月児は夜のしじまに、自分の部屋を抜け出した。父の屋敷の最深部、使用人さえ立ち入りを禁じられた地下階へと続く扉の前で、彼女は一瞬ためらった。だが、あの鍵のかかった領域への好奇心は、理性の枷を軽々と越えてしまう。
「月児様、お控えくださいませ。」
背後から囁く声に、月児は肩を震わせた。振り返ると、侍女の静香が影のように立っていた。月児は口元に人差し指を当て、小さく首を振った。
「大丈夫よ、すぐに戻るから。」
静香は諦めたように微かに眉をひそめたが、それ以上は止めなかった。月児はポケットから父の執務室からこっそり抜き出した認証カードを取り出し、扉のスキャナーにかざした。電子音が低く鳴り、重厚な鋼鉄の扉が無音で開く。
階段を降りるたびに、空気が冷たく、湿って感じられた。蛍光灯の明かりは薄暗く、壁には清潔だが無機質なパネルが張られている。月児のハイヒールの足音だけが、コンクリートの廊下に反響した。
彼女は何を探しているのか、自分でもはっきりとはわかっていなかった。ただ、父が隠すもの、家族企業の闇に魅かれていた。ある分岐点で、彼女は主要なラボエリアではなく、さらに奥へと続く細い通路を選んだ。
その先に、異質な空間が広がっていた。部屋の中央には、奇怪な壁が設置されている。それは人間の体がぴったりと収まるような穴が無数にあいた、垂直のパネルだった。穴の縁には柔らかなクッション材が施され、手錠や足枷、さらに複雑な拘束具が備え付けられている。壁の表面は特殊な素材で覆われ、人体の一部だけを露出させるための設計だと、月児は直感した。
「これは……壁尻……」
口に出すと、自分の声がひどく淫らに響いた。彼女は背筋に冷たいものが走りながらも、一歩、また一歩と近づいた。指先で拘束具に触れようとした瞬間、背後からかすかな機械音がした。
「侵入者を確認。警告、直ちにその場を動くな。」
月児は振り返った。天井の隅に設置されたノズルが、彼女に向けて何かを噴射した。甘い香りが一瞬広がり、彼女の意識は急速に混濁し始めた。
「まさか……父の……」
言葉はそこで途切れた。彼女の体がぐったりと崩れ落ち、冷たい床に倒れた。
どれほどの時間が経ったのか。月児は激しい吐き気とともに意識を取り戻した。しかし、体が動かない。何かが首と手首、足首を固定している。彼女は必死にまぶたを開けると、見覚えのない天井が目に入った。照明の光は強く、目を細める。
「ああ、この子か。新商品のサンプルだな?」
男の声が聞こえた。別の男が答える。
「ああ、研究室から連絡があった。テスト用の個体らしい。適当なスロットに入れておけ。」
月児は声を出そうとしたが、喉がカラカラに渇き、舌がもつれた。彼女の体は、先ほど見たあの壁の、一番端のスロットに固定されていた。両腕は頭上で手錠で繋がれ、足は大きく開かれた状態で金属製のリングに括りつけられている。
「これは……違う……私は月家の令嬢よ!」
やっとの思いで叫んだ声は、しかし掠れてほとんど聞き取れなかった。男たちは彼女の言葉など耳に入っていないようだった。
「まあいい、とにかくセットだ。どのくらい耐えるか見てみろ。」
そう言うと、男は月児の服を乱暴に引き裂いた。スカートと下着が簡単に取り払われ、彼女の下半身は壁の穴にぴったりと固定された。冷たい壁の素材が、敏感な肌に触れる。男は彼女の前に回り込み、一瞬、その顔に疑念がよぎったように見えたが、すぐに笑みに変わった。
「おや、結構な上物だ。これは実験が楽しみだな。」
月児は恐怖で歯がガチガチと鳴った。男の指が彼女の股間を撫でる。恥辱と嫌悪が渦巻いたが、同時に、心の奥底で何かが震えた。その感覚は、彼女がこれまで密かに抱いてきた、あの禁断の欲望の呼び水だった。
「やめ……やめて……」
だが、男は耳を貸さなかった。硬いものが彼女の入口に押し当てられ、無理やり侵入してくる。月児は悲鳴を上げた。激痛が走り、彼女の膜が破れる生々しい感触が全身を駆け巡った。男は荒い息を吐きながら、彼女の腰を掴んで激しく突き上げた。壁が軋み、月児の体は固定されたまま、がくがくと揺れた。
「いい声だ。もっと聞かせろ。」
男の声が遠くに聞こえる。意識の端が霞む中、月児は自分の声が淫らな喘ぎに変わっていくのを感じた。恥ずかしさと、許せない怒りと、それでも身体は正直に快感を覚え始めていた。彼女は唇を噛みしめ、涙が頬を伝った。
しばらくして、男は満足げに彼女から離れた。彼の同僚が時計を見て言う。
「もうすぐシフト交代だ。片付けは後にしよう。このままにしておけ。」
二人は部屋を出て行き、重い扉が閉まる音がした。月児は一人、壁に固定されたまま、痛みと、残った熱の名残に震えていた。
「助けて……誰か……」
彼女はかすれ声で呟いた。しかし、すぐに思い出した。自身のスマートウォッチには、緊急時に大楼管理AIを呼び出す権限があることを。彼女は必死に手首を動かし、壁の拘束具の隙間から、デバイスの画面をタップした。
「AI、私を解放しなさい。権限コード、月児・アルファ・シックス。」
電子音が返ってくる。
「月児様を確認しました。現在の状態は危険と判断。緊急プロトコルを起動します。」
壁の拘束具が一斉にロックを解除した。月児は壁から崩れ落ち、床に這いつくばった。足が震えて立つこともできない。彼女は引き裂かれた服の残骸を必死に掻き集め、体を隠そうとした。
「静香……静香を呼んで。」
AIが応答する前に、月児はもう一度、弱々しく言った。
「いや、いい。誰にも言わないで。このことは……なかったことに。」
彼女はよろよろと立ち上がった。痛む下腹部を押さえ、壁に手をつきながら、暗い廊下を歩き出した。地下の空気が冷たく、体の火照りを冷ます。
使用人用の裏階段を上り、自分の部屋に戻る途中、鏡に映った自分の姿が目に入った。乱れ切った髪、赤く腫れた唇、そして何よりも、目に宿った複雑な光。羞恥と後悔。だが、その奥に、隠しきれない奇妙な興奮がちらついている。
彼女は自分の部屋のドアを閉め、鍵をかけた。ベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。涙が止まらなかった。しかし、涙の理由が、自分でもよくわからなかった。
痛みの奥に、否応なく刻まれた快楽。あの密室の秘密を、もう二度と覗いてはいけないと知りながら、心のどこかで、またあの壁の前に立ちたいと思っている自分がいる。
月児は震える手で、乱れた服の端を握りしめ、暗がりの中で一人、微かに笑った。それは、彼女自身をも欺くための、苦い笑みだった。