# 第1章 やむを得ない決断
2042年4月30日、午後三時。
星曦閣地球本部の最上階、総裁執務室に重い空気が漂っていた。窓の外には春の日差しが燦々と降り注いでいるというのに、室内の四人の女性たちの表情には一片の陰りもない。
鄒璐瑶は黒のパンツスーツに身を包み、窓辺に立っていた。長く艶やかな黒髪が肩から流れ落ち、彼女の豊満な曲線を一層引き立てている。しかし、その瞳は深く沈んでいた。
「先週の従業員満足度調査の結果が出た」
彼女は振り返らずに言った。その声は低く、かすかに震えていた。
ソファに座っていた桃小奈が微かに眉を上げた。短く切り揃えられた髪が、彼女の鋭い知性を際立たせている。心理相談部長として、彼女はこの数字が何を意味するのか、誰よりも理解していた。
「どの程度ですか?」
「前月比でさらに七パーセント低下。特に戦闘部と魔物研究部からのストレス指数が危険水域を超えている」
鄒璐瑶はようやく振り返り、三人の顔を見渡した。森小夢は壁際に立ち、腕を組んでいた。二十二歳とは思えない落ち着きと、どこか冷めたような目つき。彼女の手は無意識にポケットの中で何かを弄っていた。マリーは桃小奈の隣に座り、前のめりになって話を聞いている。
「林若簡と蘇語倉が宇宙要塞に派遣されてから、もう二ヶ月になる」
鄒璐瑶の声が一層低くなった。
「彼女たちはそこで、自ら進んで全員の性奴隷となり、戦闘で傷ついた兵士たちの心身を癒している。その報告書は…読んだわね?」
桃小奈がゆっくりと頷いた。その報告書には、林若簡と蘇語倉が一日に十数人もの従業員を相手にしている事実が淡々と記されていた。彼女たちは決して文句を言わず、むしろ喜んでその役割を全うしている。
「しかし、それだけでは足りない」
鄒璐瑶の言葉に、室内の空気がさらに重くなった。
「地球本部の従業員たちも、限界に近づいている。特に戦闘部の帰還者たちは、心身ともに深い傷を負っている。彼らには…発散の場が必要だ」
「つまり?」
マリーが口を開いた。彼女の短い髪が動きに合わせて揺れる。エネルギー備蓄部長として、彼女は常に実務的な視点を持っていた。
鄒璐瑶は深く息を吸い、そして吐き出した。
「我々四人も、林若簡たちと同じように、自ら従業員に奉仕するべきだと思う」
一瞬の沈黙。
しかし、驚きの声は上がらなかった。
桃小奈がソファの背もたれに寄りかかり、目を伏せた。彼女の心臓はドキドキと鳴っていたが、それは恐怖からではない。むしろ…待ち望んだ瞬間がついに来たという解放感だった。自分から進んで奉仕したい。縛られ、支配され、全てを捧げたい。しかし、それは絶対に悟られてはいけない。加虐者たちが楽しめるように、自分は強制されているふりをしなければならないのだ。
「異議はありません」
彼女の声は意外なほど冷静だった。
マリーが続いた。
「私も同意します。むしろ…」
彼女は一瞬ためらい、言葉を選んだ。
「以前から考えていたことです。私たち組織の上層部が自ら率先して、その…犠牲になることで、従業員の不満を吸収する。それは合理的な判断だと思います」
彼女の内面では別の思いが渦巻いていた。縛られて、強制的に精飲させられる。あの屈辱的な感覚に身を委ねる日々。想像しただけで体が熱くなる。だが、彼女はそれを表情に出さなかった。
壁際の森小夢が歩み寄った。彼女のポケットから、金属製の何かがチラリと見えた。
「装備なら、私が用意できる」
その声には、かすかな愉悦が混じっていた。
「魔法3Dプリントで、どんな拘束装置でも製作可能だ。鎖か、皮革か、合成繊維か…用途に応じて最適なものを設計できる」
彼女は密かに、既にいくつかの試作品を作っている。それは単なる仕事ではない。自虐的な快感に愛憎入り混じった感情を抱く彼女にとって、調教用品を作る過程そのものが、一種の慰めだった。
「ただし」
桃小奈が指を一本立てた。
「重要なのは、私たちの意図を従業員に悟られてはいけないということだ」
彼女は立ち上がり、窓際の鄒璐瑶の隣に立った。
「これまでの調査で、従業員の多くが潜在的な隷属衝動を抱えていることが分かっている。つまり、彼らは無意識のうちに支配し、服従させることを望んでいる。我々はそれを利用する」
「利用?」
マリーが首をかしげた。
「いや、利用するのではなく、受け入れるのだ」
桃小奈は唇の端をわずかに上げた。
「彼らの欲望は既に爆発寸前だ。我々はただ…受動的にその標的となればいい。自ら進んで差し出すのではなく、彼らに奪わせる。そうすることで、彼らの心理的負担は最小限になる」
「しかし」
森小夢が口を挟んだ。
「私たちが喜んで従っているとバレたら、意味がないのではないか?」
「その通りだ」
桃小奈の目が鋭く光った。
「だからこそ、徹底的に『強制された』という印象を与えなければならない。抵抗し、泣き叫び、屈辱に震えるふりをする。それができなければ、この計画は失敗する」
室内に再び沈黙が落ちた。
それぞれが自分の役割を想像していた。
