# 第四章 偽りのお嬢様
蘇家の正門が重々しく開かれる。漆黒のリムジンから降り立った「お嬢様」——かつての阿奴は、胸を張って広大な敷地に足を踏み入れた。
「お帰りなさいませ、清雪お嬢様」
使用人たちが一斉に頭を下げる。その光景に、彼女の口元が微かに歪んだ。かつては自分が頭を下げる側だった。あの清雪お嬢様の足元に跪き、命じられるままに雑用をこなしていた阿奴という存在。
「ふん、ただいま」
彼女はわざと傲慢な口調で応じた。蘇清雪の身体に宿ってから三日、この声にもすっかり慣れた。高飛車で、少し鼻に抜けるような声音。かつては聞くたびに苛立ちを覚えたが、今は自分のものとして楽しんでいる。
「お嬢様、お部屋の準備は整っております」
執事の陳伯が恭しく案内する。阿奴——いや、今や蘇清雪として生きる彼女は、優雅に頷いた。ヒールの音が大理石の廊下に響く。壁に飾られた名画、天井から吊るされたクリスタルのシャンデリア、すれ違う使用人たちの畏怖の視線。
全てが自分のものだ。
「お嬢様、お茶をお持ちしました」
若いメイドが茶器を運んでくる。彼女の手が微かに震えている。以前の自分と同じだ。清雪お嬢様に仕える者たちは皆、緊張で身を強ばらせていた。
「そこに置いて」
「はい」
メイドが茶器を机に置こうとした瞬間、指が滑ってカップが傾いた。
「お、お許しください!」
紅茶が絨毯に染みを作った。メイドは青ざめ、すぐに床に跪いて頭を下げた。かつての自分も同じように清雪お嬢様の前で謝った。心臓が凍りつくような恐怖と共に。
「——」
阿奴はゆっくりと立ち上がった。そしてメイドの前に立つ。見下ろした先で、少女の肩が震えている。
「顔を上げなさい」
命令に従って顔を上げたメイドの頬を、彼女は軽く撫でた。
「お前、名前は?」
「リ、梨花と申します……」
「梨花ね。綺麗な名前だ。だが——」
彼女の手が急に梨花の髪を掴んだ。
「覚えておけ。二度目の失敗は許さない」
「ひっ……はい! 申し訳ございません!」
梨花が涙を流しながら謝る。その様子を見て、阿奴の胸に奇妙な充足感が広がった。これが力だ。これが支配だ。かつて自分を踏みにじった清雪お嬢様が味わっていたものだ。
「下がっていい」
「ありがとうございます……ありがとうございます……」
梨花は這うようにして部屋を出て行った。阿奴はソファに身を沈め、紅茶の香りを楽しむ。口元には自然と笑みが浮かぶ。
「ふふ……ふふふ……」
窓の外には広大な庭園が広がっている。あの日、凌墨と交わした契約を思い出す。
「私はあなたに蘇清雪の身体を与えた。あなたはその身分を利用し、蘇家の情報を私に流す。それだけよ。それ以外は自由に振る舞って構わないわ」
凌墨の言葉は簡潔だった。目的はただ一つ。蘇家を内部から崩壊させること。そのための駒として、自分が選ばれたのだ。
だが、それでいい。駒としてでも、この悦びを味わえるなら。
彼女はティーカップを手に取り、一気に飲み干した。そして執事を呼び寄せた。
「すぐに婚約の準備を進めなさい。林家との話はもうついていると聞いたわ」
「は、はい。ですがお嬢様、先ほどまでその件については否定的でいらっしゃいましたのに……」
「考えが変わったのよ。何か問題でも?」
陳伯の顔色が変わった。以前の清雪お嬢様なら、激怒して机を叩き、理由もなく叱りつけたことだろう。だが今の彼女は、あくまで優雅に、しかし有無を言わせぬ圧力で答えた。
「い、いいえ。かしこまりました」
深々と頭を下げる陳伯を見ながら、阿奴はまた笑った。支配とは、こうして行うものだ。暴力ではなく、恐怖と従属で。
その頃——。
売春宿「閻魔堂」の地下牢。薄暗い部屋の中で、蘇清雪は丸まっていた。身体中にあざができ、足首には鎖が巻かれている。あの恐ろしい女将——凌墨の手先が毎日のように「調教」と称して彼女の身体を責め立てる。
「ああ……あああ……」
声にならない悲鳴が唇から漏れる。三日間で、彼女は何度絶頂させられたかわからない。指で、舌で、道具で。自分が「上品なお嬢様」だった過去が、遠い幻のように思える。
そんな時、隣の部屋から話し声が聞こえてきた。
「聞いたか? 蘇家のお嬢様が婚約するらしいぞ」
「ああ、林家の御曹司とだってな。あの大美人がついに身を固めるか」
「それにしても急な話だな。三日くらい前までは何の噂もなかったのに——」
蘇清雪の頭が真っ白になった。
「……何?」
体が震え始める。まさか——ありえない。自分はここにいる。この身体は確かに自分のものだ。ならば婚約するという「蘇清雪」とは誰だ?
「あ……ああ……」
理解が脳髄を駆け巡る。あの女奴隷だ。あの卑しい阿奴が、自分の身体で——蘇家のお嬢様として——婚約を——!
