# 第二章:校花との出会い
九月の陽光がキャンパスのイチョウ並木を黄金色に染めていた。李昊は文学部の新入生オリエンテーションが終わった後、一人で図書館へ向かう道すがら、ふと立ち止まった。
彼の目に飛び込んできたのは、白いブラウスに紺のスカートを着た一人の女性だった。長い黒髪が風に揺れ、透き通るような白い肌に、知性と気品を兼ね備えた顔立ち。彼女はイチョウの木の下で何かの本を読んでいたが、その姿はまるで一枚の絵画のようだった。
「あの人が…蘇婉児か」
李昊は彼女を知っていた。彼が生きていた前世でも、蘇婉児は大学で最も有名な校花だった。裕福な家庭に生まれ、才能と美貌を兼ね備えた彼女は、多くの男子学生の憧れの的だった。しかし、あの悲劇の後、彼女がどのような運命を辿ったかを彼は知っていた。
その時、蘇婉児が顔を上げ、偶然李昊と目があった。彼女の瞳は一瞬驚きに輝き、すぐに冷静さを取り戻したが、その視線は李昊に留まっていた。
「あの…何か御用ですか?」彼女の声は冷たく、しかしどこか興味を帯びていた。
「いや、すみません。偶然通っただけです」李昊は軽く会釈をした。「あなたがこの前の討論会で話されていた内容に感銘を受けました。特に、現代のビジネス倫理についての分析は素晴らしかったです」
蘇婉児の眉がわずかに上がった。「あの討論会を見ていたのですか?あなたは…新入生?」
「はい。李昊と申します。経済学部です」
「経済学部?ならば、あの日の私の意見には反論もあったのでは?」彼女の口調には挑戦的な色があった。
李昊は微笑んだ。「確かに、いくつかの点では異なる見解があります。特に、企業の社会的責任と利益追求のバランスについて。しかし、それについてはまた別の機会に議論させてください」
その返答に、蘇婉児の瞳に一瞬興味の光が宿った。彼女はゆっくりと木の下から歩み寄ってきた。
「あなた、面白い人ね。ほとんどの男子学生は私に気に入られようと、ただ賛成するだけなのに」
「私は自分の意見を持っています。それに、私はあなたに気に入られようとしているわけではありません」
蘇婉児はしばらく李昊をじっと見つめていたが、やがて口元にほのかな笑みを浮かべた。「李昊ね。覚えておくわ。また会いましょう」
彼女はそう言うと、優雅に歩き去っていった。李昊はその後ろ姿を見送りながら、複雑な思いに胸を締め付けられた。
「蘇婉児…今度こそ、君を守る」
あれから二週間が経った。その日、大学の大講堂で「現代社会における倫理とビジネス」をテーマにした討論会が開かれていた。パネリストは経済学部の教授陣と、学生代表として選ばれた蘇婉児だった。
李昊は最後列の席に座っていたが、論戦が激しくなるにつれ、彼の手は自然に挙がっていた。
「そこの学生、何かご意見が?」司会の教授が指す。
李昊は立ち上がった。「失礼します。先ほど蘇さんが、企業は利益追求よりも社会的責任を優先すべきだとおっしゃいました。確かにその通りですが、現実問題として、利益なくして社会貢献はできません。重要なのは、短期的な利益ではなく、長期的な持続可能性を見据えた経営戦略ではないでしょうか?」
会場が静まり返った。蘇婉児が振り返り、李昊を見た。その目は驚きと興味が混ざり合っていた。
「では、あなたの言う『持続可能性』とは具体的に?」彼女は問いかける。
「例えば、環境投資。初期コストは高くても、長期的にはブランド価値の向上や規制リスクの回避につながります。また、従業員の福祉を充実させることで、離職率の低下と生産性の向上が期待できる。これらは全て、企業価値の最大化に寄与するのです」
李昊の答えに、教授たちもうなずいた。蘇婉児は唇を噛みしめ、何か言い返そうとしたが、やがて素直に頷いた。
「確かに…あなたの言う通りかもしれないわ。私、もう少し考えてみる」
討論会の後、李昊が講堂を出ようとすると、背後から声がかかった。
「ちょっと待って!」
振り返ると、蘇婉児が少し息を切らせて走ってきていた。彼女の頬はほんのり赤く染まっていた。
「さっきの意見、とても良かったわ。もう少し話を聞かせてくれない?」彼女の目は真剣だった。
「構いませんよ。どこかでコーヒーでも飲みながら?」
「ええ」
二人はキャンパス内のカフェに入った。窓際の席に座り、それぞれコーヒーを注文した。
「あなた、どうしてそんなにビジネスに詳しいの?新入生でしょ?」蘇婉児はストレートに尋ねる。
「昔から興味があって、たくさん本を読んできました。それに、実は小さな会社を経営しているんです。まだ立ち上げたばかりですが」
蘇婉児の目が大きく開いた。「あなたが会社を?大学生なのに?」
