目が覚めると、そこは異臭漂うゴミの山だった。
「……は?」
唐志盛は瞬時に飛び起きようとして、身体が鉛のように重いことに気づいた。腐った野菜くずと錆びた鉄の匂いが鼻をつく。頭の中は混乱で満ちていた。確か昨日まで――いや、さっきまで、あのコンクリートジャングルの都会で、ただのフリーターとして適当に生きていたはずだ。
「夢か?」
目の前の異世界感満載の風景――苔むした石壁に、ところどころに貼られたぼろぼろの魔術的な模様のポスター、そして遠くから聞こえてくる馬車の音。どう考えても現実のようだった。
「まあ、いいや」
唐志盛は予想外にあっさりと転生を受け入れた。どうせ元の世界でも大した未練はない。むしろ、この異世界で二度目の人生をエンジョイするのも悪くなさそうだ。
まずは自分の身体を確認しよう。手を持ち上げてみると、驚くほど白く透き通った肌が目に入った。指一本一本が繊細で、まるで彫刻のように美しい。そういえば、この身体の顔も……。
近くの水たまりに顔を近づけると、そこには神がかった美貌を持った青年が映っていた。整った眉に、切れ長の少し垂れた目。高い鼻筋に、血色のいい唇。髪は漆黒で、腰まで届く長さだ。そして――何よりも、この顔の造形は、まるで物語の中から飛び出してきたような完璧さだった。
「おお……俺、めっちゃイケメンじゃね?」
思わず声が漏れる。しかし、自己陶酔に浸る暇もなく、自分の腕や腹や脚を触ってみて、すぐにある事実に気づいた。
「え、筋肉……ある?」
確かに見た目は細身だが、触ると意外にしっかりとした筋肉がついている。それもそのはず、よく見ると服の下から覗く腕や脚は、鍛え抜かれたものだった。だが、その一方で――。
「修行は……全くしてないのか」
体内を探ってみると、この世界の常識であろう「霊力」のようなものが一切感じられない。驚くべき美貌と恵まれた肉体を持ちながら、力はまったくのゼロ。しかも、この服はぼろぼろで、靴さえも履いていない。
「絶世の役立たず……って感じか」
自嘲気味に笑いながら、胸の前で両手を組んだ。
「だが、これも何かの縁だ。まずは腹を満たそう」
その言葉と同時に、腹の虫が盛大に鳴り響いた。
「ぐうううううううううう……」
まるでラッパのように響くその音に、唐志盛はしばらく呆然とした後、苦笑いを浮かべた。
「そうか、俺、今お腹ペコペコなのか」
辺りを見渡しても食べ物のありかは見当たらない。唯一の選択肢は――。
「物乞い……か」
気乗りはしなかったが、空腹には勝てない。唐志盛は立ち上がり、街の中心へと向かって歩き出した。
通りに出ると、そこは石畳の道が続く中世ヨーロッパ風の街だった。建物はどれも石材でできており、ところどころに魔法的な青い光が灯っている。人々は忙しなく行き交い、馬車が音を立てて通り過ぎる。
どの顔も、厳しい。笑顔はない。
どうやらこの世界は、かなり厳しい修行社会のようだ。強者は巨大な武器を背負い、優雅に空中を飛び、弱者は地べたを這うように生きている。
「さて、まずは人通りの多いところで……というか、もうこれしかないか」
唐志盛は目立つ広場の端に立ち、道行く人々に手を差し出した。
「すみません、お恵みを……何か食べ物をいただけませんか?」
だが、通行人は誰も彼を見向きもしない。ある者は無視し、ある者は軽蔑の目を向け、鼻を鳴らして通り過ぎる。
「ふざけんな、こんな美少年が物乞いなんて」
「まったく、無駄にいい顔してやがる」
「修行もせずに、ただ飯を食おうなんて虫が良すぎる」
罵倒の言葉が容赦なく飛んでくる。だが唐志盛は、そんな言葉に動じなかった。むしろ、面白がっているような表情を浮かべている。
「おお、これはなかなか面白い世界だ。罵倒される度に、俺の心がどんどん強くなっていく気がするぜ」
やがて、一人の中年の女性が通りかかった。彼女は野菜が入った籠を抱えている。唐志盛はその姿を見て、声を張り上げた。
「お姉さん!助けてください!もう三日も何も食べてないんです!」
女性は振り返り、唐志盛の顔を見て一瞬固まった。その美貌に、彼女の心が揺れたのだ。
「……あなた、そんなに綺麗な顔をして、どうして物乞いなんてしているの?」
「修行をしてこなかったので、何もできないんです。でも、これからは真面目に働きます!だから、少しだけ食べ物をいただけませんか?」
女性はしばらく迷った後、籠から小さなパンを取り出し、差し出した。
「……これでいいなら」
「ありがとうございます!お姉さん、神様です!」
唐志盛は笑顔でパンを受け取り、大口を開けてかじりついた。パンは固かったが、この世界の味は悪くない。むしろ、素朴で美味しかった。
「ふう……生き返る」
その瞬間、頭の中に機械音声が響いた。
『十倍返しシステム起動確認』
「……は?」
『あなたは他人からもらった小さな恩義を、十倍にして返すシステムです。今、女性からパン一個を受け取りました。次のチャンスで、十倍の価値を持つ恩義を返すことができます』
「なるほど……これがあのネット小説でよく見る奴か」
唐志盛はにやりと笑った。このシステムがあれば、この厳しい世界でも生き抜けるかもしれない。何せ、十倍返しだ。うまく使えば、富も力も手に入る。
「さて、次はどうやってこのシステムを活用するか……」
彼はパンの最後の一口を飲み込み、新たな決意を胸に、再び街の中へと歩き出した。
背後では、さっきの女性がまだ彼の後ろ姿を見つめていた。
「……あんな綺麗な顔で、どうして修行しないのかしら。もったいない……」
その言葉に、唐志盛は振り返って笑顔を向けた。
「お姉さん、次に会った時は、きっと十倍返しで恩を返しますよ!」
女性は一瞬戸惑った後、思わず笑みを浮かべた。
「……変わった子ね」
その笑顔を見た唐志盛は、心の中でつぶやいた。
「十倍返しシステム……ゲーム開始だ」