夜の闇が江南の街を覆い尽くそうとしていた。醉花楼の朱塗りの門の前には、色とりどりの灯籠が揺れ、中からは弦楽の音と嬌声が漏れ聞こえる。沈墨言は息を切らせながら、暗がりから飛び出した。背後の路地からは複数の足音が迫っている。彼の白い衣装は血に染まり、左肩の傷口からはまだ赤い液体が滴り落ちている。
「こっちだ!」
醉花楼の二階の窓が開き、一人の女が手を差し伸べた。その声は鈴のようで、沈墨言は迷う間もなく、最後の力を振り絞って窓枠に飛び乗った。女は彼を部屋の中に引きずり込み、素早く窓を閉めた。その手際の良さは、まるでこうした事態に慣れているかのようだった。
「追手はもうすぐ来る。静かにしていなさい」
女の声は低く、しかし耳に心地よい。彼女は沈墨言を部屋の奥の屏風の影に押し込み、自らはゆったりとした動作で琴の前に座った。指が弦を撫でると、清らかな音色が流れ出した。その音に合わせて、彼女は歌を口ずさむ。その声はまるで春の川の水のように、聞く者の心を洗った。
足音が階下で止まった。誰かが怒鳴っている。「あの男を見なかったか!墨衣のやつだ!」
醉花楼の女将がへつらう声で応じる。「まあまあ、お客様方、今夜は花魁の柳如烟の披露の宴でございます。お搜しの方は、きっとどちらかへお逃げになりましたよ」
足音が次第に遠ざかっていく。沈墨言はようやく息をついた。彼は屏風の影から身を乗り出し、救ってくれた女を改めて見た。
その女——柳如烟は、まさに絶世の美女だった。絹のように黒い髪は雲のように肩に垂れ、一つ一つの動作が優雅で、まるで一幅の絵のようだ。彼女の目は秋の水のように澄み渡り、しかしその奥底には何かが潜んでいた。
「沈公子、ご無事で何よりです」
柳如烟は琴から手を離し、ゆっくりと立ち上がった。彼女は沈墨言の前に歩み寄り、傷ついた肩をそっと撫でた。その指先はひんやりとしていた。
「知っているのか?」
沈墨言は警戒した目で彼女を見る。柳如烟は軽く笑い、口元に神秘的な微笑みを浮かべた。
「江南の沈家の若主人、墨衣公子の名は、江湖に轟いております。もっとも、今では…まあ、落魄の公子といったところでしょうか」
彼女の言葉には、からかいの色が混じっていた。沈墨言は顔を赤らめたが、反論できなかった。彼女の言う通り、今の彼は追われる身で、一歩間違えば命すら危うい。
「あなたの傷は深い。手当てをさせてください」
柳如烟はそう言うと、沈墨言の衣の襟に手を掛けた。彼は後ずさりしようとしたが、彼女の腕は思いのほか強く、結局されるがままに服を脱がされた。肩の傷が露わになると、柳如烟は軽く眉をひそめ、温かい布と薬を取り出して丹念に傷を拭き始めた。
「公子、少し我慢してくださいね」
彼女の声は柔らかく、動作も優しい。しかし突然、彼女の手が止まった。沈墨言が顔を上げると、彼女は長いストッキングに包まれた足をゆっくりと持ち上げていた。
「傷の上の方は、この方法のほうが効くんです」
彼女はそう言って、ストッキングの足先を傷口に軽く当てた。絹のような感触が傷に触れる。沈墨言は全身を震わせた。信じられないような感覚だった。痛みと快感が入り混じったその感覚は、脳天を貫くようだった。
「これは…」
「黙って」
柳如烟の声には、抗いがたい力があった。彼女の足はゆっくりと動き、傷口の周りをなぞる。ストッキングの繊維が皮膚をこするたびに、沈墨言の身体は小さく震えた。彼は歯を食いしばって耐えたが、身体の反応は止められなかった。
「公子、あなたの肌はとても敏感ですね」
柳如烟はくすくすと笑った。その笑い声には、揶揄と優越感が混じっていた。沈墨言は顔を真っ赤にして、目をそらした。
「私は…私は決して…」
「決して何です?決して興奮していないと?」
彼女の足はさらに下へと滑り、太腿の内側をなでた。沈墨言は息を呑み、身体を硬直させた。羞恥心と抑えきれない欲望が、彼の中で激しく衝突していた。
「私は…世家の子弟です…こんなことは…」
「世家の子弟?今や追われる身のあなたが、何を言いますか」
