暗闇の中に、ぽっかりと浮かぶ小さな光の輪。それはまるで、濃密な漆黒のキャンバスに穿たれた、銀色の針穴のような輝きだった。迷迭香は、周囲の空気が一瞬にして粘度を増し、自分の身体が重力から解き放たれるような浮遊感に襲われたことを覚えている。ロドスの廊下ですれ違った瞬間、視界の端に捕らえたあの双眸――浠。その視線が合った刹那、意識は引き剥がされ、四肢は虚空に飲み込まれた。
気がつけば、そこは無機質な白い空間だった。床も天井も壁もなく、ただ無限に広がる乳白色。光源もないのに、すべてが明るく照らし出されていた。迷迭香は、何もない虚ろな床にうつ伏せに倒れていた。体の芯から震えるような寒気と、頭蓋の奥で響く低い共鳴音が、ここが現実とは異なる位相であることを物語っている。
「――目が覚めたね、小さな薔薇。」
声の方向に顔を向けると、そこには浠が立っていた。見た目は迷迭香とさほど変わらぬ、猫の耳と尾を持った少女の姿。しかし、その瞳の奥には底知れぬ深淵が潜み、口元に浮かぶ微笑は蠱惑的でいて、どこか鉄の冷たさを帯びていた。浠の白い手が、ゆっくりと迷迭香の顔に伸び、その頬をそっと撫でる。その指先は氷のように冷たく、触れた箇所が焼けるように熱を奪われた。
「よく来たね。ずっと待っていたんだ、お前のことを。」
迷迭香は身体を起こそうとした。しかし、全身の力が抜け、腕一本満足に動かせない。恐怖が喉元を締め付ける。声を出そうとしたが、かすれた息が漏れるだけだった。
「な、にを……する、つもり……」
「教えてやるよ。」浠は優しく、しかし一切の曖昧さを排した口調で言った。「お前の身体を、もっと深く知りたいんだ。特に――ここ。」
そう言うと、浠は指先を迷迭香の下腹部に当てた。触れた瞬間、迷迭香の体内で何かが激しく共鳴した。内臓が直接震動させられるような不快感。それと同時に、浠の背後で空間が歪み、漆黒の球体がゆっくりと現れた。ブラックホール――と言うにはあまりにも小さく、しかしその表面は光さえも飲み込む漆黒の螺旋を描いていた。周囲の空気がその中に吸い込まれ、空間全体が息苦しい圧力で満たされる。
「ちょっと、待っ――!」
迷迭香が叫ぶよりも早く、ブラックホールから伸びた無数の暗黒の触手が、彼女の下腹部に絡みついた。衣服は一瞬で蒸発し、露わになった白い肌の上を、触手が這い回る。冷たく、しかし滑らかな感覚が、神経を直接舐めずるように走る。羞恥と恐怖で迷迭香の瞳が潤む。しかし、それ以上に圧倒的なのは、自分が完全に支配されているという感覚だった。
「見せてごらん。お前の一番奥の、宝物を。」
浠がそう唱えると、触手が迷迭香の体内へと侵入していく。物理的な孔を通るのではなく、皮膚の表面から直接、細胞の隙間をすり抜けるように。抵抗する間もなく、触手は腹腔を通過し、骨盤内へと到達した。迷迭香の身体が大きくのけぞる。子宮が――卵巣が――摘出されているという感覚が、解像度高く脳を貫いた。実際に腹部が裂けるわけではない。だが、あたかも内臓があらわになり、空間に曝されているかのような、鮮烈な幻視が襲う。
次の瞬間、迷迭香の眼前に、不思議な映像が浮かび上がった。それは、自分の体内から摘出された、淡い桃色の子宮と、小さなぶどうの房のような卵巣だった。それらは宙に浮かび、無数の細い神経と血管の束――まるで光る蜘蛛の糸のようなもの――で、まだ迷迭香の身体とつながっていた。臓器は律動的に微動し、まるで生きているかのように脈打っている。
「すごい……綺麗だね。」浠は感嘆の声を漏らし、まるで美術品を鑑賞するように、浮遊する臓器に見入った。「この形、この質感、この温度。生命の器とは、なんと美しいのだろう。」
迷迭香は、泣きそうな声で叫んだ。
「やめて……戻して……!」
しかし、浠はただ静かに首を振る。
「まだ始まったばかりだよ、迷迭香。」
そう言って、浠は自らもまた猫の姿のまま、ゆっくりと宙に浮かんだ臓器に近づいた。そして、その小さな口を開き、舌先をわずかに覗かせた。舌先はほのかに血の色を帯び、微妙に光を反射している。浠は細心の注意を払いながら、舌の先端で、子宮の最下部――子宮口――に触れた。
その瞬間、迷迭香の全身が激しく痙攣した。子宮口は人体の中でも特に敏感な部分だ。直接舌で触れられる感覚が、内臓に直接伝わる異常な刺激として脳を駆け巡る。それは快楽というよりも、もっと原始的な、胎児が母親の羊水を飲むような、根源的な感覚だった。迷迭香は自分の下半身が熱くなり、何かが漏れ出しそうになるのを感じた。それは尿でも体液でもなく、むしろ生命力そのもののような、輝くエネルギーの滲みだった。
「ふふ……初めての感触はどうだい?」浠は舌先を離さず、軽く子宮口を舐めながら、囁くように言った。「お前の一番大切な場所が、今、俺の舌の上にある。支配されている。蹂躙されている。その感覚、怖いかい? でも――」
浠は一瞬、舌を止め、顔を上げて迷迭香の目をじっと見つめた。
「――もっと感じさせてやる。これは、お前を理解するための、最初の一歩だ。」
そして再び、浠は舌を子宮口に這わせ始めた。今度は、ゆっくりと円を描くように。迷迭香の身体は抵抗もできず、ただ波打つ刺激に身を任せるしかなかった。羞恥と恐怖の奥底で、一瞬、理解しがたい安堵が脳裏をよぎった。認められている――誰かに、これほど深く、これほど完全に。その思いが、迷迭香の瞳から涙を溢れさせた。涙は床に落ちることなく、虚空に消えていった。
ブラックホールは部屋の片隅で、静かに回転を続けていた。迷迭香の体内から摘出された臓器は、なおも光る神経の束でつながれ、浠の舌の動きに合わせて微かに震えている。
これが始まりだった。迷迭香はまだ知らない。この調教が、やがて彼女の存在を、永遠の渦へと変えていくことを。