# 天阙奴痕
## 第一章 試しの始まり
夜の帳が下りた頃、天宮の寝宮には沈香の甘やかな香りが漂っていた。
雲澈は玉座に座り、手にした巻物に目を落としていたが、その瞳は何も捉えてはいなかった。彼の耳は、奥の間から近づいてくる衣擦れの音に、無意識のうちに研ぎ澄まされていた。
「宮主様、今夜はお休みになられませぬか?」
蘇媚児の声は、絹のように滑らかで甘やかだった。彼女は薄紅色の寝衣を身にまとい、その柔らかな肢体を包むように、白い絹の帯が幾重にも絡まっていた。
雲澈は顔を上げ、冷たい視線を向ける。「まだ政務が残っている」
「まあ…」蘇媚児は唇を歪めて微笑む。「それならば、妾が宮主様の疲れを癒して差し上げましょう」
彼女は優雅な足取りで近づき、雲澈の背後に回った。その指先が、彼の肩にそっと触れる。雲澈の身体が微かに強張った。
「触れるな」
「嫌でございますか?」
蘇媚児の手は止まらない。彼女の指は、雲澈の肩から首筋へ、そして胸へと滑り落ちていく。そして、何気ない振りで、手にした絹の帯を彼の手首に巻き付けた。
雲澈の息が止まった。
「何をしている」
「ただ…宮主様をもっとお楽にさせたく存じまして」
蘇媚児は優しく、しかし確かな手つきで絹の帯を締めていく。それは抵抗すれば簡単に解けるほど緩い結びだったが、それでも彼の両手首は確かに束ねられていた。
雲澈の目に、一瞬の動揺が走る。しかし、その奥には——期待の光が微かに宿っていた。
蘇媚児はそれを見逃さなかった。彼女の紅い唇が、より深く歪む。
「抵抗なさらないのですね」
「…くだらぬ遊びだ」
「そうでしょうか」
彼女はゆっくりと寝衣の裾を引き上げ、露わになった玉の足を雲澈の胸に載せた。冷たく滑らかな足裏が、彼の胸板を優しく押す。
雲澈の呼吸が、わずかに乱れた。
「蘇媚児…」
「何か?」
彼女の足は徐々に下へと滑り落ちていく。腹筋の上を、ゆっくりと、ゆっくりと——そして、股間の膨らみに触れた。
雲澈の身体が、反射的に震えた。
「ほう…」
蘇媚児の足の指が、布越しにその形を確かめるように動く。雲澈は歯を食いしばり、声を殺した。
「もう…やめよ」
その言葉とは裏腹に、彼の息遣いは確かに荒くなっていた。蘇媚児はその変化を確かめると、さらに足の指を器用に動かし、膨らみの先端を軽く弾いた。
「ッ…!」
雲澈の喉から、かすかな嗚咽が漏れた。しかし、彼は依然として文句の一つも言わなかった。ただ、己の反応を必死に隠そうとするように、壁に向かって顔を背ける。
蘇媚児は満足げに微笑みながら、足を引いた。
「床に跪きなさいませ」
雲澈は一瞬ためらった。しかし、彼女の瞳に宿る強い光を見て、ゆっくりと玉座から立ち上がり、床の前に膝をついた。
蘇媚児は彼の前に立ち、再び足を上げた。今度は、その絹のような足裏で、彼の頬を踏みつける。
「宮主様の頬は、思いの外柔らかいのですね」
雲澈は何も言わず、ただ頭を垂れたまま、その屈辱を受け入れた。
蘇媚児は、どこからか細く柔らかな鞭を取り出した。それは絹を編んで作られたもので、打っても肉を裂くことはなく、しかし微妙な痛みを与えるためのものだった。
「さて…」
彼女は鞭を振りかざし、雲澈の尻を軽く打った。パシリ、という乾いた音が、静かな寝宮に響く。
「ッ…!」
雲澈の身体が強張る。しかし、彼は逃げようとはしなかった。
二度目、三度目。同じ箇所を打たれ、その肌には薄紅の跡が浮かび上がる。
「う…く…」
彼の唇から、くぐもったうめき声が漏れた。それは抑えきれない苦痛の声であり、同時に——喜びの声でもあった。
蘇媚児は鞭を置き、そっと雲澈の耳元に顔を寄せた。甘やかな吐息が、彼の耳朶を撫でる。
「これで終わりではございませんよ」
彼女の声は、闇夜に溶けるように甘く、そして冷たかった。
「これは…始まりに過ぎません」
雲澈の肩が微かに震えた。彼は顔を上げ、蘇媚児の笑顔を見た。その瞳には、抑えきれない狂気の光が宿っていた。しかし、彼はそれに抗うことなく、再び深く頭を垂れた。
蘇媚児はその姿を見届けると、優雅に身を翻し、闇の中へと消えていった。
寝宮には、沈香の香りと共に、彼女の残り香が漂っていた。雲澈は跪いたまま、ただ一人、己の高鳴る鼓動を聞いていた。
その手首には、絹の帯の痕が、薄く赤く残っていた。