柳如烟の声は冷たく澄んでいた。彼女はゆっくりと身体を起こし、指で沈墨言の顎を支えた。
「今のあなたは、私に救われた哀れな男に過ぎない。その誇り高い態度は、今のあなたには似合わない」
その言葉は刃のように沈墨言の心を刺した。彼は唇を噛みしめ、何も言えなかった。彼女の言う通りだった。今の彼には、誇るべきものなど何もない。家は没落し、家族は殺され、自分もまた追われる身だ。
「跪け」
柳如烟の声は突然、命令の色を帯びた。沈墨言は反射的に地に膝をついた。彼女の前にひれ伏す自分が、滑稽で卑屈に見えた。
「私の足を見て」
彼女の声は優しいが、まるで蛇のように彼の意志を絡め取る。沈墨言はゆっくりと顔を上げた。彼女の白いレースのロングストッキングを履いた玉足が、目の前にあった。月光の下、その肌は透き通るように白く、ストッキングの繊細な模様が彼女の足をより美しく見せていた。
「舐めなさい」
沈墨言は頭を振った。「そんな…できない…」
「できない?なら、ここから出て行きなさい。外にはまだあなたを追う者がいるが、あなたの望み通りにしよう」
柳如烟は冷たく言い放った。沈墨言は全身が凍りつくのを感じた。外に出れば、待っているのは死だ。ここにいれば、少なくとも命は助かる。しかし、そんなものは…。
「迷っていますね。では、あなたに選択肢をあげましょう」
柳如烟は軽く笑った。彼女はアームチェアに腰掛け、ゆっくりと足を伸ばした。
「今すぐこの部屋を出て行くか、あるいは…私の足を舐めて服従を示すか。どちらかにしましょう」
沈墨言は拳を握りしめた。彼の中の誇りが叫んでいた。こんな屈辱を受けるくらいなら、死んだほうがましだと。しかし、頭の中には復讐への渇望が渦巻いていた。あの裏切った者たちを、この手で殺すまでは死ねない。その思いが、彼の身体を動かした。
彼はゆっくりと頭を下げた。唇がストッキングに触れた瞬間、絹の感触が広がった。それは甘く、そして苦い味がした。
「そう、とてもいい子ですね」
柳如烟の声は満足げだった。彼女の足がわずかに動き、沈墨言の舌を導く。彼は恥ずかしさで死にそうになりながらも、その足の動きに従った。ストッキングの繊維が舌に絡みつき、彼女の香りが鼻をくすぐる。
「もっと深く」
柳如烟の命令に、沈墨言は唇を開き、足の指を一本ずつ口に含んだ。ストッキング越しに伝わる彼女の体温が、彼の羞恥心をさらに煽る。彼は自分の唾液がストッキングを濡らすのを感じながら、それでもやめられなかった。
「あなたは想像以上に素直ですね。昔は高慢ちきだった世家の公子が、今では私の足を舐めている…本当に滑稽だ」
柳如烟はくすくす笑いながら、もう片方の足で彼の顔を撫でた。
「でも、私はまだ満足していません」
彼女の足が沈墨言の股間に触れた。彼は息を呑み、身体を後ろに引こうとしたが、柳如烟がその足を固定して離さない。
「あなた、もう我慢できていないでしょう?」
彼女の声には、挑発的な響きがあった。沈墨言は拳を握りしめ、必死に欲望を抑えようとした。しかし、彼女のストッキングの足がそこをなぞるたびに、理性は崩れ落ちていく。
「そんなに我慢しなくていい」
柳如烟は足をわずかに押し当て、強弱をつけて刺激した。沈墨言は歯を食いしばり、声を漏らさないようにした。しかし、彼女の技術は巧みだった。絶妙な力加減で、彼を絶頂の手前まで連れて行き、そして止める。それを何度も繰り返す。
「苦しいですか?」
柳如烟の声は優しいが、その目は冷たく光っていた。沈墨言は涙を浮かべてうなずいた。欲望の濁流が全身を駆け巡り、彼の思考を奪っていく。
「お願いです…もう…」
「何をお願いするのです?」
「イかせてください…」
その言葉を口にした瞬間、沈墨言は自分がもう後戻りできない場所に来たことを知った。彼の誇りは、この瞬間、完全に打ち砕かれた。
「いいえ、まだダメです」
柳如烟は冷たく足を引いた。沈墨言は欲望のピークに達しながらも、解放されない苦しみに悶えた。彼の身体は震え、汗が滝のように流れた。
「あなたは私の玩具です。玩具は、主人の許しがなければイくことを許されません」
