密室の中は薄暗く、ただ沈夜寒の指先に咲く一輪の紅蓮の灯火だけが、彼の顔の輪郭をぼんやりと照らし出していた。彼は紫檀の椅子にだらりと寄りかかり、手にした酒杯をゆっくりと揺らしながら、薄い唇の端にほのかな笑みを浮かべている。
「如烟。」
低く響く声には、なぜか倦怠感が漂っていた。
柳如烟は軽く身を震わせると、すぐにうつむいて恭しく答えた。「教主様、どのようなご用命でしょうか。」
「近頃、修行に少し行き詰まっているんだ。」沈夜寒は酒杯を卓に置き、細長い指先で軽く机の面を叩いた。「三更の時、丹田に気がまとまりにくくなる。どうやら、あの『玄陰心経』の第七層は、やはり強引に突破すべきではなかったようだ。」
柳如烟のまつ毛が微かに震えた。これは彼女が心の中で何かを考えている時の癖だった。
「教主様はご神業をお持ちです。きっとすぐに突破なさいます。」
「ふん。」沈夜寒は軽く鼻を鳴らし、何の意味もなく口元を緩めた。「お前がそう言うなら、そうなんだろうな。」
彼は立ち上がると、ゆったりとした黒い長袍をなびかせながら柳如烟の前を通り過ぎた。その香りが彼女の頬をかすめ、甘く蠱惑的な、血のような匂いがした。
「今夜は三更まで、俺に近づくな。邪魔をするな。」
そう言い残すと、沈夜寒は密室の奥へと姿を消した。重い石扉が閉まる音が響き、室内には再び静寂が戻った。
柳如烟はその場に立ち尽くし、顔を上げた瞬間、その瞳に一瞬の鋭い光が走った。
——三更。丹田が不安定になる。人を近づけるな。
ここ数年、彼女は沈夜寒のそばで、この男の狡猾さを嫌というほど思い知らされてきた。彼がうっかり口を滑らせることなど、絶対にありえない。これはわざとだ。しかし、わざとだったとしても、この情報は彼女にとってあまりにも魅力的だった。
彼女は深く息を吸い込み、長袖の中に隠した短刀を強く握りしめた。
その夜、月は暗く風も強い。
柳如烟は侍女の身分を装い、こっそりと後山の竹の庵に向かった。庵の中にはすでに三つの人影が待っていた。
「柳姐さん、本当にその計画はうまくいくのか?」
声を発したのは紅袖だった。彼女は赤い衣をまとい、腰をくねらせながら竹の椅子に寄りかかり、手の中で小さな紫の瓢箪を弄っている。瓢箪の中には彼女特製の『軟筋散魂香』が入っていた。
「沈夜寒は自ら言ったのだ。三更に彼の丹田が不安定になると。」柳如烟は声を潜めた。「これは私たちにとって千載一遇の好機だ。」
「彼は魔教の教主だ。そんな簡単に弱みを見せるはずがない。」白露が冷たく口を挟んだ。彼女は窓辺に立ち、月明かりが彼女の白い衣に冷たい銀色の光を落としていた。「罠かもしれない。」
「たとえ罠だったとしても、仕掛ける価値はある。」紅袖が瓢箪の口を抜き、香りを嗅いだ。「あの男のあの傲慢な態度を見ていると、俺の歯がむずむずする。いつか彼を縛り上げて、跪かせてやるんだ。」
青霜はただ黙って隅に座り、手に持った黒い鉄の鎖をゆっくりと撫でていた。鉄の鎖は彼女の腕と同じくらい太く、磨き上げられた表面が寒気を放っている。
柳如烟は皆を一瞥すると、ゆっくりと口を開いた。「私は彼の寝室の配置を把握している。三更になったら、私は先に『安神香』を焚いておく。あの香は彼の内力を一時的に抑える。そうすれば、あなたたちは仕掛けることができる。」
「安神香?」白露が眉をひそめた。「あれは貴重なものだ。手に入れるのが難しいはずだが。」
「この二年間、私は密かに調合してきた。」柳如烟の声は低く、かすかに震えが混じっていた。「彼に尽くすふりをして、少しずつ材料を集めてきた。今日、ついにそれが役立つ時が来た。」
