蘇家はこの町で、表と裏の二つの顔を持つ存在だった。表向きは由緒ある商家の一族であり、その家業は「群芳閣」という名の高級女中紹介所である。そこは自ら身売りを望む女性たちを合法的に雇い入れ、富裕層の家庭に奉公に出したり、芸事を仕込んで宴会での接待役として派遣したりしている。しかし、その裏には想像を絶する闇が広がっていた。群芳閣の地下には、捕獲された女性たちを調教するための施設が隠されており、顧客の注文に応じて「理想の女奴隷」を作り上げる組織が密かに動いていた。調教が完了した後は、彼女たちに自ら身売りを申し出させ、表向きの合法ルートで売買される。蘇家の真の収入は、この奴隷売買の裏稼業にあった。
その日、蘇晴は自室で読書に耽っていた。十七歳の娘としてはどこか落ち着いた雰囲気を持つ彼女だが、内には鋼のような意志を秘めている。しかし、その内面の強さも、家の秘密を知ってからは重い鎖のように彼女を縛りつけていた。彼女は自分の家族がどれほどの罪を積み重ねてきたかを知っている。父は冷酷な支配者であり、母もその片棒を担いでいる。蘇晴はそれを受け入れられず、しかし家を出ることもできずにいた。
突然、家の外で銃声が響いた。続いて怒声と悲鳴、物が壊れる音。蘇晴は本を落とし、窓に向かって走った。カーテンの隙間から見えたのは、黒服の男たちが玄関に突入する姿だった。彼らは仇家の者たちだ。蘇家と長年抗争を続けてきた敵対組織の構成員だった。
「お嬢様!お逃げください!」
老陳執事が部屋に飛び込んできた。彼は蘇家の古株であり、蘇晴が幼い頃から面倒を見てきた。彼の顔は血の気を失い、震える手で壁の隠しボタンを押した。書棚が音を立てて横にスライドし、裏庭へ通じる隠し通路が現れた。
「おじ様、父たちは?」
「旦那様と奥様はもう…」 老陳の声が詰まる。「仇家の襲撃です。お嬢様だけでも逃げてください。」
蘇晴はその言葉を聞いた瞬間、胸が張り裂けるような衝撃を受けた。両親が死んだ?あの冷酷だが確かに自分の命を守ってくれた両親が?しかし今は泣いている暇はなかった。足音が近づいている。彼女は通路に飛び込み、老陳が後ろから書棚を閉めた。
通路は薄暗く、カビの匂いが鼻をつく。彼女は必死に走った。背後からは怒号と金属のぶつかる音が聞こえる。出口は裏庭の車庫だった。そこには群芳閣の配送用トラックが数台停まっている。よく見ると、一台のトラックの荷台には群芳閣の従業員が積み込んでいるものがあった。それは鉄製の檻だった。檻の中には数人の若い女性が入れられ、口には布が巻かれ、目は虚ろだった。これは群芳閣が新たに調教するために捕獲してきた奴隷たちだ。救いを求める沈黙の叫びが、彼女の心をさらに締め付けた。
背後から男たちの声が聞こえる。「蘇晴を追え!生きて捕らえろ!」
彼女は隠れる場所を求めて狂ったように視線を巡らせた。そして、檻の積み込まれているトラックの荷台を見つけた。そこに覆いかぶさるように布がかけられており、最後の檻がまだ積み込まれている最中だが、後ろの隙間には人が潜り込めるスペースがある。もしあそこに隠れれば、仇家の男たちに見つからないかもしれない。しかし、そのトラックがどこへ行くのかは彼女にはわからなかった。
銃声がさらに近づく。選択の余地はなかった。彼女は息を殺して走り、トラックの陰に滑り込んだ。作業員が最後の檻を固定している間に、彼女は荷台の裏側の布の下にもぐり込んだ。鉄の匂いと汗の匂い。暗闇の中で彼女は体を丸め、心臓が破裂しそうなほど激しく打つ音を必死に抑えた。
エンジンが始動した。トラックが動き出し、揺れが始まる。徐々に速度を上げていく。蘇晴は自分がどこへ運ばれているのか見当もつかなかったが、少なくとも仇家の手からは逃れたようだ。緊張が解けると、極度の疲労と恐怖が一気に押し寄せ、意識がぼやけ始めた。振動が体を揺さぶる。呼吸が浅くなり、視界が狭まる。やがて、彼女は知らないうちに気を失ってしまった。
目が覚めた時、彼女は全く見知らぬ場所にいた。コンクリートの壁、高い天井には裸電球が一つだけついている。寒々とした部屋には粗末なベッドが一つと、鉄製の洗面台があるだけ。空気には消毒液と腐敗臭が混じっていた。これは牢獄のような場所だ。
彼女が体を起こそうとした瞬間、ドアが開いた。入ってきたのは、一見すると品のない作業服を着た男と、厳しい顔つきの中年女性だった。女性は書類らしきものを見ながら、冷徹な口調で言った。
「新しく届いた物件だな。群芳閣から届いたリストには、高級調教用の番号が振ってある。確かに、金持ちの注文に合う素材だ。」
男の方は蘇晴を見下ろし、無造作に彼女の腕を掴んで調べた。「まだ若いな。適応力はあるだろう。しっかり調教すれば…」 彼はにやりと笑った。「こちらは奴隷島だ。自分の立場を覚悟しろ。」
蘇晴の全身の血が凍る思いだった。奴隷島――それは群芳閣の極秘施設であり、最も重要な顧客向けの女奴隷を育成する場所だ。彼女は父の机から見つけた書類で知っていた。ここは島全体が巨大な調教施設で、外部との接触は一切断たれている。逃げ出した者は一人もいないという。
「私は違う!私は蘇家の娘よ!間違っている!」 彼女は声を振り絞った。
女性教官――阿麗と呼ばれるその女は、冷たく笑った。「蘇家の娘?蘇家はもう全滅したと聞いたがな。それにお前には群芳閣のリストに番号が管理されている。新しく捕まって来た奴隷が皆、『私は違う』と言うものだ。ここでは番号がお前の名前だ。お前は今日から新入り奴隷『5987号』だ。」
男が彼女を立たせた。蘇晴は抵抗しようとしたが、体は疲労で思うように動かない。阿麗は彼女の顎を掴み、まじまじと顔を見つめた。
「良い目をしている。恨みと悔しさが滲んでいる。だが、それがすぐに消えるのを楽しみにしている。」 彼女は振り返って部屋を出て行き、鍵を閉めた。
蘇晴はその場に崩れ落ちた。両親の死、仇家の襲撃、そしてこの地獄のような奴隷島。すべてが悪夢のようだった。しかし、この目に映る壁も、自分の体に走る震えも、確かに現実だった。彼女は拳を握りしめた。
まだ終わっていない。私は生きている。生きている限り、逃げ道はある。
だがその決意とは裏腹に、冷たい絶望が彼女の心にじわじわと染み込んでいった。