柳如烟は立ち上がり、自分のストッキングの足をじっくりと眺めた。それから沈墨言の顔を軽く踏んだ。
「今夜はここまで。でも、明日はもっと楽しいことをしましょう」
沈墨言は床に倒れ込み、息を切らせながら上下している。彼の心は空白だった。何も考えられない。ただ、全身に残る快感の残り香だけが、彼を苛んでいた。
翌日の夕暮れ、柳如烟は部屋の真ん中に一着の衣装を広げて見せた。それは女性の衣装だった。薄い紗の生地で、刺繍が施されている。
「これを着なさい」
沈墨言は呆然とした。彼は何度も首を振った。
「そんな…私は男だ…」
「男?今のあなたは、私の奴隷だ。奴隷に性別はない」
柳如烟の声は冷たかった。彼女は沈墨言の前に衣装を投げつけた。
「これを着なければ、あなたを殺す。そして死体を追手に引き渡す。どちらがいい?」
沈墨言は震えながら衣装を手に取った。それはあまりにも軽く、透けていて、着ればすべてが露わになるだろう。彼は柳如烟の目を見た。その目は笑っていた。しかし、その笑みには一片の温情もない。
彼はゆっくりと衣装を身に着けた。布地が肌に張り付く感触が気持ち悪かった。裾は短く、太腿の半分も覆わない。胸元は大きく開き、彼の男らしい筋肉がかえって不自然に浮き上がっていた。
「ほら、似合っていますよ」
柳如烟は満足げにうなずいた。彼女は沈墨言の手を引いて、部屋の外へ連れ出した。階段を下りると、醉花楼のホールはすでに大勢の客で賑わっていた。灯りが煌々と輝き、酒の香りと女たちの嬌声が入り混じっている。
柳如烟が現れると、客たちの目が一斉に集まった。しかし、彼らの視線はすぐに彼女の後ろにいる沈墨言に注がれた。彼の女装姿に、驚きと嘲笑の声が上がった。
「まあ、柳如烟さん、その男娼はどこで見つけたんだ?」
「ほら、女装してもまだ男の顔が隠せていないじゃないか!」
「それでも一興だ。今夜は俺たちを楽しませてくれるってわけか?」
客たちの嘲笑が耳をつんざく。沈墨言は俯き、歯を食いしばった。彼の顔は真っ赤になり、耳まで熱くなっていた。手は震え、拳を握りしめて必死に感情を抑えた。
「皆さん、今日は私の新しい玩具をご紹介します」
柳如烟は優雅にホールの中央に立ち、手にした鞭で客たちの注意を引いた。
「この子は昨日まで、江南の世家の若主人でした。でも今は、私の足を舐める奴隷です」
客たちはどっと笑った。中にはテーブルを叩いて喜ぶ者もいた。
「本当か?江南の公子がお前の奴隷だって?面白い!」
「じゃあ、這って歩かせてみろ!我々に見せてくれ!」
柳如烟は微笑み、視線を沈墨言に向けた。その目は無言の命令を告げている。
「這え」
沈墨言は震えた。彼の誇りは、血を流すように叫んでいた。しかし、死への恐怖と、復讐への執念が、彼の身体を動かした。彼はゆっくりと地面にひざまずき、両手をついて這い始めた。
客たちはさらに大笑いした。彼らは酒杯を投げつけ、食べ物のカスを彼に浴びせた。ある者はわざと足を伸ばして彼を蹴った。沈墨言はそのたびに身体を震わせたが、這うのをやめなかった。
「もっと大きな声で鳴け!犬のように!」
「おい、柳如烟、この犬には名前があるのか?」
「名は…墨奴とでも呼びましょうか」
柳如烟は軽く笑い、鞭で沈墨言の背中を軽く叩いた。
「どうだ、墨奴、お前はもう私の犬だ。その誇り高き沈家の名は、今日限り捨てろ」
沈墨言の心は砕け散った。彼の目から涙がこぼれ落ちた。しかし、その涙は誰の目にも留まらなかった。客たちはただ笑い、嘲笑うだけだった。
「今夜はお前の記念すべき初日だ。しっかり客をもてなせよ」
柳如烟はそう言って、彼をホールの端まで這わせた。その間も、客たちは彼に酒をかけ、足で蹴り、侮辱の言葉を浴びせた。沈墨言はそれに耐えながら、心の中で何度も自分に言い聞かせた。
(生きている限り…必ず復讐を果たす…必ず…)
しかしその思いも、彼の羞恥と苦痛に押しつぶされそうだった。彼は這いながら、自分の命がこの醉花楼の中で、少しずつ腐っていくのを感じていた。