連邦首都星の宇宙港に降り立った瞬間、劉悦はその空気の重さに息苦しさを覚えた。惑星連邦の星々が誇る人工的な大気は、帝国の原生林のような清らかさとはまるで異なり、金属と排気ガスの匂いが鼻を突く。
「こちらです、公主殿下」
案内役の連邦官僚は慇懃無礼な笑みを浮かべ、手にしたデータパッドを軽く揺らした。その後ろには武装した警備兵が二人、無表情で控えている。
劉悦は胸を張り、刺繍の施された帝国の礼服を整えた。隣には女騎士の史妮が控え、手甲を撫でる指が微かに震えていた。二人の足元には簡素な荷物が一つ——連邦が許した所持品はそれだけだった。
宇宙港からホテルへと向かうリムジンの窓から、劉悦は初めて連邦の首都を目の当たりにした。高層建築が空を覆い尽くし、ホログラム広告が絶え間なく色彩を変える。帝国の自然崇拝とは正反対の、非情なまでの合理主義が街の隅々に刻まれていた。
「見てください、殿下」
史妮が声を潜めて窓の外を指さした。劉悦は目を向け、そして息を呑んだ。
街路の脇、人通りの多い広場で、女性が裸のまま四つん這いで歩かされていた。首輪が鎖で結ばれ、その先を男がまるで犬の散歩でもするように引き回している。女性の身体には無数の傷跡が走り、瞳は虚ろだった。周囲の市民たちはまったく気にした様子もなく、足早に通り過ぎていく。
「あれは……奴隷ですか?」
劉悦の声が掠れた。彼女は帝国で奴隷制度が完全に廃止された歴史を学んでいた。人類統一帝国が成立する以前、古代の地球には確かにそのような蛮習が存在したと聞いてはいたが、実物を目にするのは初めてだった。
「連邦では奴隷売買が合法的に行われています。特に戦争捕虜や債務者、それに……帝国からの亡命者は格好の獲物になるそうです」
史妮の声には憎悪が滲んでいた。彼女は騎士として、弱者の保護を誓った身だ。こんな光景を目の当たりにして、平静を保てるはずがなかった。
リムジンはさらに進み、やがて高層ホテルの前に停まった。外観は帝国の宮殿に匹敵するほどの豪華さだったが、玄関には金属探知機と生体認証ゲートが並び、警備兵が銃を構えて立っている。
「歓迎いたします、帝国公主殿下」
出迎えたホテル支配人の笑顔は、陶器のような完璧さだった。しかしその目は笑っておらず、劉悦の身体を値踏みするように上下に動いた。
部屋は最上階のスイートだった。窓からは首都の全景が一望でき、家具はすべて最高級の素材で作られている。しかしドアには電子錠が三つも取り付けられ、窓は防弾ガラスで封鎖されていた。
「実質的な軟禁ですね」
史妮が荷物を下ろしながら呟いた。劉悦は窓辺に立ち、眼下に広がる街を見下ろした。煌びやかなネオンサインの下で、先ほど見た奴隷の女たちが通りを行き交っている。彼女たちは皆、同じ虚ろな目をしていた。
「私たちは……ここで何をすればいいの?」
劉悦の声は震えていた。彼女は帝国の王女として育てられ、何不自由なく生きてきた。父王が和平の証として人質を送ることを決めた時も、軽い気持ちで引き受けた。連邦を見て回れる冒険だとさえ思っていた。
しかし現実は違った。
「共和国は奴隷国家だった……歴史の授業で習いました」
史妮が低い声で言った。「それが連邦の本質なんです。外側だけを綺麗に飾った、腐った社会なんです」
劉悦は窓枠を掴む手に力を込めた。帝国の宮殿で優雅に暮らしていた自分が、今やこの野蛮な国に囚われている。何か間違った選択をしたのか、それとも運命の悪戯なのか。
その時、ホテルのロビーから騒ぎ声が聞こえてきた。劉悦は思わず廊下に目を向けたが、扉は固く閉ざされている。しかしわずかに開いた隙間から、男たちの笑い声と、女の悲鳴が聞こえてきた。
「あれは……」
史妮がすぐに劉悦の前に立ちはだかり、無意識に腰の剣に手を伸ばした。しかし剣は宇宙港で没収されていた。彼女の手は虚空を掴んだだけだった。
「ここでは誰も助けてくれませんよ、公主殿下」
背後から声がした。振り返ると、先ほどの支配人が入口に立ち、冷笑を浮かべていた。
「連邦の流儀をお教えしましょう。ここではすべてが商品です。美しいものは売られ、醜いものは捨てられる。あなたもいずれ、その違いを思い知ることになるでしょう」
支配人はそう言い残すと、ドアを閉めて施錠した。電子ロックの作動音が、部屋に冷たく響いた。
劉悦はその場に崩れ落ちた。スカートの絹がひやりと冷たい床に触れる。彼女は初めて、自分が完全に自由を奪われたことを理解した。帝国の傲りも、王女の誇りも、この連邦の鉄の掟の前ではただの飾りに過ぎなかった。
「殿下……」
史妮がそっと肩に手を置いた。その手もまた、かすかに震えていた。
「私たちは……どうなるのでしょう?」
劉悦は空っぽの目で天井を見上げた。豪華なシャンデリアがきらめき、無数の光が彼女の瞳の中で壊れては消えていった。