連邦奴隷合法化から五年、人間を家畜として飼育し、屠殺し、食肉として流通させる「肉畜産業」は、この国の主要産業の一つへと成長していた。人体牧場は各地に建設され、貧困層や戦争孤児、あるいは借金のカタにされた者たちが、生きたまま「肉」へと変えられていく。
紅がその牧場で生まれたのは、奴隷合法化から三年目のことだった。彼女の両親は、国内でも有数の規模を誇る人体牧場の経営者であり、百二十頭の乳奴と、さらに倍の数の肉畜を飼育していた。乳奴は乳房だけを肥大させられ、毎日搾乳される。肉畜はできるだけ脂肪を蓄えさせ、筋肉を柔らかく保つために運動を制限される。どちらも、人間としての尊厳を剥奪され、ただの生産設備として扱われていた。
紅は五歳の頃から、母の手伝いとして屠殺場に立っていた。最初は内臓の処理だけだった。二頭目の屠殺から、彼女は自らの手でナイフを握り、麻酔もなしに肉畜の喉を裂くことを覚えた。肉畜は声を上げない。声帯を切除されているからだ。ただ、目だけが紅を見つめ、涙を流す。その目を見るたび、紅の胸の奥で何かが疼いた。
「紅、次はこっちだ。」
父の声が冷たく響く。彼は肉畜の首を押さえつけ、紅に合図を送る。今日屠られるのは、先週入荷したばかりの少女だった。年は紅より一つ上くらいか。栄養をたっぷり与えられ、肌は白く、肉付きも良い。彼女は手足を拘束され、台の上で横たわりながら、紅を見上げていた。その目には恐怖と同時に、どこか諦めにも似た静けさがあった。
紅はナイフを握りしめ、少女の喉元に刃を当てる。一瞬、手が震えた。しかし、それはほんの一瞬のことだ。彼女は深く息を吸い込み、力任せに刃を引いた。血が噴き出し、少女の体が痙攣する。紅はその温かい血液を浴びながら、なぜか自分もいつかこうなりたい、この台の上で一塊の肉に変わりたい、という密かな憧れを抱いていることに気づいた。
母は紅の手際を見て満足そうに頷き、「よくできたわね」と言った。紅は無言でうつむいた。
牧場の経営は順調に見えた。しかし、紅が十二歳になった年、状況は一変する。連邦政府が新たな衛生基準を制定し、旧式の屠殺設備をすべて更新せよとの通達を出したのだ。設備投資に莫大な資金が必要となり、両親は借金を重ねた。そして、借金の返済が滞り、ついに牧場は破産した。
債権者たちが牧場の資産を差し押さえに来た日、紅は初めて母の顔に絶望の色を見た。父は無表情で書類にサインしていたが、その手はわずかに震えていた。
「紅、お前は…」
母が言いかけた言葉を、父が遮る。
「もういい。彼女はもう決まった。」
紅は、自分が何を決められたのか、その時はまだ理解していなかった。しかし、翌日、見慣れない男が牧場に現れたことで、すべてを悟る。その男は、紅と母を一括で買い取ったと言った。
「お前たちはもう人間ではない。ただの肉畜だ。」
父はそう言い放ち、背を向けた。母は紅の手を握りしめ、声を震わせながら「大丈夫よ」と繰り返した。しかし、紅はなぜか心が軽くなるのを感じていた。ついに自分も、あの台の上に立つ時が来たのだ。
バイヤーは紅と母をトラックの荷台に押し込み、見知らぬ土地へと連れ去った。トラックの揺れに身を任せながら、紅は思う。いつか、誰かの口の中で溶けるのだ。その時、自分は何を感じるだろうか。恐怖か、それとも、待ち望んだ安堵か。
母は黙って紅の頭を撫でていた。その手は冷たく、しかしどこか優しかった。