特殊小隊第十七部隊の訓練場は、今日も喧騒に包まれていた。
「だから、お前のその尻尾が邪魔だって言ってるんだよ!」
怒鳴り声を上げたのは、筋骨隆々の狼獣人、ガルムだった。鋭い牙をむき出しにして、すぐ横に立つ猫族の女隊員、ミャオを睨みつけている。ミャオはしなやかな尻尾をゆらりと揺らし、面倒くさそうに耳をぴくぴくさせた。
「あら、あたしの尻尾がどうかした? ただの毛玉のくせに、よく吠えるじゃない」
「なにぃ!?」
ガルムの毛が逆立ち、周囲に緊張が走る。他の隊員たち――鳥族の哨戒兵、ドワーフの重戦士、エルフの弓手――は一歩引きながらも、面白そうに成り行きを見守っている。
「待て待て待て!」
俺、神人は慌てて二人の間に割って入った。人間の少年である俺が、こんな巨躯の狼と気まぐれな猫の仲裁に入るなど、まるで蟻が象を止めるようなものだが、それでもやらねばならない。隊長なのだから。
「ガルム、落ち着け。訓練中のちょっとした接触だろ? ミャオもわざとじゃないって」
「当たり前でしょ。あたしがこんな野蛮なのにわざと触るわけないじゃない」
「んだと、この猫かぶりが!」
「はいはい、そこまで!」
俺は両手を広げて必死に声を張り上げた。声変わりしたばかりの少年の声は、獣人たちの怒号にかき消されそうになる。
「二人とも、今日の合同演習は重要なんだ。種族間の連携を高めるための訓練なんだから、こんなことでいちいち喧嘩しないでくれ!」
ガルムは鼻息荒く、ミャオはつまらなそうに爪を舐めた。しかしとりあえず矛先は収まったようだ。俺は安堵の息をつく。だが、心の中では疲労感がずっしりと重い。
どうして俺がこんなことに。
特殊小隊――それは王国が異種族間の協調を目的に設立した実験的な部隊だ。全部で十七小隊あり、それぞれが人間、獣人、エルフ、ドワーフなどの混合メンバーで構成されている。優秀な隊長が率いることが前提だったが、俺の第十七小隊だけは、完全に余り物の寄せ集めだった。
思い出すのは、配属式の日のことだ。広い講堂にずらりと並んだ新任隊長候補生たち。皆、自信に満ちあふれた顔で、次々と自分が率いたい部隊を指名していった。実力のある者は精鋭ぞろいの第一部隊を、戦術に長けた者は機動性の高い第三部隊を。しかし俺は、ただ呆然と立ち尽くしていた。
というのも、俺はこの任に就くこと自体が予想外だったのだ。軍学校の成績はいつも最下位争い、実技もからきし。なのに、なぜか抽選のような形で隊長候補に選ばれてしまった。周囲は囁いた――「ああ、あの神人か。仕方ない、枠埋めだ」と。
選抜が進むにつれ、残る部隊は少なくなり、最後に残ったのは第十七小隊。問題児ばかりが集まった、誰も手を挙げない厄介者部隊。教官が呆れたような目で俺を見て、「神人、お前は第十七小隊を率いよ」と命じた瞬間、周りから失笑が漏れたのを覚えている。
俺は鈍感だった。自分が嘲笑されていることにも気づかず、ただ「与えられた任務を全うしよう」と純粋に思っていた。だが、現実は甘くなかった。
訓練場の片隅に移動しながら、俺はため息をつく。先ほどのガルムとミャオの小競り合いは、日常茶飯事だ。狼族は誇り高く直情的で、猫族は気ままで協調性に欠ける。鳥族のハルピュイアは上空から好き勝手に指示を飛ばし、ドワーフのドルンは自分たちの伝統的な戦術に固執する。エルフの弓手リリアは優雅だが、他種族を見下す節がある。全員が全員、自分たちのやり方を曲げようとしない。
「てめぇ、神人! さっきはよくも俺の顔を潰したな!」
突然背後から怒鳴られ、俺はびくっとして振り返った。ガルムがまだ怒りを引きずって追いかけてきたのだ。
「いや、潰したなんて、そんなつもりじゃ……」
「うるせぇ! お前みたいなひ弱な人間が、よくも隊長面できるな。俺たち獣人は力が全てだ。テメェに指図される筋合いはねえ!」
ガルムの大きな手が俺の胸倉を掴み上げる。足が地面から数センチ浮いた。喉が締まり、息が詰まる。
「が、は……やめ……」
周りの隊員たちは見て見ぬふり。助けに入る者は誰もいない。俺は隊長としての威厳も、実力も、何もかもが足りなかった。ただの十七歳の人間の少年が、異種族の猛者たちを束ねられるはずがないのだ。
