電話の向こうで、張志強の低い笑い声が夜の闇に溶けていく。
「じゃあ、決まりだ。明日の午後一時。一時間ごとに停止権が発生する。どちらかが『赤』の合図を出したら、即座に中断。ただし――」
「わかってる。一度停止したら、次のラウンドまで再開はなしだ。」
や倫は受話器を耳に当てたまま、無意識のうちに机の上に並べた道具たちに視線を落とす。真新しい麻縄はまだ硬さを残し、革製の口枷は油の匂いをかすかに放っている。指先でそれらを撫でながら、彼の喉がひくりと動いた。
「蘭香おばさんは本当に準備万端なんだな。今朝、洗濯物を干している姿を見たけど、いつもより念入りに下着を選んでいたぞ。白いレースのやつだ。」
張志強の声が妙に湿り気を帯びている。や倫は唇の端を持ち上げた。
「母さんは昔からそういう細かいところにこだわるんだ。本番が近づくほど、完璧を求める。」
「お前の母さんは本当にいい女だよ。近所の連中はみんな知ってる。四十路を超えてあの色気は反則だ。」
「――俺の母さんだぞ。」
や倫の声が急に低くなる。冗談めかした口調の裏に、かすかな所有欲が滲んだ。
張志強は呵々と笑った。「わかってるさ。明日はお前が俺の母さんを、俺がお前の母さんを、って取り決めだ。公平だろ?」
「ああ。」
や倫は受話器を置き、深く息を吸い込んだ。窓の外はもう真っ暗で、隣の張家の明かりだけがぽつりと浮かんでいる。あの家で今、張志強の母――連香おばさんは何をしているだろうか。彼女はいつもより早く風呂に入り、入念に体を洗っているのだろうか。それとも、部屋の片隅で震えながら、明日のことを思っているのだろうか。
机の上の道具を一つずつ布袋に詰めながら、や倫は唇を噛んだ。先月、初めて母さんを張志強に預けた夜のことを思い出す。あの時は本当に手が震えた。帰ってきた母さんは少し疲れた様子だったが、目だけは妙に輝いていて、それを見た瞬間、自分の中の何かが確かに変わったのを感じた。
「や倫――」
背後から声がして、彼は慌てて振り返った。部屋の入り口に、陳蘭香が立っている。薄いガウンを羽織り、髪はまだ湿っている。風呂上がりらしい。
「何してるの?」
彼女の声は柔らかい。や倫は反射的に布の袋を背後に隠した。
「別に。ちょっと片付けを。」
「そう。」
陳蘭香はゆっくりと部屋に入ってきた。ガウンの裾が揺れ、むっちりとした太ももがちらりと見える。彼女はテーブルの上に視線を走らせ、口元だけで微笑んだ。
「明日の準備はできてるの?」
「ああ。」
や倫は視線をそらした。母の前ではいつもこうだ。彼女の瞳に浮かぶ期待と甘えを見ると、自分がどんどん深みにはまっていくのがわかる。
陳蘭香は彼の隣に立ち、そっと机の上の麻縄に触れた。
「このロープ、あなたが選んだの?」
「うん。滑らかで肌に優しいやつ。張志強に教えてもらって。」
「張志強……あの子は本当に詳しいのね。」
彼女の声に含まれた響きに、や倫の腹の底が熱くなる。陳蘭香はゆっくりと振り返り、息子の顔をまっすぐに見つめた。
「明日、私はちゃんとできるかしら?」
「できるよ。母さんはいつだって完璧だ。」
「完璧……」
彼女は小さく笑い、手を伸ばしてや倫の頬に触れた。指先がひんやりと冷たい。温度が奪われていくような感覚に、や倫は思わず彼女の手を握りしめた。
「母さん……」
「大丈夫。私は大丈夫だから。」
陳蘭香はそう言って、そっと手を引き、自室へと戻っていった。
や倫はしばらくその場に立ち尽くしていた。手のひらにはまだ母の体温の名残が残っている。彼は目を閉じ、深く息を吸った。興奮と罪悪感が混ざり合った複雑な感情が胸の奥で渦巻いている。だが、それを打ち消すように、下半身に熱が集まるのを感じて、自分自身に苦笑した。
同じ頃、陳蘭香は自室の鏡の前に座っていた。化粧台のライトが彼女の顔を照らし出す。彼女はゆっくりと頬にファンデーションを塗り広げながら、自分の顔をじっくりと眺めた。
四十を過ぎたとはいえ、肌にはまだ張りがある。目尻の細かい皺すらも、彼女の魅力を引き立てるアクセントになっている。彼女は指先で自分の首筋をなで下ろし、ガウンの合わせ目から覗く胸のふくらみにそっと触れた。
「綺麗ね……」
自分自身に言い聞かせるように呟く。そうしなければ、明日が怖くなってしまいそうだった。
彼女は息子に調教されることに慣れている。最初は恥ずかしくてたまらなかった。けれども、や倫の手が自分に触れるたび、体中が悦びに震えるのを感じた。そして今度は、甥っ子の張志強が相手だ。あの青年の目つきには、いつも冷たい飢えが宿っている。彼にどう扱われるのか、想像するだけで脚の付け根が熱くなる。
陳蘭香は口紅を引きながら、ふと鏡の中の自分に問いかけた。
「あなたは、本当に何を望んでいるの?」
答えは出ない。ただ、心の奥底で何かがうごめくのを感じるだけだ。それは屈辱への憧れであり、同時に深い愛情への渇望でもあった。
彼女はゆっくりと立ち上がり、窓辺に歩いていった。カーテンの隙間から、隣家の明かりが見える。張志強の部屋だろう。彼も今、明日の準備をしているのだろうか。
陳蘭香は両腕で自分の体を抱きしめた。ガウンの下は何も着けていない。布越しに自分の豊かな肉体を感じながら、彼女は小さく息を漏らした。
「や倫……」
名前を呼ぶだけで、胸が締め付けられる。彼こそが自分のすべてだ。どんな屈辱も、彼が望むなら受け入れよう。それが自分にできる、唯一の愛の形なのだから。
夜は更けていく。三つの家の明かりが次第に消え、明日への期待と不安だけが、静かな空気の中に漂い続けていた。