闇の中、無数の女たちの白い裸身が蛆のようにうごめき、葉楓の肌に絡みついて離れない。女たちは口々に嬌声をあげ、細い指が彼の背中を這い、太腿を撫で、そして熱い吐息が男根へと吸い寄せられる。葉楓は逃れようともがくが、四肢は麻縄で縛られたように動かない。女たちは次々と彼の上に跨り、貪るように腰を振り立てる。絶頂が波のように押し寄せるたび、丹田の内力が根こそぎ吸い取られていく感覚が走り、気がつけば男根は擦り切れた肉串のように痺れ、千切れる寸前の痛みに悲鳴をあげようとした──
葉楓は心臓が喉元から飛び出すかと思うほどの衝撃で飛び起きた。全身にびっしりと冷や汗が浮き、寝衣はぐっしょりと濡れて肌に張りついている。喉はひりつき、喘ぎ声だけがくぐもって漏れた。彼は反射的に丹田へ意識を集中させようとしたが、そこにはかつて天山派大師兄として誇った澎湃たる内気はおろか、かすかな気の流れすら感じられない。空っぽだ。完全に。
「これは……どうなって……」
声もまた頼りなく掠れ、自分のものとは思えない弱々しさだった。あの酔香閣での激しい乱闘のあと、太った和尚の陽掌を受けてから記憶が途切れている。視界は薄暗く、鼻孔を掠めるのは濃厚な白檀の香り。目を凝らすと、天蓋からは薄絹の帳が波打ち、枕元には金彩を施した燭台が冷たい蝋の塊を垂らしている。明らかに、場末の宿屋などではない。豪奢な、しかも女の閨房のそれだ。
「ここは……」
起き上がろうとした瞬間、こめかみを鋭い痛みが刺し貫き、葉楓は再び枕に沈んだ。その動きで、自分の身体に触れる衣類の感触が異様に滑らかで、しかも女物の寝間着のような薄絹一枚だと気づく。嫌な予感が背筋を走った。
と、帳の向こうから衣擦れの音とともに、しとやかな足音が近づく。
「お目覚めになられましたか、葉少侠。」
鈴を転がすような声が降り注ぎ、長い指がそっと帳を開ける。そこに立っていたのは、背が高く、深い赤の刺繡が施された黒い旗袍をまとった女──湘錦だった。彼女は口元に微かな笑みを浮かべ、葉楓を見下ろす。その瞳の奥は柔らかそうに見えて、どこか値踏みするような冷たさが潜んでいる。
「あなた……たしか、あの時の……」
「ええ、私は湘錦と申します。この酔香閣でお世話をさせていただいておりますの。ずいぶんとひどい怪我でしたが、お体の具合はいかが?」
湘錦は枕元の椅子に腰を下ろし、しなやかな手つきで葉楓の額に手を当てた。氷のように冷たい指先が触れた瞬間、悪寒が走る。
「俺の内力が……なぜ……!」
「無理もありません。あなたはあの太った和尚の掌毒を受けて昏睡し、そればかりか、誰かに操られて街中で凶行に及んでしまったのです。」
湘錦の声音はあくまで優しげだが、内容は刃物のように鋭い。
「操られて……?」
「ええ。憶えていらっしゃらないでしょうね。あなたは夜の街で突然暴れ出し、無差別に人を襲って二人も殺めてしまった。役人と江湖の者たちがあなたを手配し、今やこの街中にあなたの人相書きが出回っております。ここに匿わなければ、捕らえられて即刻斬首だったでしょう。」
葉楓の頭の中が真っ白になる。人を殺した?そんな記憶はかけらもない。だが、あの太った和尚との戦いのあと、体の自由を奪われていたのは確かだ。誰かが易容術かなにかで自分に罪を着せたのかもしれない。しかし、今の自分にそれを証明する手段はない。
「だから、ここからは一歩も外へ出てはいけません。あなたのためですよ。追手はあなたを逃がさない。しばらくはこの部屋で養生なさい。」
湘錦の口調には有無を言わせぬ響きがあり、葉楓は反論の言葉を呑み込んだ。実際、内力も戻らずふらつく身ではどう動くこともできない。彼は仕方なく頷くよりなかった。
