蘇晴は必死に走った。背後からは仇家の殺し屋たちの足音と怒声が聞こえる。銃声が闇夜を切り裂き、彼女の耳元をかすめていった。両親はもういない。あの急襲で、彼女はすべてを失った。家の門をくぐった瞬間、灯りが消え、悲鳴が上がった。父親は彼女を押しのけて「逃げろ」と叫んだが、その声は銃声に掻き消された。
彼女は裏庭の倉庫に駆け込んだ。そこには見慣れた鉄製の檻がいくつも積まれている。群芳閣の奴隷運搬車だ。表向きは自ら売り身を希望する女性を合法的に斡旋する組織だが、蘇晴はその裏の顔を知っている。最大規模の性的奴隷捕獲・調教グループ。顧客の注文に応じて特定の場所で女を拉致し、調教の末に自ら志願させたように装う。父親はそのすべてを取り仕切っていた。蘇晴は震える手で檻の一つを開け、中に潜り込んだ。鉄格子が冷たく肌に触れ、彼女は息を殺した。
すぐに倉庫の扉が開く音がした。殺し屋たちが中を探っている。彼女は檻の奥に縮こまり、毛布を頭からかぶった。足音が近づき、檻の鍵を揺する音が聞こえる。だが、運搬車の積み込み作業を始めた男たちの声が割り込んだ。
「こっちの檻はもう積むぞ。注文主が待ってる」
「ああ、急げ。今日中に島に届けろって指令だ」
蘇晴の檻が持ち上げられ、トラックの荷台に積まれた。その衝撃で彼女の頭が鉄格子にぶつかり、意識が遠のいた。殺し屋たちの声は次第に遠ざかり、代わりにエンジンの轟音が響く。トラックが発進した。彼女は暗闇の中で震えながら、自分がどこへ連れて行かれるのか想像もできなかった。両親の死の衝撃と恐怖が彼女の意識を呑み込み、やがて深い昏睡へと落ちていった。
どれほどの時間が経ったのか。蘇晴は嗅ぎ慣れない潮の香りと、機械の振動で目を覚ました。体が揺れている。どこかから波の音が聞こえる。船だ。彼女はまだ檻の中にいることに気づき、慌てて身を起こした。周囲には同じような檻がいくつも積まれ、中には気を失ったままの女たちが何人かいる。全員、若くて美しい。彼女は自分の服装を見下ろした。血に染まった高級ドレスが、今はぼろぼろだ。
檻の鍵が外される音がして、乱暴な手が彼女の腕を掴んだ。
「降りろ。ここがお前の新しい家だ」
蘇晴は引きずられるように檻から出された。彼女の目に飛び込んできたのは、見渡す限りの海と、その中に浮かぶ孤島。島には無機質なコンクリートの建物が立ち並び、高いフェンスが周囲を取り囲んでいる。空気には焦げた匂いと消毒液の匂いが混ざっていた。
「新入りか。これは上玉だな」
浅黒い肌をした女が見下ろしてくる。彼女の目は冷たく、無感情そのものだった。制服には「教官 阿丽」と書かれたバッジがついている。
「ここはどこ?私は帰らなければならない。私は蘇家の…」
「蘇家?聞いたこともないな」
阿丽が冷たく笑った。
「ここではお前の過去は関係ない。お前はただの商品だ。捕獲され、調教され、注文主の元へ送られる。それだけだ」
蘇晴は頭を振った。
「違う。私は間違って連れてこられた。私は群芳閣の…」
「群芳閣だと?」
阿丽の眉がわずかに動いた。
「ならばなおさらだ。ここは群芳閣直営の奴隷島だ。お前は運搬先を間違えられたわけではない。客からの注文品として、ここに送られてきたんだ。お前の書類には、『高級注文奴隷:特定の顧客からの依頼により捕獲』と書いてある。何を言い訳しようと無駄だ」
蘇晴の心臓が凍りついた。仇家の殺し屋に追われ、やむなく隠れたあの檻。まさかそれが、家族が運営する奴隷島へ続くルートだったとは。自分がまさに、自分たちの商売の商品として扱われている。
「私は蘇家の令嬢よ!私を拘束すれば、すべてが明るみに出る!」
「蘇家の令嬢?」
阿丽が馬鹿にするように笑った。
「昨夜、蘇家の本拠は壊滅した。生き残りはお前だけらしいな。だが、どうやらお前は自分が誰かを忘れているようだ。ここでは、お前の身分などただの数字だ。私にとっては、調教すべき一頭の雌豚に過ぎない」
彼女は手を叩いた。二人の屈強な男が蘇晴の腕を掴み、引きずって行こうとする。蘇晴は必死に抵抗したが、彼らの力には敵わなかった。
「連れて行け。まずは消毒と検査だ。その後、基礎訓練を始める。反抗すれば、倍返しだと思え」
蘇晴は暗い廊下を引きずられながら、自分が二重の枷に嵌められていることを悟った。一つは仇家の執拗な追跡。もう一つは、自らの家業が生み出した奴隷島のシステム。両親の死の真相を暴き、復讐を果たす前に、まずはこの島から逃げ出す方法を見つけなければならない。だが、そのためには自分を商品として振る舞うふりをしなければならない。屈辱と怒りが彼女の胸を焦がした。
彼女の拳が震え、爪が手のひらに食い込んだ。その痛みだけが、彼女にまだ自分が生きていることを教えていた。