ガルムは吐き捨てるように俺を地面に落とした。尻餅をつき、咳き込む俺を見下ろして、獣人は嘲笑う。
「フン、話にならねえ。こんな小隊、さっさと解散だな」
それだけ言うと、ガルムは背を向けて去っていった。ミャオは相変わらず素知らぬ顔で木陰で毛づくろいしている。他の者たちも、各自の訓練に戻ってしまう。
俺は地面に座り込んだまま、しばらく動けなかった。情けなさと悔しさで、目の奥が熱くなる。こんなはずじゃなかった。せっかく与えられた隊長の役目を、俺なりに必死にやってきたつもりだ。だが、誰も俺を認めない。種族の壁は厚く、そして俺自身の無力さがそれをさらに強固にしている。
風が吹き抜け、訓練場の砂埃が舞う。遠くでは、他の小隊が息の合った動きで演習をこなしている声が聞こえた。統率のとれた号令、励ましの声。それらが、かえって第十七小隊の惨めさを際立たせる。
「あはは、今日もやられてるね~、神人くん」
突然、鈴を転がすような声が頭上から降ってきた。
顔を上げると、すぐ近くの大木の枝に、一人の少女が腰掛けている。燃えるような橙色の髪に、頭のてっぺんからはピンと尖った狐耳が生えている。尻尾はふさふさと大きく、ゆったりと揺れていた。彼女の名は今宵――狐族の少女だ。なぜかこの第十七小隊にだけ、正体不明のままくっついてきている部外者だった。正式な隊員ではないが、誰も追い出そうとしない。いや、彼女のずる賢さに皆が翻弄されて追い出せないのだ。
「い、今宵……見てたのか」
「もちろん。面白いものは逃さない主義なの。ねぇ、いつも思うけど、よくそんなに虐められて平気でいられるね。あたしだったら、あの犬っころの毛を全部刈り取ってやるところだけど」
にこにこと笑いながら、今宵は軽やかに枝から飛び降りた。着地の際、ふわりと裾が揺れ、微かに甘い香りが漂う。
「俺は隊長だから、隊の和を乱すわけには……」
「和? これのどこが和なの? ただお人好しの人間が一方的に消耗してるだけじゃない」
痛いところを突かれ、俺は言い返せない。彼女の金色の瞳が、好奇心と少しの嗜虐心を宿して俺を見下ろす。
「神人くんはさ、自分が隊長に向いてないって思わない?」
「……思ってるよ。でも、俺がやるしかないんだ。この小隊は、俺が受け持たなきゃ誰もやらなかった。それに、みんな根は悪い奴らじゃない。ただ、分かり合えてないだけで」
「ふぅん。えらいねぇ。あたしには真似できないや」
今宵はくるりと一回転し、その場にしゃがみ込んで俺の顔を覗き込む。距離が近くて、どぎまぎする。
「でもね、いつか限界が来るよ。そうしたら、面白いことにならないかなぁ。……あ、そうだ。いい考えがあるんだけど、試してみる?」
「考え?」
「うん。君を助ける、とびっきりの方法。でも、まだ内緒。もう少し困った顔が見たいからね」
今宵はにやりと笑い、俺の鼻先を人差し指でちょんとつついた。そして「じゃあね、隊長さん。演習が終わるまでに、もう一回喧嘩が起きないように見張ってなよ」と、からかうように言い残し、軽やかな足取りで去っていった。
俺はその後ろ姿をぼんやりと見送る。彼女の言う「いい考え」が何なのか、想像もつかない。だが、今はそれどころではない。気を取り直して立ち上がり、服についた砂を払う。先ほどガルムに掴まれた胸元が少し破れていた。ため息が漏れる。
訓練場の向こうでは、再び何やら口論が始まっていた。今度はドワーフのドルンとエルフのリリアが、戦術図を挟んで言い争っている。俺は重い足を引きずるように、そちらへと向かう。
「だから、地下からの強襲など野蛮だと言っているのです!」
「うるせえ、エルフのひょろっちいのが! ドワーフの坑道戦術を舐めるな!」
「ちょっと、二人とも、落ち着いて……話し合おう……」
俺の声は、またしてもかき消された。
遙か上空で、鳥族のハルピュイアが旋回しながら、甲高い声で叫ぶ。「隊長ー! ダメダメ、もっとしっかりしてよー!」
俺は頭を抱えたくなった。
第十七小隊の困惑隊長――それが、今の俺、神人の偽らざる姿だった。