をついた。両手を床に付き、頭を下げる。その姿はまさに——飼いならされた獣のようだ。
「よい子だ」
陳凌は満足げに笑った。だが、その笑顔の裏で、何かが引っかかっていた。彼女の瞳の奥に一瞬だけ見えた、あの反抗の光。それは、自分自身の目に宿るものと全く同じだった。
——やはり、私のクローン体だ。私が折れるのを許さない意志が、そこにある。
だが、それこそが面白い。完全に屈服させるまでには時間がかかる。その過程こそが、陳凌の渇望するものだった。自分自身を絶対従属させる悦び。それは、他者を支配する比ではない。
「これからが長い旅だ、凌零。お前は私の中で生き、私の欲望のままに動く。そして、いつしかお前は、自分が何者であるかさえ忘れるだろう」
陳凌はしゃがみ込み、凌零の濡れた髪を撫でた。その手は優しく、しかし、支配者の眼差しは冷たく光っていた。
凌零はただ、震えながらその言葉を受け入れているふりをした。心の奥底で、彼女は確信していた——この支配は永遠には続かない、と。あの冷たいガラスの檻から、いつか自分は這い出す。その時、陳凌は自分の影に喰い尽くされるだろう。
その覚悟だけが、今の凌零を支える唯一の灯火だった。