強制されるふり。抵抗する演技。それがどれほど難しいか、誰もが理解していた。なぜなら、彼女たちは本当はそれを欲しているのだから。
鄒璐瑶が口を開いた。
「桃小奈の言う通りだ。これは従業員のためでもあり、同時に組織全体の安定のためでもある。私たちの個人的な感情は…」
彼女は一瞬、林若甯の顔を思い浮かべた。あの凛とした戦闘部総裁の姿。既に宇宙要塞で全てを捧げている彼女。その彼女に、自分も負けてはいられない。
「個人的な感情は、全て捨てるべきだ」
「それでは、具体的な計画を立てましょう」
マリーがビジネスライクな口調で言った。
「段階的に実施するのか、それとも一度に全員を対象とするのか。場所はどこにするのか。時間帯は。警備体制は…」
「まずは、私たちの執務室を開放するのが良いだろう」
森小夢が提案した。
「各フロアに一つずつ、個室を用意する。そこに従業員を一人ずつ招き入れる。形式的には『業務報告』や『個人面談』という名目で」
「そして、密室の中で」
桃小奈が言葉を引き継いだ。
「私たちは抵抗する。しかし、最終的には屈する。その過程を経て、従業員たちは罪悪感なく、欲望を解放できる」
「そのための拘束具は、私が全て準備する」
森小夢はポケットから小さな装置を取り出した。それは魔法の輝きを放つ、特殊なクリスタルのようなものだった。
「これを使えば、鎖も枷も、一瞬で生成できる。そして、あたかも私たちがそれに囚われているかのように見せかけることができる」
「つまり」
鄒璐瑶がゆっくりと言った。
「全ては演出なのだ」
「そうだ」
桃小奈が頷いた。
「しかし、その演出に、私たちの本心を込める。それが重要なのだ」
彼女は心の中で付け加えた。私たちが本当に望んでいるのは、強制されること。支配されること。全てを奪われること。だからこそ、その偽装は完璧でなければならない。真実を悟られた瞬間、全ては崩壊する。
「決行日は?」
マリーが尋ねた。
「来週の月曜日からだ」
鄒璐瑶が断言した。
「ただし、最初は試験的に。私から始める。総裁執務室を開放する。その後、順次各部署に広げていく」
「分かりました」
三人が同時に頷いた。
窓の外では、夕日が沈み始めていた。ビル群の向こうに広がる茜色の空が、まるでこれから始まる出来事を祝福しているかのようだった。
鄒璐瑶は再び振り返り、三人を見つめた。
「覚悟はあるな?」
「はい」
「もちろん」
「ええ」
三人の声が揃った。
その瞳の奥には、それぞれ異なる感情が宿っていた。期待と、恐怖と、そして何よりも強い決意。
桃小奈は心の中で呟いた。ついに来たのだ。私が待ち望んだ瞬間が。しかし、それを誰にも気取られてはいけない。私は被害者のふりをしなければならない。加虐者たちが満足するまで、徹底的に。
マリーは唇を噛んだ。強制的に飲まされる日々。あの屈辱的な味。しかし、それこそが自分を満たすものだ。そのことを、誰にも知られてはいけない。
森小夢はポケットの装置を握りしめた。作る喜び。縛られる快感。愛憎入り混じったこの感情を、作品に込める。それこそが彼女の業だった。
そして鄒璐瑶は、三人の決意を確認しながら、同時に自分の心の奥底を覗き込んでいた。林若甯。あなたと同じ道を、私も歩む。あなたが宇宙要塞で全てを捧げているように、私はこの地球本部で全てを差し出す。
しかし、それは決して弱さからではない。組織のため、従業員のため、そして自分自身の業を全うするために。
「明日から準備を始める」
鄒璐瑶が静かに言った。
「森小夢、装備の準備を頼む。桃小奈、従業員の心理状態を最終チェックしてくれ。マリー、各部署との調整は君に任せる」
「了解」
三人が一斉に答えた。
時計の針は午後五時を指そうとしていた。窓の外の空は、深い藍色に変わりつつある。
「今日はこれで解散だ」
鄒璐瑶の言葉に、三人は立ち上がった。
それぞれが執務室を後にする直前、桃小奈が振り返った。
「鄒璐瑶」
「何だ?」
「林若甯に…連絡は?」
鄒璐瑶の表情が一瞬揺れた。
「…いや、もういい。彼女は彼女の役割を全うしている。私たちは私たちの役割を全うするだけだ」
桃小奈は静かに頷き、ドアを閉めた。
執務室に一人残された鄒璐瑶は、机の引き出しから一枚の写真を取り出した。それは林若甯と蘇語倉が宇宙要塞に赴く前日のものだった。四人で撮った集合写真。笑顔の裏に、それぞれが抱える闇が隠れている。
「待っていてくれ」
彼女は呟いた。
「必ず、私たちも追いかける」
写真をしまうと、彼女は机の端末を操作した。画面には、来週からの新しいスケジュールが表示されている。
その一番上には、こう書かれていた。
『月曜日 15:00〜17:00 総裁個別面談(第一号被拘束者)』
鄒璐瑶はその文字を見つめ、深く息を吸った。
始まるのだ。
全てが。
彼女の指が、そっと端末の画面を撫でた。
やむを得ない決断。それが表向きの理由だ。
しかし、心の奥底では、別の声が響いている。
「待ち望んでいた」
それだけは、決して口にしてはいけない。