洞窟の奥から、かすかな嗚咽が聞こえてきた。蕭炎は手にした青蓮地心火の淡い光を頼りに、暗がりの中を進む。足元には黒く粘性のある液体が広がり、靴の底を蝕むような感触が伝わってくる。空気は重く、甘やかでいて鼻を突くような異臭が立ち込めていた。
「小医仙……!」
叫びながら、蕭炎は洞穴の最深部へと駆け込んだ。そこにあるのは、もはや人間の住まう場所とは思えぬ光景だった。壁も天井も、黒い毒液に覆われ、それが滴り落ちて溜まりを作っている。そして中央、石のような台の上で、小医仙が身を丸めて震えていた。
「来ないで……近づかないで……」
彼女の声は苦しみに引き裂かれていた。蕭炎が足を止められずに近づくと、小医仙は顔を上げた。その瞳には涙が溢れ、恐怖と羞恥が入り混じっていた。彼女の両脚が、まるで蝋のように溶け始めているのだ。
「な、何が……!?」
蕭炎は息を呑んだ。彼女の白い太腿から、皮膚がはがれ落ち、代わりに黒く光る鱗が浮かび上がっていく。鱗はまるで生き物のように、彼女の体を這い登り、腰から腹部へと侵食していった。
「助けて……蕭炎……でも、もう無理なの……!」
小医仙は叫びながら、自分の腕を掴んだ。指の間からも鱗が生え始め、爪は鋭く彎曲していく。彼女の背中が不自然に大きく波打ち、衣服が裂ける音が響いた。
「俺が治す! 必ず治してみせる!」
蕭炎は青蓮地心火を召喚し、その炎の手を小医仙の肩に当てた。熱が毒を焼く。一瞬、小医仙の苦痛が和らいだように見えた。しかし、次の瞬間、彼女の体から新たな毒液が噴き出し、異火の輝きをかき消した。
「だめ……抑えられない……体が……変わっていく……私……蛇になっていく……!」
小医仙の声は、次第に低く、艶めかしいものへと変わった。彼女の下半身が完全に溶け、代わりに太く長い蛇の尾が形成される。尾は黒く、毒液を滴らせながら、洞窟の床を這い回った。
「俺は……君を置いて行かない……絶対に……!」
蕭炎はもう一度異火を燃え上がらせた。しかし、炎が触れるたびに小医仙の目に走るのは、苦痛ではなく、むしろ快楽にも似た恍惚の色だった。彼女の唇から漏れるのは、もはや悲鳴ではなく、低い哄笑に近い声だった。
「あなたの異火……むしろ気持ちいい……私の毒を……より深く……混ぜ合わせてくれてる……」
小医仙の瞳が、縦に細い瞳孔へと変わる。その目で蕭炎を見つめ、彼女はゆっくりと首を振った。
「もう……戻れない……このまま……私と……一緒に堕ちてくれない?」
その言葉は、問いかけでありながら、既に答えを知っている者の諦念と、そして新たな支配欲が滲んでいた。毒液は蕭炎の足元にまで迫り、異火は弱々しく揺らめく。洞窟の中は、ますます闇と毒に飲み込まれていく。
小医仙は、自らの変化する肉体を、苦しみながらも受け入れ始めていた。彼女がかつて知っていた優しい医者の面影は、鱗の下に隠れ、新たなラミアとしての姿が、徐々にその全体を覆い尽くそうとしていた。