陳鋒は薄暗い和室の座敷で、組長の話を聞いていた。畳の上に置かれた灰皿には吸い殻が山積みになり、安物の線香の香りがむせ返るように漂っている。
「今週中に三人だ。条件は変わらん。若くて、顔が整っていて、客が飽きない程度の品があることだ」
組長はそう言って、陳鋒に封筒を差し出した。中には札束と、数枚の写真が入っている。写真にはいずれも若い女の姿があった。
「わかってます」
陳鋒は短く答え、封筒をスーツの内ポケットにしまった。彼の動作には無駄がなく、表情には一片の感情も浮かんでいない。組長は満足げに頷き、手を振って下がらせた。
陳鋒は組織の中でも特別な立場にあった。表向きの仕事はクラブのキャバクラ嬢のスカウトだが、実際には違う。組の経営する風俗店に、素人同然の若い女を供給するのが彼の役目だった。言わば女狩り師。冷酷に、正確に、そして誰にも悟られずに獲物を仕留める。それが彼の生きる道だった。
その夜、陳鋒は歌舞伎町の繁華街にいた。ネオンサインが妖しく輝く通りには、夜の蝶たちが巧みな化粧で身を飾り、男たちの視線を集めている。彼はタバコに火をつけ、通りを行き交う人波を目で追いながら、ゆっくりと歩を進めた。
彼が狙うのは、初心者だ。いわゆる水商売に染まっていない、清潔感のある女。経験者のように警戒心が強くなさすぎず、かといって純粋すぎてトラブルになりそうな女でもない。その塩梅が難しい。
一軒目のクラブでは収穫がなかった。顔はいいが、客との距離感がすでにできている。二軒目のスナックも同様だった。陳鋒は焦りを見せることなく、三軒目の店へと足を向けた。
その時だった。
人混みの中から、一人の若い女が現れた。黒いワンピースに白いカーディガンを羽織り、ショルダーバッグを小脇に抱えている。化粧は薄く、髪は肩につかない長さで清楚にまとめられていた。彼女は足を止め、スマートフォンを覗き込むようにして、何かを待っているようだった。
陳鋒の目が一瞬、細められた。彼女だ。
彼はゆっくりと近づき、自然な動作で隣に立った。すれ違いざまに、コートのポケットからハンカチを取り出す。ハンカチにはあらかじめクロロホルムが染み込ませてあった。彼はさらに一歩、距離を詰める。
「すみません」
彼女が顔を上げた瞬間、陳鋒はハンカチを彼女の口と鼻に素早く押し当てた。抵抗する間もなく、彼女の体から力が抜け、がくりと崩れ落ちる。陳鋒はその体を抱き起こし、あたかも酔った友人を支えるような自然な姿勢をとった。
「大丈夫か。また飲みすぎたんじゃないか」
周囲の視線を気にせず、彼はそう言いながら、脇道に停めてある車へと彼女を運んだ。誰もが通り過ぎるだけの、日常の一場面。誰も異変に気づかない。それが陳鋒の手際の良さだった。
車の後部座席に彼女を横たえ、手錠で手首を後ろ手に拘束した。そして口には布製の猿轡を噛ませた。この間、彼女は一度も意識を取り戻さなかった。
車は新宿を抜け、荒川区の工業地帯へと向かった。道の両側には倉庫や廃工場が立ち並び、人気のない夜道が続いている。やがて、錆びたシャッターの前に車が停まった。
陳鋒は車を降り、シャッターの脇にある暗証番号式のロックを操作した。鈍い音を立ててシャッターが上がる。中は真っ暗だったが、彼は迷わず奥へと進み、壁に手を伸ばして照明のスイッチを入れた。
パッと白い蛍光灯の光が部屋を照らし出す。
そこは地下調教部屋だった。簡素なコンクリートの部屋の中央には、金属製のベッドが一台。壁には手錠や鎖、革製の鞭や縄などが整然と掛けられている。隅には監視カメラが設置され、常時録画されている。換気扇の低い唸り音だけが、静寂を破っていた。
陳鋒は若い女をベッドの上に降ろし、手錠を外す代わりに、ベッドのフレームに両手を革ベルトで固定した。彼女の目はまだ閉じられたまま、胸が規則正しく上下している。クロロホルムの影響はまだ続いている。
彼は壁から一本の鞭を取った。使い込まれたそれは、掌にしっくりと馴染む。そしてベッドの傍らに椅子を据え、腰を下ろした。静かに待つ。目が覚めるのを。初めての恐怖を知る瞬間を。
十五分ほど経っただろうか。彼女のまぶたが微かに震え、やがてゆっくりと開かれた。最初は焦点の合わない目が、次第に周囲の光景を捉え始める。そして、自分の両手が拘束されていることに気づく。口に猿轡が噛まされていることに気づく。目の前の男がじっと見下ろしていることに気づく。
彼女の口から、くぐもった悲鳴が漏れた。
「静かにしろ」
陳鋒は冷たい声で言った。その声には、一切の感情がこもっていない。まるで機械のように平坦で、無機質だった。
彼女はさらに激しく体を捩り、ぎちぎちとベルトを引っ張った。しかし革はびくともしない。彼女の目から涙が溢れ始めた。恐怖と絶望。それが彼女の表情を覆い尽くす。
陳鋒は立ち上がり、鞭を片手に彼女の前に立った。彼の影が、蛍光灯の光の中で長く伸びる。
「ここがどこかは説明しない。これから何をするかも、お前には関係ない。ただ一つだけ教えてやる。お前はもう、二度と元の生活には戻れない」
そう言って、彼は鞭の先で彼女の頬をそっと撫でた。彼女はビクッと体を震わせ、涙が止まらなくなる。
陳鋒は深くため息をついた。そして心の奥で、別の女の面影を思い浮かべていた。あいつも昔、こうだった。初めての調教で震えていた。だが今では――いや、今は考えるな。思考を飲み込み、彼は再び獲物に集中する。
「まずは基本から教えてやる。お前の名前を言え。ただし、生まれつきの名前じゃない。これからのお前の名前だ。自分で考えろ。考えられなければ、こちらで決める」
彼女は泣きじゃくりながら、何かを叫ぼうとした。しかし猿轡に阻まれて、言葉にならない。
陳鋒は鞭を振り上げた。そして、まるで時を刻むかのように、正確な間隔を置いて一撃を加えた。
パシン。乾いた音が、コンクリートの壁に反響する。痛みの嬌声が響く。
パシン。もう一撃。彼女の呼吸がさらに荒くなる。
「泣くのも時間の無駄だ。早く慣れろ。ここでのルールを覚えれば、痛みは減る」
陳鋒の言葉は、鞭の一撃一撃とともに、彼女の意識に刻み込まれていく。それは調教の最初の一歩。狂わされた日常の、始まりの合図だった。