「やめろ……やめてくれ……!」
彼女は鎖を引きちぎろうと暴れ始めた。枷が手首に食い込み、血がにじむ。だが痛みなど感じない。それどころか、怒りと屈辱で全身が焼け焦げそうだった。
「私よ! 私が本当の蘇清雪よ! あの女は偽物だ!」
彼女は鉄格子を叩きながら叫んだ。しかし隣の部屋の会話は続いている。
「蘇家の一人娘だもんな。莫大な財産を相続するだろうし、林家も鼻が高いぜ」
「写真で見たが、本当に美しい娘だよな。あれだけの美女を妻にできるなんて」
「清雪お嬢様、お幸せに〜なんてな! ははは!」
嘲笑が聞こえる。いや、笑っているのは隣の男たちではない。運命そのものが、彼女を嘲笑っているのだ。
「うわあああああ!」
蘇清雪は頭を鉄格子に打ちつけた。何度も、何度も。血が額から流れ落ちる。しかしそれでも痛みは、心の傷に比べれば些細なものだった。
かつて自分が阿奴に対して行ったことを思い出す。食事を抜いたこと。爪で引っ掻いたこと。火のついたタバコを押し付けたこと。全てが、今の自分に返ってきた。
「お願い……助けて……誰か……」
彼女は崩れ落ち、床に額を押し付けて泣いた。しかし、助けの声は誰にも届かない。この場所は、声が外に漏れないように設計されているのだ。
どれだけそうしていただろう。不意に、鉄格子が開く音がした。
「おやおや、随分と元気がおありのようだな」
聞き覚えのある声。顔を上げると、凌墨が立っていた。いつものように冷たい微笑みを浮かべて。
「凌墨! お前か! お前が全て仕組んだのか!」
「さあね。私はただ、あなたに少しだけ厳しい現実を教えて差し上げただけだわ」
凌墨は優雅にしゃがみ込み、蘇清雪の顎を掴んだ。
「お前の身体は今、かつてお前が奴隷として使っていた阿奴が乗っ取っている。お前の両親も、使用人も、誰も気づいていない。そして今、蘇家は林家との婚約を進めている——」
「やめろ……やめろ!」
「いい話だろう? あなたの身体が幸せになるのだから」
凌墨の目が危険な光を帯びた。
「しかし私は、あなたにもっと深く教えてあげたい。自分が何者かを思い知るために——」
彼女は手を叩いた。すると二人の屈強な男が現れ、蘇清雪の両腕を押さえつけた。
「何をする! 放せ!」
「暴れないで。あなたのためなのだから」
凌墨はゆっくりと、細長い箱を取り出した。中には、先端の尖った長いヒールが収められている。
「これはね、特殊なヒールよ。あなたの服従心を育てるための——」
「やめろ……そんなもの……」
蘇清雪は後ずさろうとしたが、男たちに押さえられて動けない。
「抵抗は無駄よ。大人しくしていれば、もう少し優しくしてあげる」
凌墨がヒールを手に取った。その先端が、冷たく光る。
「まずはあなた自身が、あなたの身体に何が起こっているかを理解するのよ」
彼女はそう言うと、蘇清雪の脚を無理やり開かせた。
「——いや! やめろ! お願いだ!」
恐怖で全身が強張る。しかし凌墨の手は止まらない。冷たいヒールの先端が、彼女の秘部に触れた。
「ああっ!」
「まだ始まったばかりよ」
凌墨はゆっくりと、ヒールを差し入れた。異物感と痛みが同時に蘇清雪を襲う。
「やめて……やめてえ……」
「我慢しなさい。これはあなたへの教育よ」
ヒールがさらに深く入り込む。粘膜を擦る感触。身体は拒絶し、逃げ出そうとするが、男たちに押さえられて身動きが取れない。
「ふふ、あなたの身体、もう少しで全部受け入れるわよ」
凌墨の声が甘く響く。その声とは裏腹に、彼女の手は確実にヒールを押し込んでいた。
「——全部……入ったわね」
最後の一押しで、ヒール全体が膣内に飲み込まれた。異物感が苦しく、痛みが下腹部を支配する。
「ああ……あああ……」
「これから毎日、これを挿入するわ。最初は一本。慣れてきたら二本、三本と増やしていく。あなたの身体が、どんなものでも受け入れられるようになるまでね」
蘇清雪の意識が遠のきかける。だが、凌墨はそれでも構わずに言い続けた。
「あなたの婚約のニュースは、これからも定期的に届けてあげる。あなたの身体で、阿奴がどんな生活を送っているかを知ることで、少しでも反省してくれるといいのだけれど——」
涙が止まらない。悔しさと屈辱と、そして何よりも——自分を置き去りにした世界への憎しみが、胸の中で渦巻いていた。
「いつか……必ず……」
蘇清雪は歯を食いしばった。耳元で、凌墨の笑い声が響き続ける。
「さあ、今日のところはこれでおしまい。でも明日もまた来るからね」
凌墨は立ち上がり、手下たちに合図を送った。男たちが蘇清雪を離すと、彼女はその場に崩れ落ちた。
「おやすみなさい、偽りのお嬢様」
皮肉たっぷりの言葉を残して、凌墨は地下牢を後にした。
残された蘇清雪は、膣内の異物感に耐えながら、暗闇の中で震えていた。遠くから聞こえる喧騒。自分はここで、誰にも知られずに朽ちていくのか。それとも——
「……私は……蘇清雪……私は……」
彼女は自分に言い聞かせるように、何度も名前を繰り返した。かつて誇り高きお嬢様だった証を、忘れないために。
しかし、その声は誰にも届かない。
ただ、ヒールが彼女の内部で冷たく存在感を示し、明日もまた来る苦痛を予告していた。