紅袖の口元に笑みが浮かんだ。「柳姐さん、あなたの忍耐力には本当に感心するよ。もし私だったら、とっくに彼の顔に毒を振りまいているところだ。」
「彼は私の夫だ。私は一番優しい方法で“恩返し”をしなければならない。」柳如烟の瞳に一瞬、冷酷な光が走ったが、すぐにまた穏やかな表情に戻った。
四人は作戦の細部を話し合い、それぞれの役割を確認した。白露が縄の仕掛けを担当し、紅袖は麻痺させる毒を使って援護し、青霜が最後の束縛を担当し、柳如烟は内応をする。
すべての準備が整った時には、空はすでに白み始めていた。
柳如烟は竹の庵を出て、足音を忍ばせて自分の部屋に戻った。引き戸を閉めた瞬間、彼女はふと室内にほのかな血の匂いが漂っていることに気づいた。
——いやだ。
彼女は慌てて振り返ろうとしたが、首に一筋の冷たさを感じた。
「奥さん、そんなに遅くまでどこに行ってたんだ?」
耳元に届く声は、いつも通りの優しいものだったが、その意味には透き通るような冷たさが宿っている。
柳如烟の背筋に冷たい汗が伝った。彼女はゆっくりと顔を動かし、沈夜寒のぼんやりとした笑顔を目にした。彼は黒い夜着をまとい、髪を束ねもせず、何もなかったかのように彼女の後ろに立っていた。
「私は…ちょっと散歩に…」
「散歩?」沈夜寒の指先が彼女の頬をそっと撫で、さらに耳に向かって滑り、彼女の耳たぶを優しく揉んだ。「それにしては、弟弟子たちの香りがついているみたいだな。」
柳如烟の全身が硬直した。
沈夜寒は手を離すと、のんびりとした様子で部屋の主座へと歩いて行き、どっかと座った。彼は卓に置かれた茶器を手に取り、優雅にお茶を注ぐと、軽く一口含んでから言った。
「あの女たち、お前のことを呼びに来たのか?」
「教主様、私は…」
「話さなくていい。」沈夜寒は手を上げて彼女を遮ると、口元に含みのある笑みを浮かべて言った。「お前の計画、俺はおもしろいと思うぞ。」
柳如烟は一瞬、言葉を失った。
沈夜寒は立ち上がり、彼女のそばに歩み寄ると、手を伸ばして彼女の顎をつまみ、顔を上げさせた。月明かりの下で、彼の瞳はまるで深淵のように、人を飲み込んでしまいそうだった。
「三更、確かだな?」
彼の問いかけは、まるで獲物を玩弄するかのようだった。
柳如烟は唇を噛みしめ、何も言わなかった。
沈夜寒は手を離すと、大笑いしながら振り返って出て行った。その笑声は部屋中に響き渡り、柳如烟の皮膚に鳥肌を立たせた。
彼女はその場に立ち尽くし、しばらくしてようやく足を引きずるように窓辺に歩み寄った。遠くの山の端にはすでに朝日が差し始めている。今日が来たのだ。もう後戻りはできない。
彼女は目を閉じ、深く息を吸い込んだ。
——彼が喜んで罠にかかるのなら、この一戦、やってやろう。
一方、密室に戻った沈夜寒は座っている。彼の指の先には一本の銀色の針が現れ、窓から差し込む光を受けて、冷たく不安定な光を放っている。彼は針を玩ぶように弄びながら、あたかもすべての線が手の中にあるかのように、満足げに口元を歪めた。
「束縛…か。」
独り言のように彼は呟いた。その目には狂おしいほどの熱が宿っている。
「どれだけ束縛しても、決して手放さない。どれだけ縛られても、けっして解いてはならない…この感覚こそ、私が追い求める境地だ。」
彼は銀針をしまうと、椅子に寄りかかって目を閉じた。まぶたを閉じた瞬間、彼はすでに来たる夜の夢の中で待ち構えていた。
——その夜、誰が獲物で、誰が狩人なのか。それはまだわからない。