御書房の奥深く、灯りはかすかに揺れている。机の上には山のような奏折が積まれ、朱由检は眉をひそめながら一枚一枚に朱筆を走らせていた。時計の針はすでに子の刻を過ぎているが、彼の目にはまだ疲れの色は見えない。むしろ、その瞳は次第に冷たく、鋭くなっていく。
「陛下、もう夜も更けました。お休みになられては...」
そばに控える王承恩が小声でささやくが、若き皇帝は手を振って遮った。
「まだ読むべき奏折が残っている。それに、明日の朝議には魏忠賢も出るのだろう?」
王承恩は一瞬言葉を詰まらせ、うつむいて答えた。「は...はい。魏公公はすでに参内の準備を整えております。」
朱由检は冷笑を一つ漏らし、手にした奏折を机に置いた。それは辺境からの緊急の報告で、軍備の不足を訴えていた。しかし、その裏面には、どこの役人が昇進し、どこの土地が誰のものになるかといった、宦官たちの手による注釈がびっしりと書き連ねられていた。
「あの者たちは、朕が何も知らぬと思っているのか?」
彼は低くつぶやき、立ち上がって窓辺へと歩み寄る。窓の外は真っ暗で、時折、遠くの宮殿から風鈴の音が微かに聞こえてくる。この紫禁城は、昼は華やかに見えても、夜になるとまるで巨大な獣のように、すべての人間を飲み込もうとしているかのようだ。
その頃、魏忠賢の離宮の一室では、ひそかな話し合いが行われていた。
「あの新しい皇帝は、なかなか手ごわい。」
魏忠賢は茶碗を手に取り、口元に浮かべた笑みには冷たさが漂っている。
「だが、若い男など、たかが知れている。何を欲しているか、よく知っておる。」
そばに控えていた小宦官がうやうやしく頭を下げる。「都督様のおっしゃる通りです。こちらに三人の美人を用意してございます。いずれも深窓で育った者たちで、香や薬の扱いにも心得がございます。」
「よし。」魏忠賢は茶碗を置き、目を細めて細くした。「明日の宴の席で、皇帝にお披露目するのだ。うまくやれよ。」
小宦官は「かしこまりました」と答え、音もなく退下した。部屋には再び静けさが戻り、魏忠賢はろうそくの火を見つめて、何かを考え込んでいる。
翌朝、太和殿には文武百官がずらりと並んでいた。朱由检は玉座に座り、朝議を進めているが、その目は微かに疲れを帯びている。昨夜は結局、明け方近くまで奏折を読んでいたのだ。
「陛下、臣より申し上げたいことがございます。」
魏忠賢が列を離れて進み出る。その声は太和殿中に響き渡り、すべての者の耳に届いた。
「新たに即位されましたことを記念し、臣より三人の舞姫を献上したく存じます。彼女たちは舞が達者なだけでなく、詩や書にも通じております。ぜひ、お目通しくださいますよう。」
朱由检の眉がわずかに動いた。魏忠賢の企みは手に取るようにわかる。しかし、今、彼と正面から対立するわけにはいかない。朝堂の半分以上は宦官たちの勢力下にあり、一度衝突すれば、国全体が揺れかねない。
「魏公公の心遣い、痛み入る。では、その者たちを後宮に迎え入れよ。」
皇帝の言葉は穏やかだったが、その奥には警戒の色が潜んでいた。しかし、魏忠賢はその表情を見逃さなかった。いや、見逃さないふりをして、にこやかに頭を下げた。
「ははっ、陛下のお言葉、ありがたく存じます。」
朝議が終わり、朱由检は御書房に戻った。机の上には、また新たな奏折が届いている。だが、その内容に目を通す気力も湧かず、彼は重いため息をついた。
「陛下、何かお心に掛かることがおありですか?」
王承恩がお茶を差し出しながら尋ねる。朱由检は茶碗を受け取り、一口含んだ。
「魏忠賢が差し出したあの女たち、ただの舞姫ではあるまい。」
「はい...臣もそのように存じます。」
「しかし、今はまだ動けぬ。先帝が崩御されて間もなく、朕はまずは朝局を固めねばならぬ。」
朱由检はそう言って、茶碗を机に置いた。その瞳には、深い憂いが浮かんでいた。自分がこの朝廷に何をもたらすのか、あるいは何をもってこられるのか、まるで見当もつかない。魏忠賢という巨大な影は、すでに彼の頭上に覆いかぶさろうとしているのだ。
御書房の外では、春の風がそよぎ、花の香りが漂っていた。その香りは、どこか甘く、危険な予感を帯びている。若き皇帝はまだ知らない。これから自分を待ち受ける甘美な罠を、そして、理性を蝕む迷香が、すでに宮中に忍び寄っていることを。
遠くの宮殿から、微かに音楽が聞こえてくる。それは、新たな時代の幕開けを告げるものかもしれない。しかし、その響きはなぜか、悲しげな調べを帯びていた。