「はい。小さなIT企業です。ウェブサービスを提供しています。今のところはまだ小規模ですが、将来的には大きくしたいと思っています」
「すごい…」蘇婉児は感嘆の声を漏らした。「あなた、ただ者じゃないわね。でも、どうして経済学部に入ったの?既に実業家なのに?」
「基礎をもう一度しっかり学びたかったんです。理論を知ることで、実践に活かせることもある。それに、大学でしか得られない出会いもありますからね」そう言って、李昊は微笑んだ。
蘇婉児は少し照れたように目をそらした。「あなたって、本当に人を褒めるのが上手いのね」
「褒めているわけではありません。事実を言っているだけです」
その日から、二人の距離は急速に縮まった。毎日のように図書館で会い、討論し、時にはキャンパスを散歩した。蘇婉児は李昊の知識の深さと洞察力にますます惹かれていった。一方、李昊も彼女の知性と純粋さに心を開いていった。
ある夕暮れ、二人は大学の裏手にある小川のほとりを歩いていた。夕日が川面をオレンジ色に染め、周囲は静寂に包まれていた。
「李昊…私はあなたと一緒にいると、とても落ち着くの」蘇婉児が突然言った。「今まで出会った男の子たちとは全然違う。あなたは私のことを、外見や家柄じゃなくて、本当の私を見てくれている気がする」
「それが当然でしょう。あなたは蘇婉児という一人の人間だ。それ以上でも以下でもない」
「でも、多くの人は違うの。『蘇家の娘』とか『校花』とか、そういうレッテルでしか私を見ない」彼女の声には寂しさが混じっていた。
李昊は立ち止まり、彼女の目を見つめた。「私はあなたのことを知りたい。レッテルじゃなくて、本当のあなたを」
蘇婉児の瞳が潤んだ。彼女は少し震える声で言った。「私も…あなたのことをもっと知りたい。李昊、私はあなたと…」
言いかけて、彼女は言葉を飲み込んだ。李昊は優しく彼女の手を取った。
「私もだよ、婉児」
その瞬間、二人の間に何かが生まれた。言葉にできない絆のようなものが、静かに、しかし確かに芽生えた。
数日後、李昊は林晓晓を連れて、蘇婉児に会いに行った。紹介するのは少し緊張したが、林晓晓は予想に反して明るく振る舞った。
「わあ、あなたが蘇婉児さんね!キャンパスで噂になってるのよ。本当に綺麗な人!」林晓晓が嬉しそうに言う。
蘇婉児は少し驚いた様子だったが、すぐに微笑み返した。「あなたが林晓晓さんね。李昊からよく聞いているわ。とても優しくて賢い人だって」
「えっ、本当?李昊ったら、私のことをそんな風に言ってたの?」林晓晓は李昊を見て、頬を赤らめた。
李昊は照れくさそうに笑った。「事実だからな」
三人は大学近くのレストランで食事をした。最初は少しぎこちなかったが、林晓晓の明るい性格と蘇婉児の知性がうまく調和し、次第に会話は弾んだ。特に、林晓晓が自分の農業ボランティアの経験を話し始めると、蘇婉児も真剣に耳を傾けた。
「私はこれからの時代、食料自給率の問題は本当に重要だと思うの。だから、将来的には農業とテクノロジーを組み合わせた新しいビジネスを始めたいって李昊に話したのよ」
蘇婉児の目が輝いた。「それは面白いわね。私も最近、サステナブルな農業投資について調べているの。よかったら、今度詳しい話を聞かせてくれない?」
「もちろん!ぜひ!」
二人の女性はすぐに意気投合し、李昊はその様子をほほえましく見守っていた。彼の胸の奥で、過去の記憶がちらついた。前世では、この三人が共に笑い合うことは決してなかった。それどころか、ジャックの策略によって、彼女たちは互いに傷つけ合うことになった。
「今回は違う。絶対に守り抜く」
李昊は心の中で誓った。彼女たちの笑顔を守るために、彼はあらゆる手を尽くす覚悟だった。
食事の後、三人はキャンパスを散歩した。夜風が涼しく、空には無数の星が輝いていた。
「今日は本当に楽しかったわ。また三人で会いましょう」蘇婉児が言った。
林晓晓もうなずいた。「うん!蘇婉児さん、また今度は三人でピクニックに行かない?」
「いいわね。ぜひ」
二人は笑い合い、その笑顔は月明かりの下で一層美しく輝いていた。李昊はその光景を見つめながら、心に決意を新たにした。
この幸せを守るために、彼は前世の知識をフルに活用するつもりだった。ビジネスの才能で、富を築く。そして、ジャックという脅威から彼女たちを守るために、準備を整えるのだ。
「約束する。絶対に、君たちを悲しませない」
その夜、李昊はノートにビジネスプランを書き連ねた。彼の瞳には、強い決意の光が宿っていた。
新たな人生の幕開け。そして、避けられない運命との対峙が、静かに始まろうとしていた。