深夜の雨が都心を覆い尽くしていた。蘇晴は息を潜め、自宅の裏庭に停めてある貨物トラックの陰に身を隠した。十メートル先の門の前では、黒装束の男たちが懐中電灯を振りかざしながら敷地内を捜索している。彼らの胸元には見覚えのある仇家の紋章――蛇が剣を巻きつく意匠――が光っていた。
「蘇晴を探せ!生死は問わない!」指揮官の怒号が雨音を裂いた。
蘇晴は唇を噛みしめた。二時間前、父と母は書斎で息絶えていた。仇家が送り込んだ刺客団の襲撃だった。蘇家は表向きは高級衣料品店を経営する名門だが、裏の顔は奴隷売買組織「群芳閣」の運営者であり、さらにその奥には性的奴隷の捕獲・調教を請け負う非合法ネットワークが存在した。父はそれを「二重の枷」と呼んでいた。表の枷は法律、裏の枷は欲望。蘇家はその両方を操ることで富を築いてきた。
だが今、その枷が蘇晴自身に襲いかかろうとしている。
背後でエンジン音が低く唸った。振り返ると、蘇家が所有する密輸用の密閉トラックが積み込みを終えようとしていた。このトラックは、注文に応じて捕獲した女性たちを奴隷島へ運搬するためのものだ。蘇晴は一瞬の躊躇の後、後部扉が閉まる直前に荷台へ飛び込んだ。中は段ボール箱と麻袋が積み重なり、かすかに消毒剤と汗の匂いが混じっていた。
「閉めろ!」運転手の声。金属音とともに外部の光が消えた。
蘇晴は麻袋の隙間に身を潜め、震えを抑えた。暗闇の中で、トラックはゆっくりと動き出した。仇家の刺客たちがトラックを止める気配はない。蘇家の物流ルートは表向きは合法であり、仇家もそこまでは手を出せない。
揺れる荷台の中で、蘇晴の意識は次第に薄れていった。疲労と恐怖が限界に達していた。彼女の耳に、父の遺言が蘇る。「お前は蘇家の血を引く。生き残れ、どんな手段を使っても。」
しかし、その「手段」が何を意味するのか、蘇晴は理解していなかった。
***
目を開けた時、蘇晴は白い蛍光灯の眩しさに目を細めた。コンクリートの天井、鉄製のベッドフレーム、消毒用アルコールの刺激臭。ここは倉庫のような部屋で、壁にはいくつもの監視カメラが設置されていた。
「起きたか。」無機質な女性の声。
蘇晴は体を起こそうとして、自分の手首と足首が革製の拘束具でベッドに固定されていることに気づいた。心臓が激しく打ち始める。
「ここはどこ?私は蘇晴よ!蘇家の令嬢よ!解放しなさい!」
声の主――教官アリ――は黒いトレーニングウェアを着た、筋肉質な三十代の女性だった。彼女は蘇晴の前まで歩み寄り、無表情で診断用のペンライトを蘇晴の瞳孔に当てた。
「蘇家の令嬢?」アリは冷淡に笑った。「ならば、君の家族がこの島に何の目的で女性を集めているか、教えてくれ。」
蘇晴は言葉を失った。彼女は確かに蘇家の裏ビジネスの詳細を知らないわけではない。幼い頃から、両親が家で「商品」や「調教記録」といった言葉を交わすのを耳にしていた。だが、それらは自分とは無縁の世界だと信じていたのだ。
「黙っているか。」アリは手に持ったクリップボードに何かを書き込んだ。「まあいい、身分はどうあれ、ここでは全員が同じだ。君は金持ちの注文奴隷としてリストに載っている。今日から三ヶ月間、基礎調教プログラムを受ける。合格しなければ、買い手が決まるまでここで訓練だ。」
「注文奴隷?そんなの…私は違う!私は…」蘇晴の声は震えた。
「君がどう名乗ろうと、我々のデータにはそう登録されている。」アリは淡々と言った。「裏取引で手に入れた情報だ。蘇家のトラックに乗っていた時点で、君は商品だ。文句があるなら、注文主に直接言うといい。ただし、ここから出る方法はただ一つ――調教プログラムを完了し、買い手の評価を得ることだ。」
蘇晴の全身から力が抜けた。自分が隠れたトラックは、まさに蘇家が顧客に納品するための奴隷輸送車だった。誤認されたのだ、自分は「自ら売身を希望した女性」の中に紛れ込んだと。
「反論しても無駄だ。」アリは振り返らずに部屋のドアへ歩きながら言った。「今から二十四時間は絶食だ。水分は与えられる。明日の早朝六時、第一訓練場に現れろ。遅刻すると罰則がある。」
ドアが閉まる音が、蘇晴の耳に異様に大きく響いた。
彼女は冷たい鉄製のベッドの上で、ただまっすぐ天井を見つめた。蘇家の崩壊、両親の死、そしてこの島。すべては仇家の策略の一部だ。だが、蘇晴にはそれを証明する手段も、ここから逃げ出す体力もなかった。
窓の外で波の音が聞こえる。奴隷島――この島は、蘇家が最も重要な「調教施設」を置いている場所だった。かつて父が自慢げに語ったことがある。「この島に入った者は、外の人間には二度と会えない。完全に飼いならされるか、死ぬかだ。」
蘇晴は拳を握りしめた。自分は飼いならされない。絶対に生きてここを出る。たとえ二重の枷が自分を縛ろうとも、その枷を外すのは自分自身だと誓った。
だが、その誓いがどれほど脆いものか、彼女はまだ知らなかった。