そうして三日が過ぎた。
葉楓は徐々に体力を回復し、起き上がって室内を歩けるほどにはなったものの、丹田は依然として枯れ井戸のように空っぽで、ほんの少し気を練ろうとすると激しい頭痛と吐き気に襲われる。天山派の内功心法をもってしても、この封じられた状態を解くことは不可能だった。さらに気がかりなのは、毎夜のように奇怪な夢を見ることだ。夢の中では必ず、自分が何人もの女に組み敷かれ、犯され、しかも身体の奥底から甘やかな疼きが湧き上がり、目覚めたときには寝衣の股間が生温かく濡れているのだ。恥ずべき不浄の夢に、彼はひどく自尊心を傷つけられた。
「そろそろ外の様子を見に行きたい。俺には探さねばならぬ人がいる。」
四日目の朝、葉楓は身支度を整え、湘錦に外出の許可を求めた。しかし彼女は艶然と笑いながら首を振る。
「なりませんよ。あなたの人相書きは犬の糞ほども街に貼られ、賞金首にもなっているのです。今表を歩けば、すぐに捕吏か、賞金稼ぎの武林人に見つかります。それに、あなたが探しているのは妹弟子の柳天心さんでしょう?」
「ご存知なのか!天心がどこにいるか!?」
「ええ、少しだけ。彼女もまた、危ない目に遭っております。あなたが無事に動けるようになるまでは、お伝えできませんが……」
湘錦の言葉に、葉楓は歯噛みした。焦りばかりが募る。だが、いま飛び出したところで、力なき自分は天心を救い出すどころか、自ら罠に飛び込む愚か者だ。彼は渋々引き下がった。
その日の午後、湘錦は盆に載せた幾つかの包みを抱えて部屋へ現れた。
「葉少侠、少し妙な提案なのですが……あなたが無事でいるためには、一つだけ確実な方法がございます。それは、しばらくの間、女に化けていただくことです。」
「なに……?」
葉楓は耳を疑った。湘錦は平然とした顔で、一番上の包みを開く。中から現れたのは、薄い肌色の絹でできた、人の頭部にぴったりと被せられるような奇妙な頭巾だった。よく見ると、精巧な刺繍で眉や睫毛が施され、唇の部分にはほんのり紅が差してある。まるで、生きた人間の顔の皮を剥いで作ったかのような生々しさに、葉楓は息を呑んだ。
「これは人皮衣の一部でございます。西域の秘術で作られた特殊な衣。これを着れば、骨格から体型、声までも完全に女に変わります。追手もまさかあなたを見破れはしないでしょう。」
湘錦はにっこりと微笑みながら、もう一つの包みを解く。そこからは、人の全身を覆う、同じく肌色の薄い皮のような衣が広げられた。乳房の形がくっきりと浮き上がり、腰のくびれや臀部の丸みまでもが精巧に作られている。股間の部分だけは、奇妙な襞と、隠し袋のような造りになっていて、葉楓は直感的にそこが自分の男の部分を覆い隠す装置だと理解し、顔がかっと熱くなった。
「本気で言っているのか……こんなものを俺が着るなど……」
「嫌がるのもごもっとも。ですが、背に腹は代えられませぬ。柳天心さんが囚われている場所への手がかりも、あなたが動けるようになって初めて意味を持つのです。それに、この衣はただの変装道具にあらず。あなたの封じられた内力の代わりに、夜の街を歩くための護身にもなります。」
湘錦はそっと葉楓の耳元に顔を寄せ、甘くささやいた。「女になれば、男にはない力が手に入るのですよ。……試してみる気はおあり?」
彼女の吐息が耳朶をくすぐり、葉楓の背筋に妙な震えが走る。天心を思うと、手段を選んではいられない。葉楓はぎゅっと拳を握りしめ、苦渋の決断を下した。
「……わかった。やるしかないなら、着よう。」
「良い御決断です。」
