# 緑の約束:国旗の屈辱
## 第一章 球場での対峙
海蘭市国際スタジアムは、灼熱の太陽の下で静かに息づいていた。
午後二時。試合開始まであと三十分。
東側の観客席には、青と白のユニフォームを着た三百人の中国人若者ファンが詰めかけていた。彼らの手には小さな五星紅旗が握られ、顔には期待と興奮が漲っている。最前列には、リーダー格の利龟が立っていた。身長は一八〇センチほどで、彫りの深い顔立ちに、穏やかでありながらも芯の強い眼差しを宿している。彼は今日、特別な思いでこのスタジアムに足を運んでいた。
彼女の応援に来たのだ。
西側の観客席は、対照的だった。中年の韓国人男性たちが三百人、ぎっしりと座っている。彼らの多くは脂ぎった顔で、日焼けした肌には汗が光っている。最前列に立つ男、朴大根は、その中でも特に異彩を放っていた。身長は一七五センチほどだが、その体つきはがっしりとしており、鋭い目つきは獲物を狙う獣のようだった。彼は周囲の男たちを見渡し、不気味な笑みを浮かべた。
南北の観客席は、空っぽだった。誰も座っていないその空間が、かえって東西の対峙を際立たせている。
「もうすぐ始まるな」
利龟がつぶやいた。彼の手は、ユニフォームのポケットの中で拳を握りしめていた。
その時、轟音がスタジアムに響き渡った。
東側の入り口から、一列に並んだ美女たちが現れた。三百人のチアリーダーたちだ。全員が一七五センチの長身で、白と青のチアリーダーユニフォームが彼女たちのスタイルを完璧に強調している。胸元は豊かに膨らみ、短いスカートからは引き締まった太ももが覗く。彼女たちの手にはポンポンが握られ、歩くたびに規則正しい音を立てた。
先頭に立つ女性が、一段と目を引いた。黒く長いストレートヘアが風に揺れ、知的な眼鏡の奥からは強い意志が光っている。伊菲儿——利龟の恋人であり、このチアリーダーチームのキャプテンだった。
「イフィー!」
利龟が手を振ると、伊菲儿は微笑んで応えた。その笑顔は、彼の心に一瞬の安らぎをもたらした。
チアリーダーたちが東側の席の前に整列すると、スタジアムの空気が変わった。中国人ファンたちは熱狂的に拍手し、口笛を吹いた。彼女たちは恋人であり、憧れであり、誇りだった。
「すげえ……」
「全員彼女たちの彼氏だって聞いたぞ」
「本当かよ? あんな美女が三百人も?」
ファンたちのざわめきが広がる。利龟は胸を張った。彼のイフィーは、その中でも一番輝いている。
一方、西側の席では、韓国人中年ファンたちの目がギラギラと輝いていた。
「あれが噂のチアリーダーか……全員あんなに綺麗だなんて」
「中国人の彼女たちだって? くそっ、羨ましいぜ」
「俺たちの席には誰もいない。不公平だ」
不満の声が漏れ始めた時、朴大根がゆっくりと立ち上がった。
彼の動きは、まるで獲物を狙う蛇のように滑らかだった。脂ぎった顔に浮かぶ笑みは、悍ましいほどの自信に満ちている。彼はポケットからスマホを取り出し、何かを確認すると、東側の席に向かって歩き出した。
「おい、あいつ……」
中国人ファンたちが警戒する中、朴大根は東側と西側の間、中央の通路で立ち止まった。そして、大きな声で話し始めた。
「諸君!」
その声はスタジアム中に響き渡った。韓国語だったが、続けて彼は片言の中国語で言った。
「私は、朴大根。韓国ファンの団長だ。」
利龟が眉をひそめた。イフィーもチアリーダーたちも、その男を見つめている。
「我々韓国人ファンは、一つ提案がある。」
朴大根はそう言って、ゆっくりと東側の席を指さした。
「この試合、もし我々韓国チームが一点でも入れたら、あなたたちのチアリーダーがこっちに来て、三分間我々と交流してくれ。どうだ?」
瞬間、東側の席が騒然となった。
「ふざけんな!」
「何を言ってるんだ、この野郎!」
「イフィーたちを何だと思ってるんだ!」
