# 肉畜の願い
## 第一章 鏡の中の双影
私の名は小月。
鏡の中には、兄と寸分違わぬ顔がある。同じ形の目、同じ弧を描く唇、同じ位置にあるほくろ。けれど、決定的な違いが一つだけある。兄は長子で、私は次子だ。
この家では、すべてが長子に与えられる。屋敷も、事業も、父の寵愛も。そして次子に与えられるものは——ただ一つの運命だけ。肉畜となること。
指先で鏡面に触れる。冷たいガラスの向こうで、私と同じ顔が同じ仕草をする。白い肌、華奢な体。誰が見ても可愛いと言うその姿は、しかし兄の目にはどう映っているのだろう。
「お兄様……」
囁く声が部屋に溶ける。私は指先を頬に滑らせ、首筋へと辿る。そこにはまだ何の痕跡もない、真っさらな白い肌。
兄が触れたら、どんな感触がするのだろう。兄の大きな手が、この細い首を掴んだら。兄の指が、この肩を押し付けたら。
想像するだけで、体の奥が熱くなる。
「お兄様に……屠ってほしい」
鏡の中の自分が、艶めかしく微笑む。その目は虚ろで、けれど確かに欲望に輝いている。
この屋敷の裏手には屠殺場がある。兄が継いだ家業。そこで毎日、豚や牛が屠られる。彼らの断末魔が、窓を震わせて届く。私はその声を聞くたび、自分もああなるんだと思う。
兄の手で。
「他の肉畜のように、ただの肉塊にされるだけじゃ嫌」
私はゆっくりと服を脱ぐ。鏡に映る裸体は、まだ少年の面影を残しながらも、どこか淫靡な曲線を描く。胸はまだ平らだが、腰のくびれは覚え始めている。
「お兄様……私のことを、覚えていてくれますか」
子供の頃、兄は優しかった。たまに遊んでくれる時は、本当の兄弟のように笑い合った。けれど、ある時から兄は変わった。いや、私が変わったのか。兄への想いが——恋に変わった。
それは禁忌だ。それでも、私は止められない。
「お兄様……私はあなただけのもの」
指先が胸の頂点に触れる。そこはもう固くなっていた。兄に触れられているところを想像しながら、優しく撫でる。自分の手なのに、兄の手だと思えば感じ方が変わる。
「あっ……お兄様……」
甘い声が漏れる。部屋には誰もいない。けれど、鏡の中の私は、熱に浮かされたように頬を染めていた。
私は次子だ。この家では、次子は長子の所有物だと言われている。肉畜は、屠殺場の主人の所有物だ。だから、私は兄のもの。そう考えると、胸が締め付けられるほど嬉しい。
「お兄様、いつでも私を屠ってください。あなたの手で、あなただけの刃で」
私は鏡に映る自分に語りかける。返事はない。ただ、同じ形の唇が、期待に震えながら動くだけ。
外から豚の悲鳴が聞こえる。今日も兄は仕事をしている。あの強い腕で、分厚い刃を振るっている。血に濡れた手で。その手が、いつか私に触れる。
「その日まで……私は美しくあり続けるわ」
肌を撫でる手を止め、私はもう一度鏡を見つめる。兄と同じ顔。けれど、兄のように強くはない。脆く、壊れやすい、ただの肉畜の顔。
「私だけの、お兄様」
その言葉を最後に、私は部屋を出た。廊下の先、屠殺場の鉄の匂いが漂ってくる。兄の匂いだ。
足音が近づく。兄だ。私は壁に張り付き、息を潜める。だって、まだ。まだ準備ができていない。今日はただ、すれ違うだけでいい。
兄が通り過ぎる。一瞥もくれない。それがまた、私の胸を熱くさせる。
「お兄様……いつか必ず、私を見て」
そう願う私は、狂っているのだろう。
それでもいい。この歪んだ愛がある限り、私は生きていける。兄の肉畜として、屠られるその日まで。