湘錦の瞳が一瞬、捕食者のようにぎらりと光った。
彼女の指示で、葉楓は自らの衣服を脱ぎ捨てた。日に焼けた男の裸身が白昼の閨房に晒される。湘錦は恥じらいもせずにそれを眺めながら、まずは薄い油のような香油を手に取り、葉楓の全身に丹念に塗り込めていく。背中から胸へ、腹から脚へ、そして恥部にまで、彼女の細い指は遠慮なく這い回った。葉楓は嫌悪と同時に、言い知れぬ戦慄を覚え、皮膚が粟立った。
「力を抜いてくださいませ。そうでないと、衣がしわになります。」
湘錦の声はあくまで穏やかだ。香油を塗り終えると、彼女はまず頭巾を手に取り、葉楓の顔にそっと被せた。ひやりとした感触のあと、頭巾はまるで生きているかのように収縮し、顔の輪郭にぴったりと密着していく。鼻筋が通り、頬骨がなだらかになり、眉毛の形が変わり、唇がふっくらと膨らむのを感じる。驚くべきことに、目蓋の重みまで違和感なく馴染み、まばたきも自由だ。
次にいよいよ、全身を覆う衣を差し出される。葉楓は震える足をそれに通した。第二の皮膚のように滑らかな内側が、香油を吸って吸盤のように吸いつく。腰まで引き上げた瞬間、自分の陰茎が隠し袋の中にぬるりと呑み込まれ、その冷たい感触に思わず腰が引けたが、湘錦が背後から衣を抱え上げ、肩へ通すと同時に背中の合わせ目を指でなぞった。すると、衣はまるで傷口が塞がるように自然に一体化し、縫い目すら見えなくなった。
衣が完全に密着したとき、胸のあたりにずしりとした重みが生まれ、ふと見下ろせば、そこには信じられないほど豊満な乳房が二つ、重力に従ってたわわに揺れているではないか。腰はくびれ、臀部は張り出し、皮膚全体が白く透き通って柔らかそうに見える。股間の構造は複雑で、男性器は完全に隠され、代わりに女性器を模した襞が形成されていた。葉楓がそっと指で触れると、それはひくつき、本物の女陰のような感触と湿り気が伝わってきて、彼の顔から血の気が引いた。
「鏡をどうぞ。」
湘錦が手にした銅鏡を差し出す。そこに映っていたのは、確かに自分でありながら、全くの別人だった。小さく華奢な体躯に、黒絹のような長い髪(頭巾の一部だ)が肩に流れかかる。たれ目がちの大きな瞳、桜色の小さな唇、あごの線は優美で、首筋には女特有の陰影すら浮かんでいる。まるで十五、六歳の可憐な少女だ。ただ、その瞳の奥だけは、二十歳過ぎの青年の苦悩と混乱が渦巻いていた。
「これが……俺なのか……?」
声まで変わっていた。柔らかく、高く、不安げに震える少女の声音だ。手を胸に当てれば、本物の乳房のように弾力があり、指を食い込ませると甘い疼きが乳首にまで響く。己のものとは思えぬその感覚に、葉楓──否、今は葉嬌とでも名乗るべきか──は、眩暈にも似た倒錯的な興奮を覚え、同時に激しい自己嫌悪に襲われた。
「うふふ、よくお似合いですわ。もう誰もあなたを葉楓だとは思わないでしょう。さあ、今からあなたのお名前は『葉嬌』。酔香閣の新入りの侍女ということにいたしましょうか。」
湘錦は満足げにうなずきながら、銅鏡を卓上に置いた。葉楓の心臓は早鐘を打ち、頭の奥がじんわりと熱を帯びる。下腹部の奥深くで、人皮衣を通してかすかな脈動が響き、それは次第に雌の官能へと形を変えていくような、不気味な予兆だった。
彼は必死に、柳天心の救出と、人皮衣を脱ぎ捨てて元の自分に戻るという決意を心に固めようとした。しかし、閨房の甘ったるい空気の中、目の前の鏡に映る美しい少女が、泣き出しそうな表情で股間の隠された男根の残滓を探り、恥じらいながらも震えるその姿は、まぎれもなく倒錯の深淵への扉を、ゆっくりと開きつつあった。