怒号が飛び交う。利龟の血が沸騰した。彼は立ち上がり、朴大根を�みつけた。
「冗談じゃない。彼女たちは俺たちの恋人だ。お前たちの慰み者にする気か!」
利龟の声は震えていた。怒りと、そしてなぜか——無力感が混じっていた。
朴大根は笑った。その笑顔は、すべてを見下していた。
「どうした? 自信がないのか? それとも、自分たちの彼女たちが、我々のような男たちに——」
彼はわざとらしく言葉を切った。
「負けると思っているのか?」
挑発だった。純然たる挑発。
中国人ファンたちの間で、再び怒号が上がる。しかし、その声には確かな動揺が混じっていた。彼らは韓国チームの実力を知っている。中国チームが一点も許さない保証はない。
その時、一人の女性が前に進み出た。
伊菲儿だった。
彼女は眼鏡のフレームを直し、朴大根を真っ直ぐに見つめた。その瞳には、怒りと同時に、冷徹な計算が宿っている。
「それは私たちのチーム全体の判断が必要です。」
朴大根が目を細めた。
「ほう……お前がキャプテンか?」
「そうです。私の名前は伊菲儿。あなたの提案を、私たちのチームで話し合います。」
伊菲儿はそう言って、チアリーダーたちを振り返った。彼女の目は、チームメイトたちを見渡す。全員が、強い決意を宿していた。
「イフィー、そんな話に乗るな!」
利龟が叫んだ。彼の声には必死さが滲んでいた。
しかし伊菲儿は、優しくも強い微笑みを利龟に向けた。
「大丈夫。私たちはあなたたちを信じている。中国チームを信じている。」
その言葉に、東側の中国人ファンたちが息を飲んだ。彼女たちは、自分たちの恋人を信じているのだ。信頼を寄せているのだ。
「だが……」
利龟が言葉を続けようとした時、周りのファンたちが声を上げた。
「受けて立とう!」
「中国チームが負けるわけがない!」
「俺たちの彼女たちは、他人にくれてやるもんか!」
しかし、その声にはどこか不安が混じっていた。賭けの条件は、韓国チームが一点入れるごとに、チアリーダーが三分間相手をするというものだ。もし韓国チームが複数点を取れば、それは……
伊菲儿は、チアリーダーたちに目配せした。短い会議の後、彼女は前を向いた。
「承知しました。ただし、条件があります。」
朴大根が眉を上げた。
「条件?」
「はい。この賭けが行われるのは、今日の試合一回限りです。そして、私たちチアリーダーは試合終了後に、三点までしか応じません。もしそれ以上に韓国チームが点を取ったとしても、無効とします。」
伊菲儿の声は、凛と響いた。彼女のチームは誇りを守る方法を選んだのだ。三点——それは韓国チームに可能性を与えつつも、限度を設けるという選択だった。
朴大根は一瞬、考え込んだ。そして、にたりと笑った。
「面白い。受けて立とう。」
東側の席が、再び騒然となった。今度は、決意の声だ。
「やるぞ!」
「中国チームを信じろ!」
「俺たちの彼女たちを守るんだ!」
利龟は拳を握りしめた。彼の目には、怒りと不安が渦巻いている。しかし、何より強いのは、イフィーを守るという決意だった。
「イフィー……」
彼はつぶやき、その場に立ち尽くした。
朴大根は、ゆっくりと西側の席に戻った。彼の背中は不気味な自信に満ち、その足取りには何かを企む者特有の重みがあった。
彼は、ポケットの中でスマホを取り出した。そこには、伊菲儿の写真が保存されていた。彼女の笑顔は、朴大根にとって、手に入れるべき獲物だった。
「三分間……いや、それ以上に。」
朴大根の笑みが、深く歪んだ。
試合開始のホイッスルが、スタジアムに響き渡った。
東側の中国人ファンと、西側の韓国人ファン。二つの世界が、今、一つの賭けの下で対峙している。
伊菲儿は、チアリーダーの前列に立ったまま、フィールドを見つめた。彼女の心には、一つだけ確かなものがあった。
利龟を守る——それだけを胸に。
「さあ、始めましょう。」
彼女のつぶやきは、試合開始のブザーに消えた。